ILO Newsletter「ビジネスと人権」

日本企業との連携拡大に向けたILO駐日事務所の取り組み―ILOと民間セクターとのパートナーシップ―

ILOは2008年よりグローバル企業を中心とした民間セクターとの連携プロジェクト(PPP: Public Private Partnership)を拡大しています。今回はその背景にある「ビジネスと人権」を取り巻く環境の変化、そしてILOと日本企業との連携拡大に向けてILO駐日事務所が目指す方向性について示したいと思います。

記事・論文 | 2021/04/20
【2021年4月20日配信】

ILOは、2008年よりグローバル企業を中心とした民間セクターとの連携プロジェクト(PPP: Public Private Partnership)を拡大しています。今回は、その背景にある「ビジネスと人権」を取り巻く環境の変化、そしてILOと日本企業との連携拡大に向けてILO駐日事務所が目指す方向性について示したいと思います。

ILOにおけるPPPの概要

PPP(Public Private Partnership)とは「官民連携」とも呼ばれ、一般的に民間資本や民間のノウハウを活用し、効率化や公共サービスの向上を目指すものとされています。各国政府や国際機関、自治体などで幅広く採用されているものの、明確な定義はなく、組織やプロジェクトによって捉え方や形態はさまざまです。

ILOにおいては2008年以降、三者構成の原則を尊重しながら、よりスピーディーかつ効果的にディーセント・ワークを推進するための重要なアプローチ方法としてPPPが採用されるようになりました。ILOにおけるPPPは、「ILOと民間もしくは非政府系組織との間で、双方にとって有益な活動を協働して行う為の自発的かつ協働的関係 [1] 」と定義されています。ILOにおけるPPPは、単なる民間資本の活用に重きを置くものではなく、ノウハウや情報の共有、調査研究や出版の協働、アドボカシー活動、キャパシティービルディングや人的交流なども重要な要素として含まれています。

ILOではPPPプロジェクト設計にあたって満たすべき基本ガイドラインを定めています。国際労働基準や多国籍企業宣言などILOが掲げる原則に則っていること、ディーセント・ワークやジェンダー平等を推進する内容であること、三者構成の原則を尊重することなどです [2] 。PPPのパートナーとなる企業・団体についても、過去のパフォーマンスを含めてILOの目指す方向性に沿っている提携先かどうか、ガイドラインに照らし合わせて慎重なスクリーニングが行われることとなります [3]

ILOにおけるPPPの取り組みは、2008年に開始して以降拡大傾向にあります。2008年から2018年の間に実施したPPPプロジェクト数は321、パートナー数は246(うち120が民間企業)です。プロジェクト数の内51%が民間企業、15%は財団、36%が大学やNGOなどの非政府組織との連携です [4]。2011年までは財団が最大の提携先でしたが、現在は半数超が民間企業との連携です。パートナー企業のセクターは製造業を中心に多岐に渡りますが、グローバルに展開する多国籍企業が中心となります。

具体的なILOのPPP形態は、大まかに以下の通りに分類されます。

【ILOにおけるPPPの主な形態と概要】
ビジネスネットワーク型: テーマやセクター別の会員制ビジネスネットワーク。情報提供、会員同士の交流やアドボカシー活動を行う。既存のネットワークは以下の通り。個別プロジェクト型:企業が抱える課題に応じて個別のプロジェクトを企画、設計~実践までカスタマイズした形で協働を行います。

寄付型:
社会的保護拡充に向けたプログラムなどへの寄付。

その他
  • カンファレンス、セミナー等イベントの共催
  • キャンペーン、アドボカシー活動
  • 人材交流、
  • 現物支給
これまでのPPPの内、金額ベースでは約半数が上記のビジネスネットワーク型によるものです。特にアパレル・繊維業界を対象とした、IFC(国際金融公社)と協働で展開するベターワークプログラムのシェアが大きいです。ベターワークはビジネスネットワーク型の側面もありますが、CSR監査の点に重きが置かれており、ILOの5つの旗艦プログラム(Flagship Programme)のひとつとされています。また個別プロジェクトについてもアパレル企業との連携事例が目立ちます。背景として、アパレル業界がサプライチェーン上の人権リスクについて社会的に厳しい目にさらされてきたことが影響していると考えられます。

