仕事の未来世界委員会委員 慶應義塾大学 商学部教授 清家篤先生に聞く

「仕事の未来」インタビューシリーズ

ニュース記事 | 2017/10/31

「社会経済の構造変化における仕事の未来」

仕事の未来世界委員会に、日本から参加する清家篤教授にお話を伺いました。2017年8月に発足した世界委員会は、世界100カ国以上で行われた国内対話から得られた成果を検討し、2019年の100周年記念ILO総会で討議資料となる独立報告書をまとめるという重要な役割を果たします。仕事と雇用の未来の姿について世界中で議論が進む中、世界委員会に求められる役割や、日本のどのような経験が世界委員会の議論に貢献できるかなどについて、貴重なお話をお聞きしました。

I. 仕事の未来を決める構造変化

仕事の未来は現在進行中の3つの大きな構造変化によって規定されると考えられる。労働の供給サイドを見ると、仕事の未来は基本的に人口動態の構造変化によって制約される。そして労働需要サイドは、技術と市場競争の構造変化によって大きな影響を受ける。

人口動態の構造変化は、先進国での人口高齢化と、開発途上国における人口爆発により生じる。前者は労働力の減少をもたらすため、これに対処するためには女性や高齢者の雇用促進が非常に重要となる。働き方と雇用慣行を変化させて、女性や高齢者が十分活躍できるようにすることが求められよう。他方、人口爆発は労働力、特に若年労働力の増加につながるため、拡大する労働供給圧力の増加に対応した雇用の確保が不可欠となる。

これに対して、技術面での構造変化、特に省労働力的な技術革新は、生産水準一定のもとで必要とされる雇用を減少させる。また、労働者は新たな技術に適応するための知識やスキルの習得を求められることになる。これらの要因が仕事の未来を決定的に変化させることは間違いない。

市場競争における構造変化もまた、仕事の未来を変化させる。特に、製品やサービスの国際的な競争は、一部の国での雇用を増加させる一方で、その他の国では雇用の減少をもたらすかもしれない。国際競争の激化に対処するために、企業は労働コストを大幅に削減できるよう雇用慣行を変化させる必要もある。

これらの構造変化が労働に及ぼす影響は、最近の英国のEU離脱(ブレグジット)やアメリカ大統領選挙で顕著に現れたように、国際取引の拡大と技術革新に反旗を翻す勢力伸張の背景となっている。また人口高齢化もまた、経済成長のみならず、雇用や労働条件の改善を妨げるのではないかという悲観論も出てきている。

しかし、人口動態の変化、技術革新、そして国際取引拡大の流れを食い止めることはできない。人口高齢化は、経済成長による生活水準向上の結果でもある。経済史を振り返っても、長期的には技術革新と国際取引の進展が、需要増加による生産増加をもたらし、結果的に雇用拡大と労働条件の改善につながってきた。

例えば、産業革命は歴史上最も大きな技術変革であり、当初は激しい抵抗もあった。19世紀初頭のイギリスで機織職人たちが仕事を守ろうと新たに登場した機械を打ち壊したラッダイト運動などもその一例である。しかし結果として、産業革命は生産性を向上させ、製品価格の低下による需要拡大をもたらし、ひいては雇用の増加と労働条件の改善につながった。これはまた、20世紀初頭のアメリカの自動車産業に代表される大規模生産技術の導入や、20世紀半ばの日本の戦後の経済成長においても同様であった。ここで重要なのは、技術革新と国際取引の成果を、かかる成果の実現に寄与した労働者にきちんと配分し、技術革新と国際取引を労働者の福祉向上につながるような形で推進することである。

日本のように人口高齢化の進む経済社会を、高齢化のもとでも持続可能なものとするためには、付加価値生産性を高めることが極めて重要だ。これを実現するために技術革新は不可欠であり、その意味で、日本では人口高齢化という労働供給サイドの構造変化と、技術革新という労働需要サイドの構造変化との間でWin-Winの関係を築くことも可能かもしれない、労働集約的な仕事が、日本のように労働力が減少している国から、労働力の拡大している開発途上国へと移行しすることも、長期的な国際分業促進という点で望ましいことだ。

