ILO Newsletter「ビジネスと人権」

企業のための「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(多国籍企業宣言)」に関する自己評価ツール

2022年2月、ILOと国際使用者連盟(IOE)により、企業のための「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(多国籍企業宣言)」に関する自己評価ツールが共同開発されました。多国籍企業宣言の行動指針に基づく企業活動の向上に向けた実践のためのツールとして、今回は、そのツールと活用方法を紹介します。

記事・論文 | 2022/03/08
© ILO/Nguyễn ViệtThanh トマトを収穫する若者(ベトナム・フンイエン)

企業のための自己評価ツール作成の目的


企業のための自己評価ツール[1]は、「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(多国籍企業宣言)」[2]で示された行動指針に照らして、自社の社会政策と実践の評価を試みる企業を支援するために、ILOと国際使用者連盟(IOE)により共同開発されました。

多国籍企業宣言は、労働・雇用政策に関する最も包括的かつグローバルな企業のための行動指針を示す文書です。この分野における唯一の世界的な文書であり、世界中の政府及び使用者・労働者団体の代表によって交渉され、採択され、企業にとって重要な行動指針を提供しています。

本ツール作成に際し、ロベルト・スアレス・サントスIOE事務局長は、ツールの目的について次のように述べています。

「使用者側は常に多国籍企業宣言を支持してきました。この宣言は、政府、労使団体及び企業にとって、責任ある企業行動に関する重要な文書となります。この自己評価ツールは、企業が、宣言に示される行動指針を十分に活用できるよう支援するものです。このツールの目的は、企業の外部検証、ベンチマーク、認証ではなく、企業の実務担当者が宣言の個々の条項とその適用方法についてよりよく理解できるようにすることです。」

それでは、ツールについて詳しく見ていきたいと思います。


なぜ企業は、多国籍企業宣言に照らして自己評価を実施するのか

  • 持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、包摂的な経済成長とすべての人のためのディーセント・ワーク実現のための機会を特定する。
  • 事業運営から生じる可能性のあるあらゆる負の影響を最小化し、解決する機会を特定する。
  • 企業の現在の社会政策及び慣行が労働者にどのような影響を与えるかについて、労働者の代表と協議する。このような協議は、情報収集、長所・改善点の特定、フォローアップ支援のために有用である。
  • 企業の社会的、経済的影響への方針と事業活動の改善方法を特定する。
  • 事業運営と、事業展開する国の開発目標及び国の優先事項とのより強い整合性を図る。
自己評価ツールは、「多国籍企業宣言」で規定された原則に基づく質問で構成されています。セクション2は、自己評価の実施方法について、セクション3は、ツールの構成を示し、セクション4は、実際にオンライン上で記入し、保存できる形式となります。さらに詳しい情報を求める際は、各質問に関するILOの主要なツールや企業向け参考資料が掲載されている「別添(Annex)」を活用できます。


他の評価ツールとの比較


企業による社会、環境、開発、経済に与える影響の評価を支援するために、過去数年間、以下の多くの評価ツールが開発されてきました。
  • グローバル・レポーティング・イニシアティブによって開発された グローバル・レポーティング・スタンダード(GRI )
  • 国連グローバル・コンパクトが開発した国連グローバル・コンパクト自己評価ツール
  • GRI、国連グローバル・コンパクト、持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD)が開発した SDGコンパス
  • デンマーク人権協会が開発した人権コンプライアンス評価(HRCA)
  • ソーシャル・アカウンタビリティ・インターナショナルによるSA8000のパフォーマンス指標
  • シフトとマザーズが開発した国連指導原則報告フレームワーク
事業慣行の社会的・労働的側面に関して、これらのツールは、ILO基準、特に労働における基本原則及び権利について言及しています。

今回の自己評価ツールの目的は、企業が既存の方針や慣行を多国籍企業宣言の原則に照らして評価し、潜在的なギャップや改善の機会を特定することにあります。


自己評価ツールの実施に向けて


効果的な自己評価の実施に向けて、評価を行う担当者は、自社の方針、事業手続き、慣行に対する十分な知識と理解を持ち、企業の実績に関する信頼できる情報/データを入手する必要があります。

労働者や、地域社会及び社会に与える影響という観点から、企業は、労働者団体との協議に加え、政府、ビジネスパートナー、市民社会・地域社会を含む企業外のステークホルダーの意見を通して、共通の関心事や改善すべき点についてより理解を深め、自社の評価に役立てることができます。


調査結果の評価とフォローアップ


自己評価でギャップや改善すべき点が見つかった場合、企業はさらなる行動を通じてその対処法を検討する必要があります。

理想的には、自己評価により特定できた全てのギャップは対処されるべきですが、企業は、実際の、または潜在的な権利侵害のリスクと深刻さに基づいて、優先順位を付ける必要があるかもしれません。国内法の遵守、労働における基本的原則及び権利の尊重(結社の自由と団体交渉の実効的な承認、児童労働の撤廃、強制労働と差別の撤廃)に関するギャップに対しては、常に優先順位を与えることが求められます。