なお、ILOのPPPは必ずしもパートナーからの資金提供を必要とする訳ではありません。ILOのプロジェクトを遂行するにあたり、必要とされるネットワークやリソースを民間パートナーとMoU(合意文書)を交わし提供を受けるケースもあります。

PPP拡大の背景:「ビジネスと人権」を取り巻く環境の変化

ILOがPPPを開始してから十数年の間に民間企業との連携が増加傾向にある要因の一つとして、「ビジネスと人権」に関する環境が大きく変化し、企業が自ら雇用する労働者のみならず、サプライチェーン上の人権問題への対応を見直さざるをえなくなってきている点が挙げられます。背景として①国際的な枠組みの整備、②消費者意識の高まり、③ESG投資の拡大、という複合的な要因が絡んでいます。

1990 年代以降のグローバル化の進展に伴い、国境を超えて事業展開する多国籍企業の人権侵害に対する国ごとの法的規制の違いが問題として顕在化し、企業を巻き込んだ人権保障に関する国際的な枠組みが求められるようになりました。1999年に持続可能な成長を実現するための世界的な枠組みとして「国連グローバル・コンパクト」が発足、その後2011年には「ビジネスと人権に関する指導原則(UN Guiding Principles on Business and Human Rights)」(以下「指導原則」)が国連人事委員会で承認されました。

指導原則は①人権を保護する国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、③救済へのアクセスの3つの柱からなり、企業活動によって人権に負の影響が及ぶリスクを防ぎ、対処するために国家と企業が従うべき方針を示しています。重要なのは、企業が当事者として関わる人権リスクのみならず、サプライヤーなど第三者を通じたサプライチェーン上の人権リスクにまで責任を負うことが明記されている点です。指導原則は法的な強制力を持つものではありませんが、国際的なフレームワークとして、各国政府や企業の「ビジネスと人権」への取組みが急速に進む重要な転機となりました。

2010年の「カリフォルニア州サプライチェーンの透明性に関する法律」を皮切りに、欧米を中心とした法的整備も進んでいます。2015年「英国現代奴隷法2015」、2017年「フランス人権デューデリジェンス法」、2018年「オーストラリア現代奴隷法」、2019年「オランダ児童労働デューデリジェンス法」、そして2021年には欧州委員会が企業に対し人権デューデリジェンスを義務付ける法的枠組みを提案すると表明しています。企業の人権配慮が法的に義務付けられる時代となってきています。

また2015年に採択されたSDGsは、広く社会に認知され、企業の社会的配慮を測る指針として多くの企業の経営課題に組み込まれるようになりました。消費者意識の高まりにより、不適切な人権対応が企業ブランドイメージの棄損に繋がり、売上げに影響するケースも出ています。企業活動のあり方が、利益追求型から「サプライチェーン上の人権侵害課題の解決と、経済的成長と繁栄を両立させていく」という考え方へのシフトが起きているのです。


2013年4月24日。ラナプラザビルが倒壊し、1,100人以上の労働者が死亡、2,500人が負傷した。史上最悪の産業災害のひとつとなった。© Rijans / Flickr

株式市場の変化も大きく、2006年に提唱された責任投資原則(PRI)をきっかけに、世界の株式市場において企業の社会的配慮を投資判断に組み込むESG投資が広く浸透するようになりました。当初は63の署名機関数からスタートしたPRIは拡大を続け、2020年11月時点で署名数3,038、運用資産は100兆ドルを超えています。2015年には世界最大の機関投資家である日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF: Government Pension Investment Fund)がPRIに署名しました。GPIFの運用資産は約170兆円以上(2020年11月時点)と世界最大であり、GPIFのPRI加入は日本企業のESGへの取組みを本格化させる大きなきっかけとなりました。

