新型コロナウイルスと社会的保護

新型コロナウイルス:脆弱な集団を支えていない社会的保護

 各国政府は新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的大流行によって作り出された勢いを活用して、集団財源型で包括的な常設の社会的保護制度に向けた歩みを速めることをILO社会的保護局長は提案しています。

広報動画:社会的保護による新型コロナウイルス危機対応(英語・1分5秒)

 新型肺炎コロナウイルス(COVID-19)が世界に送っている一つのメッセージは、私たちの安全性水準は周囲の最も脆弱な人々と等しいというものです。自らを隔離したり治療を受けることができない人々は、自分自身だけでなく他人の命も危険にさらしており、一つの国がウイルスを抑制できないとしたら、他の国にも感染あるいは再感染の可能性があると言えます。にもかかわらず、世界中で社会的保護制度は脆弱な集団の命や生計の保護において惨めに失敗しています。

 世界人口の4割近くが健康保険に加入していないか国民健康サービスを受ける機会がなく、約8億人が毎年、世帯予算の少なくとも1割を保健医療費に費やし、1億人が医療費を原因とする貧困に陥っています。これは新型コロナウイルスのような感染力が高いものを含み、病気にかかっても治療を求める資力を持たない人が多いことを意味します。

 問題をさらに悪くするものとして、労働者の圧倒的多数が疾病休暇を取得したり、予期せぬ非常事態に対処できる経済的な保障を欠いています。疾病給付を提供する社会保険や社会的扶助制度が整備されているのは世界の国の3分の2にも満たない現状では、病気にかかった人はしばしば個人の健康及び公衆衛生を危険にさらすか医療費を支払うかの二者択一を迫られます。

 驚くことではありませんが、世帯所得を支え、総需要を安定化するという決定的に重要な役割を有する失業保護でさえもまた、大いに不十分です。既にウイルスが流行している地域の供給業者に依存している企業や地域閉鎖その他の封じ込め策による需要減に直面している企業には甚大な圧力がかかっています。今や数十万人の仕事が脅かされているにもかかわらず、失業給付に頼ることができるのは世界の失業者の5人に1人に過ぎません。

 実際、世界人口の55%に当たる約40億人が何らの社会的保護の恩恵も受けておらず、多くの国がこのギャップを満たす手段として、一部の者にしか負担できる余裕がないような市場型解決策に頼っています。新型コロナウイルスの世界的大流行が明確に示したように、これは最も貧しい人々や最も脆弱な人々を傷つけるだけでなく、社会全体、そしてグローバル社会全体の福祉を脅かしています。

 世界の指導者にとって、これは何ら目新しいニュースではなく、このような理由から2008年の金融危機という前回の地球規模の大災害後の2012年に、国際社会は全会一致でILOの「社会的な保護の土台勧告(第202号)」を採択することによって、包括的な社会保障制度の基礎を形成するであろう最低水準の保護を確立することを約したのです。

 2015年に世界の指導者らはさらに有望な一歩を進め、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に合意しました。アジェンダを構成する17の持続可能な開発目標(SDGs)の多くが社会的保護の至上命題の前進を図っています。例えば、ターゲット3.8は「全ての人々に対する財政リスクからの保護、質の高い必要不可欠な保健医療サービスを受ける機会、安全で効果的かつ質が高く安価な必須医薬品とワクチンへのアクセスを含む、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成」を目指し、ターゲット10.4は「税制、賃金、社会的保護政策を始めとする政策を導入し、平等の拡大を漸進的に達成する」ことを各国に呼びかけています。最後に、ターゲット1.3は「各国において土台を含む全ての人のための適切な社会保護制度及び対策を実施し、2030年までに貧困層及び脆弱層に対し十分な保護を達成する」ことを目指しています。

 しかし、新型コロナウイルス危機が明らかにしたように、達成された進歩は十分にはほど遠いと言わざるを得ません。ウイルスの流行に明るい面があるとすれば、それが政府による保健医療サービスや疾病給付、失業者保護の機会を拡大するきっかけになるのではないかという点です。このような支出は高所得者への減税措置や初めてマイホームを購入する人々に対する与信拡大、一部の法人税措置などの他の措置よりも経済にプラスに機能する相乗効果が大きく、社会や政治の安定性を支えられることが得られる証拠から示されています。

 もちろんまだ財源の問題が残っていますが、ILOの推計では、途上国で十分な社会的保護の土台を実施するために不足している財源は国内総生産(GDP)の1.6%相当であることが示されています。低所得国の場合にはこの必要財源はもっと大きく、GDPの5.6%程度に達し、自国だけではこの不足額を満足するのに十分な財政的余地があるとは言いがたい状況です。

 しかしながら、世界はかつてないほど豊かであり、ウイルスの世界的流行によって導かれる景気後退の有無にかかわらず、必要な資金を動員することができるでしょう。このためには各国は多国籍企業が公正な額を公庫に拠出することを確保する法人税改革を実施すべきです。累進的な所得税や富裕税、不正な金銭の流れを低減させる政策も助けになるでしょう。

 しかし、こういった措置が効果を発揮するまでには時間がかかると思われ、ウイルスの流行が既に経済活動を混乱させ、所得や需要を弱めている現状では、スピードが決定的に重要です。先進国、途上国を問わず、即時に必要なのは赤字財政に向けた柔軟性の拡大、そして社会的保護制度への投資を支える譲許的国際借入です。

 社会負担や税を財源とする保健医療制度を有する国を始め、既に多くの国が包括的な給付策の中に予防・検査・治療措置を組み込むなどして新型コロナウイルス危機に際して必要なサービスが受けられるよう確保するために支出を増大させています。例えば韓国は政府が資金を負担するドライブスルーの検査所を通じて毎日何千件もの新型コロナウイルス検査を行っています。

 加えて、多くの国が企業や世帯に対する経済的支援の拡充を図っています。香港やアイルランド、英国は疾病給付の対象を隔離されたあるいは自主隔離の労働者に広げました。ドイツやオランダは需要減によって労働時間が削減された労働者に失業給付の部分支給を行っています。

 同様に中国、フランス、ポルトガル、スイスでも一時閉鎖を命じられた企業で働く労働者を含むように失業給付の受給資格を拡大しました。オーストラリア、中国、ポルトガルは脆弱な集団を含むよう社会扶助を拡大しました。さらに中国、フランス、タイなど多くの国が社会保障費や税金の支払期限を先延ばししました。

 しかし、こういった措置は第一歩に過ぎません。政府は現下の危機によって形成された勢いを活用し、集団財源型の包括的かつ普遍的な社会的保護制度に向けた歩みを加速させる必要があります。そうすることによって初めて、私たちの社会と経済は新型コロナウイルスの流行に留まらず、来たるべき他の危機も克服できるようになるでしょう。


 以上はILO社会的保護局のシャハラ・ラザビ局長による2020年3月25日付のジュネーブ発英文論説の抄訳です。