ラナプラザから2年

ラナプラザの記憶と前途:各地で追悼式典/生存者は語る

記者発表 | 2015/04/23
動画:ラナプラザから2年:現状報告(英語)

 既製服工場の労働者を中心に1,136人の犠牲者を出したラナプラザビル倒壊の悲劇から2年が経ち、ILOも現地で追悼式典を開きました。欧州議会で開かれた追悼イベントに出席したサンドラ・ポラスキーILO政策担当副事務局長は達成された進歩を紹介し、残された課題への取り組みを求めました。ILOは生存者や新人監督官にこの2年を振り返ってもらった広報記事や動画を作成しました。

バングラデシュ既製服部門で達成された進歩と前途の課題に光が当てられたラナプラザ追悼式典

 2013年4月24日にバングラデシュの首都ダッカ近郊で発生したラナプラザビル倒壊の犠牲者は既製服工場の労働者を中心に1,136人に上りました。ILOとバングラデシュ政府は、同国における労働条件向上に向けたILOの活動に資金を拠出しているカナダ、オランダ、英国の後援を受けて、悲劇から2年が経過した今年4月23日にダッカで追悼式典を開催しました。「ラナプラザからの2年:バングラデシュ既製服産業部門の安全性向上に向けて」と銘打った式典には、ハイレベル政労使代表が出席し、犠牲者を追悼すると共に達成された進歩を振り返り、未解決の課題について話し合いを行いました。

 過去2年間、バングラデシュ政府はILO及び幅広いパートナーと密接に協力し、既製服産業の労働条件改善に向けて努力してきました。3,500の輸出向け既製服工場中2,500以上で建物の構造、火災、電気面の安全性検査が終了し、労働監督署と消防局は幅広い人員を対象とした能力構築を経て、より効果的な規制監督業務を遂行しています。労働安全衛生の改善に向けた取り組みも進行中で、事故生存者のリハビリテーションに対する支援も提供されています。

追悼式典で挨拶する西本ILOアジア太平洋総局長

 式典で挨拶したムジブル・ハク・チュンヌ労働・雇用大臣は、このようなアパレル産業の変革に向けた過去2年間の継続的な努力を紹介し、この産業の今後の道を描き、これを持続可能な産業部門と化す上で、「このような変化は決定的に重要な役割を演じることだろう」との期待を述べました。西本伴子ILOアジア太平洋総局長は、過去2年間の取り組みを振り返り、相当の進歩が達成されたことを認めつつも、最優先事項であるところの残っている工場の検査の終了、閉鎖を主張している工場の確認、非協力的な工場への対処、安全性向上に向けた進歩にマッチするような労働者の権利における同様の改善、補償金処理手続きの過程で必要性が明らかになった業務災害保険制度の整備など、残された多くの課題を指摘し、取り組みにおける緊急意識を失うことがないよう注意を喚起しました。

 式典に出席した米国、欧州連合(EU)、カナダ、オランダの代表も、達成された進歩を評価しつつも引き続きの努力と残された課題への取り組みを呼びかけました。

バングラデシュの既製服部門における社会対話の拡大を呼びかけ

 追悼式典に先立つ4月21日、ILOはデンマーク及びノルウェー両国政府の支援を受けて、バングラデシュにおける職場内協力と労使関係のさらなる前進に向けて提案されているILOの新しい事業案に対して政府、使用者、労働者団体、開発協力機関の代表から意見を聴取し、情報提供を受けることを目的として、ダッカで政労使全国協議会を開催しました。会議において、西本伴子ILOアジア太平洋総局長は、「社会対話の向上とそれがもたらす労使関係の改善」は労使双方に相当の利益をもたらすことを強調し、ILOにとっての社会対話には、政府、労働者、使用者の二者または三者の代表の間での共通関心事項に関するあらゆる種類の交渉、協議、情報交換が含まれることを説明しました。さらに、使用者にとっての利益として、業務に熱心な人員は生産的で利益を生む労働力となる可能性が高く、成長を推進し、投資を引き寄せる助けになり、一方労働者にとって社会対話は、結社の自由や団体交渉などといった自分たちの基本的な権利の実現を助けることによって賃上げや労働条件の改善をもたらす可能性があると説きました。

 協議会には主賓としてムジブル・ハク・チュンヌ労働・雇用大臣も出席しました。また、労働・雇用次官、バングラデシュ使用者連盟(BEF)副会長、バングラデシュ縫製品製造業・輸出業協会(BGMEA)会長、バングラデシュ・ニット製品製造業・輸出業協会(BKMEA)第一副会長、労働者教育全国調整委員会(NCCWE)委員長、インダストリオール・バングラデシュ支部(IBC)書記長など、ハイレベル代表が多数参加しました。

