新型コロナウイルスと海事産業

海運サプライチェーンに頼る企業に向けて船員の権利を守る緊急の措置を講じることを国連指導者らが呼びかけ

記者発表 | 2021/05/06

 2021年5月6日、新型コロナウイルス変異株の登場と各国政府が課している移動制限のために船上に閉じ込められている船員を守ることを目的に海運業に従事する企業を対象とした幅広い人権チェックリストが発表されました。国連グローバル・コンパクト、国連人権局、ILO、国際海事機関(IMO)の共同イニシアチブの下で作成された、海運業の利用者である貨物所有者と傭船者を対象とする『Maritime transport and the COVID-19 crew change crisis: A tool to support human rights due diligence(海運と新型コロナウイルスによる乗組員交代危機:人権デュー・ディリジェンス支援ツール・英語)』は、心身の健康、家庭生活へのアクセス、移動の自由などの分野で船員の権利が守られるよう確保することを目的としています。

 新型コロナウイルス変異株の流行により、海上勤務期間を超えて船上で働き続けている乗組員の数が現在の20万人から2020年9月のピーク時の40万人に逆戻りすることが懸念されています。国連諸機関はこの新しい手引きが船員の労働条件と人権が尊重され、国際基準に沿ったものとなるよう確保する助けになることを願っています。世界貿易の8割以上を扱う海事産業の重要性を認めつつも、ILOの「2006年の海上の労働に関する条約」の定める最長勤務期間である11カ月を超えて働き続けている船員の報告に国連諸機関は懸念を表明しています。さらに、国際貿易に従事している企業が乗組員の交代時期が近づいている船舶の傭船を避けたり、傭船契約に乗組員交代なしの条項を挿入するよう求め、必要な乗組員の交代を妨げたり、海事産業にさらなる圧力を加えている企業さえ存在することに強い懸念を表明しました。そして、「国連のビジネスと人権に関する指導原則」に基づき、海事産業に従事する企業にはバリューチェーン(価値連鎖)の他の労働者同様、船員の人権も尊重する責任があることに改めて注意を喚起しています。

 今回発表された新たな人権ツールは、750社以上の署名を集めている「船員の福祉に関するネプチューン宣言」などの業界主導で進められている集団的な行動を補足するものです。貨物の所有者、傭船者、物流関係者に対し、サプライチェーン全体を通じて現在進行中の新型コロナウイルス危機によって影響を受けている船員の人権に対する悪影響の特定、予防、緩和、対策に向けたデュー・ディリジェンス(相当なる注意)を実行するための手引きとチェックリストを示すことを目指しています。

 国連グローバル・コンパクトのサンダ・オジャンボ事務局長は、次のように語っています。「新型コロナウイルスの世界的な大流行の影響は、船員が相当の、ただし目に見えない部分が大きい困難と苦労を辛抱し続けている中、グローバル・サプライチェーン(世界的な供給網)の脆弱性に光を当てることになりました。海事産業は世界貿易で扱われるモノの8割以上の輸送を担っており、したがって、将来のショックに対する強靱性の構築を確保する必要があります。最優先すべきなのは船員の心身の福祉であり、このツールは海事部門における人権侵害に対処する方法に関する意識を高める重要な一歩となり、人権に対する悪影響の特定、防止、緩和、対処の確保に向けたデュー・ディリジェンスのマッピングに海事労働者を組み込むことの重要性に関する力強いメッセージを発信するものです」。IMOのキタック・リム事務局長も、新型コロナウイルスによる移動と通過の制限に翻弄され、帰国や乗組員交代、上陸を否定され、最終的に契約期間を超えて船上で働き続けることを強いられている数十万人の船員はグローバル・サプライチェーンの中心的存在であることに注意を喚起した上で、サプライチェーン及び物流チェーンの全体を通じて海運業に関与している一人ひとりに船員の権利保護を確保する責任があるとし、このツールについて、「貨物の所有者、傭船者、流通関係者が船員の人権に配慮し、人々が求め、必要としているモノの配達のために働く船員を最優先事項とすべきことを確保するための実践的な取り組みを示す重要な前進」と評しています。ミチェル・バチェレ国連人権高等弁務官も、新型コロナウイルスによる船員乗組員の交代危機は「グローバル・サプライチェーンの最も弱い鎖の一つ」に光を当てることになったとして、これは数千人の海事労働者の暮らしに影響を与えている重大で急を要する人道人権危機であることに注意を喚起し、グローバル・サプライチェーンに関与する全ての企業が危機に関係している可能性を指摘し、「国連のビジネスと人権に関する指導原則」が事業関係なども通じて自社が危機に関与しているか否かを特定し、状況に対処するためのあらゆる必要な措置を講じることを求めていると紹介しています。

 ガイ・ライダーILO事務局長は、条約勧告適用専門家委員会が昨年12月に発した一般見解で述べているように、危機の時こそ正に、ILOの「2006年の海上の労働に関する条約」による保護が真価を発揮し、その徹底的な適用が必要と指摘しています。さらに、この条約は船員の権利を守る最低限の基準しか含んでいないことに注意を喚起し、船員の権利保護の確保を各国政府に改めて呼びかけた上で、企業がこの集団的な取り組みにおける自らの役割を果たすことを手助けするこのイニシアチブを歓迎しました。国際海運会議所(ICS)のガイ・プラッテン事務局長も、先般発生したスエズ運河の事故がサプライチェーンにとっての国際海運の重要性を各国政府と市場に改めて思い起こさせたことに触れ、異例な状況下で世界貿易を維持するために船員は働き続けており、スエズの事故は既に悲惨であった乗組員交代危機を一層悪化させることになったと述べ、「運河が再び開通した今、船員を忘れ去るべきでない」と説き、この重要な勧告を早急に採用することを企業に呼びかけました。国際運輸労連(ITF)のスティーブン・コットン書記長も、「海運はあまりにも長い間、国際的なブランドの人権上の盲点であり続けました。今日の世界において責任ある企業は自らあるいは自社のサプライチェーンのパートナーがたとえ故意でなくとも、人権を侵害しているかもしれないことを理解したいと望んでいます。だからこそ、乗組員交代危機のただ中でこのツールが発表されたことは、これ以上ないほどの絶好のタイミングです。これは自社サプライチェーンにおいて船員に何が起こっているかについて供給業者や傭船者に尋ねる必要がある質問を正確に示しており、何らかの侵害や酷使を是正する労働者主導型のモニタリングと執行へ道を開くものです」と語って期待を示しています。

 ツールのとりまとめにはITF、ICS、人権とビジネス研究所(IHRB)、ラフト人権財団、経済協力開発機構(OECD)も積極的に関与しました。持続可能な海運イニシアチブ(SSI)、世界経済フォーラム(WEF)、グローバル海事フォーラム(GMF)、倫理的貿易イニシアチブ(ETI)、ザ・コンシューマー・グッズ・フォーラムも新型コロナウイルスによる乗組員交代危機に対処するこの重要なイニシアチブを歓迎し、このツールに対する支持を表明しています。


 以上は国連グローバル・コンパクトによるニューヨーク発英文記者発表の抄訳です。