幼児教育従事者のディーセント・ワーク
2013年11月に開かれたILOの専門家会議で「幼児教育従事者のディーセント・ワークの促進に関する政策指針」が全会一致で採択されました。
幼児教育分野における情報不足を認識したILOは教育分野における研究の一環として初めて幼児教育の雇用・労働環境に焦点を当てた調査研究を行い、そこで見出された事項について話し合うフォーラムを2012年2月に開催することにしました。『Right beginnings: Early childhood education and educators(正しい始まり:幼児教育と教育者)』と題するこの調査研究の成果物は幼児教育従事者の雇用・労働条件を次のように報告しています。
I.幼児教育とは
保育、幼児教育、幼児期発達、就学前教育など、ほとんどの国で6歳に設定されている義務教育就学年齢前に提供される教育は、それを指す用語の多様性からも推測されるように非常に多様であり、提供される場も保育園、託児所、幼稚園、幼児学校、就学前学校、日本の認定こども園など多岐に富んでいますが、その性格は3歳を境に大きく二つに分けられます。世界の国々の半分近くで、主として民間施設を通じて提供されている3歳未満児を対象とした幼児教育は組織的な保育を主体とし、時に教育活動や保健サービスなども伴います。一方、学校と家庭の架け橋となり、学校環境への導入として提供される就学前教育は、主として3~6歳児を対象に提供されています。
産業部門の多様性はそこで働く労働者を指す言葉にも反映されています。幼児教育教員、幼稚園教諭、保育士、補助看護師、ボランティア・ヘルパーなど、様々な呼称が用いられています。3歳未満児を対象とする施設で働く職員に関する情報は、とりわけ途上国の場合、ほとんど知られていません。特に途上国や農村地域では、親や地域社会の人々が重要な役割を演じています。教員に加えて、教育助手、調理師、看護師その他の専門家や補助スタッフが働いている国もあります。
世界の国の約85%で就学前教育は義務教育ではありませんが、義務化の動きが見られます。標準的な対象年齢層は3~5歳ですが、中南米・カリブ、アラブ諸国、東アジア、太平洋諸国では提供される期間はもっと短く、1~2年となっています。
幼児教育は子どもの教育的な発達に対する良い投資であるだけでなく、社会への包摂と開発、大人になってからのより高い就業能力と収入、働く親に労働市場への参加機会を与えること、男女平等、子どもの権利の認識と尊重、より良い健康と栄養、貧困削減、人生で成功するための一般的な機会の向上など、幼児期における教育が個人及び社会の生活の質と人間開発の向上に寄与する一連の要素に好影響を与えることを示す証拠は多数存在しています。
II.幼児教育を取り巻く主な動き、論点、政策
「幼児教育はすべての国にとって重要な投資であり、学習者である幼児とその家族に提供される機会を最大化するためにはその政策、資金、組織にもっと注意を払う必要があり、職員の能力と職員を取り巻く状況は質の高い幼児教育の中心的な要素である」。これが、報告書が伝える中核的なメッセージです。
幼年期がその後の教育面における発達、社会的包摂、子どもの権利の認識、個人及び社会に対する経済的見返りの上で極めて重要であることに光を当てる調査研究が増えてきています。早いうちから強固な教育基盤を構築することを支持する圧倒的な理由があるにもかかわらず、幼児教育を優先事項に掲げる国は少なく、特に途上国ではほとんど見られません。就学前プログラムへの参加率はこの10年、全世界的に相当なペースで伸び続けているものの、世界平均は依然として46%程度であり、需要が相当に抑えられている状況が示されています。欧米諸国の平均は80%であるのに対し、サハラ以南アフリカでは17%、アラブ諸国では19%といったように、この進展は不均等で、幼児教育の機会から排除されている子どもたちはいまだに数百万人に上り、機会の平等は依然として到達が難しい目標に留まっています。幼児教育から得るところが非常に多いと見られる貧困世帯や農村世帯の子どもたち、特別のニーズを抱える子どもたちの参加機会は大幅に低くなっています。こういった子どもたちを幼児教育に参加させるには公共投資の増大とより一貫した公共政策が求められるでしょう。
