活躍する日本人職員 第7回:小林有紀

小林有紀
ILOヨルダン事務所
ベターワーク
プログラム&オペレーションオフィサー
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略歴 外資系消費財メーカーで市場調査分野担当として勤務した後、ジュネーブに大学院留学。タイ南部の現地NGOで行ったインターンにおいて、移民労働者の過酷な労働・居住環境を目の当たりにしたことで、サプライチェーンにおける人権に興味を持ち、特にCSRや移民労働者の人権について学ぶ。JICA東南アジア大洋州部カントリーオフィサーを経て、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部にて国際人権分野担当専門調査員、特にビジネスと人権に取り組む。JPO制度を利用して、2017年よりILOジュネーブ本部ベターワーク、リサーチ&プログラムオフィサー、2019年よりヨルダンに異動し、ベターワークグローバルチーム及びヨルダンチームのプログラムオフィサーとして勤務。慶應義塾大学法学部政治学科卒、ジュネーブ国際高等開発研究所開発学修士課程修了。
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ILO職員としてヨルダンでのベターワークプログラムに従事されていますが、具体的にはどのような内容のプログラムなのか教えてください。


 ILOと国際金融公庫(IFC)の共同プログラムで、ILOの主要技術協力プログラムの1つであるベターワークは、衣料品産業のグローバルサプライチェーンにおけるディーセント・ワークの促進と生産性向上を目指すプログラムです。2020年10月現在、9カ国(バングラデシュ、カンボジア、インドネシア、ベトナム、ヨルダン、エジプト、エチオピア、ハイチ、ニカラグア)で活動するベターワークには、1700工場が参加しており、約240万人の労働者をカバーしています。

 ILOの基本となっている政府・労働者・使用者の三者構成に加えて、主に先進国にあるアパレルブランドや大手製造業者とも協働しているところに特徴があります。ベターワークには、GAPやH&Mといったブランドがパートナーとして参画しており、日本からは、アシックス、無印良品を運営する良品計画、ユニクロを擁するファーストリテイリングが参加しています。これは、グローバルサプライチェーンの中における労働環境の改善には、生産国の政労使だけでなく、現地の工場から調達を行っているブランド側の協力が不可欠であるとの認識に基づいています。

 ベターワークのヨルダンプログラムは現在11年目に入っており、これまでの期間で労働環境の改善、政府・労働者・使用者による社会対話の醸成という成果を上げてきています。現在は、ベターワークによって築かれてきた成果や労働環境の改善をヨルダンの政労使関係者の手によって継続し、さらに発展させていくことを重視しています。例えば、労働環境の監査の手法を労働省の労働監督官に研修や実地での共同監査を通じて伝えています。つい数か月前ですが、ヨルダン労働省の中に「ベターワーク課」が設置されました。より継続的・包括的に労働監督官の能力強化をしていくことが期待されます。

プログラムでの業務において、小林さんはどのような使命を任されていますか。

 私は現在、ヨルダンで勤務しつつ、ジュネーブ本部のグローバルチームとヨルダンプログラムの両方に所属しています。ベターワークは、ブランドパートナーや生産工場からの事業収入とドナー政府各国からの資金によって運営されています。グローバルチーム、ヨルダンプログラムの両方で、プログラムオフィサーとして、ドナーとの関係構築、資金調達、新規プロジェクトの立ち上げや事業計画の策定に貢献している他、ヨルダンプログラムのマネジメントチームの一員として、ヨルダンプログラム全体の方向性の議論に貢献しています。

写真:ベターワークヨルダン年次フォーラムにて関係者とともに©ILO

特に印象に残っている職務経験があれば教えてください。

 1点目は、ジェンダー平等に関する取り組みです。衣料品産業は約6000万人にの労働者に雇用機会を提供していると言われており、うち労働者の約80%を女性が占めます。勤労経験がない多くの若年女性に対してフォーマルセクターにおける最初の雇用機会を提供していますので、これをディセントワークとしていくことは、労働者本人のみならず、この収入に頼る家族にとっても重要です。一方で、多くの労働者を必要とする労働集約的な産業であるが故に、多くの女性が比較的低技能・低賃金の仕事に従事しており、管理職での男女の割合は逆転する傾向にあります。また、労働現場においては、長時間労働、不十分な労働安全衛生や労働者の健康への影響、生産ノルマによる労働者へのプレッシャー、ハラスメント(セクシャルハラスメントや言葉による嫌がらせ等)等が報告されています。こうした背景を踏まえ、2018年にベターワーク全体でジェンダー戦略を策定し、私もグローバルジェンダーチームの一員として、各国でのこれまでの取り組みを踏まえ、策定に貢献しました。ベターワークのジェンダー戦略では、「性別に基づく差別の撤廃」「意思決定への参加」「賃金労働とケア労働」「リーダーシップと技能向上」を4つの柱にし、取り組みを進めています。

