ILO Newsletter「ビジネスと人権」

ILO多国籍企業宣言:責任ある企業行動へと導く羅針盤

近年、多くの企業が海外直接投資を行い、グローバル・サプライチェーンを構築・管理し、事業を展開しています。国際的な主要投資国である日本の企業に対しては、責任ある企業行動が期待されています。今回は、企業が持続可能なビジネスを構築する上で欠かすことのできない国際文書、ILO多国籍企業宣言を紹介します。

記事・論文 | 2021/05/19
外務省の海外進出日系企業拠点数調査結果(2019年)によると、海外に拠点を持つ日系企業は、およそ74000社にのぼります。近年、ますます多くの企業が海外直接投資を行い、グローバル・サプライチェーンを構築・管理し、事業を展開しています。多国籍企業の企業行動は、受入国に甚大な経済的・社会的影響を及ぼすことから、国際的な主要投資国である日本の企業に対しては、グローバル・サプライチェーンにおける企業の社会的責任と、責任ある企業行動が期待されています。その役割を果たすことは、自国の利益となるのみならず、受入国の労働慣行の改善と、ディーセント・ワークの推進にもつながります。一方、企業責任、消費者の声、規制の増加、株主や投資家からの期待など、企業を取り巻く様々な課題へのコミットメントが十分な水準に達していない、また受入国のサプライチェーンにおける規制違反や、ディーセント・ワークの欠如が報告されることは、企業にとって大きな負の影響を及ぼすリスクとなります。

2016年にジュネーブで開催された第 105 回ILO総会において、「グローバル・サプライチェーンにおけるディーセント・ワーク」について一般討議を行った委員会 は、どうすればグローバル・サプライチェーンがディーセント・ワークと持続可能な開発に効果的に寄与できるのかについて討議し、その行動計画に関する決議が、全会一致で採択されました。その中で、グローバル・サプライチェーンが国境を越えて拡大したことで生じるガバナンスギャップへの課題に取り組むため、ILOは世界的な行動の呼びかけを主導していくことが示されました。

加盟国はILOに対し、時宜を得た行動計画を実施し、政労使三者構成の会議で、グローバル・サプライチェーンの中でディーセント・ワークの欠如につながる欠陥を評価し、統治上の顕著な課題を特定し、グローバル・サプライチェーンにおけるディーセント・ワークの促進に向けて必要な事業計画、対策、イニシアティブ、基準の策定を求めました。

2011年に国連人権理事会において採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」では、企業は事業活動において労働者の権利を尊重する責任を負い、政府は国の法令を実施し、執行する義務を負っていることが強調されました。この決議では、国の機関、法律制定および施行の脆弱さはグローバル化の恩恵を最大化する妨げとなること、また、産業部門、国家、地域、世界のレベルでガバナンスギャップを埋めるためにさらなる措置が必要であることが強調されました。その措置として、企業や政府だけでなく、すべての関係者の能力構築を図ることの重要性が述べられています。そうすることで、グローバル・サプライチェーンにおけるディーセント・ワークの促進への取組みが加速し、国や企業がグローバル化の恩恵に預かることにつながります。

たとえば、生産国における労働安全衛生の向上を目的として、2015年にG7とILOが協力して開始し、G20にも承認されている「ビジョン・ゼロ・ファンド」(VZF) は、その取組みの一例です。VZFは、政府、使用者・労働者団体、企業、その他のステークホルダーを結集し、「グローバル・サプライチェーンにおける重大・致死的な労働災害、傷害、職業疾病の発生をゼロにする」というビジョンに向けて共同で進められています。グローバル、国、職場レベルで活動し、世界的に実現可能な労働安全衛生のための環境を強化し、国の法律や政策の枠組みを改善し、対象となるサプライチェーン、特に世界の後発開発途上国で働く人々のために、より効果的な予防、保護、補償の仕組みを導入することを目指しています。現在、VZFは8カ国で、衣料品と農業の2つのサプライチェーンで活動しています。VZFの重要な要素の一つは、グローバル・サプライチェーンにおける安全と健康に関する知識戦略の推進と、労働災害や職業疾病に関する信頼性の高いデータを収集するための方法論の開発支援にあります。ドナーには、欧州委員会、フランス、ドイツ、ノルウェー、スウェーデン、英国、米国が含まれています。2017年には、シーメンスが民間企業として初めて参加しました。ILOによって管理・運営されています。

©ILO アディスアベバ郊外のGolden Roseの大農園でバラ栽培をする女性。年間1500万本のバラが生産され、99%は輸出されている。

企業が、持続可能なビジネスを構築する上で、羅針盤としての役割を果たすのが、前述した国連の「ビジネスと人権の指導原則」(2011)や、OECD の「多国籍企業ガイドライン」(2011年改訂)、ILO の「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」(ILO多国籍企業宣言)(2017年改訂)を含む国際的な文書です。これらは、すべての国と企業が尊重すべきビジネスと人権に関するガイダンスとなります。

多国籍企業宣言は、社会政策と包摂的で責任ある持続可能なビジネス慣行に関して、企業(多国籍企業及び国内企業)に直接の指針を示したILOの文書です。この宣言は、世界の政労使により入念に議論され、採択されました。1977年の最初の採択から数回の改定を経て、2017年に最新の改定が行われました。改訂された宣言には、「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」(2008年)、2000年以降にILO総会で採択された新たな国際労働基準の成果、ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組み実施のために(2011年)や、持続可能な開発のための2030アジェンダの採択(2015年)などが反映されています。その原則は、多国籍及び国内企業、本国と受入国の政府、労使団体に、雇用、訓練、労働・生活条件、労使関係、一般方針の諸分野にわたる指針を示しており、国際労働基準に定められた原則に深く根ざしています。

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  • 所要時間は約75分です。
  • ご自身のペースで学ぶことができ、前回学習を中断したページから、次回学習をスタートすることができます。
  • すべて修了されましたら、修了証明書がダウンロードできます。
【参照】