社会的保護世界報告2020~22年版

ILO新刊:何らの社会的保護も得られない人が世界にはまだ40億人以上

記者発表 | 2021/09/01
『ILO社会的保護世界報告2020~22年版』の内容を2分半で紹介(英語・2分24秒)
 新型コロナウイルスの世界的大流行は至る所の社会的保護における根強い不平等と相当のギャップを露わにしました。
 ILOの社会的保護世界報告最新版は、新たなデータと統計を用いて最近の動向を示しています。少なくとも一つの社会的保護給付が適用されるのは、世界人口のわずか46.9%に留まることを明らかにしています。これは失業者の18.6%しか失業給付を受給しておらず、保護されているのは、子どもではわずか26.4%、脆弱な人々では29%を下回っていることを意味します。疾病給付が法によって確保されているのは、生産年齢人口の3分の1に過ぎず、障害給付の受給者は重度障害者のわずか33.4%に過ぎません。新生児の母親の44.9%が出産給付を受給している一方で、社会的保護による保健制度が適用されていない人は人口の33%に上り、いまだに高齢者の22.5%が年金を全く受給していません。
 しかしながら、コロナ禍は人々の健康と仕事と収入を守る第一次的な手段として社会的保護分野における過去に例のない対応を惹起しました。ただし、回復が不確実であるため、社会の安定を確保するには社会的保護分野のさらなる支出が決定的に重要です。開発水準にかかわらず、ほとんど全ての国が、社会的保護制度を強化する「王道」戦略を進むべきか、あるいは慢性的な過少投資や、緊縮財政に屈して最低限必要なだけを支給する「邪道」戦略を進むべきかの岐路に直面し、選択を迫られています。なされた決定は今後の世代に重大な影響を与えます。したがって、諸国は今こそコロナ禍の教訓に留意すべきです。社会的保護を全ての人に届けることは可能です。人権としての社会保障を全ての人に実現することは、最終的には社会正義の達成に至る、人間を中心に据えた取り組みの礎石に当たるのです。

 この度発表されたILOの定期刊行物の最新版『World social protection report 2020-22: Social protection at the crossroads - in pursuit of a better future(社会的保護世界報告2020~22年版:より良い未来の追求において岐路に立つ社会的保護・英語)』は、新型コロナウイルス危機の中で社会的保護は世界中でかつてなかったほどに拡大したにもかかわらず、依然として40億人以上が全く保護を受けていない状態にあることを示しています。そして、コロナ禍対応にはばらつきがあり、不十分であるため、高所得国と低所得国の格差が広がり、全ての人類が適用を受けるに値する、大いに必要とされている社会的保護が提供されていないことを明らかにしています。

 社会的保護には、保健医療に加え、とりわけ老齢、失業、疾病、障害、業務災害、出産あるいは主たる所得稼得者の死亡に関連した所得保障や子どものいる世帯向けの所得保障などが含まれています。

 本書は、新型コロナウイルスの世界的大流行の影響も盛り込んだ上で、社会的保護の土台などの社会的保護制度の最近の世界的な動向を概括しています。また、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の下、各国はそれぞれに適切な社会的保護制度を実施し、2030年までに貧困層と脆弱な人々の相当割合に保護を広げることを目指していますが、このターゲット1.3に関連したものも含み、保護のギャップを特定し、主な政策を提案しています。

 現在、少なくとも一つの社会的保護給付が実効的に適用されている人は世界人口の47%に過ぎず、残りの53%に当たる41億人は国の社会的保護制度による所得保障を全く受けていません。社会的保護には相当の地域間不平等が存在し、適用率が世界で最も高い欧州・中央アジアでは人口の84%、同じく平均以上の米州では64.3%が一つ以上の社会的保護給付の適用を受けているのに対し、アフリカ(適用率は人口の17.4%)やアラブ諸国(同40%)、アジア太平洋(同44%)には著しい保護ギャップが存在します。

 世界的に見ると、大半の子どもがなおも実効的な社会的保護の適用を受けておらず、給付を受けているのは子どもの4人に1人(26.4%)に留まっています。現金出産給付を受給している新生児の母親は45%に過ぎず、障害給付を受給している重度障害者は3人に1人(33.5%)に過ぎません。失業給付の適用率はさらに低く、世界の失業者の18.6%しか実効的な保護を受けていません。そして、引退年齢を上回る人々の77.5%が何らかの形態の老齢年金を受給してはいるものの、地域間、都市部と非都市部、男女間には依然として大きな格差が存在します。

