ILO Newsletter「ビジネスと人権」

G7労働大臣会合 - ビジネスと人権に関する国際的合意に向けて取組みを強化

2022年5月にドイツで開催されたG7労働大臣会合では、ビジネスと人権に関する国際的合意に向けた取組みに関するG7のコミットメントが示されました。ILOの「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」で提唱されている規範の遵守に向けて、さらなる取組みの強化が期待されます。

記事・論文 | 2022/06/09
© BMAS

ドイツで開催されたG7労働大臣会合は、人権と労働安全衛生にさらに焦点を当てることが急務であることを強調して、終了しました。[1]

ILOは、労働大臣宣言に示されたG7の労働大臣による「公正な移行」への支持、それに向けて具体的措置を講じ、グリーン経済のためのディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を創出するコミットメントに対して、歓迎の意を示しました。「公正な移行」とは、人権・環境への影響を配慮した、持続可能な経済社会活動への移行を意味します。

公正な移行については、SDGs目標達成への取組み、2015年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定、人間中心のグリーン経済への移行に向けた政策アプローチに関するOECD文書[2](書名は参考のための仮訳)及び2015年にILOで採択された「環境面から見て持続可能な経済とすべての人のための社会に向かう公正な移行を達成するための指針 」[3] が反映されるべきとされています。

「ILOのディーセント・ワーク実現のための4つの戦略目標――仕事の創出、社会的保護の拡充、社会対話の推進、仕事における権利の保障は持続可能な開発にとって欠かせないものであり、強固で持続可能かつ包摂的な成長と発展のための政策の中心に据えなければなりません。持続可能な開発とは、将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たす開発です。…環境的に持続可能な経済への公正な移行は、適切に管理され、すべての人のためのディーセント・ワーク、社会的包摂、貧困撲滅の目標に貢献するものでなければなりません」

5月24日に採択された宣言は、次の3つの手段によって脱炭素社会への公正な移行を可能にするというG7議長国ドイツの重点的な取組みを反映しています。

i)    特に低スキル労働者のための、グリーンジョブに必要な技能習得への投資
ii)    所得保障及び持続可能な経済への労働力移動を円滑に進めるための社会的保護の拡充
iii)    労働安全衛生を向上させ、気候変動に係る新たなリスクへの対応、緩和政策の実施

会合では、グリーン経済における安全で健康な仕事に向けたロードマップが承認され、中でもG7とILOが協力して実施しているプロジェクト「ビジョン・ゼロファンド(VZF)」[4] が大きく寄与していることが示されました。VZFとは、政労使、企業、その他のステークホルダーが結集し、「グローバル・サプライチェーンにおける重大・致死的な労働災害、傷害、職業疾病の発生をゼロにする」というビジョンに向けて共同で進められているプログラムで、現在、VZFはメキシコ、エチオピア、コロンビア、ホンジュラス、ラオス、マダガスカル、ミャンマー、ベトナムの8カ国における衣料品と農業の2つのサプライ・チェーンで活動しています。

ビジネスと人権に関する国際的合意に向けた取組みに関するG7のコミットメントが示されたことも重要な成果です。これにより、ILOの「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」(多国籍企業宣言)で提唱された規範の遵守に向けて、さらなる取組みの強化が期待されます。

