観光部門
アジア太平洋の観光産業における雇用に対する新型コロナウイルスのはなはだしい影響に光を当てるILOの調査研究
このたびILOから発表された新たな調査研究成果物『COVID-19 and employment in the tourism sector in the Asia-Pacific region(アジア太平洋地域の観光部門における雇用と新型コロナウイルス・英語)』は、アジア太平洋地域の観光部門の雇用に新型コロナウイルスの世界的大流行が与えている特大サイズの影響を確認させるものとなっています。ブルネイ、モンゴル、フィリピン、タイ、ベトナムといったデータが得られる域内5カ国から示される証拠は、2020年に観光関連部門で発生した就業者数の減少がそれ以外の部門の4倍に達することを明らかにしています。雇用減全体の3分の1近くが観光関連部門で発生しており、この5カ国だけで160万人近くに上ると推定されます。この部門に間接的に関連する他の多くの仕事を加えたとすれば、新型コロナウイルスの世界的大流行の影響を受けた地域の観光関連の仕事の真の推計値はずっと高くなる可能性があります。
観光関連部門の仕事の減少が一見少なく見えるところでも、得られる仕事の質の低下が顕著です。女性労働者は特に打撃を受けているように見え、この産業部門の中で最も賃金が低い職種である飲食給仕活動に従事する女性が増えています。2020年に観光部門の労働時間は、下はベトナムの4%減、上はフィリピンの38%減といった減少を記録しましたが、この部門の労働時間は他の産業部門をはるかに上回る減少を示し、2~7倍に達すると見られます。加えて、観光業の公式(フォーマル)の仕事が減ったために、非公式部門(インフォーマル・セクター)に移行する労働者が増えています。
この5カ国の中では2020年の就業者減と平均労働時間の減少が最も大きい国の一つであるフィリピンにおける観光部門の雇用は28%減(観光関連部門以外では8%減)、平均実労働時間は38%減となっています。週当たり労働時間がゼロだった観光関連部門の労働者は2,000倍に膨れ、77万5,000人に達しました。
ベトナムの観光部門にもたらされた危機の悲惨な結果は、主として賃金の低下とインフォーマル就業者の増大に反映されています。観光部門の平均賃金は18%近い下落を示し、とりわけ女性雇用者の賃金はさらに大きく低下し、約23%減となっています。2020年に観光部門ではインフォーマル雇用者が3%増えたのに対し、フォーマル雇用者は11%減少しました。
タイの観光部門の雇用に対する危機の影響はそれほど顕著ではありませんが、それでもなお、賃金や労働時間は明白に減少し、観光関連部門以外では就業者数が若干増加したのに対し、この部門の就業者は減少しています。この産業の労働者が飲食給仕活動のような、より低い賃金の職種に移行したため、観光部門の平均賃金は全体で9.5%減となっています。平均実労働時間も10%減っています。2021年第1四半期でも飲食給仕活動を除き、観光関連産業内のすべての部門で就業者数は危機前の数値を下回っています。
観光部門とそれ以外の部門の雇用減の差がこの5カ国で最も大きいブルネイの観光部門は、就業者数と平均実労働時間のどちらの点から見ても深刻な打撃を受けており、前者は40%超の下落、後者は21%近い減少を示しています。
モンゴルでも観光業の雇用と平均実労働時間はコロナ禍の相当の影響を受けており、前者は約17%、後者は13%以上の減少を示しています。モンゴルの観光部門では男性労働者の雇用に対する影響が特に大きく、約29%減少しました。
麻田千穂子ILOアジア太平洋総局長は、アジア太平洋の観光部門に対する新型コロナウイルスの世界的大流行の影響を「災害的と言うにふさわしい」と表現し、「域内諸国がワクチン接種に強く重点を置き、国境封鎖の漸進的な解除戦略を設計したとしても、アジア太平洋諸国の観光関連部門の雇用と労働時間は来年も危機前の数字を下回ったままになる可能性が高い」と指摘しています。
国境閉鎖が解除されたとしても外国人観光客はすぐにはやってこないと予想されます。このような事態に鑑み、豊かな観光部門を抱える国の政府は、観光部門以外における新たな雇用機会の創出を最終目的に、より幅広い経済の多角化を進める可能性が高いと見られます。
本資料の中心的な執筆者であるサラ・エルダーILO上級経済専門官は、観光業の収入が止まり、観光関連部門の雇用が危機の影響を最も強く受けているものの一つに数えられることによって、コロナ禍は中・長期的な観光産業戦略の再考を促しているとして、「この危機は観光部門をより強靱で人間を中心に据えた未来に向けて調整する機会をもたらしています」と指摘しています。そして、回復には時間がかかり、観光部門の影響を受けた労働者や企業は引き続き、失われた収入を補填し、資産を維持する支援を必要とするであろうとして、「政府は移民労働者を含む全ての住民のワクチン接種に努めつつ、支援措置を実行し続けるべき」と説いています。
以上はILOアジア太平洋総局によるバンコク発英文記者発表の抄訳です。