1936年の疾病保険(海上)条約(第56号)

ILO条約 | 1936/10/24

海員の為の疾病保険に関する条約(第56号)
(日本は未批准 仮訳)

 国際労働機関の総会は、
 国際労働事務局の理事会に依りジユネーヴに招集せられ、千九百三十六年十月六日其の第二十一回会議として会合し、
 右会議の会議事項の第二項たる海員の為の疾病保険に関する提案の採択を決議し、且
 該提案は国際条約の形式に依るべきものなることを決定し、
 千九百三十六年の疾病保険(海上)条約と称せらるべき左の条約を千九百三十六年十月二十四日採択す。

第 一 条

1 本条約の実施せらるる地域に於て登録せられ且海洋航行又は海上漁業に従事する軍艦以外の船舶に船長若は海員として又は其の他の資格に於て船舶勤務に使用せらるる一切の者は、強制疾病保険制度に依り保険せらるべきものとす。
2 尤も国際労働機関の締盟国は、国内の法令又は規則に於て、左記に関し必要と認むる例外を設くることを得。
 (a) 商業に従事せざる場合の公の権力の船舶に使用せらるる者
 (b) 給料又は収入が所定金額を超ゆるもの
 (c) 金銭に依る報酬を受けざる者
 (d) 締盟国の領域内に居住せざる者
 (e) 所定の制限年令に達せず又は之を超ゆる者
 (f) 使用者の家に属する者
 (g) 水先人

第 二 条

1 疾病の為労働不能と為り且給料の支払を停止せられたる被保険者は、給付の支払はるべき最初の日以後少くとも最初の二十六週又は百八十日の労働不能期間に付、現金給付を受くる権利を有すべきものとす。
2 給付を受くる権利に付ては、資格期間の完了したること及労働不能の当初より計算せらるべき数日の待期の完了したることを条件と為すことを得。
3 被保険者に支給せらるる現金給付は、強制疾病保険の一般制度存在するも船員に適用なき場合に、右一般制度に依り定めらるる所よりも一層低き率に於て之を定むることなかるべきものとす。
4 現金給付は、左の期間中之を支給せざることを得。
 (a) 被保険者が船内又は外国に在る期間
 (b) 被保険者が保険機関又は公の基金に依り扶養せらるる期間。但し右の場合に於て、被保険者が家族に対する責任を有するときは、現金給付は、一部分のみを支給せざるものとす。
 (c) 被保険者が同一の疾病に付法令に依り権利として他の方面より補償を受くる期間。但し右の場合に於ては、給付は、右補償が疾病保険制度に依り支払はるべき給付と同額なるか又は之より少額なるかに依り其の全部又は一部を支給せざるものとす。
5 現金給付は、被保険者の故意の非行に依り生じたる疾病の場合に於ては、之を減額し又は拒絶することを得。

第 三 条

1 被保険者は、其の疾病の当初より且少くとも疾病給付支給の所定期間の終了するまで、無料を以て充分資格ある医師の治療並びに適当且充分なる薬剤及材料の支給を受くる権利を有すべきものとす。
2 尤も医療給付の費用中国内の法令又は規則に依り定めらるべき部分の支払は、之を被保険者に請求することを得。
3 医療給付は、被保険者が船内又は外国に在る間支給せざることを得。
4 事情が必要とする場合に於ては、保険機関は、罹病者の病院に於ける治療の為設備することを得べく、且右の場合に於ては、必要なる医療及看護と共に充分なる生活維持を之に与ふべし。

第 四 条

1 被保険者が外国に在り且疾病の為給料(従来全部払ひたると一部払ひたるとを問はず。)を受くる権利を喪失したるときは、右被保険者が外国に在らざりしとせば受くる権利を有すべかりし現金給付は、其の者が当該締盟国の領域に帰還するまで其の家族に対し全部又は一部支給せらるべきものとす。
2 国内の法令又は規則は、左の給付の支給を規定し又は許容することを得。
 (a) 被保険者が家族に対する責任を有する場合に於ては第二条に定むる現金給付の附加的現金給付
 (b) 被保険者の家に属する者にして右被保険者と同居し且其の扶養を受くるものの疾病の場合に於ては、現物救済又は現金救済

第 五 条

1 国内の法令又は規則は、被保険者たる婦人が締盟国の領域内に在る間母性給付を受くる権利を有する為の条件を規定すべし。
2 国内の法令又は規則は、被保険者の妻が締盟国の領域内に在る間母性給付を受くる権利を有する為の条件を規定することを得。

第 六 条

1 被保険者の死亡の場合には、国内の法令又は規則に依り定めらるる額の現金給付は、死亡者の家に属する者に支払はれ又は埋葬費の支弁に充てらるべきものとす。
2 死亡海員の遺族の為の年金制度が実施せられ居る場合に於ては、前項に定めらるる現金給付の支給は、強制的たらざるべきものとす。

