1987年の健康の保護及び医療(船員)条約(第164号)

ILO条約 | 1987/10/08

船員の健康の保護及び医療に関する条約(第164号)
(日本は未批准、仮訳)

 国際労働機関の総会は、
 理事会によりジュネーヴに招集されて、千九百八十七年九月二十四日にその第七十四回会期として会合し、
 千九百四十六年の健康検査(船員)条約、千九百四十九年の船員設備条約(改正)、千九百七十年の船員設備(補足規定)条約、千九百五十八年の船内医療箱勧告、千九百五十八年の海上医療助言勧告、千九百七十年の災害防止(船員)条約及び千九百七十年の災害防止(船員)勧告に留意し、
 千九百七十八年の船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約(船舶内で発生するおそれのある事故又は疾病が生じた場合における医療措置訓練に関する条約)の規定に留意し、
 船員の健康の保護及び医療の分野における活動を成功させるため、国際労働機関、国際海事機関及び世界保健機関の間でのそれぞれの分野における緊密な協力が維持されることが重要であることに留意し、
 次の基準が国際海事機関及び世界保健機関の協力を得て作成されたこと並びにこれらの基準の適用に当たつては引き続き両機関の協力を求めることが提案されたことに留意し、
 前記の会期の議事日程の第四議題である船員の健康の保護及び医療に関する提案の採択を決定し、
 その提案が国際条約の形式をとるべきであることを決定して、
 次の条約(引用に際しては、千九百八十七年の健康の保護及び医療(船員)条約と称することができる。)を千九百八十七年十月八日に採択する。

第 一 条

1 この条約は、この条約の適用を受ける加盟国の領域において登録され、かつ、通常は商業海洋航行に従事するすべての海上航行船舶(公有であるか私有であるかを問わない。)について適用する。
2 権限のある機関は、代表的な漁船所有者団体及び漁船員団体と協議の後、実行可能と認める限り、この条約を商業海洋漁業についても適用する。
3 この条約の適用上、いずれかの船舶が商業海洋航行又は商業海洋漁業に従事する船舶に該当するかについて疑義がある場合には、当該問題は、権限のある機関が関係のある船舶所有者団体、船員団体及び漁業者団体と協議の後、決定する。
4 この条約の適用上、「船員」とは、資格のいかんを問わず、この条約が適用される海上航行船舶に雇い入れられる者をいう。

第 二 条

 この条約は、国内法令、労働協約、就業規則、仲裁裁定若しくは判決又は国内事情に適するその他の方法によつて実施する。

第 三 条

 加盟国は、国内法令により、船舶所有者が船舶を適切に衛生的な状態に保つ責任を負うようにする。

第 四 条

 加盟国は、船舶に乗り組む船員に対して健康の保護及び医療を提供する次の措置がとられることを確保する。
 (a) 船員に対して、船員業務に関する業務上の健康の保護及び医療についての一般的な規定並びに船舶における労働に特有の特別の規定を適用することを確保する措置
 (b) 船員に対して、可能な限り、陸上の労働者に対して一般的に提供する健康の保護及び医療と同等の健康の保護及び医療を提供することを目的とする措置
 (c) 船員に対して、実行可能な場合には、寄港した港において遅滞なく医師にかかる権利を保障する措置
 (d) 国内法及び国内慣行に従い、契約期間中船員に対して健康の保護及び医療を無償で提供することを確保する措置
 (e) 傷病船員の治療に限らず、予防的な性質の措置を含み並びに船員の中での不健康状態の発生を減らす上で船員自身が積極的な役割を果たすことができるようにするため、健康増進及び健康教育計画の発展に特別の注意を払う措置