欧州議会追悼イベントでポラスキーILO政策担当副事務局長が講演

 4月22日にブリュッセルの欧州議会で開かれた追悼イベント「ラナプラザの記憶と前途」にはサンドラ・ポラスキーILO政策担当副事務局長が出席し、この2年間を振り返って達成された進歩と未解決の課題について次のように発表しました。

 ラナプラザビルの事故、そして2012年後半にパキスタンやバングラデシュで起こった工場火災はグローバル・サプライ・チェーン(国際供給網)の労働条件が時に許容できないものであることを世界中に思い起こさせました。衣料部門のグローバル・サプライ・チェーン、とりわけバングラデシュの衣料産業の状況の抜本的な変革に向けて多くの公約がなされました。この2年を振り返ると良いニュースとそれほど良くないニュースがあります。バングラデシュでは工場の安全性確保に向けてかなりの進展があり、国内衣料工場全体の約75%で検査が済み、次は問題の是正に重点を置くべき時が来ています。団結権や団体交渉権などを含むその他の労働者の権利については、2013年に労働法が改正されましたが、輸出加工区の労働者が適用対象から除外されていることに加え、法規定を実施するための規則の整備が遅れており、労働安全衛生委員会の設置やベターワーク(より良い仕事)計画の導入などといった主な活動を進められないでいます。

 補償金については死者・行方不明者遺族及び負傷者に対する補償金の支払いを確保するために、2013年9月にILOを中立的な議長とし、非政府組織(NGO)、ブランド・小売企業、BGMEA、労働組合、バングラデシュ政府を構成員とするラナプラザ調整委員会が設置されました。ラナプラザ・ドナー信託基金が窓口となって受け入れた団体や企業、個人からの寄付金などを財源とする補償金の金額は、ILOの業務災害給付条約(第121号)に沿って、賃金最終支払額や被扶養者の人数・年齢、負傷者の場合は障害等級に基づき、個別に計算されています。2015年4月20日付の調整委員会の記者発表によれば、2,871件の補償申請中、既に2,839件まで処理が終わり、2015年4月現在、合計で7億6,000万バングラデシュ・タカ(約12億円)近くが支払われています。しかし、補償金を全額支払うにはまだ3,000万ドルほど不足しています。バングラデシュはまた、このようなその時その時の取り組みに頼らなくても良いよう、将来的には全国的な業務災害保険制度を樹立する必要もあります。

 ラナプラザビルの災害直後にバングラデシュから商品を調達している国際的なブランド企業や小売業者と二つの国際労働組合組織(インダストリオールとUNIグローバル)がイニシアチブをとって設立された「火災と建物の安全性に関するバングラデシュ協定」には現在190社が参加しており、安全性の向上と労働者の権利尊重に関してサプライ・チェーンの頂点に立つ企業と国際労働組合が協力できる方法を示す好例となっています。

 衣料部門におけるディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の不足は幅広く見られる現実的な問題ですが、カンボジアやベトナムなど、ILOがベターワーク計画を実施し、政労使に政治的意思がある国ではこの問題に対する取り組みに実質的な進展が見られます。ビジネスの観点から見ても関連する労働法や国際労働基準の遵守向上が労働者の生産性に好影響を与えること、そしてより高い賃金の支払いが確保され、労働者が身体の安全性を実感し、言葉による暴力もなく、労使に信頼関係がある場合、工場の収益性が高くなることは調査研究からも見出されています。また例えば、仕入れ業者は工場の労働基準遵守を奨励し、遵守する工場を優遇しているような納入先と長期的な取引関係を結び、政府は他国政府との二国間や多国間の関係やサプライ・チェーンを率いる国内企業との関係を通じて、グローバル・サプライ・チェーンにおける基本的な権利や人並みの賃金の奨励に相当の影響を与えることができ、消費者団体の外部からの圧力は賃上げや労働条件の改善をもたらす場合があるといったように、より多くの労働者にこの改善を広めるよう工場の外の利害関係者もプレッシャーを加えることができます。

 副事務局長は結論として、衣料部門のサプライ・チェーンにおいては実質的な進展が達成された部分があり、バングラデシュでもある程度の進展はあったものの、前途はまだ長いとし、政府その他による公約達成の重要性を強調しました。

ラナプラザ後の暮らしの再建:生存者の物語

 ILOはラナプラザビル倒壊の悲劇に対処するためにバングラデシュの政労使が策定した行動計画の実行を支援するものとして、カナダ、オランダ、英国の資金協力を受けて、既製服部門の労働条件改善を目指す事業計画を展開しています。ILOの支援を受けて起業した2人の生存者は次のように自分たちの物語を語っています。