実際、世界各地で幼児教育政策の策定または向上に乗り出す国が増えてきています。この多くが多分野にわたる包括的な取り組みを反映しており、ますます教育事項を担当する省庁が幼児教育に関する政策及び事業計画の策定を主導するようになってきています。官民両部門の財源とパートナーシップが基盤ですが、世界的に様々な財源モデルが存在します。これまでのところ先進国では公立施設による提供が主流を占め、一方、アフリカを中心に途上国では民間施設がより顕著な役割を演じています。公共投資を増やす必要があるのは明らかですが、政府の現下の財政・予算上の制約に鑑みると、主として利用者家族、さらには使用者も含む民間財源に依存し続ける必要があろうと思われます。民間施設の増加はそれまで幼児教育の機会がなかった子どもたちにその機会を提供するものになる可能性はあるものの、機会の平等のますますの悪化、そして所定利用料の支払いが不可能ではないにせよ、困難と感じる貧困世帯排除の見通しに取り組む必要があります。したがって、官民パートナーシップの育成は適切な規制枠組みの中で行い、政府によって支援される必要があります。
幼児教育部門は、とりわけ3歳未満児を対象とするものに関しては、データが非常に不足しているためにその進展を観測するのは容易ではありません。教員の労働条件と社会対話に関しても同じ問題があります。そこで、幼児教育への支出、教員の資格と専門能力の開発、報酬、受持幼児数などの問題における改善を導くためには、データ収集を改善し、全国的な資格評価の仕組みを開発する相当の努力が求められます。
III.幼児教育教員の養成
2009年にデータが存在した80近くの低・中所得国のうち、3分の1近くで9割以上の幼児教育教員が国の基準に沿った訓練を受けていることが示されましたが、国の基準に到達しない教員が半分以上を占める国も4分の1近くに達しました。教員養成は原則として国その他のレベルで決定される教育手法に結びつけて行われることになっているものの、実際には提供形態が多様であることから必ずしも調和の取れた全体が確保されているわけではありません。
財源と統治(ガバナンス)の問題は教育・学習プロセスを管理する教育者の職業上の地位及び物質的な地位にも影響します。幼児教育教員の労働条件は他の教育部門より低くなる傾向があります。報酬は低く、しばしば専門能力の開発は不十分で、幼児と接していない時間は不足しています。一方で幼児教育教員の仕事は複雑であり、他の教育水準と同レベルの専門能力が期待されることへの認識が高まりつつあります。これは学習幼児のニーズの変化に対応した強固な初期教育、しっかりとした導入訓練及び継続的な専門能力開発の枠組み、魅力的な報酬、労働者を支える教育・学習環境を通じて形成することができます。この事実を認識し、幼年期の教育と保育のための公共政策に対するより包括的な取り組みの一環として、幼児教育従事者の資格を引き上げ、労働条件の改善に努める国が増えてきています。保育と教育という二つの要素の統合は、所要教育水準の引き上げ及び教育の幅の拡大、給与水準の上昇、労働条件の改善などを含み、幼児教育従事者の専門性をますます高めるようになってきてはいますが、まだ多くの取り組みが必要です。
IV.幼児教育の雇用・労働条件
就学前教育の従事者は過去10年に中・東欧を除くすべての地域で大幅に増え、2009年現在、世界全体で750万人を上回ると推定されます。この伸びはほとんどの地域で幼児教育参加者の伸びを上回り、数だけ見ると、大半の国が新規職員の採用・訓練に相当の投資を行っていることを示すものと言うことができます。例えば、人口動勢に従って就学前教育を受ける子どもが1990年代半ばから減り始めた中国では1999~2003年の間にフルタイム教員の数が3割も減ったものの、その後反転して2003~09年の期間に職員全体でもフルタイム教員も61%増を示し、これに合わせて参加率も2009年に47%(1999~2003年平均36%)に達しました。