第 五 条

1 この条約が適用されるすべての船舶は、医療箱を備え付けなければならない。
2 医療箱の内容及び船舶内に備え付ける医療設備は、船種、船舶内の人員数並びに航海の性質、目的地及び期間等の要因を考慮に入れて、権限のある機関が定める。
3 医療箱の内容及び船舶内に備え付ける医療設備に関する国内での規定を採用し又は検討するに当たり、権限のある機関は、世界保健機関が発行する国際船舶医療手引書及び必須薬品表の最新版等のこの分野における国際的勧告並びに医学知識及び承認されている治療方法の進歩を考慮に入れる。
4 医療箱及びその内容並びに船舶内に備え付ける医療設備は、適正に維持するものとし、権限のある機関が指名する責任者であつてすべての医療品の有効期限及び備蓄状況を点検するものが十二箇月を超えない期間ごとに定期的検査を行う。
5 権限のある機関は、医療箱の内容が商標名、有効期限及び備蓄状況に加えて一般名を掲げられ及びレッテルを付けられ並びにこれらが国内で使用されている医療手引書に適合することを確保する。
6 権限のある機関は、危険物に分類される貨物が国際海事機関が発行する危険物による事故の際の応急医療の手引書の最新版に含まれていない場合には、当該物質の性質、考えられる危険、必要な身体保護具、関係する医療手順及び特別の解毒剤に関する必要な情報を、船長、船員その他の関係者が利用することができることを確保する。特別の解毒剤及び身体保護具は、危険貨物が運送される際には必ず船舶内に置く。
7 緊急の必要があり、かつ、資格ある医療担当者が船員に処方する薬品が医療箱にない場合には、船舶所有者は、できる限り速やかに薬品を入手するために必要なすべての措置をとる。

第 六 条

1 この条約が適用されるすべての船舶は、権限のある機関が採用する船舶医療手引書を備え付けなければならない。
2 1の医療手引書は、医療箱の内容の使用法を説明するものとし、無線又は衛星通信による医療助言の有無にかかわらず、医師以外の者が船舶内で傷病者に対して手当を行うことができるように作成する。
3 国内で使用されている船舶医療手引書を採用し又は検討するに当たり、権限のある機関は、この分野における国際的勧告(国際船舶医療手引書及び危険物による事故の際の応急手当の手引書の最新版を含む。)を考慮に入れる。

第 七 条

1 権限のある機関は、あらかじめ制度を設けることにより、海上にある船舶に対する無線又は衛星通信による医療助言(専門家による助言を含む。)が昼又は夜のいかなる時間においても利用することができることを確保する。
2 1の医療助言(船舶と助言を行う陸上の者との間の無線又は衛星通信による医療電文の発信を含む。)は、登録されている領域のいかんを問わず、すべての船舶が無償で利用することができる。
3 無線又は衛星通信による医療助言に利用することができる設備が最も適切に利用されることを確保するため、次のことを行う。
 (a) この条約が適用され、かつ、無線施設を有するすべての船舶は、医療助言が得られる無線電信局の完全な表を備える。
 (b) この条約が適用され、かつ、衛星通信システムを有するすべての船舶は、医療助言が得られる海岸地球局の完全な表を備える。
 (c)  (a)及び(b)の表は、常に最新のものとし、船舶内の通信業務に責任を有する者が保管する。
4 船舶に乗り組んでいる船員であつて無線又は衛星通信による医療助言を要請するものは、船舶医療手引書及び国際海事機関が発行する国際信号書の最新版の医療部門の使用に関して指導を受けるものとし、助言を行う医師が必要な情報の型及び受けた助言を理解することができるようにする。
5 権限のある機関は、この条の規定によつて医療助言を行う医師が、適切な訓練を受け及び船舶内の状況を了知するよう確保する。

第 八 条

1 この条約が適用され、百人以上の船員を乗せ、かつ、通常三日間を超える国際航海に従事するすべての船舶は、医療の提供について責任を有する乗組員として医師を乗せる。
2 国内法令は、航海の期間、性質及び状況、乗組員数等の要因を特に考慮に入れて、乗組員として医師を乗せなければならないその他の船舶を定める。

