労働安全衛生世界デー

労働安全衛生世界デー:将来的な非常事態に向けて強靱な労働安全衛生の仕組みを求めるILO

記者発表 | 2021/04/28

 ILOは毎年4月28日を労働安全衛生世界デーとして、労働安全衛生の重要性に注意を喚起しています。新型コロナウイルスの危機が続く中、2021年の世界デーは「危機の予測、備え、対応:強靱な労働安全衛生の仕組みに今こそ投資を」をテーマとして、労働安全衛生制度を強化する戦略に焦点を当てています。

 世界デーの報告書は、将来的な健康非常事態の際に、仕事の世界の一人ひとりにとってのリスクを最小化するであろう健全で強靱な労働安全衛生の仕組みを各国が導入する必要性を説いています。これには労働者の安全と健康が守られ、企業の事業継続性が支えられるよう、労働安全衛生の基盤構造へ投資し、国の全体的な危機・非常事態への備え・対応計画にこれを組み込む必要があります。

 『Anticipate, prepare and respond to crises: Invest now in resilient OSH systems(危機の予測、備え、対応:強靱な労働安全衛生の仕組みに今こそ投資を・英語)』と題する報告書は、新型コロナウイルスの世界的大流行に関連したリスクの予防と管理を検討し、ウイルス管理措置がもたらした就労取り決めの変化に関連したその他の安全・健康上のリスクを分析しています。そして、コロナ禍の中で労働安全衛生の規制枠組みや制度・機構、法令等の遵守を確保する仕組み、保健・助言サービス、データ、調査研究、訓練が演じている決定的に重要な役割を概説しています。

 新型コロナウイルスの世界的な大流行が始まってから、救急業務や保健医療、ソーシャルケアなどの特定の産業部門で働く人々は感染リスクに特に弱いことが判明しています。報告書に掲載されているデータによれば、危機勃発後に亡くなった保健医療従事者は7,000人を数え、仕事を通じて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかる危険がある保健医療従事者及びソーシャルケアワーカーは1億3,600万人に上ります。コロナ禍の中で保健医療従事者が直面している危険やプレッシャーは精神衛生にも影響を与え、世界の保健医療従事者の5人に1人がうつ状態や不安症状を報告しています。

 保健医療やケア部門に加え、閉鎖環境下や、住まい・輸送手段の共有などといった互いに近接した環境で過ごしている、他にも多くの職場が新型コロナウイルス感染症のアウトブレイク(集団発生)源となっています。

 報告書はまた、コロナ禍の中でのテレワークの激増によってもたらされている健康上の懸念を分析し、テレワークはウイルスの拡大を制限し、仕事や事業の継続性を保ち、労働者の柔軟性を高める上で必要不可欠であったものの、職場と私生活の境界を曖昧にしたと記しています。ある調査では回答企業の65%がテレワーク中の労働者の士気の維持が困難なことを報告しています。

 さらに、零細・小規模企業は多くが新型コロナウイルスの提示する脅威に適応する資源・資金を欠くため、労働安全衛生に関する公式の要求事項に対応することが困難な場合が多いと記しています。非公式(インフォーマル)経済で働く16億人の多くは、途上国を中心に、地域封鎖、移動や社会的交流の制限その他の措置にもかかわらず、働き続けています。これはウイルスに感染するリスクを高めることになるものの、インフォーマル経済で働く人々のほとんどが疾病休暇や疾病給付のような基礎的な社会的保護が得られないでいます。

 国際労働基準はこういった課題に対応し、職場におけるウイルス感染のリスクを減らす方法に関する具体的な手引きを示しており、労働安全衛生に関する措置を実行し、労働者、使用者、政府が、コロナ禍が社会・経済にもたらす影響に対する調整を図りつつ、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を維持できるよう確保するツールを提供しています。国際労働基準はまた、手続きや手順の効果的な実施や受容を確保する最善の方法として社会対話を奨励しています。

 「強固で強靱な労働安全衛生環境の重要性がこれほど明確に示されたことはないでしょう。回復と予防には、危機対応の枠組みに適正に組み込まれた、より良い国の政策、制度・規制枠組みが要請されるでしょう」とガイ・ライダーILO事務局長は説いています。

