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ILO報告書「サプライチェーンにおけるディーセント・ワークのためのILOの規範的・非規範的措置のギャップ分析」

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ILOでは、2021年11月、サプライチェーンにおけるディーセント・ワークの達成に関する包括的戦略の根幹をさらに構築するため、政労使作業部会による検討の基礎として、「サプライチェーンにおけるディーセント・ワークのためのILOの規範的・非規範的措置のギャップ分析」に関する報告書を発表しました[1]。これは、2020年のグローバル・サプライチェーンにおけるディーセント・ワークの達成技術会合など、関連する会議の決議、提言を踏まえて作成され、第344回理事会(2022年3月)での議論のため提出されたもので、ILOが利用できる規範的・非規範的なツールや措置をレビューし、それらがサプライチェーンにおける具体的かつ急速に進化するディーセント・ワークの課題にどのように対応しているかを検証しています。

各国における企業の人権デュー・ディリジェンスの強化が求められている背景を考える上で、デュー・ディリジェンスの概念について確認し、理解しておくことは重要です。そこで、その概念についての言及を、同報告書より一部抜粋して紹介します。

国連ビジネスと人権指導原則(UNGPs)と人権デュー・ディリジェンス義務化の発展

UNGPsは、その規模、セクター、所在地、所有権、構造にかかわらず、すべての国家及び企業(多国籍企業ほか)に適用されます。UNGPsは3つの柱で構成されています。:
(1) 企業を含む第三者による人権侵害から保護する国家の義務
(2) 人権を尊重するという企業の責任、つまり、他者の人権を侵害することを回避するために、企業が関与する人権侵害状況に対処すべきであること
(3)企業関連の活動によって影響を受けた人々が、実効的な救済措置にアクセスする必要があること

ここでは、主にUNGPsの第2の柱と第3の柱で企業に期待されていることについて説明します [2]

人権を尊重する責任を果たすために、企業は、適用されるすべての法律を遵守するだけでなく、実際の、また潜在的な負の影響を特定、防止、緩和するためのデュー・ディリジェンスを行い、それらの影響にどう対処したかを説明しなければなりません。責任ある企業とは、企業が自らの活動を通じて引き起こす、また助長する可能性のある影響だけでなく、ビジネス上の関係を通じて企業が直接関与する影響も対象としています。

UNGPsでは、HRDD(人権デュー・ディリジェンス)は継続的に実施されるべきであり、企業の規模、重大な影響を及ぼすリスク、事業の性質や状況に応じて調整されるべきであり、リスクの重大性に応じて特定の人権を他よりも優先させることもありますが、すべての人権を対象とすべきであると規定しています。また、デュー・ディリジェンスやモニタリングの際には、影響を受けるステークホルダーの代表者や権利保有者との有意義な対話(Meaningful dialogue)に基づいて行われるべきです。

デュー・ディリジェンスは、人権に関して企業に期待するUNGPの中心的な概念です。この概念は、民間のコンプライアンス基準の策定(マルチステークホルダー・イニシアチブの策定を含む)に反映され、社会監査を推進してきました。さらに、イギリスやオーストラリアの現代奴隷法、フランスの人権デュー・ディリジェンス法、ドイツのデュー・ディリジェンス義務化に関する新法など、各国のデュー・ディリジェンス法の策定にも適用されています。デュー・ディリジェンスの対策は、一般的に以下のようなものです。
  •  組織の活動やパートナーの活動が、特に労働者の権利やディーセント・ワークの成果に悪影響を及ぼす可能性があるかどうかの評価を実施する。
  • 影響またはリスク評価プロセスの結果を報告する。
  • 労働者の権利に関するリスクをよりよく理解し対応するために、労働組合、使用者団体、政府などを含む他のパートナーと有意義に関与する。
  • 人権に対する潜在的、またはすでにある負の影響に対して、緩和、予防、是正(被害が既に発生しており、企業活動が原因、または助長している場合)を通じて対応する。
  • 場合によっては、デュー・ディリジェンスの実施を怠り、そのことが被害に結びついた企業に、何らかの制裁や責任を課す。
…民間アクターの行為に関する国家の役割については、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」における『デュー・ディリジェンス』の概念が、民間アクターの行為が国家に帰するものではない限り、国家は第三者の行為を防止及び/または対応する際に、一定の行動基準であるデュー・ディリジェンスを満たす義務があると論じています。このような分析は、国連人権委員会でも採用されており、同委員会はこの義務を次のように説明しています。
 
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規約の権利保障のために締約国に課せられる積極的義務は、国家による規約上の権利の侵害だけでなく、個人や団体の間で適用可能である限り、規約上の権利の享受を損なうような個人や団体による行為から、個人が保護されなければ、完全に実施されたことにならない。締約国が、個人又は団体によるそのような行為によって生じた被害を許容したり、適切な措置を怠ったり、防止、処罰、調査、救済などのデュー・ディリジェンスの実施を怠った結果、締約国は規約の権利保障義務に違反したとされる場合もあり得るであろう。[3]
・・・
 