各国は十分な資格のある教員の採用だけでなく、労働力構成のより良いバランスの達成、そして拡大するニーズと質の向上の目標達成に向けた人員配置に係わる多くの課題に直面しています。これには次のような問題が含まれています。
<年齢集団の違いによる保有資格の違い>
1~3歳児対象の保育・教育提供者と、4~6歳児対象の訓練を受けた教員との間に相当の分断が存在します。保育と幼児教育が分かれている経済協力開発機構(OECD)諸国では、前者ではより低い訓練を受けた様々な職員が働き、資格のある教員は後者で働いています。6歳未満の子ども全体を対象とした統合的なサービスが提供されている国では、高等教育を修了し、訓練を受けた教育者がすべての子どもを対象とし、主として保育を担当する、訓練を受けた助手と協働する場合が多くなっています。途上国では資格や訓練基準の弱さから状況はもっとばらばらで、すべての年齢集団にわたる幼児教育教員のプロフィール向上に向けた政策課題を提示しています。
<幼児教育の提供における都市と農村の分断>
他の教育水準でも見られることですが、幼児教育部門で見られるもう一つの大きな課題は都市部と農村部の分断で、財源や提供施設といった理由から農村人口はしばしば不利な状態に置かれています。農村部、とりわけ僻地では幼児教育の教員不足が見られます。将来的に数の問題は解消できたとしても、より魅力の低い地域で資格のある職員を採用するという質の問題が課題として残ると見られます。
<民族・言語の多様性>
都市部と農村部の分断にしばしば関連するものとして、多人種、多文化、多言語を代表する人員構成という問題もあります。必要な資格が高くなり、サービスがより制度化されるにつれ、あらゆる層を代表する人員を揃えることは難しくなります。言語に関しても同じ問題が見られます。オーストラリア、ベルギー、英国など、複数のOECD諸国では少数民族出身者の採用を奨励する政策があります。これによって例えば、ニュージーランドでは2007年までの5年間でマオリ語を話す教員の数が3倍になりました。
<年齢・性別のバランス>
サハラ以南アフリカを除き、幼児教育従事者は女性が圧倒的多数を占め、9割以上に達していますが、男性の採用に向けた努力は見られません。しかし、子どもの発達の観点から言ってもより良い男女バランスが望ましく、職場、そして広く社会に見られる男女役割分担の固定観念に挑む必要があります。技能水準の向上に伴って女性が他の仕事に転職し、資格のある教員が不足するという状況が発生する可能性もあります。これまでのところ、この問題に真剣に取り組んだ国はほとんどありませんが、欧州委員会の保育ネットワークは1996年にこの部門における男性就業者比率を10年以内に2割に引き上げる目標を掲げました。ノルウェーも1997年に同じ目標を設定しましたが、ほとんど成功せず、幼児教育従事者に占める男性の割合は5~8%に留まっています。初期訓練段階で男性の採用に重点を置く取り組みを行っている英国やデンマークなどでも画期的な変化は示されていません。ジェンダー問題が縮小されるよう労働条件や報酬の再考を検討している国もありますが、現下の国際情勢ではこの問題はあまり政策課題の上位には置かれていないように見られます。
3歳未満児を対象とする施設とそれ以降のより体系的な就学前教育を提供する施設の間には、前者の職員が圧倒的に若いという年齢の分断も存在します。2000年代半ばのOECD諸国の調査では、韓国と日本を除き、就学前教育教員の2割以上が50歳以上というデータもあります。低・中所得国では就学前教育の拡大によって教員の年齢構成が初等教育よりも若くなっており、例えば、ヨルダンでは就学前教育教員の約80%、パラグアイでは52%が30歳未満となっています。年齢の不均衡は政策課題の違いにもつながります。キャリア展望も乏しく低賃金で、資格水準が低い若い労働者が集中している3歳未満児対象施設ではとりわけ転職率が高く、一方、より経験が豊富で年功制のキャリア構造を持つより年長の労働力の存在は高い人件費を意味します。
