ILO新刊:社会的保護

新型コロナウイルスに対するアジア太平洋地域の強靱性の障害となっている社会的保護における決定的に重要な格差

記者発表 | 2020/10/15
報告書の内容を5分で紹介(英語・5分)

 新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的大流行はアジア太平洋地域における正しく機能する社会的保護制度の必要性にかつてないほどに光を当てています。ILOアジア太平洋総局が国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)と共同で作成し、2020年10月15日に開かれた、より良い立て直しを巡るESCAPのイベント第5回地域会話シリーズに際して発表された新刊書『The protection we want: Social outlook for Asia and the Pacific(私たちの望む保護:アジア太平洋の社会展望・英語)』は、社会・経済の急速な発展にもかかわらず、アジア太平洋地域のほとんどで社会的保護制度は弱く穴だらけであることを明らかにしています。

 域内人口の約半数に社会的保護は全く適用されておらず、国民を比較的広くカバーする包括的な社会的保護制度が整備されている国はほんの一握りに過ぎません。既存制度の規模も適用範囲も依然として限定的で、貧困層を対象としたほとんどの制度は最も貧しい世帯に手を差し伸べるのに失敗しており、コロナ禍はさらに、貧困根絶に向けた歩みを10年近く後戻りさせる危険があります。機会と結果のどちらの点でも不平等水準が高い国も多く、コロナ禍によって不平等はさらに拡大しています。人口の高齢化、人の移動、都市化、自然災害、気候変動、科学技術の発展はこの課題をさらに膨らませています。

 報告書は適用範囲における大きなギャップの主な原因の一つとして大幅な投資不足を挙げています。保健医療を除くと、域内の多くの国で社会的保護に対する支出は国内総生産(GDP)の2%を下回っています。世界平均は11%であることから、人に対する投資水準のこの低さは際立っています。もう一つの主な理由として全労働者の7割近くを占める非公式(インフォーマル)就業の多さが挙げられます。

 社会的保護への投資拡大は貧困、不平等、購買力格差の縮小に直ちに影響を与えると思われます。例えば、政府が基礎的な児童給付、障害給付、老齢年金を提供したとしたら貧困世帯比率は最大18ポイント下がると思われます。

 GDPの2~6%という必要な投資水準は相当な金額に見えるかもしれませんが、報告書はほとんどの国でこれは達成可能な目標であることを示しています。そして、現在の予算配分の優先順位を付け替え、歳入の底上げを図り、新技術をうまく活用し、社会的保護を社会対話で下支えされた国の開発戦略に組み込むことを提案しています。

 アルミダ・サルシア・アリシャバナESCAP事務局長は、包括的な社会的保護は健全な社会と活気ある経済の基盤を形成することを指摘した上で、新型コロナウイルスの世界的大流行は、適正に機能する社会的保護制度が有する安定化効果とその不在が不平等と貧困をいかに悪化させるかを示すことによって、この至上命題に鋭く焦点を当てたと説いています。そして、「短期的な救済措置を、コロナ禍以後のより良い立て直しに向けたより長期的な戦略と結びつけることを提唱することによって、域内全ての人々への実効的な社会的保護の提供という考えが既に私たちの取り組み方を形作り始めています」と語っています。

 麻田千穂子ILOアジア太平洋総局長も次のように語っています。「新型コロナウイルス危機は働く多くの人々、とりわけインフォーマル経済で働く人々の不安定な状況を露わにしました。近年、この地域で達成された社会・経済進歩の停滞を避けたいと思うならば、公的社会的保護制度へのさらなる投資が明確に必要とされています」。

 より良い立て直し地域会話シリーズの第5回イベントの中で開かれた「社会的保護:全ての人の権利か少数者の特権か?」と題するハイレベル対話には、ガイ・ライダーILO事務局長の他、フィジーのメレセイニ・ヴニワカ女性・子ども・貧困緩和大臣、インドネシアのハイヤニ・ルモンダン労働力省労使関係・労働者社会保障局長、パキスタンのサニア・ニシタル貧困緩和・社会安全首相特別補佐、クン・フォアク東南アジア諸国連合(ASEAN)社会・文化共同体副事務局長、サラ・クック・ニューサウスウェールズ大学グローバル開発研究所長、マーストリヒトにある国連大学ガバナンス大学院のミハエル・シホン名誉教授など域内外の高名な人々が出席し、議論を交わしました。

 8章構成の報告書は、第1章で社会的保護の基本的なニーズの理論を紹介した後、第2章でアジア太平洋地域の社会的保護の現状を総括した上で、第3章で子ども、第4章で生産年齢の人々、第5章で高齢者、第6章で医療保健と福祉といったように分野別で域内諸国の社会的保護の現状を示し、第7章で社会的保護の適用範囲を広げることの影響力を実証し、第8章で今後に向けた提案を行っています。


 以上はILOアジア太平洋総局によるバンコク発英文記者発表の抄訳です。