 報告書は、危機により良く直面し、そこから回復するために各国に投資が求められる分野として、日本も批准する「2006年の職業上の安全及び健康促進枠組条約(第187号)」が職業上の安全及び健康に関する国内制度に含むべきとしている六つの主な分野について1章ずつ(第1章-労働安全衛生に関する国内の政策・規制枠組み、第2章-労働安全衛生に関する国内の制度枠組み、第3章-職業上の健康に係わるサービス、第4章-労働安全衛生に関する情報、諮問・助言サービス、訓練、第5章-労働安全衛生に関するデータの収集と調査研究、第6章-企業レベルの労働安全衛生マネジメントシステムの強化)を当てて解説すると共に各国の機関や社会的パートナーである労使団体、その他の利害関係者が、国内及び国際レベルで、危機及びその影響に対処するために講じている具体的な行動やイニシアチブも取り上げています。そして、「前途を見据える:次の危機に向けた強靱な労働安全衛生の仕組み」と題する終章で、求められる仕組みを紹介しています。付録資料として、仕事の世界に対する新型コロナウイルスの影響や職場における感染予防、在宅勤務、暴力やハラスメントなどの心理社会的リスク対策、インフォーマル経済で働く人々などに関し、ILOその他国際機関や地域機関、国内機関、労使団体が、新型コロナウイルスに対応してまとめた様々な資料やツール、手引き文書の一覧とその電子版へのリンク先が掲載されています。産業別のツールや各種資料なども含まれています。


 以上はジュネーブ発英文記者発表の抄訳です。

労働安全衛生と新型コロナウイルス:学んだ教訓

 今年の労働安全衛生世界デーの報告書の調整役の1人であるマナル・アッジILO労働安全衛生上級専門官は同書の内容について以下のように説明しています。

2021年労働安全衛生世界デー報告書についてマナル・アッジILO専門家が解説(英語・4分29秒)

問:なぜILOは「強靱な労働安全衛生制度への投資」を今年の労働安全衛生世界デーのテーマにしたのですか。

答:新型コロナウイルス危機は仕事の世界に奥深い影響を与えていますが、これは労働安全衛生にとっても多くの意味を持っています。労働者が職場でウイルスに感染する脅威に直面しているだけでなく、ウイルスの拡散を抑えるために導入された措置や政策が健康や安全に対する別のリスクともなっています。今年の労働安全衛生世界デーのテーマと報告書はコロナ禍を制御する試みの中で得られた教訓に光を当てることを目指しています。そして、労働安全衛生を危機対応全体の中に組み込み、国の労働安全衛生制度の強化に投資することを利害関係者に奨励することの重要性を強調しています。

問:報告書は労働安全衛生制度のどの要素に焦点を当てていますか。

答:このキャンペーンは国の労働安全衛生制度の諸要素について記述するILOの第187号条約を参考にしています。報告書は国の労働安全衛生政策と規制枠組み、労働安全衛生に関する制度的枠組み、職業上の健康に係わるサービス、情報・助言サービス・訓練、労働安全衛生に関するデータ収集と調査研究、そして企業レベルでの労働安全衛生マネジメントシステム強化の必要性といったテーマ分野別にこの要素をまとめ、各章で諸国や政労使から得られた具体的な事例を掘り下げ、コロナ禍の中で学んだ教訓や活動分野を検討しています。

問:新たに登場してきた、仕事に関連した健康上の主なリスクとその対応について教えて下さい。

答:もちろん多くの人が職場でウイルスに感染する危険に直面しています。保健医療従事者は特にそうですが、他にも多くの職種を挙げることができます。人同士の密接な接触を伴う仕事の場合を中心に、集団感染が目撃されている職場もあります。地域封鎖措置や保護具利用の増大、勤務取り決めの変更などといったウイルスの拡散を緩和するために導入された措置が人々の心身や心理社会的福祉に影響を与える新たな労働安全衛生上のリスクになっているということもあります。

問:今やテレワークが新たな常態になっていますが、その労働安全衛生上のリスクとそれを予防する方法について教えて下さい。

答:テレワークへの幅広い依存は安全と健康に対する多くの潜在的なリスクをもたらしました。これには人間工学的なリスクや心理社会的リスクなどが含まれます。人々は仕事や家庭の多様な要求に直面しており、これはしばしば仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)や仕事から離れられる可能性に影響を与えています。テレワーク指針や人間工学面のバーチャル点検、自己リスク評価の生成に向けて政府、使用者団体、労働者団体間の幅広い協同作業が見られます。これらは自宅に健康的なワークステーションを設ける方法に関する手引きを提供しています。手引きには例えば、精神衛生面での懸念がある場合、あるいは家庭内暴力発生時に地元の支援サービスへ紹介することなどを含むこともできるでしょう。報告書は労働者の関与を保ち、職業生活と家庭生活の境界を設ける助けになるよう、遠隔勤務中の労働者と上司のコミュニケーションの重要性にも光を当てています。

