第34回国際労働問題シンポジウム

報告「COVID-19危機からの持続可能な回復と技能開発―Reskilling / Upskilling」

ニュース記事 | 2021/10/19

 
2021年10月14日、ILO駐日事務所と法政大学大原社会問題研究所は約90名の視聴者が参加する中、「第 34回 国際労働問題シンポジウム」を開催しました。本シンポジウムは、11月に開催される第109回ILO総会第二部の一般討議議題となる、「技能と生涯学習」をテーマとして取り上げました。

今年の6月のILO総会第一部で、全会一致で採択された「COVID-19危機からの人間中心の回復のための行動に対する世界的な呼びかけ」は、「雇用創出を伴う回復の達成」、「技能開発と生涯学習に対する公共・民間の投資強化」へのILO加盟国のコミットメントを求めています。

基調講演の中で、ILO本部のスリニバス・B・レディー 雇用政策局 技能・就業能力部長は、COVID-19危機により、世界経済は第二次世界大戦以来最悪の不況に陥り、そのような中、学習危機の悪化も危機拡大の要因となり、技能喪失は、就業能力に深刻な影響を与え、不平等を拡大し、社会不安をも引き起こすことが予想されていると報告しました。とりわけ、危機の影響が、低賃金や低スキルの人々に過度に影響を与えているという事実は、「スキル」が個人の経済的強じん性に重要な役割を果たしていることを示します。世界経済フォーラムによると、労働者のリスキリング、アップスキリングにより、2030年までに世界のGDPは少なくとも6.6兆ドル増加、生産性は3%向上し、530万人の新たな雇用が生まれる可能性があることから、「ILO100周年記念宣言」で述べられているように、技能開発と生涯学習は戦略的な投資分野であるべきと強調しました。それは、個人にとっては、技能喪失に対する強じん性と将来への備えを身につけさせ、企業にとっては生産性とイノベーションの向上を通じて、企業の継続性と競争力につながり、社会にとっては包摂的で持続可能かつ強じんな成長を支えることを意味します。技能への投資と教育・訓練の再構築は、世界中で回復策の重要な要素と位置づけられるべきことを強調しました。

つぎに、法政大学キャリアデザイン学部教授の筒井美紀氏は、教育社会学と労働社会学の知見から、まずReskilling/Upskillingを人間中心的に理解することの重要性を提起しました。具体例として、ある課題集中高校の卒業生の就職後に判明する課題について取り上げ、個人が課題を克服するためにどのようなスキルの習得が考えられるのか、支援機関や雇用主、教員が個人と共に探求し、習得のサポートを実施することは、人間中心のアプローチの発想であると説明しました。このような手法は、個人の経済的な強じん性や、社会への適応力を身につけさせるだけでなく、社会とのつながりを編み直し、人間の開発(発達)に寄与します。学ぶ機会が与えられることはすべての人の権利であり、生涯学習(Life-long learning)を権利として保障していく必要性を強調しました。そして、誰一人取り残さないための技能政策を実施するためには、ボトムアップで収集された、脆弱な状態にある人々の具体的事実を、政労使が社会対話の中で理解し、緊密に協力することが欠かせないと述べました。


情報の輪サービス株式会社代表取締役、NPO法人ZUTTO理事の佐々木妙月氏は、大阪府豊中市南部地域を中心に、国の制度を活用し実施している就労訓練事業について報告しました。低所得者、高齢者の多い地域において、人間を中心とした技能開発計画として、対話型の訓練が提供されています。女性、若者、生活困窮者などの脆弱な個人と対話しながら、就労と学びの機会を共に探求しています。そうすることで、訓練や学習を通して、個人は社会とのつながりを知り、安心・安全な場を確保することで、本人の可能性を発揮できるようになり、訓練を受ける前と比べ成長を遂げる、と佐々木氏は述べました。また、国や地方自治体の重要な役割として、人間中心のアプローチによる枠組みの策定を強調しました。このような枠組みの下で、自治体と民間の訓練機関が協力して対話型の支援を提供することで、地域に与える相互理解、包摂性の輪が広がり、さらには個人と支援者が共に学びを深めることで、地域が変わっていくと説明しました。


次にILO総会に出席する政労使の立場よりコメントが示されました。


厚生労働省 人材開発統括官付海外協力室 海外協力交渉専門官の内野智裕氏は職業能力開発の日本の現状と今後の方向性について説明しました。経済・社会の動向の変化を踏まえつつ、事業主及び労働者の努力を支援するための施策の強化を図るとともに、国や自治体に加えて、企業、民間教育訓練機関、学校等の地域のアクターを有機的に結びつけ、職業能力開発施策を一体的に実施していくことが重要と述べました。そしてILO総会第二部の技能開発に関する一般討議では、今後の日本の方向性を発信するとともに、他の国の先進的な取組の情報を収集しつつ、議論に貢献したいとする期待を述べました。


ILO労働者側理事の郷野晶子氏は、まず、ILO総会第一部で全会一致で採択された「人間中心の回復のための世界的な呼びかけ」の中で、雇用創出を伴う回復、不平等への取組み等が取り上げられたことへの歓迎の意が示されました。デジタル変革及びCOVID-19の影響により、より脆弱な立場の労働者に影響が及んでいます。ポストコロナ時代の持続可能な回復を目指して、より脆弱な立場の労働者の公正な移行を実現するには、影響を受けた人々に焦点を当てた技能開発が鍵となります。これらを達成するためには、政労使の社会対話により、現場の意見を聞き取り、より高度な政策を実現する必要があると述べました。

日本経済団体連合会 労働法制本部統括主幹の田中恒行氏は、「人間中心の回復のための世界的な呼びかけ」の採択を振り返り、COVID-19からの回復は、国だけで乗り切ることは難しく、労使の協力が欠かせないことが示されたと述べました。危機の影響を受けた脆弱な立場の人々を誰一人取り残さない、包摂的な経済成長を実現する上で、雇用を創出し、イノベーションとディーセント・ワークを促進する持続可能な企業の重要な役割を認識し、事業の継続性に向けた環境整備の支援の実施、また質の高い教育への普遍的アクセス、職業訓練制度を通して技能面でのミスマッチに取り組むことが重要と述べました。ポストコロナ時代に期待される成長産業への労働移動を促進する上でも、人材育成と共に、労働者のマッチング機能を強化するための財政整備を図る必要性も重要であると述べました。


議論を通じて、「人間中心の回復のための世界的な呼びかけ」の中で、雇用創出を伴う回復の達成が呼びかけられたことは、ポストコロナをより良い回復の時代とするためための、心強いメッセージであることが確認されました。雇用創出によって、就労を得ることで、すべての人が、安心して学ぶことができる環境が、より安定し、確実なものとなります。また、ILOが促進する政労使の社会対話を通して、脆弱な立場の人々を含む様々な意見を収集し、国、自治体、職業訓練機関は一貫性のあるサービスの提供が可能になります。さらに、地域においてより良い循環を広めるためには、サービス提供者と個人との間に信頼関係が重要であることが強調されました。そうすることで、より多くの人が社会保障と学びの機会を得られることが期待されるとしてシンポジウムは終了しました。


このシンポジウムの記録は、『大原社会問題研究所雑誌』 2022年5月号に掲載する予定です。
過去のシンポジウムの記録は、同誌のオンライン・ジャーナル でご覧いただけます。