第 九 条

1 この条約が適用され、かつ、医師を乗せていないすべての船舶は、通常の業務の一部として医療及び医療品の管理を担当する一人以上の特定の者を乗組員として乗せる。
2 医師以外の者であつて船舶内において医療を担当するものは、権限のある機関が承認する理論的かつ応用的な医療技術の訓練についての課程を満足に修了していなければならない。この課程には、次のものを含む。
 (a) 資格のある者による医療及び医療施設に通常八時間以内に到達することができる総トン数千六百トン未満の船舶については、船舶内で発生するおそれのある事故及び疾病が生じた場合に迅速かつ効果的な治療を行い及び無線又は衛星通信による医療助言を利用することができる基礎的な訓練。
 (b) その他のすべての船舶については、より進んだ医療訓練(実行可能な場合には病院における応急又は災害部門での実習訓練及び静脈治療等の救命技術についての訓練を含む。)であつて、海上の船舶に対する医療援助のための協同機構に効果的に参加し及び傷病者に対して船舶内に留まると見込まれる期間満足すべき水準の医療を提供することを可能にするもの。この訓練は、可能な場合には、船員の業務に関連する医療問題及び医療事情について専門的な知識及び理解(無線又は衛星通信による医療サービスについての専門的な知識を含む。)を有する医師の監督の下に行う。
3 この条に定める課程は、国際海事機関が発行する国際船舶医療手引書、危険物による事故の際の応急手当の手引書及び指導書(国際海洋訓練手引書)、国際信号書(医療部門)並びにこれらに類する国内の手引書の最新版の内容に基づいたものとする。
4 2に定める者及び権限のある機関が要請するその他の船員は、知識及び技術を維持し及び増進し並びに新たな進歩に遅れることのないようにするため、およそ五年の間隔で再訓練課程を受ける。
5 すべての船員は、海洋職業訓練の間に、船舶内における事故その他の医療上の緊急事態の際にとるべき応急措置についての指導を受ける。
6 船舶内の医療を担当する一人又は二人以上の者のほか、一人又は二人以上の特定の乗組員は、船舶内で発生するおそれのある事故及び疾病が生じた場合に迅速かつ効果的な措置をとることができるようにするため、医療に関する基礎的な訓練を受ける。

第 十 条

 この条約が適用されるすべての船舶は、実行可能な場合には、医療援助を要求する他の船舶に対してすべての可能な医療援助を提供する。

第 十 一 条

1 十五人以上の船員を乗せ、三日間を超える航海に従事する総トン数五百トン以上の船舶は、独立の病室設備を設ける。権限のある機関は、沿岸貿易に従事する船舶について、この要件を緩和することができる。
2 この条は、合理的かつ実行可能な場合には、総トン数二百トン以上五百トン未満の船舶及び引き船について適用する。
3 この条は、主として帆によつて推進する船舶については適用しない。
4 病室設備は、出入に便利で、入室者が快適に居住することができ、かつ、すべての天候において適当な手当を受けることができるよう、適当な位置に設ける。
5 病室設備は、診察及び応急手当が容易にできるように設計する。
6 入口、寝台、照明、換気、暖房及び給水設備の配置は、快適かつ入室者の治療が容易にできるように設計する。
7 病床の必要数は、権限のある機関が定める。
8 便所設備は、病室設備の一部として又はこれに近接して設け、病室設備の入室者の専用にする。
9 病室設備は、医療以外の目的に使用してはならない。

第 十 二 条

1 船員標準医療報告の様式は、船医、船長及び船舶内で医療を担当する者並びに陸上の病院及び医師が利用するためのひな形として、権限のある機関が採用する。
2 1の様式は、特に、疾病又は負傷の場合に船舶と陸上との間で個々の船員に関する医療及び関連する情報の交換を容易にするよう作成する。
3 医療報告の様式に記載されている情報は、秘密が保たれるものとし、船員の治療を容易にする目的以外の目的に使用してはならない。

