ILO新刊:熱ストレス

ILO新刊-熱ストレスの増加によって予想される生産性低下は8,000万人分の仕事の喪失に相当

記者発表 | 2019/07/01
カブールの照りつける太陽の下で水分補給するアフガニスタンの建設労働者 © PJ Tavera Photography

 熱中症対策は日本でも課題ですが、このたび発表されたILOの新刊書『Working on a warmer planet: The impact of heat stress on labour productivity and decent work(温暖化する地球で働く:労働生産性とディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)に対する熱ストレスの影響・英語)』は、地球温暖化による熱ストレスの増加がもたらす生産性の低下は、2030年までに世界全体でフルタイム労働換算で8,000万人分の雇用の喪失に相当する規模になると予想しています。これは今世紀末までの気温上昇が世界平均で1.5℃を上回らず、熱ストレスの影響が最も大きい農業と建設業の労働が日陰で行われるとの前提で導かれています。この控えめな前提に立てば、2030年までに気温上昇によって暑すぎて働けないか、作業ペースが落ちることによって、世界全体で失われる労働時間は世界合計の2.2%に上り、これはフルタイム労働換算で8,000万人分の雇用に相当し、したがって世界の経済損失は全体で2兆4,000億ドルに達すると見られます。

 熱ストレスとは、身体が生理的障害なしに耐え得る限度を上回る暑熱を指しています。一般に多湿時で35℃を上回ると生理的な障害が発生します。労働時の過度の暑熱は労働衛生上の危害に相当し、労働者の身体機能や身体能力、労働能力、したがって生産性が制限されます。極端な場合には、命に関わる熱中症に至る可能性があります。

 報告書は気候、生理学、雇用に関するデータをもとに、各国、地域、世界全体の現在及び予想される生産性低下を推定しています。世界的に最も影響が大きいと見られる産業は世界全体で9億4,000万人が従事する農業であり、2030年までに熱ストレスによる世界の労働時間喪失の6割が農業で発生すると見られます。影響が深刻なもう一つの産業は建設業であり、世界の労働時間喪失の推定19%がこの産業で発生すると見られます。このほかに特にリスクが高いと見られる産業としては、環境関連の商品やサービス、廃棄物回収、緊急補修工事、運輸、旅行・観光業、スポーツ、ある種の産業労働を挙げることができます。

 影響は地域によって異なり、労働時間の喪失が最も大きいと見られる地域は南アジアと西アフリカであり、それぞれ2030年までに5%近い労働時間が失われると見られますが、これはフルタイム労働換算で約4,300万人分と900万人分の雇用に相当します。一方で東アジアと太平洋島嶼国はそれほど脆弱ではないように見え、農業人口の少ない日本の場合は2030年までに失われる労働時間はフルタイム労働換算で12万6,000人分の雇用に相当すると予想されます。

 経済損失が最も大きいのは、とりわけ厳しくなる暑熱に効果的に適応する措置を講じるための資金・資源が少ない下位中所得国や低所得国といった最貧困地帯の人々であると見られます。このように熱ストレスによる経済損失は、働く貧困層や非公式(インフォーマル)就業、脆弱な就業形態、自給自足農業が多く、社会的保護が欠けているといったような、既に存在する経済的に不利な状況を一層強めるように作用すると見られます。自給自足農業の労働者の大半を構成する女性、建設産業の圧倒的多数を占める男性に影響を与え、社会的影響の一つとして、農山漁村地帯からより良い展望を求めた移住が増加する可能性もあります。

 気候変動の提示する課題は、今年6月のILO総会で採択された「仕事の未来に向けたILO創立100周年記念宣言」が焦点を当てる分野の一つであり、今後のILOの事業活動や調査研究を形作るテーマの一つとなります。「熱ストレスが経済、社会、健康に与える影響は、貧困問題への取り組みや人間開発の促進をより困難にし、したがって、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のほとんどの達成をより困難にするだろう」と警告する報告書は、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にも幅広い影響が及ぶことを示しています。

 報告書は、適切なインフラ構造と暑熱事象用早期警報システムの改善、労働安全衛生分野などの国際労働基準といった暑熱関連危害に取り組む政策の設計を手助けする基準の実施改善など、熱ストレスのリスクに対処し、労働者を保護する国内政策の設計・財源確保・実行のための努力の強化を求めています。労働者が高温環境に対処し、仕事を続けられるよう、リスクを評価し、職場で適切な行動を講じるのに最も適した立場にあるのは労使です。使用者は飲料水や熱ストレスの認識・管理に関する訓練を提供することができ、屋内外における作業方法、労働時間や服装規定、装備の適応、新技術や日陰、休憩の活用に関する合意形成において社会対話は決定的に重要な役割を演じることができます。

 本書の中心的な著者の一人であるカトリーヌ・サゲILO調査研究局勤労所得・公平ユニット長は、「熱ストレスの労働生産性に対する影響」について、「降雨パターンの変化、海面上昇、生物多様性の喪失といった気候変動のこのほかの悪影響に追加すべき、深刻な結果を招くもの」と説明し、「熱ストレスによる膨大な経済的コストに加え、低所得国と高所得国間の不平等の拡大、最も脆弱な人々の労働条件の悪化、移動を強いられる人々」が出てくる可能性を指摘し、「この新しい現実に適応するには、最も脆弱な人々の保護に焦点を当てた、政府、使用者、労働者による適切な措置が緊急に求められています」と説いています。

 9章構成の本書は、第1章「熱ストレスとディーセント・ワーク」で熱ストレスがディーセント・ワークを妨げる理由を記し、第2章「世界の概観」で気候変動や労働市場の趨勢、熱ストレスの労働生産性に対する影響などの全体像を示した後、第3章「アフリカ」、第4章「米州」、第5章「アラブ諸国」、第6章「アジア太平洋」、第7章「欧州・中央アジア」の地域別に、暑熱水準、労働市場の趨勢、小地域・国別推定、結論、見出された主な事項を記しています。そして、最後の2章で、第8章「国際労働基準と政労使三者構成原則を通じた熱関連危害への適応」と第9章「熱関連危害削減に向けた補足的緩和努力」の2部に分けて、雇用・労働市場政策を提案した後、結論を記しています。付録として、推定の詳しい方法論に加え、日陰での労働と炎天下での労働といった異なる前提条件を用いた場合の違いを示しています。


 以上はジュネーブ発英文記者発表の抄訳です。