活躍する日本人職員 第8回:川上剛

川上剛
ILO南アジアディーセントワーク技術支援チーム
労働安全衛生・労働監督上級専門家
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略歴
千葉県市川市出身。1984年東京医科歯科大学医学部卒業、医師免許取得。1988年同大学院卒業(社会医学系公衆衛生学専攻)、医学博士。1988年産業医学総合研究所(現;労働安全衛生研究所)、1991年労働科学研究所(現;大原記念労働科学研究所)勤務。日本とアジア各国の労使と協力して製造業、建設業、農業、サービス業、廃棄物収集等さまざまな労働現場の安全衛生調査研究および改善のためのトレーニングプログラム作成と実施に携わる。同時にJICA専門家およびILOコンサルタントとしてタイ、フィリピンの公衆衛生システム改善や中小企業の安全衛生改善プロジェクトに参加する。またJILAF(国際労働財団)のプロジェクトに参加し、パキスタン、バングラデシュ、モンゴル、タイの労働組合と協力して労働者イニシアチブによる参加型労働安全衛生トレーニングを推進する。2000年にILOに採用されアジア太平洋総局(バンコク)で労働安全衛生専門家として勤務。2011年ILO本部(ジュネ-ブ)、2017年からはILO南アジアディ-セントワ-ク技術支援チ-ム(ニュ-デリ-)に移り現在にいたる。南アジア各国において、家内労働、農業、中小企業、建設業、廃棄物収集・リサイクル業等における労使参加型労働安全衛生改善を支援し、同時にILO条約の普及、労働安全衛生政策法制度および労働監督制度強化に取り組む。妻(フィリピン人)と2人の息子の4人家族。
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現在ILOニューデリーオフィスに所属され、労働安全衛生に係るプログラムに従事されていますが、具体的にはどのような内容のプログラムでしょうか。またどのような使命を任されていますか。

仕事の内容は大別すると二つです。一つ目は労働安全衛生における国の政策や仕組みを強化するためのアドバイス、二つ目は草の根の労働現場における労使への直接のトレーニング活動と地元トレーナー養成、そのためのツール作成です。例えばアフガニスタンでは、政労使が働く人々の安全と健康の状況をレビューして改善課題を把握し、それを国の労働災害防止5か年計画(ILOではNational Occupational Safety and Health Programmeと呼びます)にまとめあげるプロセスの技術支援を始めたところです。パキスタンではEUの資金で繊維産業におけるILO条約普及のプロジェクトがあり、そこでは直接工場内で労使との参加型安全衛生トレーニングを実施しまたそのためのツール作成や地元トレーナー養成を行っています。インドではこれまで労働者保護の行き届かなかった産業への取り組みを強めています。船舶解体・リサイクル業、廃棄物収集やトイレ清掃、あるいは家内労働職場の現場を調査し政策強化や労使への直接トレーニングを進めます。スリランカとバングラデシュでも国の労働災害防止5か年計画策定と労働安全衛生法制度や監督制度の強化に協力しており、さらにスリランカでは特産品の紅茶プランテーション現場を訪問し労使への直接のトレーニングを進めてきました。COVID-19の流行が始まってからは、インド、ネパール、パキスタンの政労使向けにオンラインですが、地元改善実例の紹介を中心とした職場における感染予防対策セミナーを実施してきました。


写真1:インドの労働災害防止計画を策定する第一歩として各地を回り政労使の意見を聞くワークショップを開く。写真はウッタルプラデシュ州カンプールにて。一番左が筆者。©ILO

特に印象に残っている職務経験を教えてください。

南アジアの幅広い草の根の職場を訪問し、そこで一生懸命働いている多くの労働者・使用者と出会いその仕事内容をじっくり見せていただいていっしょに安全と健康改善を考えていく、そのすべてが印象に残っています。ILOの政労使、特に労使のネットワークの助けがなければ行きつけないような職場も多くあります。一例をあげればネパールで金属性の仏像や工芸品あるいは繊維製品を作っている家内労働職場は首都のカトマンズに無数にありますが、外からみれば地元の普通の家でこの中で作業をしているようには見えません。そしてどこにも地元労使が自力で進めてきた改善例・努力があります。一方で危険な機械を作った作業あるいは有害物を狭い家の中で使用する工程もあり、先進国では過去のものとなったタイプの職業病に蝕まれている労働者に出会うこともあり、どうしたら作業を安全に改善できるのだろうかと悩むこともあります。

