スポーツ用品産業における持続可能かつ責任あるビジネス慣行のためのパートナーシップの構築:成功戦略(パキスタン)

パキスタンのシアールコートは、高品質のスポーツ用品を製造・輸出していることで世界的に知られています。シアールコートには、数万の労働者を雇用している中小企業数千社が点在しています。これらの企業は、オリンピックやサッカーのワールドカップといった大規模なスポーツイベントを支える世界的ブランド向けに、スポーツ用品を幅広く製造しています。ILOが支援した、シアールコートのサッカーボール産業から児童労働を撤廃する取り組みによって達成された社会的前進の成果を受け継ぐ形で、政府と労使団体は、持続可能で社会的責任あるビジネス慣行、良好な労使関係と労働条件、労働安全衛生の慣行改善と能力開発を確立するための新たなパートナーシップを打ち出しました。

2015年8月、日本政府が資金拠出したILOの「アジアにおける社会的責任ある労働慣行を通じたより多くのより良い仕事(パキスタン)」プロジェクトが、パキスタン使用者連盟(EFP)の強力な支援のもと、開始されました。「MNEDプロジェクト」としても知られるこのプロジェクトの目的は、シアールコートのスポーツ用品製造業で活動している多国籍企業とその直接的なサプライヤーにおける社会的責任ある労働慣行の強化と、シアールコートで活動している多国籍企業が関与したディーセント・ワークの促進です。

プロジェクトの第一段階として、ディーセント・ワークの機会と課題を判断するための調査が実施された後、2016年8月にシアールコートで、プロジェクトの進捗状況、活動、優先事項と今後の活動の方向性について議論するためのワークショップが開催されました。シアールコートから調達を行っている多国籍企業のブランド及びバイヤー、パンジャブ州政府、労使団体、マスコミと市民社会からの代表者60人がワークショップに参加しました。参加者がより多くのより良い雇用を通じてスポーツ用品製造業の競争力を向上させるためのタスクフォースを設置することに合意し、行動計画を採択して、ワークショップは閉会しました。

ILOの技術援助を受けて、EFPは、2016年12月にシアールコートで2回目の「三者プラス」対話を開催し、「シアールコートのスポーツ用品製造業における持続可能な責任あるビジネスを促進するタスクフォース」を始動させました。タスクフォースの主要な目的は、バイヤー、ブランドとサプライヤーのための対話プラットフォームの構築を通じて、また産業の生産性と競争力を改善するための新たなイニシアチブを導入することによって、スポーツ用品製造業における持続可能で責任あるビジネス慣行の促進を主導することでした。現在、タスクフォースは、労働・人的資源局、パンジャブ州政府、パキスタン貿易開発庁(TDAP)、EFP、パキスタンスポーツ用品製造輸出組合(PSGMEA)、パキスタン労働者連盟(PWF)とシアールコートの複数の主要スポーツ用品製造業者で構成されています。ILOは、顧問的立場でこのタスクフォースに技術援助を行っています。  

その後、ラホールで2017年3月14日から16日までの3日間の日程で、多国籍企業、社会政策及び労働における基本的原則及び権利(FPRW)に関するワークショップが開催されました。シアールコートの輸出を主力とするスポーツ用品製造企業の最高経営責任者(CEO)や取締役などの代表者、ブランド、貿易団体、企業協会、ILO構成員(政府及び労使団体)からの代表者など50人超が参加し、労働における基本的原則及び権利(FPRW)に重点を置いて、多国籍企業宣言の主要事項の理解を深めました。またFPRWの原則を適用するための課題と解決策についてのパネルディスカッションが開かれ、今後取るべき道を規定する個別(企業)及び共同の行動計画が策定されて、ワークショップは閉会しました。

最優先事項としての企業レベルでの労働安全衛生基準の促進

労働安全衛生(OSH)は、この地域の企業にとって改善すべき非常に重要な分野です。そのためILOは、2017年11月にEFPとPSGMEAがOSHマネジメントシステムのさらなる理解とその実用的技術の向上を目的として開催した、工場別ワークショップ(全6回)への支援を行いました。シアールコートの41のスポーツ用品生産工場から22人の女性を含む187人が参加しました。その実践的なワークショップをILOのOSH専門家がサポートし、その結果、経営陣、管理者、労働者など参加者同士の活発な交流が行われました。

