1926年の労働監督(海員)勧告(第28号)

ILO勧告 | 1926/06/22

海員の労働状態の監督に付ての一般原則に関する勧告(第28号)

 国際労働機関の総会は、
 国際労働事務局の理事会に依りジユネーヴに招集せられ、千九百二十六年六月七日を以て其の第九回会議を開催し、
 右会議の会議事項の第二項目を成せる問題たる海員の労働状態の監督に付ての一般原則に関する提案の採択を決議し、且
 該提案は勧告の形式に依るべきものなることを決定し、
 国際労働機関の締盟国をして立法其の他の方法に依り之が実現を為さしむる目的を以て考慮せしむる為、国際労働機関憲章の規定に従ひ、千九百二十六年六月二十二日、千九百二十六年の労働監督(海員)勧告と称せらるべき左の勧告を採択す。
 労働者の身体上、道徳上及智能上の福利の為特別且緊急の必要ある方法及原則中に於て、国際労働機関憲章は、労働者保護を目的とする法令及規則の実施を確保する為、労働状態の監督に特別の注意を払ふことを国際労働機関の義務と為せるに因り、
 国際労働総会は、「労働者保護を目的とする法令及規則の実施を確保する為の監督制度の組織に付ての一般原則に関する勧告」を其の第五回会議(千九百二十三年十月)に於て採択したるに因り、
 右の勧告は、工業的企業の監督に於て得たる経験に本来基くものにして、工場に於ける労働と其の性質及状態を根本的に異にする海員の労働に之を適用すること又は適応せしむることすら殊に困難なるべきに因り、
 海員の労働状態の監督は、海員保護に関する立法が各国に於て発達し、且海員の労働状態に関する条約が将来総会に依り採択せらるるに従ひ其の重要を増加すべきに因り、
 前記の理由に基き締盟国をして海員の労働状態の監督制度の設置又は組織改正に付既得の経験を利用するを得しむる為、海員保護を目的とする措置の実施を確保するに最好く適合するものと実際の示す一般原則を指示すること望ましきに因り、
 総会は、国際労働機関の各締盟国が左の諸原則を考慮すべきことを勧告す。

Ⅰ 監督の範囲

1 海員の労働状態の監督に関する各国の責任ある機関の主たる職務は、右労働状態に関する一切の法令及規則の実施並に就業中に於ける海員の保護を確保するに在るべきこと。
2 監督機関が其の主たる職務の執行中得たる経験に基き、他の従たる社会的職務(右は、各国に於て行はるる観念、慣習及因襲に従ひ異ることを得。)監督官に付与すること望ましく且可能なりと認められる範囲に於ては、左の条件に従ひ、其の主たる職務に附加して右従たる職務を付与し得べきこと。
 a 右は、監督官の主たる職務の執行を何等妨害せざること。
 b 右は、監督官と船舶所有者及海員との関係に付監督官に必要なる権威及公平を何等損はざること。

Ⅱ 監督の組織

 総会は、左の通勧告す。
3 行政上の慣行に適合する場合に於て且海員の労働状態に関する法令及規則の実施に付能ふ限り画一を確保する目的を以て、右の法令及規則の実施を監督する責任ある各種の部局又は機関は、単一の機関の下に統括せらるべきこと。
4 行政上の慣行が右監督の統括を許さざるときは、各種の部局又は機関にして其の職務が全部又は一部海員保護に関係あるものをして相互の経験に依り便益を得しむべく、且最有効と認めらるべき共通の原則に従ひ其の執務の方法を定むるを得しむべきこと。
5 右目的の為、行政上の慣行に適合する範囲に於て且各国に於て最適当なりと認めらるる方法(報告及資料の交換、定期の会議等)に依り、右各種の部局又は機関の間に密接なる関係及不断の協力を確立すべきこと。
6 海員の労働状態を監督する責任ある各種の部局又は機関は、工場監督の責任ある機関と相互に関係ある事項に付、連絡を保持すべきこと。

Ⅲ 監督機関の報告

 総会は、左の通勧告す。
7 海員の労働状態の監督に関する総括年報は、中央機関に依り又は右監督を行ふ責任ある各種の機関の協力に依り、刊行せらるべきこと。
8 右年報は、当該年内に実施せられたる海員の労働状態及其の監督に関する当該国の法令及規則並に其の改正の目録を包含すべきこと。
9 右年報は、又監督の組織及事務に付必要なる説明を伴ひ、且可能にして当該国の行政上の慣行に適合する範囲に於て、左の事情を表示する統計表を包含すべきこと。
 a 各種の監督の下に在る艤装せる船舶数、此等の船舶は、船型(機械に依り推進する船舶及帆船)に依り之を種別し且各種類は、其の使用目的に依り之を細別するものとす。
 b 各種の船舶中に現に従業する海員の数
 c 監督官の臨検したる船舶数及其の乗組員の構成              
 d 監督官の確認したる法令又は規則の違反及其の処罰の数及性質
 e 海員の労働中之に生じたる災害の数、性質及原因
 f 海員の労働状態に関する国際労働条約の規定実施の為執りたる措置及其の右規定に適合せる範囲(国際労働機関憲章第二十二条に依り国際労働事務局に提出する年報の様式又は其の他の適当なる様式に依る。)