最近実施しているCOVID-19感染予防対策トレーニングでは、現場へ直接赴いて実施できずオンラインですからもどかしく、こうした進め方でどこまで改善が進められるか気になっていました。そこで内容をできるだけ具体的にしようと字ばかりのスライドの使用は避けてできる限り地元職場で実施可能な改善実例の写真やイラストを示しました。印象的でうれしい驚きだったのは、トレーニング後しばらくして実施した改善写真を送ってくださいとお願いしたところ、特にパキスタンの繊維職場から100例もの改善写真が届いたことです。ディスタンシング、手洗い場所の増設、マスクの使用徹底、ドアノブなど多くの人が触れる場所の消毒等、どれも現場労使が知恵を出し合って自分たちで実施したものでした。
 

写真2:参加型トレーニングでは改善実例写真を多数示して地元労使が自分たちの職場への応用を考える。インド、ケララ州で実施された小規模建設現場改善安全衛生トレーニングにて。©ILO

現在従事されているプログラムの目標達成に向けて、日本が貢献できる点があるとすれば、どのような事になるでしょうか。

グローバルなサプライチェーンを意識して自分たちが日々使っている製品の多くが途上国の人々の手で作られており、その人々の労働条件・職場改善に自分たちも関与しているのだいうことを知って考えてみることが大切だと思います。例えばこの稿で取り上げてきた繊維製品や工芸品あるいは紅茶等の農産物がわが国はじめグローバルなマーケットに輸出され使用され、あるいは船舶はじめ日本で作られた機材や製品が途上国で解体されリサイクルされています。そうした労働に携わる人々は遠い存在ではなくて私たちの毎日の生活とすぐにつながっており、そして私たちがその人々のディーセントワークを考えて交流したり消費購買あるいは廃棄行動を変えることでサプライチェーンの中のすべての働く人々の労働がよい方向に変わる可能性があります。もうひとつは日本人自身が自分たちの労働をディーセントワークに向けて改善する努力を加速することで、それがよいモデルと経験となってグローバルなインパクトをもたらします。
 

写真3:アクションチェックリストを使って自身の職場の改善ポイントについて話し合う、ネパール、カトマンズの若い家内労働者©ILO

COVID-19の蔓延により世界中であらゆる産業が、様々な影響を受けています。この危機を乗り越えるため、仕事の世界ではどのような取り組みが重要か、労働安全衛生の専門家としてのお立場から、いくつか教えていただけますか。

職場においてCOVID-19感染を予防しリスクを減らすための具体的な方策は、すなわち先ほど話したような、ディスタンシング、手洗い場所の増設、マスクの使用徹底、ドアノブなど多くの人が触れる場所の消毒等々は、一通り出そろって実践されています。しかし、COVID-19との闘いはまだまだ続きますから、こうした方策を継続して続けていくための息切れしない取り組みとサポートが必要です。南アジアでは、特に中小零細職場、多くの家内労働はじめインフォーマル経済職場等の労働者は、例えばマスクの購入と使用を例にとっても経済的に継続することが難しくなり感染リスクが増加してしまうかもしれません。政府・使用者に加えて社会全体からの技術支援や時には財政支援が必要になります。

今回のCOVID-19の蔓延を機に、南アジアでは使用者の間で労働安全衛生の中でも特に衛生面に対する関心が高まり、継続するビジネスのために必須だと認識され、実際そのような技術支援をしてほしいといううれしい要請が来ています。これまで安全面に比して取り組みが後手に回る場合もあった衛生面での実際的な取り組みには、現場で低コストでできることがたくさんあります。その実践が労働者の健康増進に加えてビジネスの持続する発展や雇用の確保・推進にも役立つという認識が広がり、実際の取り組みがさらに加速されていくことが大切と思います。

最後になりますが、エッセーをご覧になる方の中には、将来国連職員としてのキャリアを志望されている方もいらっしゃると思います。国連職員の資質として、川上さんはどのような点を大切にされていらっしゃいますか。

労働安全衛生という技術専門家としての私の経験からですが、働く人々がどのような状況にあるか実際の現場に足を運びそこで実態を見て話しを聞き、いっしょに改善の方策を考えるという姿勢・資質が大切と思います。私たち国連職員はリーダーではなくて現場労使がさらに改善・発展をすすめていく上でのアドバイザー、ファシリテータだという自覚です。その上で、ILOの条約類を活用して国の政策や制度を強化し、どうしたら多くの職種・職場をカバーしていけるかを同時進行で考え実践していくことが大切です。つまり現場での活動と政策の推進を車の両輪として、両方を見つめて相乗効果をあげるという視点が大切だと思います。