問:コロナ禍の中で心理社会的リスクが増大していますが、これにはどう対処すればいいでしょうか。

答:コロナ禍の中、多くの労働者が業務を遂行しようとして暴力やハラスメントに直面しています。単に顧客にマスクの着用あるいはその他の予防措置に従うようお願いしただけで、攻撃や暴行を受けたり、果てには殺害された労働者の事例もあります。保健医療従事者も嫌がらせを受け、職場内外で多くの暴力に遭っています。中には帰宅中に街頭で攻撃を受けた看護師の事例もあります。懲罰政策や、対象を定めての訓練、その他例えばリスクを抱える労働者の交通手段確保などの行動を含み、世界中で様々な措置が講じられています。

強靱な労働安全衛生制度に今投資が必要な理由

 マナル・アッジILO労働安全衛生上級専門官は2021年4月29日に発表された「仕事の未来ポッドキャスト・シリーズ第5話」にも登場し、要旨以下のように危機の回復と防止において安全な職場が果たす貴重な役割を紹介しました。

 労働安全衛生に関して新型コロナウイルス感染症から私たちが学んだことは、まず第一に、労働安全衛生が実に重要であり、それを当然のものと思ってはいけない点であるとアッジ専門官は指摘します。

 コロナ禍によって私たちは勤労者であることや地域社会の一員であることに関連して生活の様々なレベルで学びましたが、労働安全衛生に関して言えば、危機に直面した際に必要な、異なる基盤構造や異なる要素に事前に投資しておく必要があること、すなわち、前もって計画していないと若干遅きに失するということを学びました。今回のような世界的な健康危機に対する計画を前もって立てていた国は実に迅速に行動し、より幅広い危機管理法の中に労働者の保護を組み込むことができたのが目撃されています。

 このような措置の第一歩は全国的な規制整備、人々を導く規制枠組みを構築することです。使用者としてどう行動すべきか、特定の経済活動や経済部門で起こり得ること、特定の産業部門に災害や疾病を防止し、例えば、このような感染症への暴露とその拡大を防ぐのに適正な政策や戦略があるかといったようなことです。

 生物学的な危害に適応した規制を有する国は即座に対応し、手引きを示すことができました。これが第2歩であり、手引きの存在を確保することです。この点で少し幸運だったのは、世界的な大流行までには至らなかったものの一定の地域や国々に破壊的な影響を与えた別のウイルスが幾つか存在したことです。アジアの重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)、アフリカのエボラ出血熱などを経験した一部の国には既に緊急時手引きが備わっていました。

 これらは多くの点で似て非なるものではあるものの、政府によっては、既にこういった問題についての国内規制、すなわち講じるべき措置や必要な個人用保護具、必要な距離確保など過去の経験に根ざした国内規制が存在し、調査研究への投資が行われています。これも重要な点です。つまり規制、新たなウイルスに直面した時に始動させる用意がある調査研究と知識、そしてこの点で職場をどう管理するかが重要です。

 職場における他のリスクや暴露についての労働安全衛生マネジメントシステムが既に備わっていることは助けになり、その仕組みを新型コロナウイルス感染症のような感染症に適用することができます。迅速に対応した国には制度・機構も備わっていました。既に他の問題を審議する政労使三者構成の委員会が設けられていれば、新たな問題を迅速に検討し、協力し合うことも、そして他の省庁や主な関係者に連絡を広げて話し合い、仕事の世界の関係者が一体となってこのような危機を全国レベルで話し合うのもより容易でしょう。つまり、私たちが今広げようとしている労働安全衛生制度の強化は、各国が仕組みに名を持たせ、視認性や手引き、調査研究、そして新たな脅威、新型コロナウイルスのような新たな危機に対して適用できるツールを備える助けになるのです。

 即時の脅威、保護が必要な保健医療従事者に対する即時の脅威から学んだことは他にもあります。この脅威が最も強く感じられたのは、当初は科学的な知識がほとんどなかった症例に即座に対処することを迫られた保健医療従事者であり、こういった人々は保護されておらず、適正なツールがありませんでした。既に予防・管理の仕組みが整備されていた国、シフト制がうまく機能し、物理的なバリアを直ちに設置し、設備もあった国、こういった国はもちろん経済的に少し進んでいる国ですが、そして保健医療サービスを正しく整備することの重要性に気付いている国は、保健医療従事者を保護し、患者により安全な環境を提供することができました。問題は途上国にもこ広がっていますが、公共サービスへの投資を控える傾向があります。サービスが得られるのは当たり前で、この分野で働く人は使命感をもっているのだから、安月給でも黙って働くべきだと考えがちです。私たちが学んだもう一つの点は、政府にどこに投資する必要があるかを気付かせたという点だと思います。私たちは生きていなくては、そして皆が病人であったとしたら、政府が市民に提供する他のことは何も享受できないからです。

