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船員の労働と物流~暮らしを支えるサプライチェーン~第35回国際労働問題シンポジウム会議を終えて

2022年10月17日、ILO駐日事務所と法政大学大原社会問題研究所の共催により、第35回国際労働問題シンポジウムを開催しました。海上労働をテーマとして、海運業界と船員の労働に焦点を当て、私たちの暮らしを支えるサプライチェーンと海運とのつながり、船員の労働者が直面する課題と国際的な対応について考察しました。

   2022年10月17日、ILO駐日事務所と法政大学大原社会問題研究所の共催により、第35回国際労働問題シンポジウムを開催しました。国連大学本部ビル会場とオンライン配信のハイブリッド形式で行われ、全国からおよそ150名が参加しました。今年は、ILO総会で「2006年の海上の労働に関する条約」(MLC, 2006) の改正案が承認されたことを機に、海上労働をテーマとして取り上げ、海運業界と船員の労働に焦点を当て、私たちの暮らしを支えるサプライチェーンと海運とのつながり、船員の労働者が直面する課題と国際的な対応について考察しました。 

 講演で、流通科学大学名誉教授の森隆行氏は、海運業界・船員と私たちの暮らしの結びつきについて、まず外航海運は日本の貿易の99.6%を担っており、内航海運も国内輸送の約40%を占めるなど、物流網としての大きな役割を果たしていることについて解説しました。さらに自然災害や有事の際の支援活動でも活用されるなど、国家の安全保障にも欠かせない産業であると述べました。こうした中、船員労働の特殊性から、外航、内航共に船員不足が課題となっているとした上で、技術革新による課題解決により、これまで以上に様々な専門性を有する若手人材が今後の海運事業に携わることへの期待を示しました。海運は環境負荷の少ない輸送手段といわれており、地球環境の保全というグローバル課題に向けた積極的な取組みの一例として、洋上風力発電に向けた工事に必要な特殊船舶の開発などを紹介されました。

 日本船主協会・常務理事の越水豊氏は、世界の外航海運が直面する最近の事例として、コロナ禍で発生した船員交代危機による乗船期間の長期化及びロシアのウクライナ侵攻により船員と船舶の安全確保への懸念について触れました。その上で、海上輸送を担う船員はエッセンシャルワーカーであり、船員と船舶の安全確保を最優先し、陸上職員による船舶安全運航のサポートなど海陸一体の取組みにより、大規模障害が発生する中でも物流を滞らせないよう努めたことに触れ、経済安全保障の観点から同産業の重要性を改めて強調しました。今後は安全領域の課題に対する技術革新、環境対策として環境に配慮した新たな船舶の開発など新領域に対応するために「海のエキスパート」の拡充が不可欠であると述べました。

 全日本海員組合・組合長代行の田中伸一氏は、外航・内航海運の維持は、物流と私たちの生活を支え、産業維持に繋がっているとして、次世代を担う若年船員の確保・育成を喫緊の課題であると強調しました。一方で、船員労働の特殊性として、船舶は自然が相手であるため洋上においては危険、孤立が伴うこと、さらに一般社会から切り離された環境で居食住一体を強いられ、知識・技能を伴う特別の能力が求められることを挙げ、その上で人材不足の課題を解決するため、船員の雇用条件の向上、船内の就労環境、情報通信環境の整備など、様々な取組みが行われていることが紹介されました。また幼少期より海に親しみ、海事思想の啓発を図り、船員志望者を増加させる観点から、小・中学生を対象とした海事、海洋に係る現場体験学習を積極的に実施していることについても触れました。

