広報記事&動画:スリランカの地域経済開発
平和、繁栄、パパイヤ
2015年02月02日
2009年にようやく終結した30年に及ぶ内戦と孤立によってスリランカ北部の基盤構造、専門技能、市場システムはずたずたにされました。この状況に対応してILOスリランカ・モルジブ事務所はオーストラリア政府の支援を受けて2011年に「経済開発を通じた地域エンパワーメント(LEED)プロジェクト」を開始しました。プロジェクトの支援は、稲作、農漁業、果樹・野菜栽培、建設業の四つの経済部門に焦点を当てて提供されました。
| スリランカの地域経済開発(英語) |
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LEEDの手法のカギとなったのはスリランカ南部の民間セクターと北部の農民との間にパートナーシップを形成することでした。例えば、パパイヤ・プロジェクトの場合、ILOはコロンボに本社を置く果物輸出業者のCRエクスポート社とバヌニヤ北部果樹栽培者協同組合を結びつけ、南北果樹加工社の設立を導きました。同社は200人の協同組合員が栽培したパパイヤを固定価格で買い付け、工場で加工・梱包の上、レッドレディー種パパイヤが愛好されている中東に向けて出荷しています。
2012年の事業開始以来のパパイヤ生産量は既に130万キロを超え、協同組合の収入は3,600万スリランカルピー(約3,200万円)に達しています。協同組合員の1人であるバディビール・セルバラチさん(44歳)は内戦で夫を失い、3人の子供を抱えて内戦終結後に村へ戻り、近隣の人々同様まずタマネギ栽培を始めました。しかし、市場にあふれたタマネギは売れず、収穫物は路上にうち捨てられるような事態になりました。約1,000平米の畑でパパイヤ栽培を始めた今、セルバラチさんの収入は月に約4万スリランカルピー(約3万6,000円)となり、定期収入のおかげで生活は随分改善されました。帰郷時には屋根も吹き飛ばされていた自宅に今ではテレビや冷蔵庫、音響設備、電話も備わっています。最近、下の息子のためにオートバイを購入しました。15歳の娘を町の寄宿学校に通わせることも計画しています。「パパイヤの栽培は他の作物の栽培よりも多くの利益をもたらしました。今では欲しいものは何でも買えるようになり、自分の人生に自信が持てるようになりました」とセルバラチさんは語っています。
このパートナーシップはCRエクスポート社にも利益をもたらしました。農家から固定価格で買い付ける合意が得られたことにより、ある程度ビジネスリスクが緩和されました。同社のウパリ・ラナシンゲ会長は、ILOは少なくとももう2、3年留まって、農民が問題解決の知識を得られるようにすべきと語っています。
パパイヤ栽培で成功したこの仕組みと原理は他の部門でも応用されています。スリランカ北部州はワタリガニ漁で有名で、漁業従事者が多いものの、戦乱によりボートその他の漁業インフラが破壊されてしまいました。中心部から遠く、設備の交換は高くつくために、ILOは首都コロンボの造船会社ニール・マリン社に接触し、ボート製造の訓練と地元のボートヤードに対する助言及び教育指導の提供について同意を取り付けました。2012年5月に操業を開始したボートヤードで作られたボートは既に175隻となり、地元の需要を満たしただけでなく、近隣地域への販売も行われています。このプロジェクトには漁師が新しいボートを購入する際の優遇支援措置も含まれており、費用の半分をILOからの助成金、残りの半分を信用融資制度の利用で賄って新品のボートを購入したある漁師は、漁が効率的になったと喜んでいます。LEEDの手法を用いて、浜の近くにはカニ加工会社も設立され、水揚げされたカニはすべて買付が保証されています。
ILOスリランカ・モルジブ事務所のドンリン・リー所長はLEEDプロジェクトの優れている点として、「南北をつなぐパートナーシップの構築、生産者と市場の接合、そして官民両部門のネットワーク化」を挙げ、スリランカ政府がこのプロジェクトをモデルとした事業を他の場所でも開始したことに対し、この手法が「全国的に根付き、芽を出し、花開き、実を結ぶ」ことへの期待を示しています。
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以上はILOアジア太平洋総局によるキリノッチ発英文広報記事の抄訳です。