ILO新刊:先住民・種族民
ILO新刊:先住民が直面している貧困と不平等に取り組む緊急の行動が必要
昨年は先住民・種族民の権利を扱う唯一の国際条約である「1989年の先住民(採択時の政府仮訳は原住民)及び種族民条約(第169号)」の採択30周年に当たりました。これを記念して2020年2月3日に発表された新刊書は世界の先住民・種族民の状況をまとめ、極度の貧困状態にある先住民は非先住民の3倍近くに上ることを示した上で、先住民が直面している高い貧困率と不平等の問題に緊急に取り組む必要があることを指摘しています。 /p>
『Implementing the ILO Indigenous and Tribal Peoples Convention No. 169: Towards an inclusive, sustainable and just future(ILOの先住民及び種族民条約(第169号)の実施:包摂的かつ持続可能で公正な未来に向けて・英語)』と題する報告書は、先住民の数は従来考えられていたよりもかなり多く、世界全体で世界人口の6%以上に相当する4億7,600万人を超え、世界約90カ国に5,000以上の先住民共同体が存在することを示しています。その数は米国とカナダの人口を合わせた数を遙かに上回り、8割以上が中所得国で暮らしています。
先住民・種族民の権利の推進と保護を目指す、批准可能な唯一の国際条約である第169号条約の批准国は現在、187のILO加盟国中23カ国に過ぎず、これは条約の提供する保護が先住民の15%ほどにしか及んでいないことを意味します。
先住民は1日1人当たりの収入または消費額が1.90ドルの貧困線を下回る極度の貧困層の約19%を占め、1日3.20ドルや5.50ドルといったより緩い貧困線で見ても不均衡に多くを占めています。この状況は地域の違いや都市と農村の別のような住環境の違いにも関係なく、どこでも先住民が貧困層の相当割合を占めています。
多くの先住民の生計手段や経済活動は今日変化してきており、先住民の約45%が農業外活動に従事しています。世界全体で見ると、先住民の就業率(63.3%)は非先住民(59.1%)よりも高いものの、仕事の質は大きく異なり、先住民の86%超(非先住民は約66%)が劣悪な労働条件と社会的保護の欠如と関連付けられることが多い非公式(インフォーマル)経済で生活の糧を得ているため、しばしば労働条件は悪く、差別を経験しています。
先住民の中でもとりわけ女性は大きな課題に直面しており、先住民女性がインフォーマル経済で働く割合は非先住民女性よりも25ポイント以上高くなっています。基礎教育を修了する可能性は最も低く、極度の貧困状態に陥る可能性は最も高くなっています。先住民女性はまた、家族の仕事を手伝う寄与的家族従業者となる可能性が最も高く(就業者全体の34%近く)、賃金・給与労働者は全体の4分の1程度に過ぎず(24.4%)、これは非先住民の女性(51.1%)や先住民の男性(30.1%)と比べても低くなっています。また、賃金・給与労働に従事する先住民女性の収入は平均で非先住民女性よりも18%低いことが示されています。
報告書は先住民の就業率が高い理由は貧困に関連しているとして、たとえ低賃金で労働条件が劣悪であっても関係なく、どんな形態の所得創出活動にでも従事する必要がある事実を反映しているのではないかと推測しています。そして、公共政策の枠組みの点では前進が見られるものの、先住民が直面している不平等問題に緊急に取り組む必要があると説いています。また、この状況を克服し、持続可能な開発目標(SDGs)の達成や気候変動に関するパリ協定の実現といった開発や気候に関連した行動主体として、先住民に力をつける多くの機会を特定しています。とりわけ、先住民の協議参加を可能にする公的制度・機構や法的枠組みの構築・強化のためには、第169号条約の批准・実行こそ、前進のカギを握ると記しています。
報告書の著者チームの一人であるILOのマルティン・エルツ専門官は先住民の暮らしの改善に向けた歩みがあまりにも遅いことを指摘し、正しい方向に向けた一歩として「第169号条約の批准国増とその効果的な実施に向けた行動」を提唱しています。さらに、「公共政策が先住民のニーズに対処し、その願望を反映するよう確保するには、先住民の意思決定への参画を可能にする制度・機構や法的枠組みの幅広い欠如に取り組むことが必要不可欠」と訴えています。
5章構成の本書は、第1章「先住民・種族民と社会正義の探求」でILOの取り組みや第169号条約など、先住民・種族民を取り巻く状況を概説し、第2章「不可視性の克服」でその数を推定し、第3章「不平等をひもとく」で労働市場の現状を記しています。第4章「制度・機構による対応の構築」で先住民・種族民の状況改善に向けた世界各地の取り組みを紹介し、第5章「包摂的かつ持続可能で公正な未来に向けて」で今後に向けた提案を行っています。付録として、人口や労働市場指標、貧困指標の推定に用いた手法を説明しています。
以上はジュネーブ発英文記者発表の抄訳です。