ILO COOP 100インタビュー企画「耕す、コープを。」第3回 全国農業協同組合中央会(JA全中)高塚 明宏さん

ニュース記事 | 2020/08/28
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2020年3月23日、ILO協同組合ユニットは創立100周年を迎えました。国や企業のサービスの届かない地域にも、必要なインフラやサービスを提供してきた歴史が協同組合にはあり、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と持続可能な開発目標(SDGs)の実現に貢献してきました。世界中が新型コロナウィルス感染拡大の危機に直面し、人々の連帯がこれまで以上に必要とされる今、協同組合に注目が集まっています。

この機会に、若者世代の協同組合のイメージ(「古い」「縁遠い」)をより身近なもの/魅力的なものとするべく、日本の協同組合の活動を振り返ります。これからの時代の仕事/生活/消費/生産において、また今回のパンデミックをはじめ危機的状況において、協同組合はどのような役割を果たし、より良い未来を創っていけるのか。各協同組合で活躍される方々へのインタビューを通じて、協同組合の強みや可能性を、若者代表のILO駐日事務所インターンと一緒に耕して(探って)みたいと思います。

ILO駐日事務所インターンブログで、長いバージョンをご覧いただけます。 前半 後半
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高塚 明宏(たかつか あきひろ)さん
 
大学卒業後、2008年にJA全中入組。農政課、総合対策課、都市農業対策室などに所属。
2015年の都市農業振興基本法、2017年の生産緑地法改正、2018年の都市農地の貸借円滑化法等に携わり、法制度に農業者の声を反映することに尽力した。また、成立した法制度のJA・農業者への普及に加え、都市農業振興の具体策として農業体験農園に着目し、JAグループの普及方針の策定を主導。2018年より営農・担い手支援課にて、JAの営農指導員の人材育成業務に携わる。

 

「農業協同組合」=農業を中心に“ゆりかご”から“墓場”まで

● 農協が関わっている分野や携わっている業務を教えてください。
 
JAは、相互扶助の精神のもとに農業者の営農と生活を守り高め、よりよい社会を築くことを目的に組織された協同組合です。
この目的のために、JAは営農や生活に関する事業、例えば生産・生活資材の共同購入や農畜産物の共同販売、貯金の受け入れ、農業生産資金や生活資金の貸し付け、農業生産や生活に必要な共同利用施設の設置、あるいは万一の場合に備える共済等の事業や活動を行っています。その他、出版業や旅行業、介護・医療事業、ガソリンスタンドやスーパー、直売所の運営等にも携わっています。


法律と現場をつなぐ”橋渡し役”から人材育成へ

● 以前担当されていた、都市農業振興基本法/生産緑地法改正/都市農地の貸借円滑化法の業務は、具体的にはどのような内容だったのでしょうか。
 
関係省庁と農業者の方々の間に入って調整をする、中間管理職のような立場と言ったら分かりやすいかもしれません。条文を作るのは省庁ですが、法律の目的や目指すべき方向性のほか、現場で求められている仕組みなどについて、現場の声を届ける役割を担いました。
ただ、県ごとに意見が違うこともあるので、全中としてどのような意見をいうかは、なかなか難しいところがありました。関係者の納得感の醸成には、意見の積み上げのプロセスの透明性はもちろんですが、一方で、担当者同士の信頼関係も重要です。また、現場の意見をストレートに主張すればよい時もありますが、そうでない時もあります。時には、法制上の考え方を踏まえて意見を言うことの重要性について、各都道府県中央会やJA、農業者の方々に伝えることを意識していました。
 
 
● 現在のお仕事である、JA営農指導員の人材育成はどのような業務なのでしょうか?
 
JAの営農指導員は、資格体系として試験制度を導入しているので、営農指導員に必要な基礎知識を整理して、法改正などに伴う教科書/テキストの改訂を執筆者に依頼をしたり、時世をふまえた各種研修会の企画・開催などを行っています。中には、全国8ブロックの代表が営農振興の取組みを競う、いわば「M1グランプリ」の営農指導員版とも言える発表大会も企画・運営しています。また、営農指導をする上で農協がとるべき人材育成の考え方や人事ローテーションの考え方を整理して、各都道府県中央会に示したりしています。他にも農産物の安全・安心を担保できる「GAP(ギャップ)」 認証取得を進めていく取り組みも実施しており、そのため、全中から専門家を派遣して指導しています。