Ⅳ 監督官の権限、権能及職務

(a) 監督の権限

 総会は、左の通勧告す。
10 監督機関は、其の資格を証明するときは、国内法に依り左の権限を付与せらるべきこと。
 (a) 当該国の国旗を掲ぐる船舶を自国又は外国の領水に於て、及国内法に依り定めらるる特別の場合には管海機関の認許に依り海上に於て、昼間又は夜間予告なくして臨検すること。但し実際に於て臨検の時及方法は、船舶の行動に対する重大なる不便を能ふ限り避くる様定めらるべきものとす。
 (b) 乗組員其の他の者にして其の証言が望ましと認めらるる者を立会人なくして尋問すること、必要と判断せらるる取調を為すこと、及法令又は規則に依り備附を要する船舶書類が監督を受くべき事項に関係あるときは、右書類の提出を要求すること。
11 監督官は、其の職務執行中知得たる商業上の秘密を漏洩せざるの義務を、宣誓に依り又は各国に於ける行政上の慣行若は慣習に適合する其の他の方法に依り負はしめらるべく、之に違反したるときは、刑罰又は適当なる懲戒処分に処せらるべきことを国内法に於て定むべきこと。

(b) 強制の権能

 総会は、左の通勧告す。
12 監督機関は、乗組員の健康又は安全が危険に瀕せる重大なる場合に於ては、法令に適合する為必要なる措置が船中に於て執らるる迄、管海機関の正式の認許に依り船舶の出港を禁止する権限を付与せらるべきこと。尤も右に付ては、各国の法令に従ひ上級行政機関又は権限ある裁判所に出訴することを得るものとす。
13 船舶の出港禁止は、特別重大なる措置と認めらるべく、右の措置は、法令の遵守を確保する為監督機関の有する其の他の法律上の手段を用ひたるも其の効果なかりし場合に於て最後の手段としてのみ用ひらるべきこと。
14 監督機関は、海員の労働状態に関する法令及規則の遵守を確保する為命令を発する権限を特殊の場合に於て付与せらるべきこと。尤も右に付ては、各国の法令に従ひ、上級行政機関又は権限ある裁判所に出訴することを得るものとす。
15 海員の労働状態に関する法令若は規則に定むる一定の規定が実質上遵守せられたるか又は当該場合の状況に依り右規定の遵守が不必要なること且何れの場合に於ても右規定の事項に関し執られたる措置若は為されたる施設が現実に右規定を遵守すると同様に有効なるか又は之より一層有効なることを中央機関に於て認むるときは、右機関は、特殊の場合に於て右規定に従はざることを許容するの権限を付与せらるべきこと。

(c) 監督請求の権利

 総会は、左の通勧告す。
16 船長は、其の必要と認むる一切の場合に於て、監督を請求する権利を有すべきことを国内法に於て定むること。
17 船舶乗組員も亦、健康、船舶の安全又は海員の労働状態に関する規則に関係ある事項に付、監督を請求する権利を所定の条件に従ひ有すべきことを国内法に於て定むること。

(d) 船舶所有者及海員と監督機関との協力

 総会は、左の通勧告す。
18 各国の行政上の慣行に適合する範囲に於て且最適当と認めらるる方法に依り、船舶所有者及海員は、海員の労働状態に関する法令及規則の実施の監督に協力することを要求せらるべきこと。
  殊に総会は、左の協力方法に付各国の注意を促す。
 (a) 海員の使用せらるる船中に於ける法令違反を直接に又は正式に授権せられたる代表者を経て自由に監督機関に通報する為あらゆる便宜を海員に与ふべきこと、監督機関は、右の異議事項を能ふ限り迅速に取調ぶべきこと、及右の異議は、監督機関之を絶対秘密として取扱うべきことを緊要とす。
 (b) 船舶所有者及海員並に其の各自の団体と監督機関との完全なる協力を確保する為、且海員の健康及安全に関する状態を改善する為、監督機関は、此等の目的を達成する最善の手段に付船舶所有者団体及海員団体の各代表者と随時協議すべきことを望ましとす。又船舶所有者及海員の聯合委員会を設置すべきこと並に右委員会をして海員の労働状態に関する法令及規則の実施を監督する責任ある各種の部局と協力するを得しむることを望ましとす。

(e) 保障

 総会は、左の通勧告す。
19 船舶所有者及海員双方の充分なる信任を受くる者を監督官に任命すべきこと、従て右の者は、左の資格を有すべきこと。
 (a) 職務執行に付絶対の公平を確保するに必要なる資格
 (b) 職務執行に付必要なる専門的資格
   監督官中には海上に於て勤務したる者にして行政機関の裁量に依り恒久的資格又は一時的資格に於て任命せられたる者を含むこと望ましとす。
20 監督官は、必要あるときは、船舶所有者及海員の充分なる信任を受くる有能なる専門家の援助を其の職務に付受くべきこと。
21 監督官は、政府の更迭に関係なき地位に在る官吏たるべきこと。
22 監督官は、其の監督の下に在る企業に付如何なる金銭上の関係を有することを禁止せられるべきこと。

(f) 其の他の職務

 総会は、左の通勧告す。
23 監督官は、其の職務の性質上海員の労働状態に関する法令及規則の施行の実際上の結果を観察する特殊の機会を有するを以て海員の保護に関する法制の改善に助力し且災害予防を促進するに付能ふ限り有効なる援助を与ふることを各国の行政上の方法に適合する範囲に於て求めらるべきこと。
24 各国の行政上の慣行に適合する範囲に於て、監督官は、難破及船中災害の調査に協力することを求めらるべきこと、並に監督官は、必要ある場合に於ては、右調査の結果に関する報告を提出する権限を付与せらるべきこと。
25 各国の行政上の方法に適合する範囲に於て、監督官は、海員の保護に関する法令及規則の起草の準備資料の供給に付協力することを求めらるべきこと。