論評-ILOアジア太平洋地域会議

ディーセント・ワークと社会正義:アジア太平洋地域会議がもたらすべき考え方の変化

西本伴子ILOアジア太平洋総局長

 ILOは、原則として年に1つずつ、アジア太平洋、米州、アフリカ、欧州の順で、地域の加盟国政労使が参加して域内における優先事項について話し合う地域会議を開催しています。2016年12月6~9日にインドネシアのバリで開かれる第16回アジア太平洋地域会議には、ILOアジア太平洋総局とアラブ総局が所轄する47カ国から三者構成代表団(総会同様、政府代表2・労働者代表1・使用者代表1)が出席し、2006年に韓国で開かれた第14回会議の際に宣言された「アジアにおけるディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の十年(2006~15年)」の終了に当たってその実施状況を振り返り、2015年に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」などを考慮に入れて、仕事の未来及び新たに登場しつつある課題について話し合い、この地域の持続可能な開発、雇用創出、社会正義を強化する可能性のある政策について検討を行います。

 この会議は世界が大いに不確実な状況にある中で開かれます。「上げ潮は船をみな持ち上げる」という古い経済学の定説は今は広く信用を失い、経済成長が数億人の人々を絶対的な貧困状態から引き上げたアジア太平洋においてさえ、導き手のいない成長だけでは十分でなかったことが広く受け入れられています。この地域には依然として個人事業主と寄与的家族従業者という脆弱な就業者と不平等が残り、状況が悪化している場所もあります。これは誰にとっても懸念すべき事態であり、97年前に制定されたILO憲章で既に「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である」と明記されているように、普通の人々が特権が剥奪されたように感じた時に選挙や経済に何が起こるかを私たちはほぼ毎日、ニュースの見出しを見るたびに思い起こさせられています。

 国際的な政策議論は今、これを反映する方向に動いています。包摂性と持続可能性は、約1年前に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」のスローガンであり、アジェンダが目指す持続可能な開発目標はディーセント・ワークに特別の注意を払っています。ディーセント・ワークは17ある持続可能な開発目標のうちの目標8の中心事項であり、その原則は他の多くの目標やターゲットにも散見されます。

 数量目標から質的な目標への重点の移行は、包摂的で仕事を豊かに生む成長の道を形作ることのできる全く新しい考えを必要とします。そのためには、私たちの考え方、そして進歩の定義も変え、成長を、それ自体を目標とするものではなく、社会正義を推進する要素と位置づけなくてはなりません。第16回アジア太平洋地域会議は正にそのための格好の機会を提供します。

 初日に行われる基調討議では、包摂的な成長と社会正義に焦点を当て、必要な平等と社会正義をグローバル化が提供できるよう、その流れを形成する方法について検討が行われます。2日目の7日には、私たちが直面している課題と動向を検討し、人間らしく働きがいのある仕事を創出し、公平を育むために必要な政策について話し合う全体会議が開かれます。8日の全体会議では、社会対話の決定的に重要な役割に光が当てられます。社会的パートナーである労使を話し合いに参加させる社会対話が組み込まれていない政治・社会文化では、目標は達成できないと言っても過言ではありません。8日には、技能と訓練に特化した全体会議も開かれます。技能は、とりわけ女性や先住民族、障害者など、しばしば開発の辺縁に追いやられる集団や若者に明るい未来を開き、技能と訓練は新技術による雇用の創出を許し、革新的で成功するビジネスに向けて使用者が利用できる基礎を形成するといったように重要です。

 移住、とりわけ公平で正しく規制された人材斡旋・募集プロセスの重要性について話し合う説明会(7日)や、ILOの「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」の文脈で多国籍企業の役割とこの地域の社会政策との相互作用について話し合う特別討議(8日)も行われます。

 会議では、域内ILO加盟国が人民全てにディーセント・ワークを促進することを約した「アジアにおけるディーセント・ワークの十年(2006~15年)」の成果の点検も行われます。この点では相当の進展が達成されていますが、この十年はプロセスの終了ではなく、基礎と見なすべきことが示されています。とりわけ国際的に認められた労働基準、より強い労働市場関連機構、公平な労働力移動、社会的保護、男女平等の促進に向けてもっと多くの活動が求められ、非公式な就労から公式就労への移行、そして気候変動の影響に関する取り組みを強化する必要があります。

 アジア太平洋地域会議は堅固な政策へと結びつく行動の呼びかけとして機能することが求められます。最終的にこの地域が包摂的でディーセント・ワークに規定された未来を見つけることができるか否かは政治的な決定に左右されます。私たちの未来は、このような会議で採択される政策、そして実行される戦略によって形成されるのです。

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 以上は西本伴子ILOアジア太平洋総局長による2016年12月1日付英文論評の抄訳です。