こういった不均衡に取り組むには性別、人種別、年齢別などのデータを含む教育管理情報システムなどの企画立案ツールを用いた包括的な全国的採用育成戦略の策定や、構成比率が低い集団を対象とした訓練給付金、給与引き上げ、より良いキャリア展望などの対象を定めた採用インセンティブが求められます。オーストラリアは2009年に幼児教育国家育成戦略の一要素として、質の高い労働力の採用と定着率の改善に向けた全国的な労働力・リーダーシップ育成要素を策定しました。
4.1.報酬
幼児教育部門の歴史的な低評価、労働力のステータスの低さ、より低い資格水準を反映し、この部門の教員の給与は他の教育水準よりかなり低くなる傾向があります。サハラ以南アフリカでは月給が50ドル(約5,000円)を下回る国も多く、政府の補助がほとんどない民間施設の場合は特に支払いは不規則で低水準です。例えばケニアでは、ほとんどの幼年期センターが公立で、通常小学校に付属しているにもかかわらず、幼児教育教員の賃金は主に親が支払う利用料で賄われています。報酬水準はしたがって、受入人数と親の支払い能力に左右され、最低賃金さえ下回り、不規則で毎月変動します。女性の就業に対する姿勢も報酬に影響を与えています。低い資格要件と低賃金は高い転職率を招き、ケニアでは年間の労働異動率が40%、オーストラリアでも30%以上に達しています。
中・高所得国の賃金は比較的高く、初等教育教員と同等かそれを少し下回る水準となっています。この部門の教員不足が見られるニュージーランドの状況はかなり良いものの、ほとんどが民間施設で働く米国では初等・中等教育教員よりも相当に低く、年に36%と推定される高い労働異動率の主たる要因になっています。
幼児教育教員の給与を同等の資格を有する他の職業の報酬と比較した場合、あるいは職歴に沿った推移を測定した場合、魅力的でない状況が示される傾向があります。幼児教育制度が比較的発達しているフィンランドでは大卒者の平均月給が3,100ユーロ(約43万2,000円)であるのに対し、経験10年の幼稚園教諭の月給は約2,170ユーロ(約30万円)になります。ある推計によれば、幅広い中所得国で就学前教育教員の初任給は全国平均賃金の代理変数となる一人当たり国内総生産(GDP)を下回り、ほとんどの国でキャリアの最後でも平均賃金はこのままであるか、一人当たりGDP並みであることが示されています。
民間施設の給与は国や地域によって異なり、例えば、ブラジルでは貧しい地域の私立学校やコミュニティースクールでは教員の賃金は全国最低賃金水準の低さであり、一方、より裕福な都市部では受け持つ子どもの数や学費水準によって左右されるものの、最低賃金の6~12倍になるとされています。デンマークやノルウェーでは公立施設の職員の賃金の方が民間施設よりも少し低いか同水準であるのに対し、セントルシアやセントクリストファー・ネビスなどでは、民間給与の方が平均して公務員の給与よりも低くなっています。
したがって、給与と労働条件の改善が幼児教育教員の質と量の両方を高める上で重要な一つの要素です。幾つかの国では近年、賃金の上昇傾向が見られますが、依然として低賃金が圧倒的に多くを占めています。この問題に取り組む一つの策は英国が数年前に保育職員について行ったようにこの部門の就業者向けに全国最低賃金として賃金の下限を定めることです。オーストラリアは幼児教育のような低賃金部門の職員と使用者が報酬及び労働条件の改善に関して合意に達することを支援するために、複数使用者との交渉グループの中に新たに低賃金職向けのグループを採用しました。ニュージーランドとポルトガルでは最近、幼稚園と初等・中等学校教員との間で同等賃金が達成されたと報告されており、ニュージーランドは有資格の登録教員を雇う費用を賄う資金助成を行っています。
4.2.労働時間
1~3歳児対象の場合を中心に、幼児教育従事者はまともな労働時間とは言えない環境で働いています。一貫したパターンはないものの、労働時間はしばしば初等教育教員よりも長くなっています。2007年に発表された、14の中所得国を対象とした就学前教育教員と小学校教員の正式な実労働時間数比較調査では、比較可能な職務要件や賃金とのはっきりとした関係性は何も見出されませんでしたが、ロシアでは就学前教育教員の年間労働時間が小学校教員の約2倍に達し、小学校教員の方が長い国はインドやフィリピンなど少数に留まりました。比較可能な最近のデータはありませんが、ILOへの報告によれば、幼児と過ごす時間はしばしば長く、例えば2011年にアンティグア・バーブーダでは1日8~10時間、ノルウェーでは週33.5時間に達し、授業の準備や課外活動などそれ以外の活動に費やす時間がほとんど残されていないことが示されています。