“現場から”届くもの、”現場へ”届けるものを大切に

● 現在、特に高塚さまが注力されているお仕事はどのようなことでしょうか。
 
現場の営農指導員の業務は、GAPやHACCP(ハサップ) など新たな仕組みへの対応、補助金の申請業務の支援など、従来の業務に加え様々な業務に追われ、現場の営農指導員の負担が非常に増えていると考えています。現場の指導員もスーパーマンばかりではないため、多様な業務に追われる中で、本当に大事な取り組みに手がついていないのではないかという問題意識があります。この状況を改善していくために、全国の立場からどういった支援ができるのか、例えばICTを有効活用した業務の効率化なども含め、頭を捻っているのが現状です。
また、実は、都市農業振興の取り組みも併せて担当しています。
生産緑地法の区切りが2022年に迫っていまして、「規制を受けた上で農業を続ける」のか、「農業をやめる」のかを選ぶタイミングになっています。一人でも多くの方に農業継続を選んでもらうための取組みの手法を示すことも、大事な業務です。関係する全自治体・JAにアンケートを行って課題を把握したうえで取組みの効果的なすすめ方を検討したり、現場の農業者に、様々な法律を含む継続のための支援があることを伝える取り組みに力を入れています。
 
*  GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)とは、農業において、食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取組のことです。(出典:農林水産省HPこちら

* HACCPとは、食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法です。この手法は国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格 (コーデックス) 委員会から発表され,各国にその採用を推奨している国際的に認められたものです。(出典:厚生労働省H P こちら) 
● 常に幅広い業務を担当されている印象ですが、仕事のやりがいは、どういう時/ことに感じられますか。
 
取り組んでいた都市農業の法律に、現場の意見が取り入れられ、使いやすい仕組みになったことは嬉しかったです。また、実際に現場で農業者が新たな法律を使っていることを知り、農地が残った、新たな農業経営ができたなどの喜びの声と聞くと、とても嬉しいです。
全中の業務は、県中央会の意見を聞くことが基本ですが、どのような組織でも組織を通すと一定のバイアスがかかるので、県中央会とともにJAや農業者から直接意見を聞くことや、実際に現場に行き、自分の五感で感じることも重要だと考えています。
 

組織的で、現場に負担をかけない震災支援体制

● 阪神淡路大震災、東日本大震災などの緊急時に、今までどのように連携・協力してきたのか教えてください。
 
JAグループの緊急時対応の特徴としては、組織的に現場のニーズを整理し、県中央会や全中に情報集約しているところです。混乱時に無秩序に人・モノなどを送っても、むしろ現場の負担になることがあります。情報を整理・統合して物的な支援(飲料水や食べ物、毛布など)と人的な支援(ボランティア隊)のニーズを把握することで、適切に資源を配分することができます。例えば、直近ですと、令和2年7月の九州豪雨では、泥が入ってしまうなどしたハウスや農産物の集荷場等の復旧のため、人やスコップ等を送り込むなどの支援を行いました。
さらに、東日本大震災の場合は、福島県中央会等と連携して、個別の県だけでは対応が難しい東電の補償交渉の窓口を行っており、この取組みは実は今でも続いています。
このような支援体制の根っこには、協同組合の助け合いの精神があるかと思います。令和2年7月豪雨でも、2016年の熊本地震で支援を受けた農業者が、今回被害の大きかった地域の農業者を支援することに積極的に取り組まれていると聞いています。
 

コロナ禍、正確な情報伝達と労働力マッチング

● 今回の新型コロナウイルス危機では、既存の幅広いネットワークを活かした支援や連携が評価されていますが、具体的にはどのような連携がなされているのでしょうか?
 
農産物の物流に関し、仮に農産物の集出荷場の職員や農業者の感染が確認された際は、農産物を出荷しないほうが良いのでは、という議論が現場から提起された事がありましたが、農水省とも連携し、食品からの感染は認められていないという情報を確認の上各県中央会・
JAと共有して、過剰な対応を控えるように伝えるなどして、緊急事態でも農産物の安定的な供給を維持しました。
また、技能実習生が来日出来なくなったことによる労働力不足を解決するために、労働力マッチングを支援しました。例えば、群馬の嬬恋村の高原レタスの生産では、近隣の旅館業や飲食業とのマッチングを支援しました。今回難しかったのは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、県をまたいだ支援ができなかった点です。そのため、地域内でどのような支援ができるかという取り組みに注力しました。

● 今後の取り組みとしては、どのようなことが重要になってきますか?
 