 社会的保護に対する政府支出にも相当のばらつきがあり、対国内総生産(GDP)比で見た社会的保護年間支出(保健費を除く)の平均は12.8%であるものの、高所得国(対GDP比16.4%)と低所得国(同わずか1.1%)には大きな開きがあります。

 本書はまた、新型コロナウイルス危機が始まってから、財源ギャップ(全ての人に少なくとも最低限の社会的保護を確保するために必要な追加支出)は30%近く膨らんだことを示しています。少なくとも基礎的な社会的保護の適用を保障するために必要な追加投資額は、低所得国でGDPの15.9%に当たる年779億ドル、下位中所得国で3,629億ドル(GDP比5.1%)、上位中所得国で7,508億ドル(同3.1%)に上ります。

 ガイ・ライダーILO事務局長は、「諸国は岐路に立っている」として、次のように説いています。「今は、コロナ禍対応を活用して、権利を基盤とした新世代の社会的保護制度を構築することに向けた決定的に重要な瞬間です。こういった制度は将来的な危機が人々に与える影響を和らげ、労働者や企業が前途に横たわる様々な移行に自信と希望をもって立ち向かう安心感を与えることができるでしょう。実効性がある包括的な社会的保護は社会正義とディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)にとってのみならず、持続可能で強靱な未来の構築にとっても必要不可欠であることを私たちは認識する必要があります」。

 本書をまとめたILO社会的保護局のシャハラ・ラザビー局長は、「危機対応策に対する巨額の公的支出を行った後で、各国には財政強化に向けた巨大な推進力が存在しますが、社会的保護の切り下げは深刻なダメージをもたらすことでしょう」として、今はここに投資が求められていると強調しています。「社会的保護はあらゆる開発段階の国々に幅広い社会的・経済的利益を創出し得る重要な手段です。より良い保健と教育、平等の広がり、より持続可能な経済システム、より良く管理された人の移動、中核的な権利の尊重を下支えするものとなり得ます。こういった好結果を生む仕組みの構築には、混合財源と、とりわけより貧しい国々への支援を伴う国際連帯の強化が求められるでしょう。成功の利益はしかし、国境を越えて私たち全てに及ぶことでしょう」とラザビー局長は説いています。

 普遍的な社会的保護を促進する具体的な措置は、今年6月に開かれた第109回ILO総会第1部で加盟国政労使によって全会一致で採択された「新型コロナウイルス危機からの人間を中心に据えた回復に向けた行動に対するグローバルな呼びかけ」で強調されています。この文書は、回復に向けた包括的な道筋の大枠を示しています。

 5章構成の本書は、序章に当たる第1章「岐路に立つ社会的保護:新型コロナウイルス対応と回復の道」で、社会的保護を取り巻く現状と課題を簡潔に示した上で、第2章「新型コロナウイルス以前の状況:一定の進展はあったものの、相当のギャップが依然として存在」で、コロナ禍以前の状況を検討し、危機によってその多くが悪化した、以前から存在していた一連の課題に光を当てた後、第3章「新型コロナウイルス危機の中及び回復期における社会的保護」で、とりわけ保健、経済、社会に対する新型コロナウイルスの影響とそれに対する社会的保護分野の対応に焦点を当て、将来に向けて進み得る道を示しています。第4章「ライフサイクルを通じた全ての人への社会的保護の強化」では、「2012年の社会的な保護の土台勧告(第202号)」が社会的な保護の土台に含むことを提案している基本的な社会保障の四つの分野を反映する形で、持続可能な開発目標(SDGs)の達成において決定的に重要な役割を果たす、全ての人に提供されるべき保健医療に加え、ライフサイクルに沿い、子ども、生産年齢の人々、高齢者のそれぞれに対する社会的保護の状況を検討しています。最後の第5章「社会的保護の未来を形作る」では、社会的保護の未来に向けた優先事項や政策選択肢を論じています。付録資料として、簡単な用語集、用いた方法論の説明、ILOの社会保障関係基準が定める要求事項をまとめた一覧表に加え、世界全体、地域・国別の社会保障適用率と社会保障支出に関する統計データが含まれています。


 以上はジュネーブ発英文記者発表の抄訳です。