 
©ILO駐日事務所

ESG投資の拡大に伴い、企業の社会的配慮の取り組みを数値化・格付するESGベンチマークが誕生してきています。人権に関するベンチマークの中でも、機関投資家と人権NGOが設立したビジネスと人権に関する国際的なイニシアチブCHRB(Corporate Human Rights Benchmark)の格付け結果は複数の投資家が活用しており、その動向が注視されています。

さらにコロナ危機にあたり、ウィルスの影響で危機にさらされる労働者、サプライヤーなどの利害関係者の人権・福祉に関連するESGの「S(社会)」に特に注目が集まっています。PRIは2020年10月、「持続可能な復興に向けて社会、特に人権の問題を投資コミュニティが受け止めなければいけない」として、人権を今後のESGの核とする方針を表明しています [5]

このように、企業に人権配慮を求める国際的な枠組み、消費者意識の高まり、そしてESG投資の拡大といったさまざまな要因によって、企業による人権やサプライチェーンへの対応が急速に推進されるようになりました。企業にとってそれらはもはやCSRの一環としてではなく、企業価値の維持・向上のために取り組まなくてはならない重要な経営課題として捉えられるようになってきています。

日本企業の取組み状況と課題

「ビジネスと人権」を取り巻く環境の変化と共に、欧米を拠点とするグローバル企業を中心にILOとのPPPを通じてサプライチェーンマネジメントに取り組む企業が増えつつあります。翻って、残念ながら、ILOと日本企業によるPPP事例は非常に少ないのが現状です。前述した人権ベンチマークのCHRBの評価対象となる日本企業は年々増加していますが、その評価は総じて厳しく、評価機関によると、日本企業は「人権方針の策定」や「コミットメント」など方針や体制に関する評価は高いものの、具体的な取組みに関する評価が低いことから、方針と実践に乖離が見られています。

日本企業の人権方針や体制が実践に結びつかない背景として、「ビジネスと人権」を推進する上で必要な情報に企業が十分にアクセス出来ていない状況が見受けられます。JETROのアンケート調査 [6] によると、日本企業が人権の問題に取り組むにあたり必要としているものは「タイムリーな情報」が70.4%、「対応するための人材」が49.1%、あると望ましい公的支援は「現地政府の政策や法規制に関する情報提供」が71.5%、「現地のCSRや労働・安全衛生・環境等の問題に関する情報提供」が70.1%と続いており、日本企業の現場が求めているのは適切な情報と実践にあたるリソースであることが分かります。企業が抱えるこのような課題をクリアしていくためには自社のリソースだけでは限界があり、外部のステークホルダーとの適切なエンゲージメントが不可欠であることを強調しておきたいと思います。
 
©ILO駐日事務所
 
ILOと日本企業のパートナーシップ拡大に向けて

日本には世界に名だたるグローバル企業が多数存在し、そのサプライチェーン上の人権リスクはILOが掲げるディーセントワーク推進に密接に関わっています。ILO駐日事務所では、ILOと日本の民間セクターとの架け橋として、PPPを通じて日本企業の「ビジネスと人権」への取組みをサポートします。

日本企業との具体的な連携方法としては、①ビジネスネットワークへの加入、②個別プロジェクト組成、③イニシアチブへの参画、④セミナーやメールマガジン等を通じた情報提供などが挙げられます。

①    ビジネスネットワークについては、人権リスクが高いとみなされるアパレル業界に特化したベターワークの日本企業の参画を特に促進します。同プログラムは世界的な大手アパレルブランドが多数参加していますが、現在日本企業で参加しているのはファーストリテイリング、良品計画、アシックスの3社のみです。ベターワークは生産性向上といった具体的なインパクトが実証されている実績のあるプログラムであり、グローバルに展開する日系アパレルブランドへの導入拡大を呼び掛けていきたいと考えています。その他、昨今注目される外国人労働者や人身売買等強制労働をテーマに扱うGlobal Business Network on Forced Labour、障害者雇用に関するGlobal Business and Disability Networkへの日本企業の参加も促進していきます。同課題への適切な取り組みを模索する日本企業にとって、世界の先進事例に触れる貴重な機会となるでしょう。