第 七 条

 保険給付を受くる権利は、最後の雇入契約の終了後一定期間中に発生する疾病に付ても存続すべく、右の期間は、国内の法令又は規則に依り逐次の雇入契約の間の通常の間隔を包含する様定めらるべきものとす。

第 八 条

1 被保険者及其の使用者は、疾病保険制度の財源を分担すべし。
2 国内の法令又は規則は、公の権力に依る財政上の負担に付定むることを得。

第 九 条

1 疾病保険は、公の権力の行政上及財政上の監督の下に在るべき自治機関に依り管理せらるべく且営利の目的を以て行はれざるものとす。
2 被保険者(法令又は規則に依り海員の為特に設けらるる保険機関に付ては、使用者もまた同じ。)は、国内の法令又は規則の定むる条件に依り、当該機関の管理に参加すべし。右法令又は規則は、他の関係者の参加に付ても規定することを得。
3 尤も疾病保険の管理は、自治機関に依る其の管理が国の事情に依り困難又は不可能なる場合及期間は、国に於て直接に之を為すことを得。

第 十 条

1 被保険者は、其の給付を受くる権利に関する紛争の場合に於て、出訴の権利を有すべきものとす。
2 紛争処理に関する手続は、特別裁判所の所管と為すことに依り又は国内の法令若は規則に於て適当と認むる他の方法に依り、被保険者に対し敏速且些少の費用のものたらしむるべきものとす。

第 十 一 条

 本条約は、其の定むる所より有利なる条件を保障する法令、判決、慣習又は船舶所有者及海員間の協定に影響を及ぼさざるものとす。

第 十 二 条

1 国際労働機関憲章第三十五条に掲げらるる地域に関しては、本条約を批准する右機関の各締盟国は、左記を示す宣言を該国の批准に附加すべきものとす。
 (a) 右締盟国が変更を加へずして本条約の規定を適用することを約する地域
 (b) 右締盟国が変更を加へて本条約の規定を適用することを約する地域及右変更の細目
 (c) 本条約を適用し得ざる地域及其の場合に於ては之を適用し得ざる理由
 (d) 右締盟国が其の決定を留保する地域
2 本条1(a)及(b)に掲げらるる約定は、批准の一部と看做さるべく且批准の効力を有すべし。
3 何れの締盟国も、本条1(b)、(c)又は(d)に依り其の原宣言に於て為されたる留保の全部又は一部を爾後の宣言に依り取り消すことを得。

第 十 三 条

 この条約の正式の批准書は、登録のため国際労働事務局長に送付するものとする。

第 十 四 条

1 この条約は、国際労働機関の加盟国でその批准を国際労働事務局長が登録したもののみを拘束する。
2 この条約は、二加盟国の批准が事務局長により登録された日の後十二箇月で効力を生ずる。
3 その後は、この条約は、他のいずれの加盟国についても、その批准が登録された日の後十二箇月で効力を生ずる。

第 十 五 条

 国際労働事務局長は、国際労働機関の二加盟国の批准が登録されたときは、この旨を直ちに国際労働機関のすべての加盟国に通告しなければならない。同事務局長は、また他の加盟国からその後通告を受けた批准の登録をすべての加盟国に通告しなければならない。

第 十 六 条

1 この条約を批准した加盟国は、この条約が最初に効力を生じた日から十年の期間の満了の後は、登録のため国際労働事務局長に通告する文書によつてこの条約を廃棄することができる。廃棄は、その廃棄が登録された日の後一年間は効力を生じない。
2 この条約を批准した加盟国で前項に掲げる十年の期間の満了の後一年以内にこの条に定める廃棄の権利を行使しないものは、さらに十年の期間この条約の拘束を受けるものとし、その後は、この条に定める条件に基いて、十年の期間が経過するごとにこの条約を廃棄することができる。

第 十 七 条

 国際労働機関の理事会は、この条約が効力を生じた後十年の期間が経過するごとに、この条約の運用に関する報告を総会に提出し、かつ、この条約の全部又は一部の改正に関する問題を総会の議事日程に加えることの可否を審議しなければならない。

第 十 八 条

1 総会がこの条約の全部又は一部を改める改正条約を新たに採択する場合には、その改正条約に別段の規定がない限り、
 (a) 加盟国による改正条約の批准は、改正条約の効力発生を条件として、第十六条の規定にかかわらず、当然この条約の即時の廃棄を伴う。
 (b) 加盟国によるこの条約の批准のための開放は、改正条約が効力を生ずる日に終了する。
2 この条約は、これを批准した加盟国で改正条約を批准していないものについては、いかなる場合にも、その現在の形式及び内容で引き続き効力を有する。

第 十 九 条

 この条約のフランス語及び英語による本文は、ともに正文とする。