2002~08年の期間における目立った経時的な変化はないものの、OECD諸国では幼児教育教員の労働時間が週当たり30分~1時間と少し増えていることが示されています。1日、週、月の平均労働強度や比較的低い給料のために残業や副業を行わざるを得ない状況が引き起こされているかどうかに関しては情報はほとんどありません。
労働時間は提供されるサービスの質や親の利用機会の点で重要なだけでなく、家族的責任を有する労働者に関する国際基準を尊重するためにも重要です。妥当な時間を設定する交渉や団体交渉に加え、例えば、幼児教育従事者の労働条件を監視し、質の高いケア確保モデルを実行するチリの作業環境改善プロジェクトのような国の政策が労働環境、教育・学習環境を改善する効果的な手段となる可能性があります。
4.3.1人当たりの受持幼児数
子どもが非常に幼い場合は特に、学習幼児の数と担当する教員または職員全体との比率が、質の高い幼児教育提供の中心的な要素となります。国連児童基金(UNICEF)などの国際機関が基準として示す幼児教育職員の受持幼児数は1人当たり15人以下です。2009年のデータでは世界平均は教員1人当たり21人となっていますが、例えば中・東欧では教員1人当たり10人、南・西アジアでは40人、デンマークでは職員1人当たり3.4人(0~2歳児)と5.7人(3~5歳児)、ベリーズでは20人(3~5歳)といったように、地域や国毎のばらつきが大きくなっています。通常、対象年齢が高くなると受持幼児数は多くなります。
加えて、国内でもばらつきは大きく、とりわけ都市部と農村部では大きな違いがあります。エチオピアの首都アディスアベバでは国際基準に近い教員1人当たり17人ですが、コーヒー栽培が主産業のガンベラ地方では141人に達する場合もあります。
4.4.安全・健康
ほとんどの政府が環境の質を監視するために幼児教育プログラムを規制対象に置いているものの、安全と健康の問題は比較的看過されています。ほとんどの国で公的財源による幼児教育は安全衛生を含み所定の品質基準に従うことが求められていますが、多様な民間施設はしばしば公的補助金が入っていない限り規制対象から外れています。政府が職員と子どものために質の高い安全衛生を促進する規制を作るだけでなく、執行することが重要です。近年、品質のあらゆる側面を評価する国際手段が多数生み出されていますが、例えば、幼年期の発達と幼児教育の分野で働く専門家や組織を結びつける会員制団体であり、29カ国が参加する国際ステップバイステップ協会の定める指標には安全衛生に関するものが四つ存在します。
サハラ以南アフリカでは子どもの一般的な福祉は親や教師、保育者の行動様式と個人の衛生、そして基礎的な衛生施設の欠如によって深刻な影響を受ける可能性があります。ILOと国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「教員の地位勧告」などの国際基準で推奨されているように、幼児教育従事者の一般的な健康管理と基礎的な健康診断や医療を受ける機会が決定的に重要ですが、政府の補助がなく資金が乏しい民間施設ではこれは難しいかもしれません。すべての就学前教育従事者は疾病管理に関する好事例やHIV(エイズウイルス)感染者またはエイズ患者である子どもや教員のニーズに対する意識について定期的な訓練を受けるべきことを国際基準は定めています。
4.5.基盤構造
政府の適切な基盤構造整備が教育機会拡大の確保に重要な役割を演じたOECD諸国の経験から見られるように、良質の幼児教育は基盤構造への支援の有無に左右されます。幼児教育協会の国際自己評価ツールには環境と物理的空間に関する指標が17含まれ、米国で開発された幼年期環境評価尺度には空間と備品に関する指標が八つ含まれているといったように様々な品質保証ツールに学習環境の指標が組み込まれています。しかし、本や玩具その他関連教材などの基礎的な学習資源が不足する不適切な設備で幼児教育が提供されることが多いサハラ以南アフリカではこのような基準の適用は困難であり、そういった状況では政府が営業免許の交付に際し、環境の適切性や施設建物・敷地の定期的な監督、規制執行のための十分な予算の配備を確保することを提案できます。
