ILO新刊『世界社会的保護報告』2014/15年版

『世界社会的保護報告』2014/15年版:世界人口の7割以上に十分な社会的保護が行き渡っていない

記者発表 | 2014/06/03

 ILOがこのたび発表した定期刊行物『World social protection report(世界社会的保護報告・英語)』2014/15年版は、社会的保護の最新の動向をライフサイクルに沿って分野別に分析し、包括的な社会保障の機会を享受しているのは世界人口の27%に過ぎないことを示しています。児童・家族給付支出の世界平均は国内総生産(GDP)の0.4%に過ぎず(地域別では、下はアフリカ及びアジア太平洋地域の0.2%から上は西ヨーロッパの2.2%)、毎日失われている約1万8,000人の子どもの命の多くが十分な社会的保護があれば救われたであろうことを考慮すると、この分野への投資を拡大する必要があります。失業保険や労働者災害補償などの勤労世代向けの社会的保護支出はアフリカでGDP比0.5%、西ヨーロッパで5.9%と地域間のばらつきが大きく、世界全体では失業給付を受給できているのは失業者の12%程度に過ぎません(下は中東・アフリカの3%未満、上は西ヨーロッパの64%)。老齢年金に関しては、受給年齢層の約半分(49%)しか受けておらず、受給水準は貧困線をはるかに下回る場合が多くなっています。その上、少なくとも欧州14カ国で年金水準は今後も低下が見込まれます。

 報告書はまた、世界人口の約4割が何らの医療保険制度にも加入していないことを示していますが、低所得国の場合にはこの割合は9割以上になります。その上、必要な人すべてに質の高い保健サービスを確保するには保健医療労働者が世界全体で1,030万人不足しています。

 社会的保護は社会の脆弱な層の健康と能力を高め、その生産性を増し、国内需要を支え、国家経済の構造変革を円滑化することによって包摂的な成長を刺激しつつ、貧困と不平等を削減する重要な政策手段です。報告書の発表に際し、サンドラ・ポラスキーILO副事務局長は、1948年に採択された世界人権宣言を通じて国際社会は社会保障と医療を普遍的な人権とすることに合意したにもかかわらず、2014年になってもなお、世界人口の大多数にとってこの約束が果たされないままになっている事実に注意を喚起して、「経済は不確実で、成長は低く、不平等が増しているような時代においては、社会的保護の必要性に関する論拠には一層説得力がある」と説くと共に、社会的保護は2015年以降の開発課題において国際社会が高く掲げるべき事項であると唱えました。

 「景気回復、包摂的な発展、社会正義の構築」を副題に掲げる報告書はさらに、経済及び社会で社会的保護が果たす多面的な機能が最近の世界金融経済危機の過程で一層明らかになったことを示しています。危機の第1期(2008~09年)には少なくとも48の高・中所得国が総額2.4兆ドルに達した包括的景気刺激策の約4分の1を社会的保護関連措置に投入し、これが自動安定化装置として機能して経済のバランス回復を助け、社会的保護の拡大は失業者や脆弱な層を経済的な悲劇から保護するものになりました。しかし、2010年以降の危機の第2期には、脆弱な層を支え、消費を安定させ続ける緊急の必要性があったにもかかわらず、多くの政府が方向を転換し、時期尚早な財政強化に乗り出しました。イサベル・オルティスILO社会的保護局長は、2014年現在、途上国82カ国を含む122カ国が公的支出の引き締めに走っていることを示した上で、雇用が少なく、大いに支援が必要な時に財政強化・調整の費用が実質的に国民に転化されている現状を指摘しています。

 最新の動向では多くの高所得国が社会保障制度の引き締めに走っていますが、既に欧州連合では社会的保護のカットが貧困の増大に寄与しており、貧困層が人口の24%に当たる1億2,300万人に達していると見られます。一方で、ほぼ国民すべてに年金制度が行き渡り、最低賃金が大幅に引き上げられた中国や2009年以降、最低賃金を引き上げ、社会的保護の適用対象を加速度的に広げてきたブラジルなど、多くの中所得国が社会的保護制度を拡大し、世帯所得を支え、それによって需要に主導された成長と包摂的な発展を促進しています。モザンビークなどの一部低所得国も、給付水準が非常に低い一時的な安全網の場合が多いものの社会的保護の拡大に乗り出し、より包括的な社会的保護制度の一環として社会的保護の土台の構築に努めています。タイや南アフリカなどといった幾つかの国では、わずか2、3年で国民皆健康保険制度が達成されています。

 2012年のILO総会で採択され、主要20カ国・地域(G20)や国連にも支持されている「社会的な保護の土台勧告(第202号)」は、「社会的な保護の土台」と呼ばれる必要不可欠な保健医療及び基本収入の保障を全ての人々に提供することを各国に求めています。ポラスキー副事務局長は、「近代社会は社会的保護を提供できる資金的余裕がある」として、「問題はそれを実現しようとの政治的意思」と語っています。

保健医療労働者がいなくては健康保護は達成されないと説くILO保健政策調整官

シャイル=アトルンク保健政策調整官

 『World social protection report』2014/15年版は、必要不可欠な保健医療を国民全体に提供するには人口1万人当たり平均41.1人の保健医療労働者が必要と計算しています。人口1万人当たりの保健医療労働者数が269人のフィンランドのような高所得国に対し、多くの低所得国にとっての実態はこの数字にはほど遠く、例えば、ハイチやセネガルなどでは5人以下に過ぎず、必要なすべての人々に良質の保健医療サービスが確保されるには世界全体で約1,030万人の保健医療労働者が不足していると見られます。地域別ではアジアが最も不足しており(710万人不足)、アフリカがこれに続いています(280万人不足)。

 ILO社会的保護局のクセニア・シャイル=アトルンク保健政策調整官は7月9日付の論評記事でこのような状況を紹介した上で、健康保護に対する政府の投資がこの隔たりを縮小し、保健医療を必要としている人々、そして経済全体に利益をもたらす助けになり得ようと説いています。

 保健医療労働者不足の大きな原因の一つとして低賃金を挙げることができます。例えば、スーダンやミャンマーなどでは、保健医療部門の賃金は1日2ドルの貧困線を1%上回るに過ぎません。世界的な経済危機によって多くの国が公共支出を抑える手段の一つとして財政強化策を導入するに至り、その結果、75の途上国を含む世界98カ国で保健医療労働者を含む公務員の給与の引き下げまたは上限設定が行われました。救急部門の看護師が4人以上の患者を担当しなくてはならない(望ましい上限は1~2人)といったような劣悪な労働条件も、手術の順番がなかなか回ってこないなどの理由による回避可能な命の喪失を発生させるに至っています。

 こういった大きなギャップを埋めるには、必要とするすべての人々に費用負担可能な良質の保健医療が届けられるようにする一貫性のある社会的保護政策が求められます。社会的な保護の土台勧告(第202号)は、これを達成するための政策を示しています。成功を収めている政策には、十分な数の保健医療労働者のための賃金や人間らしく働きがいのある労働条件の提供などが含まれています。財政調整が人間の基本的なニーズに優先するような事態を回避し、ミレニアム開発目標や2015年以降の開発課題の野心的な保健数値目標を達成しようと望むならば、保健分野の社会的保護の改善に向けた具体的な行動が緊急に求められ、これは強固な政治的意思をもって初めて可能であるとシャイル=アトルンク保健政策調整官は説いています。

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 以上は次のジュネーブ発英文記者発表及び論評の抄訳です。

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