インバウンドや輸出への影響から、高級食材を中心に販売促進が課題になっています。クラウドファンディングや通販の送料支援などを行っている農協もありますが、これらを継続的にやっていくことが大事かなと。一方で、ウィズコロナ、アフターコロナの消費行動の変化に伴い、支援方法もどこまで合わせていけるのか、今まで以上に試行錯誤する必要が出てくると思っています。
 
 
 


“動かない土地“と共にあるからこその、持続可能性への取り組み

● SDGsなどの社会課題とされている事柄の中でも、最も気になっている/働きかけていきたい分野はありますか。
 
SDGsに向けて新たな取り組みを行うというよりは、これまでJAグループがやってきたことをSDGsに合わせて再整理し、取り組むことが重要かなと。農協としては、持続可能な食料の生産と農業の振興に取り組むことが掲げられていますが、これをSDGsに置き換えると飢餓の問題や耕作放棄地を最小限にすること、土壌劣化等を防ぐ肥料の適正使用などが当てはまるかなと思います。農業の多面的な機能を生かしていく活動も、住み続けるまちづくりや気候変動対策などにつながっていきます。
JAは、地域に住んでいる農業者の組織ですので、その地域から逃げられないという特質があります。生産には土地が必要ですし、地域のものを使い潰して、別の土地に移りましょうとは出来ない訳です。そのため、元々、持続可能性への関心も高く、既存の取り組みがそのままSDGsにつながっている要素が強い組織と理解しています。

農業者が報われる仕組みづくりを目指し、JA全中へ

マイナビにて、JA全中にて働くきっかけを拝読しました。農業に自らが従事するという選択肢もあった中で、なぜJA全中を選ばれたのでしょうか。
 
理由は2つあります。
1つ目は、農業者を取り巻く仕組みを考えていきたいという思いです。そのため、法律とか制度に携わりたいと考えました。農林水産省も考えましたが、全中は少人数(200人弱)で幅広い業務に携われ、個人の裁量が大きいことが、決め手の1つになりました。
2つ目は、就職した後に農業に転職するハードルの高さです。農業者をしてからJA全中等の組織に転職するのは難しいですが、その逆は比較的ハードルが低いのではと。
JAグループを悪く言う声やもよく聞きましたが、本当にそのような組織だったらやめればいい、なくせばいいかなと思い入会しました。結果的に、今も継続して仕事を続けています(笑)。

● ご自身のやりたいことは実現・実行できていますか?
 
祖父母が汗水たらして農業に従事する姿を小さいころから見聞きしてきた中で、「真面目に取組む農業者が報われる農業でなければならない」という思いが原点にあります。最近の日本の農業政策の傾向として、経済効率の重視の側面が強い政策が打たれてきました。それを否定するわけではないのですが、効率性だけで言うと諸外国のマーケットには勝てないので、日本で農産物を作ること、日本の農業の価値を国民に理解いただくことが大切と思っています。
今の日本は、都市部に概ね7割の人が住んでおり、特に昔と違って都市生まれ都市育ちの方が増えていますので、農業に関する原体験は大事だと思っています。その意味で、都市農業の農業産出額は全体の1割もいかないくらいですが、都市部で農業を見て、触れて、体験する機会をより増やすことで、日本の農業理解を進めることができるのではないかと思っています。

● 私は都市生まれ都市育ちですが、北海道の農家に1週間ホームステイし、農作物に対する考え方がとても変わった記憶があります。
 
現場を経験すると、農作物の見え方も変わってきますよね。台風や大雨など、天候への見方も変わります。最近、都市部では、何をどう作るかを農業者が教えてくれる、農業体験農園と言われる取り組みもやっています。「百見は一体験にしかず」と考えていますので、体験の機会を増やすことが農業の応援団を増やすことになり、結果的に農業者が報われる1つのベースになると思っています。

 



都市農業が”農業の応援団づくり”の要(かなめ)

● 今までのご経験も踏まえ、都市農業にどのような可能性を感じていますか?
 
