活躍する日本人職員

第13回: 及部 周介


及部 周介
ILOネパール事務所(カトマンズ)
プロジェクト・テクニカル・オフィサー

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埼玉県出身。早稲田大学法学部を卒業後、ソニー株式会社に入社。本社監査部および海外マーケティング部に配属ののち、Sony India(インド・デリー)に赴任。3年間にわたり、業務用機器のマーケティング部統括として、インド市場における事業拡大に従事。その後退社し、London School of Economics and Political Science(LSE)の国際開発学・修士課程に進学。修了後、国際連合工業開発機関 (UNIDO)ウィーン本部でのインターンシップを経て、2019年2月よりILOジュネーブ本部・企業局にJPOとして入局。企業局では、中小企業ユニットに所属し、発展途上国における持続可能な企業活動のための事業環境に関する政策提言プログラムに携わる。2021年9月より、ILOネパール事務所に異動し、南アジア4か国において、Covid-19やインフォーマル経済の下で脆弱な立場に置かれた労働者・事業経営者を支援するPRS/STRIDEプロジェクトに従事している。
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2021年よりILOネパール事務所でプロジェクト・テクニカルオフィサーとして活躍されています。現在従事されているプロジェクトについて教えてください。

私が現在担当しているのは、日本政府(厚生労働省)がドナーの”Building resilience for the future of work and the post COVID19 (PRS/STRIDE)”というプロジェクトです。このプロジェクトは、南アジア4か国(ネパール、インド、パキスタン、バングラデシュ)において、Covid-19やインフォーマル経済の下で脆弱な立場に置かれた労働者・事業経営者に支援を提供することを目的としています。南アジアでは、過去二年間にわたり、Covid-19が猛威を振るい、各国で多くの犠牲者を出しただけでなく、経済や雇用環境に多大な悪影響を及ぼしてきました。特に、平時から事業登録や社会保障へのアクセス、正式な雇用契約などのない、インフォーマル経済下の労働者・事業経営者への影響は甚大で、多くの人々が、事業破綻、解雇、労働環境の悪化に苦しみ、政府からの救済政策にも十分に享受できない状況にありました。また、その中でも、女性への影響は更に大きく、上記のような問題に加えて、職場での暴力やハラスメントの増加なども報告されています。インフォーマル経済が、国の経済と雇用の大半を占める南アジア諸国においては、そのような労働者・事業経営者の救済は、ポスト・コロナ時代における、国家全体の経済・社会の立て直しのためにも、喫緊の課題となっています。

このような背景の中で、当プロジェクトは、各国のプロジェクトパートナー(労働組合・使用者団体)と協働し、インフォーマル経済下の脆弱な労働者・事業経営者に向けて、団結および能力開発の機会を提供し、救済政策や社会保障へのアクセス改善、労働者としての基本的権利の理解、そして、雇用関係や事業のフォーマル化に関する知識などを向上させることを、活動の軸としています。加えて、関連する政労使の構成員間の社会的対話を促進し、そのような労働者・事業経営者への必要な救済とフォーマル化促進のための政策行動を提唱することも、重要な活動内容の一つです。2021年4月のプロジェクト開始以降、家事・家庭内労働者、農業・建設・清掃事業労働者、起業家、中小企業経営者、その中でも特に女性に焦点を当てて、10以上の活動計画を策定、実施してきました。プロジェクトパートナーに関しては、全国規模の組合・団体のみならず、産業セクターや州ごとの組織にもアプローチし、より深く、幅広い受益者に支援を提供することを目指しています。

例えば、パキスタンでは、Domestic Workers Union(DWU)とともに、パンジャーブ州において、孤立した家事労働者の組合への加入促進、家事労働者としての権利理解・スキル向上のためのトレーニングの提供、組合内のマスタートレーナーと女性リーダーの育成などを行ってきました。そして、家事労働者の登録システムの構築や社会保障アクセス改善を目的とした、DWUとパンジャーブ州政府間の政策対話の実施も支援しています。これらの一連の活動を通じて、当プロジェクト期間内に、同州内の1000名以上の脆弱な立場にある家事労働者に支援を提供できることが見込まれています。各国にいるNational Project Coordinatorを中心とした計8名のPRS/STRIDEチームメンバーとともに、対象国において、より多くのインフォーマル労働者・事業者に、必要な支援の輪を拡大していくべく、日々活動しています。

©DWUの家事労働者へのトレーニングイベントの様子

南アジア4か国という複数国でのプロジェクトを統括する上で、難しさを感じる点はありますか。また、その困難さを克服した経験があれば教えてください。

各国において、様々な労働組合・使用者団体と、活動計画を協議し、その作り込み・実施の支援をしていくわけですが、それぞれの組合・団体の組織的規模や経験値には、かなりの違いがあります。特に、産業セクターや州レベルの組合・団体などは、労働者・事業者への強いアクセスは持っている一方で、その組織的規模はまだ小さく、当プロジェクトで想定する支援活動に関する経験も浅いことなどが、傾向として見受けられます。そして、具体的な問題分析や効果的な活動立案を行うための十分なキャパシティや人的リソースもなく、活動計画を策定するにあたり、ILO側からの、かなり綿密なサポートやガイダンスを必要とするケースが多々あります。加えて、たとえ複数国で同様の受益者を対象としていたとしても、実際に必要とされる支援や活動内容は、各国によってかなり異なるということも念頭に置かなければなりません。