自己診断ツールの構成


自己評価ツールは、多国籍企業宣言の提言に基づき、企業に特化した質問を中心に、多国籍企業宣言の構成とセクションに沿って作成されています。

各質問は、関連するSDGsや他のベンチマークツールに含まれる関連指標への言及も示しています。
  1. 【方針と関連する手続き】多国籍企業宣言の原則に関する自社の方針、及び/または手続きはありますか。
  2. 【具体的なアクション】現在の事業活動の内容や手法を評価するためのデータまたは情報を提示しています。
  3. 【現在の状況/コメント】方針及び関連する手続き、データ収集などに関して、その分野における自社の事業活動について記載します。
  4. 【改善の機会及びアクションのための提言】うまく機能している点、見落とされている点、改善すべき点、特定された問題に対して、考えられるアクションを記載します。これらの対応策が決まれば、企業による更なる評価とアクションの基礎となります。
多国籍企業が自己評価を行う場合、これらの企業はグローバルな方針を有していても、各地域の市場において、特に手続きの面で、法的枠組みなど地域状況を反映したものになり得ると認識しています。より地域に根ざした自己評価プロセスを、本社は1つの総合的な企業評価に統合することができるため有用です。この点を考慮して質問を検討し、より正確な評価の実施に向けてどの市場を適応するべきか確認することが望まれます。
※3、4に自己評価を記載します。

Annex(別添)は、社会政策及び慣行に関する企業のための支援ツール、参考文書の概要、関連する ILO 条約、勧告または議定書に関する情報を提供しています。


自己評価ツールの実践


質問は、一般方針、雇用、訓練、労働条件・生活条件、労使関係の5分野に区分されています。例として「一般方針4.あなたの企業は、人権デュー・ディリジェンスを実施していますか。」(P16)を取り上げます。この項目は、多国籍企業宣言、パラグラフ10(d) と (e) に該当します。

【方針と関連する手続き】
あなたの企業は、人権に対する実際の及び潜在的な負の影響を特定、予防、緩和、説明するためのデュー・ディリジェンスを実施していますか。

- 自社の事業活動を通じて、
- または自社の取引関係の結果として

【具体的なアクション】
影響を受ける可能性のあるグループや労働者団体など、関連するステークホルダーを特定するための手続きがある。

人権基準を尊重するビジネスパートナーの割合を、特に多国籍企業宣言で取り上げている分野において、徐々に増加させる。

【方針と関連する手続き】
デュー・ディリジェンスの実施において、企業の規模や事業の性質・状況に応じて、潜在的に影響を受けるグループや、労働者団体を含む関連するステークホルダーとの有意義な協議が行われていますか。

【具体的なアクション】
特定のグループと行った協議やその成果情報を記録している。

【方針と関連する手続き】
労使関係、社会対話、結社の自由及び団体交渉の中心的な役割を踏まえて、継続的にデュー・ディリジェンスが実施されていますか。

【具体的なアクション】
労働権や社会問題に関して、労働者や労働者団体と行った協議を記録している。


それぞれの質問に対するコメントを、担当者が書き入れます。その際に参考となる国際労働基準や、その他の指標(SDGsなど)は、各表に明記されており、参照できます。


最後に


ILOのガイ・ライダー事務局長は、本ツールの作成に際し、次のように述べています。

『多国籍企業宣言は、ディーセント・ワーク(働きがいのある、人間らしい仕事)の実現に向けて、企業がその事業活動を通じてどのように貢献できるかについて、明確な指針を示すものです。 国際労働基準に根ざした指針は、すべての企業にとって好事例を示すものであるだけでなく、優れた企業行動を促進する政府の役割や、社会対話の重要性についても強調しています。』

©Better Work 工場での労使対話の促進を図るベターワーク・バングラデシュの企業アドバイザーと工場従業員

多国籍企業宣言の第63項「労使双方の関心事に関する協議」の規定に基づき、多国籍企業は、労使間及びその代表者と協議の上、この自己評価を実施し、改善行動計画を策定することが推奨されます。 労働者は、仕事の世界における企業の方針と労働慣行の影響を受ける最初のステークホルダーであるためです。

本ツールを通して、企業は自社の方針と業務手続きが多国籍企業宣言の原則に合致しているかどうかを確かめることで、宣言に提示されている行動指針を、企業行動において実践に繋げることができます。ILOは、この宣言の目的達成に向けて、企業が歩む道をサポートします。多国籍企業宣言の推進と適用に関する最新情報については、多国籍企業宣言ポータルサイトをご参照ください。

参照:
[1] “A self-assessment tool for enterprises based on the Tripartite Declaration of Principles concerning Multinational Enterprises and Social Policy (MNE Declaration)” Version 1.0, ILO and OE (2022)

[2] ILO駐日事務所ウェブサイト:「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(多国籍企業宣言)」(日本語版)