◎小さな店と大きな夢

 シャージャハン・セリム氏が事故にあったのはラナプラザビルで働き始めてわずか6日後のことでした。無傷で事故から生還できたセリム氏は軍隊で培った技能を用いて、事故後2週間にわたって救援活動に従事し、37人を救出し、28人の遺体を回収しました。しかし、救援活動中に足を滑らせて3階の高さから転落して背骨を骨折し、身体が不自由になりました。氏はILOの支援するカウンセリングを受け、ビジネス研修を受講し、今はサバールで小さな雑貨店を営んでいます。

 障害を負ったセリム氏は1人で店をやっていくことはできませんが、家族や周囲の人々の助けを受けて商売は順調です。セリム氏の店ではお客が自分で品物を選び、精算します。セリム氏はお金の入った箱を客に差し出すだけです。氏が助けた人々は今でも時々食べ物を持って店を訪れます。息子は学校に行く前に店を開けて商品を陳列し、妻が仕事で外出している時には食事や入浴など父親の面倒を見ています。

 小口注文にも応じてくれる卸売業者の協力もあり、お客の要望にも応えながら品揃えを豊かにしてきたことによって、開業から1年しか経っていないにもかかわらず、最初は1万5,000タカ(約2万2,000円)相当額であった在庫が今では9万ドル(約14万円)に達しています。今は食品や日用品を中心に置いていますが、夏が来る前に冷蔵庫を買って清涼飲料やヨーグルトなども置き、学童向けの文房具も揃え、将来的にはデパートほどに大きくしたいとセリム氏は夢を語っています。

◎労働者からオーナーへ

 まだ27歳のナシール・ウディン・ソヘル氏も外傷はなかったものの、倒壊の恐怖から大きな工場で働けなくなりました。ILOが支援するキャリア・カウンセリング、精神的支援サービスを受け、自助グループに参加したソヘル氏は、事故の補償金を用いて同じく事故の生存者であった友人と2人で小さな縫製工場を立ち上げました。開業1年後の今、最初は2台だったミシンも8台に増え、他に6人の事故生存者を雇うまでに事業は拡大しました。

 ソヘル氏のニューライフ・ファクトリー社は協同組合方式で運営されています。社員は皆オーナーで、給与は一律7,000タカ(約1万500円)です。建物は平屋建てで厳しい生産目標もありません。にもかかわらず、目標が達成されなかった時には誰もが自主的にもっと一生懸命働きます。資金繰りが苦しいことを知っている仕入れ業者も前払いをしてくれるなど実に支援的です。夏になると停電が増えるため、資金に余裕ができたらただちに発電機を買い、スペースを調整してもっとミシンを買い足したいと語るソヘル氏は、5年で縫製ラインを二つにし、ミシンを64台に増やす目標を立てています。

工場監督官-難しい、でも名誉ある仕事

 ラナプラザビル倒壊の悲劇を受けて、バングラデシュでは労働監督業務の効率性と能力の向上に向けた取り組みが続けられています。ILOはカナダ、オランダ、英国の資金協力を受けて実施している「既製服部門の労働条件改善計画」の中で、この過程を支援しています。

 労働監督機能の強化に向けて、政府は監督機関を格上げし、その予算を拡充し、監督官の採用枠を大幅に拡大し、現職監督官に訓練を提供しています。2013年12月24日に採用された27歳の女性監督官、ファルザナ・イスラムさんはラナプラザの事故に影響を受け、自分の権利や責任を知らない場合が多い労働者を助けるために何かしたいと思い、新聞で見かけた労働・雇用省の求人広告に応募したと語っています。ILOはこのようにして採用された新人監督官に労働安全衛生など幅広い事項に関する訓練を提供しています。

 監督官はチェックリストを携えて工場を訪れ、火災対策やレイアウトなどを上から下まで徹底的に検査します。ラナプラザの事故当時、例えば発電機やボイラーは1階か別の建物に設置することを求める規則がありましたが、執行されていませんでした。今では違反工場は営業免許が更新されません。

 2013年にイスラムさんが採用された当時は監督機関の職務能力や業務の効率性はそれほど高くはなく、最後に研修を受けた時期を先輩に尋ねても誰も覚えていませんでした。今ではあまりにも多くの研修に誰もがうんざりしているくらいです。

 女性監督官であることにはメリットもあります。例えば、男性監督官が女性労働者に最後の休日がいつだったか尋ねても答えをもらえない場合がありますが、子どもやご主人の話から始め、同じ質問を彼女がすると「最後の休日は夜遅くまで働かなくてはならなかったので、休日などではなかった」というような答えを引き出せるのです。

 例えば、給料が支払われたとの報告の電話が労働者から入るといったように、経営者が違反を是正し、少なくとも自分が一つの問題を解決したと分かった場合、「実に幸せ」とイスラムさんは語っています。

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 以上は次の各二つの英文記者発表及び広報記事の抄訳です。