シアールコートのスポーツ用品業界以外では見られない、こうしたワークショップは、利害関係者から高評価を受け、経営陣と労働者の二者による、行動計画を通じた各企業及び団体でのOSH基準の支持と改善への取り組みを促進させました。PSGMEA、EFPとスポーツ用品業界は、基準適用によって国際市場での競争力が高まるようにスポーツ用品業界の国際基準適用をさらに強化することを、ILOとその他の関連利害関係者に対して要請しました。好事例の共有を中心に、ILOはスポーツ用品業界によるOSHの基準とマネジメントシステムの改善促進への取り組みを継続して支援しています。

多国籍企業宣言を参照枠組みとして活用

多国籍企業宣言の原則は、中心となるシアールコートでの活動だけでなく、パキスタンの主要商業都市カラチなどの企業における補完的な活動においても参考とされました。例えば、2016年8月、100人を超えるCEOとそのサプライヤーを含めた企業約130社からの代表者が、多国籍企業宣言の原則から生じる機会と課題を協議するためにカラチに集まりました。参加した多国籍企業は、各社の企業の社会的責任(CSR)プロジェクトを発表し、好事例を共有しました。

2016年12月に開催された利害関係者の協議会議「ディーセント・ワークを促進するための課題と機会:多国籍企業宣言の促進と適用:パキスタンの包摂的成長と持続可能な開発への企業の貢献の最大化」には、政府、労働者と市民社会の代表者、そしてカラチの民間部門から60人超が参加しました。

EFPと密接に連携したことで、プロジェクトは、多国籍企業、スポーツ用品業界、パキスタン・日本・ビジネスフォーラム、外国投資家商工会議所(OICC)、スイス・パキスタン・ビジネス協議会、パキスタン・ドイツ・ビジネスフォーラムなど実業界から利害関係者を幅広く動員することができました。これまでで最も重要なプロジェクトの成果は、パキスタン企業の市場アクセス向上を目指し、社会的責任ある労働慣行とディーセント・ワークの確固たる根拠を構築するために利害関係者の提携を構築したことです。このプロジェクトでは現在、シアールコートのスポーツ用品業界において、模範として拡大適用できる労働やCSRに関する好事例の収集を支援しています。

パキスタン国内のみならず国外でも

ILOから技術援助を受けて、EFPは、2017年10月にナショナル・ビジネス・アジェンダと多国籍企業宣言に関する利害関係者の対話をさらに開催しました。この対話にはシアールコートの経験を共有するために、公共部門と民間部門から200人超が参加しました。公共部門からは、シンド州政府労働・情報・運輸大臣、EFPの会長、カラチの副市長、在カラチ日本総領事などが参加しました。

シンド州政府の労働・情報・運輸大臣は、労働及び社会的コンプライアンスの問題とそれに対するプロジェクトについて、EFPが実業界をまとめることに積極的に取り組んでいることに感謝の意を表し、ILOのOSH訓練資料のシンド語への翻訳を支援することを発表しました。EFP会長は、ナショナル・ビジネス・アジェンダと、パキスタンの第3次ディーセント・ワーク国別計画及び持続可能な開発のための2030アジェンダの目標との直接的な関連性を強調しました。在カラチ日本総領事は、このプロジェクトから学んだことにより、シアールコートだけでなく他の地域でも、持続可能な産業成長の促進に一層徹底して取り組んでいけるようになることを確信すると述べました。

OSH分野での訓練プログラムの推進と企業レベルでの女性の雇用促進は今後もシアールコートでの重要事項であり続ける一方で、EFPはスポーツ用品製造業の経験をパキスタンの他の産業と共有していく考えも示しています。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(東京2020組織委員会)とILOとの画期的なパートナーシップの合意が締結された状況の中で、シアールコートでの取り組みは強化されていくでしょう。このパートナーシップは、ILOの多国籍企業宣言が示す指針に基づいて、大会デリバリーパートナーの間で社会的責任ある労働慣行を促進することによってディーセント・ワークを促進していくことを目指しています。このパートナーシップによって、企業は、2020年までの準備の中で持続可能な開発を達成するためにディーセント・ワークを積極的に推進する役割を果たしていくことになるでしょう。これは、ILOにとって初のオリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会との公式なパートナーシップであり、東京2020組織委員会にとっても初の国連組織とのパートナーシップとなります。

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