論説:労働安全衛生

100年間のILOの活動:仕事をより安全でより健康的なものに

 労働安全衛生はILOの1919年の創立以来の中核的な要素の一つです。今年の労働安全衛生世界デーの報告書の中心的な著者であるマナル・アッジILO労働安全衛生技術専門官が、ILOの最初の100年間における労働安全衛生分野の主な出来事を列挙し、今後の課題を展望します。

マナル・アッジILO労働安全衛生技術専門官

 今年の労働安全衛生世界デーの報告書は『Safety and health at the heart of the future of work: Building on 100 years of experience(仕事の未来の中心に位置する安全と健康:土台となる100年の経験・英語)』と題し、労働安全衛生分野におけるILOの100年の活動を振り返ると共に、仕事の世界に新たに登場してきた安全・健康問題に光を当てています。この論評記事では、同書の中心的な著者であるマナル・アッジILO労働安全衛生技術専門官が、労働安全衛生分野のILOの100年間の活動を以下のようにまとめています。

 労働災害や職業病は、単なる経済的なコストに留まらず、人間の命という計り知れない犠牲を引き起こし、数億人に影響を与えています。したがって、労働安全衛生が創立当初からILOの優先事項の一つであったのも驚くことではありません。

 1919年にILO憲章に関する交渉が初めて行われた時から既に、労働安全衛生についてはその前文に次のように特記されました。「これらの労働条件を、たとえば、(中略)雇用から生ずる疾病・疾患・負傷に対する労働者の保護(中略)によって改善することが急務である」。

 憲章の採択に続き、素早く具体的な行動に移されました。1919年に開かれた第1回ILO総会で採択された6本の勧告中3本が労働安全衛生に関するものでした。それは「1919年の炭疽予防勧告(第3号)」、「1919年の鉛中毒(婦人及児童)勧告(第4号)」、「1919年の黄燐勧告(第6号)」の3本です。

 初期の国際労働基準は危険有害物質への暴露や危険な機械のような単一事項の規制に関するものか、鉱業や海事産業、建設業、製造業といった産業活動部門を扱うものとなる傾向がありました。重点は規範的なルールと労働者を保護する政府の役割に置かれました。

 現在ある労働安全衛生に関するILOの条約・勧告は40本以上に上ります。ILOの文書の特別の強みは、加盟国の政労使代表が皆、その制定において平等な役割を演じるというILO独特の三者構成の仕組みから導かれます。これは疾病保険や年金などのような、労働安全衛生に関わる重要な社会政策事項に加盟国が取り組むのを確実にする助けにもなります。

 1930年には画期的な前進として、『ILO産業安全保健エンサイクロペディア』が刊行されました。文字通り数千人の専門家の手を借りてまとめられた同書は、多数の専門分野にわたる労働安全衛生活動の学際性を確立する助けになりました。

 第二次世界大戦後には安全設計及び工学に関連した、より新しい専門分野へと関心が広がり始めました。新たな物質や化学薬品の登場はさらなる調査研究と対策を要請しました。国際連合や世界保健機関(WHO)などの保健事項に関心を持つ新しい国際機関も登場しました。1950年にILOとWHOは初めて労働衛生に関する合同委員会を開催しました。両機関の担当領域は重複していることから、ILOはその後、労働安全衛生の中でも厳密に医療的な側面からは手を引き、安全と健康を一つの事業計画の中にまとめて、より予防・防止に重点を置く方向に移行しました。

 1950年代には脱植民地化と新規に加盟する途上国数の増大に応え、技術援助計画が導入されました。労働安全衛生に関する任意の実務規程を策定する活動も始まりました。

 1980年代には、チェルノブイリ原子力発電所の事故を経て、労働安全衛生に対する姿勢が安全文化の育成に移行し始め、リスク評価や予防・防止、緩和に重点が置かれ、労働者の身体的福祉に加えて精神衛生事項も含まれるようになりました。この変化を反映するものとして2003年に採択された「ILO労働安全衛生世界戦略」は、規定よりも防止・予防に重点を置きました。2003年にはまた、労働安全衛生事項に対する一般の人々の関心の高まりを受け、4月28日が労働安全衛生世界デーに定められました。

 今日でもなお、労働災害や業務関連疾病によって毎年280万人あまりの労働者が命を落としています。負傷者は3億7,000万人を上回っています。したがって、労働安全衛生活動のILOにとっての重要性は次の100年間においても変わらないことでしょう。新たに登場してきた課題としては、科学技術や人口構造の変化、持続可能な開発、作業組織における変化、心理社会的リスク、労働関連ストレス、非伝染性疾患などを挙げることができます。この傾向は改善のための機会をもたらすものでもあります。例えば、リスク評価や危険な仕事については科学技術の応用を図ることができ、労働時間の再構築によって仕事と生活のより良い調和を達成することができるでしょう。ILOが次の100年にも有効であるためには、公衆衛生、予防文化、リスク予測を網羅した多専門分野にわたる、より幅広い対応が求められることでしょう。しかし、一つだけ不変の要素があります。それは、ILOを創設した憲章にも記されていますが、ILOの労働安全衛生分野の活動は他の全ての政策分野がそうであるように、引き続き、人間を中心に据えた取り組みを土台としていくであろうということです。


 以上は労働行政・労働監督・労働安全衛生部のマナル・アッジ労働安全衛生技術専門官による2019年5月21日付の英文論評の抄訳です。