このデュー・ディリジェンスの概念をさらに進めて、権利保持者にとっての潜在的な人権リスクを理解し、それに対応するために国家が企業に適用すべき義務を検討するために、国連の経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会は、ビジネス活動の文脈において人権を保護するための国家の義務を綿密に検討しました。同委員会は次のように述べています。

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事業活動において人権を保護する国家の義務は、事業体が人権侵害のリスクを特定、予防、緩和し、そのような権利が濫用されるのを回避し、事業決定や事業運営、及び子会社の意思決定や事業運営によって引き起こされた、または及ぼされた負の影響を説明するために、人権に関するデュー・ディリジェンスを求める法的枠組みを採択する積極的義務を伴う。
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これを発展させて、国家は自国の領土で事業を行う企業に要求すべきであると委員会は述べています。

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子会社(締約国の法律に基づいて登録されているか、他国の法律に基づいて登録されているかを問わず、企業が投資しているすべての事業体を含む)やビジネスパートナー(サプライアー、フランチャイズ加盟店、下請業者を含む)が、規約上の権利を尊重するために、最善の努力を払うこと。締約国の領域及び/または管轄区域に居住する企業は、所在地にかかわらず子会社やビジネスパートナーによる規約上の権利の侵害を特定し、防止し、対処するために、デュー・ディリジェンスを実施することを求められるべきである。
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ここで強調しておきたいのは、上記の義務は国家の領域内で事業を行う企業に適用されますが、デュー・ディリジェンスの義務はどこで行われる活動にも関係するということです。政府への期待は、アライアンス8.7を通じて作成・発行された報告書によくまとめられています[4]。デュー・ディリジェンスの概念をさらに拡大する中で、ラギー氏 と シャーマン氏は、この文脈における概念は「国際的な法規範ではなく、国境を越えた社会規範に根ざしている」という見解を示しています。UNGPsの変革的で新しい性質に注目して、彼らは次のように述べています。

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指導原則は、関連する文献や実践から情報を得ようとした。しかし、国際文書がそうであるように、企業の人権デュー・ディリジェンスに関する独自のスキームを確立している。メリアム・ウェブスター辞書のデュー・ディリジェンスの最初の定義は、「良識的な人が他人やその財産への危害を避けるために行う注意」とされている。指導原則では、救済を含む人権への影響に対する企業の責任について、一般的に考えて、今われわれが「良識」と考えるべきことを変えている[5]
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国レベルでは、英国やオーストラリアの現代奴隷法で定義されている人権問題、フランスの人権デュー・ディリジェンス法や、法案が提出されているEU指令のような、より広範な持続可能性と人権に関するリスク評価、報告、行動を求める国内法の採択により、サプライチェーンに関して企業や公的機関が期待される行動について、シャーマン氏とラギー氏が「新しい良識」と呼ぶものとの整合性が高まっています。

さらに、国内、国際法廷の両方で、UNGPs、OECD ガイドライン、責任ある企業のためのOECD デュー・ディリジェンス・ガイダンス、その他の関連文書への言及が増えることが予想されます。これは、企業行動と、人権の尊重を確保または促進するためにビジネスを規制する国家の義務の両方に関連しています。…

企業が人権デュー・ディリジェンスの策定・実施に向けて取り組む際に、各国で、企業の人権デュー・ディリジェンス強化が求められているといったグローバルな動きの背景に目を向けることは、実施方法を考える上で具体的な検討がしやすくなるのではないでしょうか。

参照
[1] “Gap analysis of ILO normative and non-normative measures to ensure decent work in supply chains” P.18-20
https://www.ilo.org/global/publications/meeting-reports/WCMS_829895/lang--en/index.htm

[2] ILO駐日事務所ウェブサイト:「責任あるビジネス 国際文書による主要メッセージ」
https://www.ilo.org/tokyo/information/publications/WCMS_746883/lang--ja/index.htm

[3] 国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)ウェブサイト: “General comment No. 31 (2004) on The Nature of the General Legal Obligation Imposed on States Parties to the Covenant”, CCPR/C/21/Rev.1/Add. 13.  https://undocs.org/CCPR/C/21/Rev.1/Add.13

[4] ILO駐日事務所ウェブサイト:「グローバル・サプライチェーンにおける児童労働、強制労働、人身取引に終止符を」エグゼクティブサマリー
https://www.ilo.org/tokyo/information/publications/WCMS_736227/lang--ja/index.htm

[5] John Gerard Ruggie and John F. Sherman, “The Concept of ‘Due Diligence’ in the UN Guiding Principles on Business and Human Rights: A Reply to Jonathan Bonnitcha and Robert McCorquodale“ EJIL, 28, Issue 3 (2017).
https://academic.oup.com/ejil/article/28/3/921/4616676