第108回ILO総会

第108回ILO総会:仕事に関連した暴力及びハラスメントと戦う新たな国際労働基準について合意

記者発表 | 2019/06/21
条約・勧告の採択を喜ぶ総会出席者及びライダーILO事務局長。写真録画動画もご覧になれます。

 2019年6月10日にジュネーブで開幕した第108回に当たる創立100周年記念ILO総会は、2週間の会期の最終日である21日に、仕事の世界における暴力と嫌がらせ(ハラスメント)と戦う新たな条約と付随する勧告を採択しました。

 「2019年の暴力・ハラスメント条約(第190号)」は、賛成439票、反対7票、棄権30票、条約を補足する同名の勧告(第206号)は、賛成397票、反対12票、棄権44票でそれぞれ採択されました(日本は条約・勧告とも政府及び労働者側は賛成、使用者側は棄権)。

 条約は、仕事の世界における暴力とハラスメントは「人権侵害または虐待になり得、機会の平等を脅かす許容できないものであり、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と相容れない」ことを認め、「暴力とハラスメント」について、「心身に対する危害あるいは性的・経済的に害を与えることを目的とするか、そのような危害に帰する、あるいは帰する可能性が高い」行動様式及び行為またはその脅威と定義し、加盟国に対しては、その存在を「全く容赦しない一般的な環境」を促進する責任があることに改めて注意を喚起しています。新しい国際労働基準は、契約上の地位にかかわらず、あらゆる労働者及び従業員を保護することを目指しており、研修中の人やインターン、見習い実習生、雇用契約が終了した労働者、ボランティア、求職者、求人広告への応募者なども含むものとしています。さらに、「使用者の権限、義務、責任を行使している個人」も暴力やハラスメントの対象になり得ることを認めています。

 暴力やハラスメントの発生場所に関しては、職場内のみならず、支払いを受ける場所や休息・休憩の場所、食事休憩を取っている場所、洗浄・衛生設備や更衣設備を用いる場所、仕事に関連した出張中や研修中、行事・社交活動中、情報通信技術(ICT)経由の場合を含む、仕事に関連した通信・コミュニケーションの過程、使用者の提供する宿泊設備、通勤中も含むものと規定されています。また、第三者が関与する場合もあることを認めています。

 ライダー事務局長は次のように述べて、採択を歓迎しました。「新しい基準は、誰もが暴力とハラスメントから自由な仕事の世界を享受できる権利を認めています。次の段階は、男女双方に、より良い、より安全で働きがいのある人間らしい労働環境が形成されるように、この保護を実践に移すことです。この問題に関して見られた協力と連帯、そして行動を求める一般の人々からの要求に鑑みると、迅速で幅広い批准と実施のための行動が必ずや期待できると信じています」。

 事務局の責任者として審議のとりまとめを行ったILO労働条件・平等局のマヌエラ・トメイ局長は、「敬意がなくては仕事における尊厳はなく、尊厳なしに社会正義はありません」と強調した上で、「今回採択されたのは、仕事の世界における暴力とハラスメントに関する初の条約と勧告です。これで暴力とハラスメントの定義についての合意が達成され、その取り組みと予防に向けて、誰が何をする必要があるか分かったわけですから、この新しい基準が、私たちが見たいと思っている仕事の未来に導いてくれることを望みます」と述べて喜びを表明しました。

 第190号条約は、2カ国が批准した1年後に発効します。ILO総会における条約の採択は、2011年の家事労働者条約(第189号)以来の8年ぶりのことです。条約は批准国を法的に拘束するのに対し、勧告は拘束力のない指針として、条約適用上の助言や手引きを提供します。

 創立100周年を祝う今年の総会には、日本を含む187ILO加盟国から5,700人以上の政府、使用者、労働者の代表が参加しました。総会は本日、人間中心の理念で仕事の未来に向かうことに焦点を当てた創立100周年記念宣言の採決を行うことにもなっています。

暴力・ハラスメントILO条約について専門家に聞く

ショウナ・オルネイILOジェンダー・平等・多様性及びHIV/エイズと仕事の世界部部長

 第108回ILO総会で採択された「2019年の暴力・ハラスメント条約(第190号)」と付随する同名の勧告(第206号)について、事務局で審議を担当したILOジェンダー・平等・多様性及びHIV/エイズと仕事の世界部のショウナ・オルネイ部長はその意義や内容、期待される役割について次のように語っています。

