ILO100年の歴史を振り返るシリーズ記事

道徳を行動に化してノーベル平和賞受賞

 ILOの100年の歴史の印象的な出来事を振り返るシリーズ記事の第2回目として、1969年のノーベル平和賞受賞を取り上げます。

記者発表 | 2018/11/29

 ILOの100年の歴史の印象的な出来事を振り返るシリーズ記事の第2回目として、1969年のノーベル平和賞受賞を取り上げます。

ILOを代表してノーベル平和賞を受賞するデイビッド・モース第5代ILO事務局長(英語・38秒)

 1969年10月21日に受付に届いた30語の電報は、ILOの歴史上最高の栄誉を伝えるものでした。創立50周年を記念するものとして、ILOはその年、ノーベル平和賞を受賞しました。ノーベル委員会は授賞式で、授賞決定の中心的な理由はILO創設の理念であることを説明しました。アーセ・リオネス委員長はそれを次のように表現しています。「ジュネーブのILO本部の礎石の下にある文書には、Si vis pacem, cole justitiam(平和を望むなら、正義を培え)と記されています。その拠って立つ根本的な道徳的理念を行動に転化するのにILOほど成功した組織はほとんどありません」。

 受賞は青天霹靂のものではなく、第二次世界大戦中も機能し続けた数少ない国際機関の一つとしての戦時中のその決定的に重要な役割、そして1944年に採択したフィラデルフィア宣言を通じて永続する平和は社会正義を基礎とする必要があることに改めて注意を喚起してその任務を強め刷新した活動の顕彰を目的として、戦後何度も世界の指導者らがILOを候補とすることに言及していました。実際、リオネス委員長はそのスピーチの中で、フィラデルフィア宣言は米国の独立宣言にも沿ったものであるとのフランクリン・ルーズベルト米国大統領の言葉を引用しています。

 理事会役員と共にオスロに赴き、ILOを代表して平和賞を受賞した当時のデイビッド・モースILO事務局長は、2回の大戦を経てもこの平和に対する希求は持続できることを強調しました。賞を受諾するに当たって行った演説で、事務局長は、「ノーベル平和賞の歴史は大体において、永続する公正な平和を確立しようとの今世紀を通じた人類の努力の歴史でもあります」とした上で、続けて、「社会正義の達成は究極の目標である世界平和の達成と同じくらい困難です」と注意を喚起しました。

ノーベル平和賞受賞者記念講演を行うモースILO事務局長

 1969年12月11日の授賞式翌日の伝統的なノーベル平和賞受賞者記念講演でモース事務局長は、ILOが自らに付託されたその独特の任務をいかにして活用し、最初の50年間を「平和の基盤」作りに捧げたかを概説しました。「ILOは一言で言って、社会の争いに代わるものを世界に提供しました。より人間的で尊厳ある労働条件を確保する手段として、暴力的な衝突に代わる交渉の技術と手順を提供したのです」と事務局長は説明しました。事務局長の講演は、ILOがその存在の最初の半世紀に目撃した経済、社会、政治、市民の進歩における自らの役割を明確に主張するものでした。しかし、事務局長は同時に、「この業務の完結にはまだほど遠く、『社会正義』の目標は動的な概念であることが証明されました」と述べています。

 振り返ってみると、約50年前の講演で指摘された、少数の人々にしか利益をもたらさない経済進歩の失敗、富の縁辺で暮らす少数民族、移民、貧困者などの窮状、科学技術を主人よりもむしろしもべとすることの挑戦などといった課題は、驚くほどの先見の明をもって示されていると言えます。これらの問題はすべていまだに未解決で、100周年を迎えようとしているILOの政策課題に依然として盛り込まれています。

 ILOは今日に至るまでノーベル平和賞の権威と認知の恩恵を受け続けています。受賞したメダルは、政府、労働者、使用者というILOの三者構成を象徴する3本の黄金の鍵のオリジナルと共に、金の浮き彫りが施され、青のクッションが敷かれた緑の革製のケースの中に収められてILOの文書館に展示されています。メダルは直径66ミリ、厚さ約5ミリ、約200グラムの23金製で、表面には賞の創設者であるアルフレッド・ノーベルの肖像が、裏面にはノーベルが平和賞による支援を願った国際的な友愛を象徴するものとして、抱き合う3人の裸の男性像が刻まれています。メダルの縁に刻印されているPro pace et fraternitate gentium(人々の平和と友愛のために)という銘字は、永続する平和にはまず正義が必要であるとのILO自体の原理原則と完璧に補い合うものであるように見えます。


 以上はジュネーブ発英文記者発表の抄訳です。