一例を挙げると、現在、清掃事業労働者を対象とした活動をインドとネパールの両国において実施していますが、ネパールはより労働者への能力開発が優先され、インドではより関連構成員間の合意形成や知識共有が主に必要とされるなど、実施する活動内容は全く異なっています。よって、単に各国で同じ活動を複写的に行うことはできず、それぞれの国と受益者の個別具体的な背景とニーズに沿った活動計画を、一つ一つ時間をかけて策定することが必要になってきます。このように、活動計画の策定には多くの時間と支援が要される中、限られたプロジェクト期間やリソースを考慮しながら、いかにうまく質とスピードのバランスを取って、各パートナーと効果的な活動計画を立案・実施できるかは、プロジェクトを進めるうえでの難しさの一つだと感じています。

しかしながら、このような難しさがあっても、ILO内の様々な方のサポートとチームワークの力のおかげで、それを実際に乗り越えていくことができていると思います。各国のNational Project Coordinatorとの円滑な連携はもちろん、当プロジェクトのTechnical Backstopを務めるDWT Delhi Gender Specialistの松浦彩さんをはじめ、地域事務局や本部の他のILOの同僚からも幅広く専門的・技術的サポートを得ることで、限られた時間とリソースの中でも、それぞれの活動計画において、最大限の質と効果性を担保することが可能となっていると思います。

©パンジャーブ州政府とDWUとの家事労働者に関する政策対話の様子

現在のプロジェクトについて、今後の展望をお聞かせください。

まずは、プロジェクト終了にあたる2022年12月まで、すべての活動計画を着実に実施・完了し、より多くの労働者・事業経営者への支援を実現することが、何より重要であると考えています。その上で、各国の活動でのベスト・プラクティスをレポートとしてまとめ上げ、南アジア地域の様々なステークホルダーに、広く知識共有することを計画しています。また、プロジェクト終盤には、各国のプロジェクトパートナーを招待したワークショップを開催し、各々の活動内容・成果について、より直接的に情報交換を行う機会も設けることも検討しています。これらの活動を通して、当プロジェクトでの経験値が、各国の構成員とステークホルダーに遍く伝播され、当プロジェクト単体の期間を超えて、より持続的な効果を当地域に残せるようにできればと考えています。

現職の前には2019年2月よりJPOとしてILOジュネーブ本部の企業局で勤務されました。ジュネーブ本部とフィールド勤務において、仕事を進める上で何か違いなどがあれば教えてください。

ジュネーブ本部では、Enabling Environment for Sustainable Enterprises (EESE)という、持続可能な企業活動のための事業環境に関する政策提言プログラムを担当していました。当時は、EESEプログラムを、主体となって実施する地域・国事務所に対して、文献調査、マクロ指標分析、意識調査などの面で、本部から技術的なガイダンスやサポートを提供するという立場にいました。一方で、現在のフィールド勤務、特に現場でのプロジェクト管理という立場では、個々の現場での活動をより充実したものとするため、本部や地域事務所から、専門的な知見や技術的サポートを引き出することが、重要な役割の一つとなっていると思います。つまり、本部時代は、いかにフィールド側にとっての専門的・知識的源泉となれるかに主眼を置いていた一方で、現在は、いかにその知識的源泉である本部や地域事務所と、現場の同僚やプロジェクトパートナーとの間の橋渡し役となれるかに焦点を当てて働いているところに、大きな違いがあると思います。

加えて、フィールド事務所は、やはり本部よりも、構成員や受益者との距離が圧倒的に近いことも大きな違いです。そのようなステークホルダーの方々と、より直接的に関わりながら仕事を進めていけることは、フィールドならではの醍醐味であると思います。また、ネパール事務所は、数十名ほどのスタッフで構成されているので、その分、他のチームなどとの横の連携も、本部時代よりも、一段とやりやすいということも実感しています。現在のプロジェクトでも、ネパール事務所の他のプロジェクトチームと、実際にいくつかの活動計画において協働するなど、各チームの垣根/サイロを超えたOne ILO的なアプローチを取り入れることも出来ていると思います。

最後に、JPOでの経験は、どのような点で現在の職務に生かされていると思いますか?


JPO時代には、EESEプログラム以外にも、様々な分野に関する業務に携わらせてもらうことができました。その中でも、インフォーマル経済に関する業務には特に多く関わり、Enterprise Formalizationの観点で、文献執筆のサポートやオンライン講座の作成等に深く携わってきました。その経験から、インフォーマル経済に関する専門知識を少なからず得ることが出来ていたのは、現在の職務・プロジェクトにおいても、大いに役に立っていると思います。

また、2年半の本部での経験を通して、本部の様々な部局・チームの方々と知り合えたことも、上述の通り、本部と現場との間の橋渡し役になる上での、大きな資産になっていると思います。実際に、現在、中小企業ユニットの元同僚たちとコラボレーションして、Enterprise Formalizationに関するトレーニングプログラムのパイロット実施を、PRS/STRIDEのバングラデシュでの活動計画を通して行うなどの試みも進めたりしています。