4.6.労働環境の改善に向けて
こういった状況の是正には、すべての子どもに対応する十分な数の有資格教員の採用、高い労働異動率の削減、定着の確保が極めて重要です。政策策定や意思決定に関与する人々が採用改善に取り組む中、この部門における男性比率の低さ、多文化性の増大に対応して人員構成に文化的多様性をより良く反映する必要性に真剣に取り組んでいる国がほとんどない事実に鑑み、報告書は幼児教育労働力のプロフィールにもっと注意を払うべきと論じています。
V.幼児教育における社会対話
この分野の情報も乏しいものの、上記のような問題に取り組む助けになる可能性がある重要な要素である社会対話は全国レベルでも施設レベルでも比較的未発達であるかほとんど存在しないように見えます。これは政策や組織に関する決定に必要な関与を行う機会を利害関係者から失わせ、より質の高い幼児教育に向けた改革決定に関与し、自らの地位の向上に向けて働きかける機会を労働力から奪い去ってしまいます。親や教員、専門家などを含む幅広い協議プロセスを経て教育プランが策定されるドイツの一部州や北欧諸国などのように政策、監督、品質開発に関する協議・調整の機構に教員組合が関与している例は存在するものの、教員とその代表者がカリキュラムに関する改革や各種条件について協議できる社会対話の仕組みはとりわけ途上国では見つけることが困難です。このレベルにおける社会対話は、その従事者と提供形態の多様性、得られる仕組みが比較的少ないこと、労働者団体組織率の低さによって制約されています。幼児教育における社会対話の改善は依然として最大の課題の一つであり、労働組合と使用者はこれに応える責任があります。
機会の拡大と高品質を確保するために幼児教育部門の教員の質の改善を図る試みが直面している課題に対しては、適切な水準の資金を提供し、より良いデータ収集を含む包括的な国の政策と枠組みを育み、そして最も重要なこととして、社会対話の強化を通じて労働力の地位と状況を改善するような複数分野にまたがる同時進行的な取り組みが求められています。
VI.幼児教育従事者の状況世界対話フォーラム(ジュネーブ・2012年2月22~23日)
普遍的初等教育の達成を目標の一つに掲げるミレニアム開発目標(MDGs)及び万人のための教育(EFA)の達成目標年が2015年であることにも配慮して標記の日程で開かれたフォーラムには、政府代表23人、この部門の労働者代表16人、使用者代表6人が出席し、上記報告書をもとに、1)幼児教育の重要性と主な動向、論点、すべての学習幼児に機会が開かれ、質の高い幼児教育が提供されるための政策、2)教員の初期研修及び専門能力の育成、3)幼児教育の雇用条件、4)幼児教育の政策と労働条件を決定する社会対話の4点を中心に、幅広い意見交換・経験交流を行いました。参加者は、誰もが利用でき、質の高い幼児教育の提供、幼児教育従事者の地位と状況をILO加盟国政労使が改善する助けになるような戦略及び政策について話し合いを行い、幼児教育はその後のあらゆる教育訓練を構築する基盤となることを認め、すべての幼児に質の高い幼児教育の機会を確保する上で幼児教育従事者が果たしている決定的に重要な役割について認識を共有しました。そして、幼児教育に対するより多くの投資、政府のより強いリーダーシップと政策の整合性向上、様々な提供レベル全体にわたる調整と良い統治の確保、より包括的な調査研究及びデータの必要性を訴えつつ、幼児教育従事者の専門能力の開発、地位、雇用条件の改善にもっと重点を置くべきことで合意が見られました。
ILO及び加盟国政労使に対する今後の活動提案として、フォーラムはILOが幼児教育従事者のディーセント・ワークの促進に関する政策指針を策定することを理事会に求め、そこに含むべき内容を示しました。