 国際的な協力がなければ、このように国境を越えて伝わるものに対しては誰でもどの経済でもそして誰の暮らしの未来も犠牲になり得るのです。

 新型コロナウイルスに関してよく語られていることとして、「誰もが安全にならない限り、誰も安全ではない」との表現を挙げ、とりわけ途上国の制度強化の資金を誰が負担すべきかというインタビュアーからの質問に対し、アッジ専門官は様々なレベル、様々な措置があり得、漸進的なものであると言います。

 資金や技術的なノウハウがない人がそれをすぐに得られるような魔法の杖は期待できません。簡単な例として、様々な疾患や職場における暴露の可能性について訓練を受けた医師がいなければ、職業病の診断はできず、そのような研修、正しい技術的な知識が得られなければ、このような健康関連状況を管理することはできないでしょう。確かに財政投資は必要ですが、これは漸進的なものです。

 財政投資の必要性は実際にそれを求める政策が定められて初めて生じます。ほとんどの国で予算は存在します。これが優先事項であると主張するのに危機や災害が起こるのを待つことはないでしょう。何かが起こってから予防措置が必要だったと振り返りますが、災害や危機は常に起こっています。予算は既に存在するのですから、投資は選択の問題であり、単に他の場所に資金が振り向けられているだけです。国民の安全網を確保するためには、最も必要な場所に資金を投入する必要がありますから。

 ILOでは各国の政労使と漸進的に活動を進めています。この点で、政府が自国の政策や国内法を漸進的に更新し、徐々に実行し始め、その過程で必要な予算や知的ノウハウを注入していく助けになるものとして、国際的な基準体系を挙げることができます。

 一晩でできることではありませんが、やり遂げる意思は必要です。また、あまり資金が必要のないものもあります。それは自分がもたらし得るほんの少しの変化に気付かせること、啓発です。時に資金があって、人々に個人用保護具を支給しても、着用が必要な理由について研修を受けていないために着用されないということがあります。そうするよう仕向けられていない場合や、着用の効果や結果が十分に説明されていない場合も、あるいは適正な時間・場所に適正な言葉で研修が行われていないという場合もありますが、これを機能させるには様々な段階があります。単に資金を投入するだけでなく、安全と健康が重要であるとの環境・文化を構築し、人々に優先的な投資を促すことが必要です。

 労働安全衛生は明日の投資と考えられ、あまり優先されてこなかった状況は変わってきたと思うかとの問いに対し、アッジ専門官は絶対的な変化を指摘します。

 今は雰囲気が全く変化したと断言できます。制御できないものに直面して政府は恐怖を感じたのです。人々が通勤を続け、保護されていないために職場が最大の感染の中心の一つになっているとの文献記録が見られます。正確な国際統計はまだなく、もう少し詳しい分析が必要ですが、様々な国の統計から実際に、職場で感染が起こる割合が高いことが示されています。これは政府を恐怖させ、追跡能力、基盤構造力、職場のマネジメントシステムを必要とさせ、手早く学びたがっています。これは世界的な議論にも見られます。ILOでは労働安全衛生を就労に係わる基本的な原則及び権利とすべきか否かという議論があり、以前は抵抗が見られましたが、今年、つい先だって開かれたILO理事会ではこれを就労に係わる基本的な権利にする必要性について多大な支援が見られました。これはもはや問題ではなくなったのです。

 労働者の安全と健康に投資する必要があります。なぜなら問題はこのような危機が発生すると既に進行中の他の慢性疾患が無視される傾向があるからです。政府は他の人を生き残らせるために人々が命を落とすことの決定と取捨選択に直面しています。この勢いが維持されれば、多大な効果が得られると思います。私たちは古い慣習に逆戻りし、即時の脅威がなければそれで良いと思いがちですが、残念ながら政府は、そして社会的パートナーである労使も、この私たち皆が経験しつつある悲惨な大惨事から、少なくとも必要不可欠な業務における労働者の安全と健康は大切であるとのキツい教訓を学ぶに至ったからです。