 国土交通省海事局船員政策課の浦野靖弘氏は、船員として働くためのルールや権利について、日本が批准している国際海事機関(IMO)の「1978年の船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約(STCW条約)」及びILOのMLC, 2006に基づいて解説しました。その中で、MLC, 2006の運用や規則の改正等は、加盟国政府、船舶所有者及び船員の代表からなるILO海上労働条約特別三者委員会(STC)で検討されていることに触れ、今年5月に行われたSTC 4 Part IIで採択され、翌6月にILO総会で承認された規則改正の主な内容を紹介しました。また、現在進められている内航海運における船員の働き方改革について、その背景となった海上労働の特殊性と若者の志向との間のズレや、国土交通省における制度改正に向けた議論、具体的な制度改正の内容(労務管理体制の適正化、船員の健康確保、多様な働き方を実現するための新たな育児休業制度等)などを紹介しました。

 ILOからは、高﨑真一駐日代表より船員の最低賃金を設定する仕組みが紹介されました。ILOで唯一の労使による二者構成で行われる船員賃金小会合で、使用者側代表により「労使双方が利益を享受することが国際的な海運業界の基盤となる。……船員の全体的な幸福は経済的利益をもたらす」として最低賃金の意義が評価されたことに触れ、船員の労働については他の産業と比較して強固な国際的な労使間の対話が存在すると述べました。また女性船員の活躍推進について、世界で女性の船員は、2015年以降45.8%増加し、近年急速に増加傾向にあるものの、船員全体に占める割合は1.28%にとどまっていると述べ、海運業界に対し、多様な人材が活躍する職場環境の実現に向けた取組みへの期待が述べられました。

 また、講演者をパネラー、法政大学大原社会問題研究所の藤原千沙教授をモデレーター、同研究所の榎一江教授を司会として、海運を維持するための国際競争力の重要性等をテーマとしたパネルディスカッションが行われ、主に①~③に掲げるような議論・提言がありました。

①    日本及び世界においても、海運はなくてはならない存在であるが、なかでも外航海運は常に国際競争に晒されているため、海運を維持するためには各国の企業は競争力を高める必要がある。一方で、諸外国では、企業努力だけではなく、税制度などにおける支援・優遇措置を設けて競争力の維持が図られている事例がある。したがって、日本もこうした諸外国と同等な制度にするなど、国際競争上の不利を失くしていく必要がある。
② 外航海運において、規制回避、人件費削減等の理由から日本籍船・日本人船員が少ない傾向が続いている。トン数標準税制の導入・拡充などにより日本籍船の数は多少増加したものの、かつて57,000人を超えていた日本人船員は近年2,000人規模を横ばいに推移している。また、内航海運においても、船員の高齢化・船員不足が問題となっている。外航・内航海運において日本人船員を増加させるためには、船員の労働環境に関する情報開示に努める、外航海運を目指す若者のキャリア構築を支援するなどの既存の取組みに加え、今後は船員個人に対する税制上の優遇措置の創設など、政府は一人ひとりの船員が実利を感じることのできる施策を検討する必要がある。
③ 近年加速している自動運航船の開発など海運のデジタル化に向けた取組みにより、今後、陸上からの遠隔操船など新たな運航方法が実用化され、海運業における船員の就労の場が広がるとともに、働き方が更に多様化する可能性がある。現在、IMOにおいて自動運航船の運航を実現するために必要な国際ルールの検討が進められているが、国内においても、政府がこのような技術革新による海運業の変化に対応した環境整備を進めるとともに、海運業に対して必要な支援を行っていく必要がある。

 海運業は、あらゆる産業活動の基盤であり、私たちの日々の暮らしを支えています。本シンポジウムを通して、とりわけ国境を越えて、長期にわたって洋上という特殊な労働環境の中で働く外航船員の労働問題の改善に取り組む際、個々の産業部門や企業の努力だけでは進展が望めないことも、政府、労働者・使用者代表(政労使)及び関係するステークホルダー、その他の産業部門が対話し、様々な側面から問題点を考察することで、より良い改善策が見出される可能性があると分かりました。本シンポジウムでの政労使、学識者による議論が、船員の労働者の保護に資する機会となり、今後あらゆる産業部門で働く労働者の保護に向けた取組みにも活用されることを期待します。