第 十 三 条

1 この条約の適用を受ける加盟国は、船舶内における船員の健康の保護及び医療の増進のため、相互に協力する。
2 1の協力は、次の事項について行うことができる。
 (a) 千九百七十九年の海上における捜索及び救助に関する国際条約並びに国際海事機関が作成する船舶捜索救助便覧及びIMO捜索救助便覧に従つて、定期的な船位通報制度、救難調整本部、緊急ヘリコプターサービス等の方法により、船舶内の重症の傷病者のために捜索救助作業を展開し及び調整し並びに応急処置及び海上における避難のための措置をとること。
 (b) 医師を乗せている漁船の最適な利用を図ること並びに病院施設及び救助施設を提供することができる船舶を海上に配置すること。
 (c) 船員のための緊急医療を提供するための世界中で利用することができる医師及び医療施設の国際的な表を編集し及び保持すること。
 (d) 緊急の治療のために船員を港に上陸させること。
 (e) 船員の希望及び必要性を考慮に入れて、主治医の医療助言に従つて、外国で入院した船員をできる限り速やかに送還させること。
 (f) 船員の希望及び必要性を考慮に入れて、主治医の医療助言に従つて、送還期間中当該船員に対して個人的援助を準備すること。
 (g) 次のことを行う船員のための健康センターを設立するよう努めること。
  (i)  船員の健康状態、医療及び予防医療についての研究を行うこと。
  (ii) 海上医療における医療保健サービスの要員を訓練すること。
 (h) 船員の業務上の事故、疾病及び死亡に関する統計を収集し及び評価し並びにこれらを他の部門の労働者を対象とする業務上の事故、疾病及び死亡に関する国内の既存の統計制度と統合し及び調和すること。
 (i) 技術情報、訓練用品及び要員並びに国際的な訓練課程、セミナー及び作業部会についての国際的な交換を組織化すること。
 (j) すべての船員に対して港において特別な治療又は予防の保健及び医療のサービスを提供し、また、船員が一般的な保健、医療及びリハビリテーションのサービスを利用することができるようにすること。
 (k) 近親者の希望に従い、できる限り速やかに死亡した船員の遺体又は遺骨の送還のための措置をとること。
3 船員の健康の保護及び医療の分野における国際協力は、加盟国間の二国間又は多数国間の取極又は協議に基づく。

第 十 四 条

 この条約の正式な批准は、登録のため国際労働事務局長に通知する。

第 十 五 条

1 この条約は、国際労働機関の加盟国でその批准が国際労働事務局長に登録されたもののみを拘束する。
2 この条約は、二の加盟国の批准が事務局長に登録された日の後十二箇月で効力を生ずる。
3 その後は、この条約は、いずれの加盟国についても、その批准が登録された日の後十二箇月で効力を生ずる。

第 十 六 条

1 この条約を批准した加盟国は、この条約が最初に効力を生じた日から十年を経過した後は、登録のため国際労働事務局長に送付する文書によってこの条約を廃棄することができる。廃棄は、登録された日の後一年間は効力を生じない。
2 この条約を批准した加盟国で、1の十年の期間が満了した後一年以内にこの条に定める廃棄の権利を行使しないものは、その後更に十年間拘束を受けるものとし、十年の期間が満了するごとに、この条に定める条件に従ってこの条約を廃棄することができる。

第 十 七 条

1 国際労働事務局長は、国際労働機関の加盟国から通知を受けたすべての批准及び廃棄の登録をすべての加盟国に通告する。
2 事務局長は、通知を受けた二番目の批准の登録を国際労働機関の加盟国に通告する際に、この条約が効力を生ずる日につき加盟国の注意を喚起する。

第 十 八 条

 国際労働事務局は、国際連合憲章第百二条の規定による登録のため、前諸条の規定に従って登録されたすべての批准及び廃棄の完全な明細を国際連合事務総長に通知する。

第 十 九 条

 国際労働機関の理事会は、必要と認めるときは、この条約の運用に関する報告を総会に提出するものとし、また、この条約の全部又は一部の改正に関する問題を総会の議事日程に加えることの可否を検討する。

第 二 十 条

1 総会がこの条約の全部又は一部を改正する条約を新たに採択する場合には、その改正条約に別段の規定がない限り、
 (a) 加盟国によるその改正条約の批准は、その改正条約の効力発生を条件として、第十六条の規定にかかわらず、当然にこの条約の即時の廃棄を伴う。
 (b) 加盟国による批准のためのこの条約の開放は、その改正条約が効力を生ずる日に終了する。
2 この条約は、これを批准した加盟国で1の改正条約を批准していないものについては、いかなる場合にも、その現在の形式及び内容で引き続き効力を有する。

第 二 十 一 条

 この条約の英文及びフランス文は、ひとしく正文とする。