 ILOではこの国際労働基準に関する取り組みを2015年から開始しましたが、最近見られる暴力とハラスメントに対する世界的な反対運動に鑑みると、その採択は非常に時宜を得たものと言えます。条約は実践的で強い中身をもち、勧告と合わせることによって、暴力とハラスメントから自由な、尊厳と敬意を基盤とした仕事の未来を形作る機会と行動のための明確な枠組みを提供しています。誰もが暴力とハラスメントから自由な仕事の世界を享受できる権利がこれほど明確に国際条約に規定されたのは今回が初めてです。条約はまた、そのような行為が人権侵害あるいは虐待に当たることを認めています。

 ILOが次の100年に足を踏み入れようとしている時に最初の一本としてこのような基準が採択されたことはまた、ILOの決定的に重要な基準設定の役割を再確認させるものでもあります。この基準を各国が実施するに当たっては、社会対話と政労使三者構成原則が不可欠になりますが、今回の基準採択はこの二つの力と悠久の価値を目に見える形で示した証拠であると言えます。

 暴力とハラスメントについての定義は多様で、その境界はしばしば不明確です。例えば、セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)はしばしば性差に基づく暴力の一形態と捉えられています。そこで、総会は実用的なアプローチを取り、暴力とハラスメントを「心身に対する危害あるいは性的・経済的に害を与えることを目的とするか、そのような危害に帰する、あるいは帰する可能性が高い」一連の許容できない行動様式及び行為と定義したのです。これにはとりわけ、身体的虐待、言葉による虐待、個人や集団によるいじめ、セクハラ、脅迫、つきまとい(ストーカー)行為などが含まれる可能性があります。条約はまた、今日では必ずしも仕事が物理的な職場で行われない事実を考慮に入れ、例えば、情報通信技術(ICT)を用いるものを含み、仕事に関連した通信やコミュニケーションも対象にしています。

 非常に重要な点として、条約は包摂性に重点を置いています。つまり、契約上の地位にかかわらず、あらゆる働く人が保護の対象となっており、インターンやボランティア、求人広告への応募者、使用者の権限を行使する人も含まれています。官民両部門、公式(フォーマル)経済、非公式(インフォーマル)経済、都会も農村も含むものとなっています。

 さらに、例えば、保健医療、運輸、教育、家事労働、あるいは夜間労働、孤立した場所での労働など、特定の産業部門や職業、就労取り決めの下で働く労働者や労働者群は特に暴力とハラスメントに弱いことも認められています。各国は政労使協議を通じて自国に特有の脆弱な部門を特定することになっています。

 性差に基づく暴力とハラスメントにも特に光が当てられ、顧客や利用客、サービス提供者、患者などの第三者も被害者や加害者になる可能性がある点も考慮に入れられています。重要なこととして、家庭内暴力が仕事の世界に与える影響も含まれており、これは家庭内暴力を暗闇から引きずり出し、態度を改めさせる方向に向けた重要な一歩であると言えます。勧告には被害者のための休暇や柔軟な就労取り決め、啓発活動などの実践的な措置が示されています。

 態度を改めさせることは決して容易ではありませんが、仕事の世界から暴力とハラスメントを一掃しようと思うならば必要不可欠です。今回のような強力な基準の採択は力強いメッセージを送るものであり、暴力とハラスメントは広く見られるものであり、許容できないことを認めることによって、目に見えなかったものを可視化しています。

 また、多様で交差する差別形態や性差に関する固定観念、性差に基づく不平等な力関係など、根底にある原因に取り組む必要があります。条約に規定されている職場のリスク評価については、勧告でさらに詳細が示されていますが、性差や文化的規範、社会的規範など、暴力とハラスメントの可能性を高める要素を考慮に入れられる可能性があるため、態度を変える助けになり得ます。条約と勧告には訓練や啓発措置に関する規定も盛り込まれています。

 大半のILO条約がそうであるように、第190号条約は2カ国が批准した12カ月後に発効しますが、採択時に示された高いレベルの支持に鑑みると、すぐに発効することが期待されます。たとえ発効前でも、ILO加盟国は基準採択について各国の権限ある機関(日本の場合は国会)の注意を喚起する必要があるため、国内的にも国際的にも基準が注目を集めることが確保されることでしょう。


 以上は次の2点のジュネーブ発英文広報資料の抄訳です。