仕事の未来を形作る構造変化は不可避であり、防ぎようのないものである。このような状況を踏まえながら、労働者の福利向上に資するように、仕事の未来を考え、そのための制度慣行を発展させていく必要がある。

これまで100年にわたって、ILOは様々な状況下で、労働者の福利向上させるために多大な努力を続けてきた。この意味で、今日のような本格的な構造変化の下で、将来の仕事のあるべき姿を議論することを期待されている「仕事の未来世界委員会」は、極めて時宜にかなったものであると考えている。本委員会に参加できることは大変光栄であり、尊敬すべき委員諸氏と意見を交わすことを非常に楽しみにしている。

II. 委員会に求められること

仕事の未来世界委員会には、労働経済学の専門家として参加する。ご承知のとおり、本委員会の参加者の多くは労働問題の専門家であり、また経済界や労働組合、そしてNGOのリーダーの方々などが参加している。本委員会は参加者それぞれの専門分野における専門的な知見を交換できる場となるものと期待している。

私はこれまで労働経済学の専門家として研究に従事してきており、様々な社会経済上の構造変化の下での仕事の未来について、労働経済学的視点から意見を述べていきたいと思う。もちろんこうした将来についての見解は、その前提条件により左右される。したがって、どういった条件がより良い仕事の未来につながっていくのかを探求する必要がある。

具体的な雇用システムやと労働規制は、使用者と労働者の間での合意に基づいていなければならない。われわれ学識経験者や政策決定者が、雇用システムや労働規制を改革するためにいかに美しい絵を描こうとも、使用者や労働者にとってが受け入れ難いものであれば、それが役に立つことはないのである。使用者と労働者の双方に受け入れ可能な変革のみが、状況を実際に改善できるといえよう。

この点で、本委員会における議論は、理論的な理想像と現実面での実行可能な政策との間での適切なバランスを見出すことが必要だ。理論的、実証的に正しいということは専門家の会議として必須のことであると同時に、常に現実を踏まえ、可能な将来像としてあるべき姿を戦略的に議論することが、参加者には求められると思う。

III. 相互の学びを通じた国際的連携


先進国の中で最も人口高齢化の進んでいる日本での、高齢化社会に対処した雇用政策は、遅かれ早かれ同様の問題に直面する他の国々にとって良い参照事例となるだろう。また日本の若者の失業率が低いことは、若者の高失業率に悩む国々に何らかの示唆を与えられるかもしれない。そして、OECDの国際成人力((PIAAC)の調査)で先進国随一と評価される日本の成人の能力の高さは、日本企業の企業内教育訓練の成果でもあり、この点なども他国にとって参考になる可能性がある。

しかし、雇用の状況は、各国固有の前提条件にも左右される。例えば、日本には高齢者の雇用を促進する政策があるが、これは日本の高齢者の就業継続意欲が比較的高いという事実に基づいている。したがって、同様の政策を高齢者が退職を強く希望する国に当てはめることは容易ではない。また日本の若者の失業率が低いことの主たる理由は、学生が大学卒業前に就職先を探して確保できる就職慣行が存在するためである。このため、日本の事例は、就職慣行が異なり、通常は若者が卒業後に就職活動を開始するような国々で直接の参考とすることはできない。日本と他国では実地訓練(OJT)に関しても大きな違いがあるため、成人の能力に関しても同様のことがいえる。

国際会議では、各国の好事例の共有が重要となる。しかし一方で、失敗例を検討することにも大きな意味があると考える。たとえば高齢化先進国である事実についていえば、日本の失敗例からさらに多くを学ぶことによって、これから高齢化する他国では同様の過ちを犯すことを避けられるかもしれない。これもまた日本の事例を他の国々に紹介することの重要な貢献の1つとなろう。

国際的な会議を成功させる上で鍵となるのは、共通の懸念と課題を共有する参加者間で協力関係を構築し、その解決策を共に模索することである。世界各地からの見識豊かな諸氏と共に、本委員会でこれを実行していきたい。