 さらに点と点がつながったと感じたのは、2019年のILO総会で、仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約が採択されたこととです。ヨルダン政府はまだこの条約を批准していませんが、暴力とハラスメントの問題を扱う初の国際労働基準ができたことの意義を現場レベルで感じています。2019年11月に締結されたヨルダンの衣料品産業における労使間の労働協約では、いかなる暴力、ハラスメント、差別も容認されないという条項、雇用主は企業の内規でこれらを禁止するという条項が加わりました。これを受けて、ILOと労働組合が共同で第190号条約の説明会を行ったり、ベターワークの企業アドバイザーが企業レベルでの取り組みをサポートしたり、地道な取り組みを進めています。
 
写真:プロジェクトのドナーと供に工場を訪問©ILO
 
 2点目は、今年のCOVID-19を受けた取り組みです。業界全体で売り上げが落ち込む一方、感染拡大を防いだり、雇用をどう守るか、ロックダウンや空港の閉鎖で動けなくなってしまった移民労働者をどうサポートするか等、現状や刻々と変化する関係者のニーズを把握し、どう支援していけるかをプログラム全員で議論し、取り組んできました。

ILOのベターワークプログラムの目標達成に向けて、日本が役割を果たすことができる分野はあると思われますか?もしあれば、どのような点で貢献できるでしょうか。

 企業のレベルでは、製造過程や調達において、サプライチェーンの労働環境改善に向けた取り組みをぜひ強く進めていって頂きたいです。サプライチェーンの労働環境を知るために、独立した第三者機関に生産工場の監査を依頼する、それに基づいて調達可否を決定するというのは広く行われている方法なのですが、そこからさらに一歩進んで、継続的に労働環境改善するためにはどうしたら良いだろうか、生産工場が主体的に改善に取り組むためには何ができるだろうかと考えて対話をして頂くということが重要だと思います。コンプライアンスはコストであるという見方はまだあると思うのですが、より良い労働環境は生産性を上げ、企業の収益増にもつながりますので、倫理的な必要性だけでなく、ビジネスの観点からもディーセントワークが有効であるという見方がもっと広がると良いと思っています。

 調達の手法に関しても、大量の品物が必要になった時に納期が短いと、生産工場の生産能力を超えてしまい、残業が増えたり、生産目標を満たすために中間管理職にプレッシャーがかかったり、それによって労働者に対する言葉の暴力やハラスメントが起きやすくなります。生産工場と長期的な関係を築き、オープンなコミュニケーションをしてもらうことでこうしたリスクを減らすことができます。

 私たち個人のレベルでは、自分たちが着ている服、使っている様々な製品がどの国でどのような環境で作られているのか気を配るということができると思います。現時点では、複雑なサプライチェーンの全ての労働環境について知るというのは難しい部分がありますが、「責任ある消費」、労働環境や環境負荷などに配慮した製品を積極的に選択していくことで、企業にも政府にもメッセージを送ることになります。

 日本国内では、「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)が策定され、国内外のサプライチェーンにおける人権デューデリジェンスやディセントワークの促進が盛り込まれました。個人的には前職でも関わった分野なので、大きな一歩だと嬉しく思っており、さらに日本の企業、消費者の間でサプライチェーンにおけるディーセントワーク促進に向けた機運が高まればと思っております。

現在のお仕事を通して、今後より良い仕事の未来を築いていくためには、どのような事が大切だと思われますか。また、どのような仕事の未来を描いていらっしゃいますか。

 より公平で平等な社会、仕事の未来を目指していきたいと思っています。仕事は尊厳の源であり、ディーセントワークの促進は社会の安定の基礎だと思います。グローバルサプライチェーンの発展に伴い、最終的に製品を売る企業に力が集中する一方、サプライチェーンの末端にいる労働者の労働環境や収入というのはどうしても後回しになってきたという現実があります。しかし、これが持続可能なモデルなのだろうかと考えて、どうしたらサプライチェーン全体での協力を促進し、政府、企業、労働者が協力して皆にとってより良い仕事の未来、安心して働ける環境を築いていけるのか、モデルを示していくことがベターワークの役割だと考えています。