②    企業が抱える課題に応じてオーダーメイドでの対応が可能な個別プロジェクトの中では、ILOの中小企業向け生産性向上プログラムSCORE(Sustaining Competitive and Responsible Enterprises)の活用が考えられます。SCOREは品質管理、労働安全衛生、生産性向上、人材マネジメントなど5つのモジュールから構成されており、一連のプロセスを通じて現場の労働環境の改善、生産性の向上といったインパクトが実証されています。同プログラムは海外のサプライヤーのみならず、欧米企業のサプライヤーである日本の中小企業向けにも活用可能であり、サプライチェーンマネジメントの一環として導入する意義は大きいと思われます。

③    ILOが中心的に関わっているさまざまなイニシアチブに、日本企業の参画を求めていきます。具体的な例として、「若者のための働きがいのある人間らしい仕事グローバル・イニシアチブ」の一環として、現在ILOがITU(国際電気通信連合)、AU(アフリカ連合)と協働で進めているプログラム「アフリカのデジタル経済における若者のためのディーセントな雇用の促進とスキルの向上」への日系IT関連企業の参加を呼び掛けていきたいと考えています。企業にとっては、事業との関連性が高いイニシアチブであれば参画するメリットは大きく、またILOとしても企業の持つ専門的なリソースを提供してもらうことでプログラムの充実を図ることができるでしょう。

④    その他、セミナーやメールマガジンを通じた企業への情報提供を積極的に行っていきます。セミナーについては、まずは業界団体などを通じて幅広い企業へリーチ可能な形での開催を目指します。2021年春より発行を開始した企業向けメールマガジンでは、ILOのサプライチェーンマネジメントに関する取組みや、「ビジネスと人権」に関する最新の話題など、企業の人権・調達関係者にとって有益となる情報を発信していきます。メルマガを通じて企業関係者に定期的な情報発信を行い、ILOの活動やディーセントワークについての理解を広め、関係性構築に繋げていくことを目指します。

最後に―ILO駐日事務所の狙いと役割

日本企業にPPPの提案を行っているとしばしば聞かれるのは「ILOがなぜこのような提案をするのか?」「ILOにとってのメリットは何なのか?」という質問です。企業としては、国際機関であるILOが、(企業にとって事業リスク・ESG評価対策として捉えられがちな)「ビジネスと人権」の取組みをサポートすることが腑に落ちないのかもしれません。

ILOの目指すところはシンプルです。世界のより多くの人にディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を実現してもらうことです。労働条件の改善を通じて、社会正義を基礎とする世界の恒久平和の確立に寄与すること、それは1919年にILOが発足した時から変わらぬ信念です。

「ビジネスと人権」を取り巻く環境の変化が企業に行動するインセンティブを与え、ILOが掲げるディーセント・ワーク推進に向けた追い風となっていることは間違いありません。ILO駐日事務所は国際機関として、中立的な立場で日本企業の「ビジネスと人権」の取り組みをサポートすることで、ディーセント・ワーク推進に向けて働き続ける所存です。


参考資料
1Director General’s Announcement, IGDS No. 81, Version 1, 14 Jul., ILO, 2009.
2.Guidelines for developing successful PUBLIC - PRIVATE PARTNERSHIPS, p. 3, ILO, 2019
3Independent Evaluation, ILO’s Public-Private Partnerships, 2008-2018, ILO, 2019
4.Guidelines for developing successful PUBLIC - PRIVATE PARTNERSHIPS, p. 10, 13, ILO, 2019
5.責任投資原則 (Principles for Responsible Investment) https://www.unpri.org/human-rights-and-labour-standards/why-and-how-investors-should-act-on-human-rights/6636.article
6.JETRO 日系企業の責任あるサプライチェーンに関するアンケート調査 https://www.ide.go.jp/library/Japanese/Research/Project/2018/pdf/2018110007_01.pdf