VII.幼児教育従事者のディーセント・ワークの促進に関するILOの政策指針
幼児教育従事者のディーセント・ワークの促進に関する政策指針の構成
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フォーラムの提案を受けたILO理事会は2013年11月12~15日に指針の検討を行う専門家会議を開催することを決定しました。政労使各側から5人ずつ指名された専門家らは事務局の準備した草案を検討し、この分野の国際文書としては最初のものとなる「幼児教育従事者のディーセント・ワークの促進に関する政策指針」を全員一致で採択しました。
政策、戦略、立法、行政措置、団体交渉を経ての労働協約を含む社会対話の仕組みなどの幼児教育関連措置の設計及び実施に反映されるべき原則に関する参照ツールとなることを意図して策定されたこの指針は、国際労働基準、2008年の「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」の基本原則、ILO/ユネスコ教員の地位勧告、各種文献に掲載された諸原則や好事例、ILO加盟国から収集された法律・行政・職場に係わる好事例を可能な限り盛り込み、幼児教育従事者の雇用・労働条件に加え、幼児教育の財源、履修課程と学習活動、社会保障、職業上の倫理、統治の仕組みなどといった関連事項を網羅しています。
指針はユネスコの国際標準教育分類(ISCED)の段階0、つまり、意図的な教育要素を含み、学校及び社会への参加に必要な社会・情動的スキルの発達、学校学習のための基礎的スキルの一部の育成、初等教育入学準備を目的とした幼年期プログラムを幼児教育と定義し、教育助手や雇用関係にあると考えられる見習い研修生なども含み、このような制度や施設に直接雇われた実務家を適用対象としています。右表のような12章構成で、幼児教育を教育に対する基本的人権の一部並びに公益及び公共のサービスと見なすことなどといった原則を示した上で、政府、使用者及び使用者団体、幼児教育従事者・労働組合・労働者団体、非営利提供施設、その他利害関係者の権利、役割、責任などを定めています。質の高い幼児教育を提供する主たる責任は政府にあること、幼児教育を直接提供する使用者は関連機関の定める政策や基準、国内法規、指針に規定される諸原則に関し、質の高い幼児教育の提供と幼児教育従事者のディーセント・ワークを確保すること、幼児教育従事者は差別なく自らが受け持つすべての幼児の教育・福祉面の利益を心にかけること、非営利の教育提供者の存在を幼児教育に対する政府の責任を減ずる口実にすべきでないこと、幼児教育従事者の諸条件や最低限の品質基準の設定に関し、親の代表に諮るべきこと、などといった原則が提示されています。
質の高い幼児教育の提供は、すべての幼児教育従事者を同等の職業上の地位及び責任を有する小学校教員に匹敵するように準備することを確保する初期教育・訓練への十分な投資に左右されるとして、指針は、最低でも国の基準に従った高等教育第一段階の、定められたカリキュラム及び方法に関連して最高の資格水準を基礎とすべきことや、貧しい家庭の出身者や少数人口集団の適格な候補者が教員となることができるように無償または最低限のコストで教育が提供されるよう、初期教育・訓練の財源は可能な限り公共投資または公的資金と任意の民間資金の混合財源によるべきこと、連続的な職業能力の開発などを提案しています。需要に対応した十分な数の適格な幼児教育従事者の採用・定着を成功させるための政策・戦略に含むべき要素、仕事の重要性を必ずしも反映していない現行の報酬水準を是正するための指導原則、提供されるべき社会保障給付の種類、幼児教育従事者の評価原則、幼児教育の良い統治、十分な資金供給、従事者のプロ意識の向上、人間らしく働きがいのある労働条件をもたらすであろう条件なども示されています。指針の活用をフォローアップするものとして、各国の教育・労働監督機関に対する幼児教育職場及び学習環境を取り扱う能力の提供、指針に含まれる分野の調査研究・好事例の普及などが提案されています。
指針は3月13日から始まる第320回ILO理事会で承認され次第、刊行されます。