 必要不可欠な業務とはこの危機の中でも遂行が必要なもので、保健医療部門や医療補助職、基本的な食品を提供している人々によって提供されているサービス、地域封鎖の中で人々が自宅で生き残るために必要なサービスの提供です。私たちは何が必要不可欠であるかに気づき、これがどう遂行される必要があるか、そして社会の残りの人々の生存に必要な基本的サービスを実際に提供するためにその提供者は守られる必要があることに気付いたのです。

 世界デーの報告書は、国によっては感染症例の2~3割が職場における暴露に起因していると記していますが、この状況に対処するには職場における基準が絶対的に重要です。だからこそ職場における決定を奨励し、様々な手段や規則を通じて可能な限り人々の暴露を抑える措置が講じられているわけであり、その点でテレワークなどが多く見られます。

 この状況が終結した時に戻る職場は前とは違っているだろうかとの問いに対しては、アッジ専門官は、予測はできないものの、幾つかの検討すべき点があると説いています。

 オフィスワークの場合と農業の場合ではまた異なり、既に何もかもが別の方向に進んでいる状況にありましたが、いずれにせよコロナ禍は私たちが既に直面していた多くの変化を早送りすることになりました。とりわけオフィスワーカーの場合は今の働き方が常態化しました。自宅で仕事ができる時に100%フルタイムでオフィスで働く仕事に戻るかというと、大きな変化があると思います。調査研究を見ると、これについては様々な意見があり、人々の状況も様々です。自宅で行う家事や、高齢者や子どもの世話といった他の責任との混同が職場ではないと考え、職場に戻ることを希望している人もいます。複数の作業を同時に進めるマルチタスキングは不健全で長くはもちませんが、一方で個人の時間を従来と違った形で用いることができ、個人的な時間のタイミングを選択できる柔軟性は興味深く、また助けになるものでもあります。したがって、半々ではないかと思います。

 最近流行の固定席がなく設備を共有するホットデスキングの方法や自然の換気ができない密封窓などの労働者の安全及び健康と経費節減を秤にかけるような状況が今後変わる可能性を尋ねられたアッジ専門官は、仕事の性質、企業の性質や規模、人々の活動内容、一般的な性別・年齢構成に左右され、様々な異なる職場環境が試行錯誤されている状況にあり、新しく見られるようになってきた職場空間があらゆる種類の仕事について一般的になるとは考えられないとしています。そして検討すべき2点として、まず何よりも間隔を開けることを挙げ、共有はもはや選択肢ではないと説いています。

 コロナ禍前に見られた共有とオープンスペースは、距離確保や隔離、換気が強調される今、真剣な再検討が行われるでしょうが、全ては状況に左右されます。職場とそれ以外での感染症に関する理解と仕組み構築のバランスを取る必要があると思います。爆弾事件後に空港が変わったように、今世紀に入ってこれほど深刻な影響を与え、多数の人々の命を奪った感染症の後で、職場が同じになることはないと思います。労働者の年齢・性別構成や仕事の種類、期待される柔軟性など、最も適した職場を決定するには多くの要素を考慮に入れる必要がありますが、今日、そして近い将来の仕事の提案には高い柔軟性を盛り込む必要があると思います。

 新型コロナウイルス対策として導入された就労の仕組みから生まれた新たな労働安全衛生上のリスクとして、清掃に関連した化学的リスク、事務所として設計されていない場所で働くことによる人間工学的リスクに加え、多くの人にとって最も懸念されるものの一つとして心理社会的リスクを挙げるインタビュアーに対し、アッジ専門官はその重要性はどんなに強調しても強調し過ぎることはないと言います。そして、今朝の話として、外国から派遣されてきた夫と共にスイスにやってきて今は働いていない娘の学友の母親から、都市封鎖によって閉じ込められた自宅で配偶者から受ける家庭内暴力がひどくなり、周囲に助けを求められないので帰国するとの告白を受けた体験談を披露した上で、人々が一日の5~6割は家の外にいた頃なら在宅勤務がもたらす今のような心理社会環境に直面することはなかっただろうと説いています。