私は、都市農業が農業理解の最前線になりうると思っています。あまり知られていませんが、東京でも大根や小松菜、ウド、意外なところではパッションフルーツ等の農作物や牧場もあり、様々な農業を見ることが出来ます。高齢の農業者は、自分の農地に人が入ることを敬遠する方も多かったですが、今まで以上に、周囲の住民の理解が必要と思う農業者の方も増えているため、都市農業に触れる機会をもっと作っていけるのではないかと。農業の応援団を作っていく上ではこのような取り組みが重要な役割を果たしていると思います。地域ごとに濃淡があるので、もっと広げていきたいです。その取り組みの一環として、順天堂大学の医学部と連携して調査を行い、体験農園で作業することが一定のストレス軽減、幸福度の増加に寄与することを明らかにしました。農業に興味がない人たちにも農業理解を広げていくために、従業員の健康経営という切り口も含めて発信しています。また、関心を持った方々がアクセスできる方法を増やしていくことも、今後取り組んでいきたいです。

● 都市農業の教育的な意義を考えると、学校や養護施設との連携の可能性も感じました。
 
実際に、農福連携は最近増えています。私が住む練馬区でも、昨年ある農業者がアスパラの収穫と選別を養護施設等に行ってもらう取り組みをはじめました。
学校や養護施設は都市部に多くありますので、都市農業にはまだまだ農福連携を増やす可能性があります。農作業は、障がい者の心身状況の改善にも寄与する取り組みですので、その点も都市農業の価値であり可能性と感じます。
 




これからのテーマは、脱内製化と外部連携

● 今後、日本の農業や地域社会にJAグループがより貢献できるとしたら、どのような点だと思われますか?
 
農協の特徴は、地域の農業の未来を真面目に語れる組織であるという点だと思っています。素晴らしい農業生産法人も多くありますが、どうしても自分やそのグループの経営を中心に考える必要があります。一方、農協の構成員は地域の農業者でもあるので、地域農業をどうしていくのかを、自治体等とも連携し、全体最適を考えながら描いていくことができます。
以前は、農協の事業方式について農業者間でも意見の相違が多くありましたが、現在は積極的なコミュニケーションとすり合わせがすすみ、多様な関わり方が許容され、農協の事業方式も変わりつつあります。引き続きコミュニケーションをすすめ、多様な主体が連携することで、よりよい方向に地域農業が進んでいけるのではないかと思います。

● 上記を進める上で、JAグループが変わるべき点はありますか?
 
以前は、JAグループ内で全てを解決しようとする傾向(内製化)が強かったかと思います。名の知れた大企業をはじめ様々な株式会社が農業参入する中、地域から逃れられない農協等の農業界は、経済合理性を優先した事業展開を行う株式会社等の取組み姿勢に疑念やアレルギーがあったのではないかと思います。しかし、技術進歩が激しい中、内製化のみの対応では難しくなり、外との連携も進んでいます。例えば、最近ではJAグループ全国連が連携して「アグベンチャーラボ」を立ち上げ、様々なスタートアップと連携し、その活動を後押しする取り組みもすすめています。



● 若者世代にJAをより身近に感じてもらうためには、どのような変化や取り組みが必要だと思われますか。
 
最近ですと、SNSの活用に加え、ECサイトを開設したり、クラウドファンディグを実施したりと様々な取組みがありますが、デジタル上の接点をどう意識的に作っていくかについては、農業体験や都市農業のリアルな体験を絡める必要があると思っています。外の組織も巻き込みながら、農協がやっていることを少しずつ理解していただければと思います。

 




● 最後に、協同組合を一言で表すと?
 
良くも悪くも「人の組織」だと考えます。全中は、一部報道でJAグループのピラミッドの点にあると描かれましたが、実態は異なります。もしそうであれば、どんなに仕事が楽か(笑)。地形も天候も文化も多様な日本各地の関係者の理解を得て業務に取り組む必要がありますので、合意形成が複雑で時間がかかります。各農協も同様で、管内には様々な考えを持つ人がいますし、品目や地域ごとに利害も異なります。
この合意形成に必要な要素として、以下の3つがあると私は考えています。
①理:論理、ロジック
②情:思いやり、人間関係
③意:意志や想い、信念
株式会社は少数の大株主で合意形成ができますので、「理」が大きく影響しますが、農協を含む協同組合は一人一票ですので、合意形成を図るうえで「情」や「意」の部分の重みが強いと感じています。変えていくことはとても大変ですし、時間がかかりますが、時間をかけてしっかりやっていくことが大切だと思います。

また、変化が早すぎることはリスクを孕んでいますので、一定の人がきちんと合意して変わっていくという協同組合の特性は、社会の多様性の一翼を担い、持続性を高めている側面があると感じます。今回のコロナ禍でも、海外からの輸入に大きな影響がでて、日本での農業生産や食料の安全保障への関心が高まり、経済合理性に傾いていた農業政策にも変化の兆しが見られだしました。
また合意形成に時間がかかるからこそ、決まったことは地に足をつけてすすめていくことができるのではないでしょうか。
 

● お忙しい中、ありがとうございました!