労働大臣宣言は、「事業運営とバリューチェーンにおける人権尊重と、労働及び環境基準の確保」として、このように述べています。(一部抜粋、参考のため仮訳)[5]
  • 持続可能なバリューチェーンは、人権、すべての人のためのディーセント・ワーク及び環境保護を達成するために極めて重要です。国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs)、OECD多国籍企業行動指針、ILOの多国籍企業宣言の3つの国際文書は、企業が事業に関わるすべての人や環境への負の影響をどのように特定、防止、軽減し、責任を負うべきかを示す共通の枠組みです。…
  • G7は、効果的な救済を図り、デュー・ディリジェンスを促進する上で、労働者の声を力強く代弁する労働組合の役割を認識しています。…
  • G7は、法律、動機付け、ガイダンスなど強制措置と自主的措置を適切に組み合わせること(スマートミックス)を通して、人々と地球環境にとってより良い結果をもたらすために果たすべき重要な役割を担っています。強制措置を通じた国連、ILO、OECDの枠組みの実施、企業のデュー・ディリジェンスの確保、例えば児童労働によって生産された製品の輸入禁止措置のようなバリューチェーンにおける児童労働及び強制労働の撤廃に関しては、G7及びEU各国で大きな支持を得ています。こうした動きは、国内レベルで講じられる規制措置の一貫性の確保、ビジネスにおける法的明確性の提供、企業のコンプライアンス費の削減、そして何よりもまず、人々や地球環境を脅かすことへの企業の関与を防止し、こうした事がどこで起きようとも、効果的な救済措置へのアクセスを保障する契機となります。
  • われわれは、すべてのステークホルダーと緊密に協議しながら、国連やILOとの建設的な議論に、一貫性と協調的をもって臨み、既存の法的・政策手法に新たな付加価値をつける、合意に基づいた国際的な法的拘束力のある文書の策定に向けて、アイデアや選択肢を検討していきます。
ILOは、G7労働大臣会合で、4億人分の雇用創出と、現在保護されていない40億の人々に社会的保護を拡充する国連事務総長によるイニシアチブ「公正な移行のための仕事と社会的保護の世界的な加速」への支持が表明されたことについても歓迎の意を表しました。

ガイ・ライダーILO事務局長は、「今こそ、一貫性があり協調的な対応が求められます。それは、公正な移行の面において、労働安全衛生を優先させ、強じんで持続可能な経済への移行を保障するものです。こうした対応は、すべての人にディーセント・ワークを確保する目標に貢献し、職場における病気や健康障害、負傷や死亡災害から労働者を守ることにつながります」と述べました。さらに、第110回ILO総会で「1998年の労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」 に安全で健康的な労働条件を含めることについて議論されることについて、「…今年の総会は、職場における安全衛生は、人々と経済に大きな恩恵をもたらし、包摂的な経済成長を支えるものであり、人間中心の回復と仕事の未来にとって極めて重要であるとの決意を表明するものです」と述べています。

1998年宣言の内容は、UNGPsにおける人権の構成要素です。

「人権を尊重する企業の責任は国際的に承認された人権に拠っているが、それは少なくとも,国際人権章典や労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関(ILO)宣言に規定されている基本的権利に関する原則等に表明されている人権と理解される」[6]

今年の総会で、労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言の中に安全で健康的な労働条件を含めることが承認されれば、安全かつ健康的な労働環境に対する労働者の権利がUNGPs の一部となり、世界中で労働安全衛生が向上し、労働者の人権の保護につながることが期待されます。

参照

[1] ILOウェブサイト:” ILO welcomes G7 call to make a just transition to a green economy happen”
https://www.ilo.org/global/about-the-ilo/newsroom/news/WCMS_846303/lang--en/index.htm

[2] OECD Green Growth Papers 2021-01 “The Inequalities- Environment Nexus towards a people-centred green transition”
https://www.oecd-ilibrary.org/docserver/ca9d8479-en.pdf?expires=1654659831&id=id&accname=guest&checksum=A15709530F1D6CC5CD77EDCE6C6846BB

[3] ILO本部ウェブサイト:”Guidelines for a just transition towards environmentally sustainable economies and societies for all”
https://www.ilo.org/global/topics/green-jobs/publications/WCMS_432859/lang--en/index.htm

[4] ILOウェブサイト:ビジョン・ゼロ・ファンド
https://vzf.ilo.org/

[5] G7ドイツウェブサイト:” Just transition: Make it work Towards decent and high quality work in a green economy” --G7 Employment Ministerial Meeting Communiqué, Wolfsburg, 24 May 2022, 18
https://assets.publishing.service.gov.uk/media/628df082e90e071f61322253/g7_lem_communique_final-1.pdf

[6] 外務省ウェブサイト:ビジネスと人権――1.ビジネスと人権に関する指導原則https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_001608.html#section1