 とりわけ精神性疾患は今日、世界的大流行のレベルに達しているように思います。精神が破壊されると戻るのは簡単ではありませんから、これ以上の被害が出ないようどうすれば人々を一番良く守れるのか分かりません。これは封鎖や開放、復帰を決める国のジレンマでもあります。人々は確かに新型コロナウイルス感染症によって命を奪われていますが、精神状態を含み、看過されている他の種類の疾病によっても死につつあるのです。職場の管理職のみならず、あらゆる職業において指導的立場にある人々は、このことを念頭に置き、様々な労働者の生活環境に問題がないか確保すべきだと思います。使用者や団体が自分で何かする必要はなく、相談の場があるよう確保することができます。何かの際の連絡先一覧や、必要な柔軟性を理解すべきです。様々な責任の両立は1~2カ月だったら大丈夫かもしれませんが、長持ちはしません。ストレスやその進展から神経を壊してしまった場合、長期的には資産、労働者が失われることになります。

 心理社会的リスクは世界的に重要性を帯びてきています。ある意味これは良いことです。なぜなら常に副次的なものと考えられてきたからです。実際にはそうではないのにです。文献を読むと、社会性に関するソフトスキルや共感、対人スキルは常に副次的なものと考えられてきましたが、実際はそうではないのです。実際は人々が働き続け、互いに敬意をもちあい、欠勤せず職場に単に存在するだけでなく、生産し続けるための真の基盤なのです。

 人間工学的リスクももちろんあります。筋骨格系疾患の増加、目の問題、一日中座って職場と自宅の区別がない状態であることに関連する多くの問題が指摘されています。

 心理社会的問題に性差の側面があるかと問われたアッジ専門官はそれを肯定し、次のように説明します。

 歴史的に問題が多いほとんどのサービス、職業は女性が多くを占めてきました。こういった産業部門でほとんどの暴力が女性に対して行われているのは意図的なものではなく、ケアやサービス業におけるそのような職業の性格によるものです。保健医療の現場で保健医療従事者が受けている暴力の量は衝撃的ですが、問題は保健医療従事者に限りません。患者本人からあるいは家族が必要な治療を受けられなかったり家族に会えなかったとの理由で、徒歩で帰宅中に攻撃を受ける人もいれば、スーパーその他の雑貨店で働いている人が必要なものを見つけられなかった客から、さらには距離を保つことやマスク着用を求めた保健医療従事者その他の労働者が時には身体的暴力を受け、命を奪われた事件が報道されている国もあります。このような極端な状況になっているのは、人々が極度のストレス状態にあるためです。人々は自分自身あるいは愛する人々の命のために戦っており、最前線に立つ人々はこの暴力、それに伴う心理社会的暴力に直面しているのです。

 10年後の職場はコロナ禍以前とは異なったものになっていると思うかとの問いに対し、アッジ専門官は次のように答えています。

 このような大惨事から何も学ばないということはないと思います。これは過去100年間見られなかった規模のグローバルな危機です。既に政策は変わり、規制は変わり、様々な問題に関する研修内容も変わり、今は制度化されていますから、私たちは学ぶことになり、このような問題を扱う方法、通勤の仕方や勤務内容は決して同じものには戻らないでしょう。多くの側面で私たちは学び成長することでしょう。健康を優先させ、安全性を優先させ、労働衛生と公衆衛生が重なっており、職場で起こることや職場で行うこと、職場で実施される予防方法が地域社会に影響を与え、その逆もありうると理解することでしょう。今の世界では境界線が減っています。科学技術やバーチャルの世界に暮らし続けることでしょうが、私たちは特に痛い場所に打撃を受け、既に変わりつつあった仕事の世界は、望ましくはより一層情報を得た上で、そして既に導入された新たな制度的措置、法的措置、執行措置の適用を受けて変わり続けることでしょう。長期的にはこういった変化が予想されます。各国が生活基盤に係わる基本問題に組み込み、それを単なる記憶ではなく、法の一部、実施計画の一部、各企業の経営組織の一部として実現することによって変化していくでしょう。

 これには学んだ教訓を考慮に入れて国際労働基準や手引きを更新し拡充する作業も入るのではないかとの問いに答え、アッジ専門官はILOにおける計画を次のように説明します。

 ILOには生物学的危害やリスクの管理に関する基準がないといった点で少し遅れていましたが、今は政労使の要請により、これを将来的に総会の議題として検討する計画が議論されています。新たな基準を策定し、既にあるものを改正し、管理方法を改善して、長期的にもっと多くの持続可能な保護や予防措置を提供するといった形で改善するにはまだ長い道のりがあります。

 望むらくはこの苦難から何かプラスの遺産が残ることを願うとのインタビュアーの言葉に対し、アッジ専門官は少なくともこのような大惨事に備え、それを何らかの方法で予防するために正しく学ぶことが唯一期待される方法と語っています。

 それが報告書の説く予測、準備、対応といった方法です。