ILO新刊

ILO新刊:レバノンとヨルダンの労働市場に対するシリア人難民の影響を調査

記者発表 | 2014/04/30

 ILOアラブ総局は最近、2011年3月に始まった危機によって国外に脱出した多くのシリア人難民の受入諸国における労働事情と受入国の労働市場に対するその影響を調べた報告書を発表しました。報告書はレバノンで暮らすシリア人難民の過酷な労働事情、そしてヨルダンでは難民の流入によってそれ以前から存在した労働市場の根本的な問題に取り組む緊急性が浮き彫りになったことを示しています。

ILO新刊『レバノンにおけるシリア人難民の影響評価とその雇用概況』

 2011年3月に始まった危機によって多くのシリア国民が国外に脱出し、2014年初め現在、隣国レバノンにも100万人近い難民が避難していると見られますが、このような人々の労働事情を調べたILOの調査報告は、低賃金、高い失業率、労働市場の規制不足が難民のみならず受入国住民にも深刻な課題を提示していることを明らかにしています。レバノンで暮らす400世帯約2,000人のシリア人難民から集められたデータなどを元にまとめられたILOの報告書『Assessment of the impact of Syrian refugees in Lebanon and their employment profile(レバノンにおけるシリア人難民の影響評価とその雇用概況・英語)』によれば、シリア人難民の失業率は約30%に達し、仕事が見つかるまでに平均74日間を要し、平均賃金は最低賃金の約6割で、就業者の10人中9人までが正式な契約のないインフォーマル雇用であり、就労者の2人に1人が背中や関節の痛み、激しい疲労を訴えています。さらに、就労者の2人に1人が極度の高温または低温環境で働き、3分の2近くが粉塵や有害なガスにさらされる劣悪な労働環境で働いています。また、技能・教育水準が不十分である事実を反映し、就業者の9割近くが不熟練または半熟練職に従事しています。女性の立場は特に弱く、仕事が見つかる女性難民は求職者の3分の1にも満たず、就労者に占める女性の割合は10人中2人に過ぎず、賃金は平均で男性難民の4割程度に過ぎません。

 ILOアラブ総局のメアリー・カワル上級雇用専門官は、労働市場の規制不足の影響として、低賃金で働くシリア人労働者の供給量の多さがさらなる規制緩和とインフォーマル就業の拡大を引き起こし、賃金や労働条件の引き下げ圧力となり、レバノン人とシリア人難民の両方に悪影響が生じる可能性を指摘しています。同総局のフランク・ハゲマン次長は、報告書が明らかにするものとして、レバノンにおけるシリア人難民の危機に取り組む際には、「レバノンに以前から存在する労働市場の課題に対処すると同時に人道支援とレバノンの受入側コミュニティーの開発ニーズとをバランスさせる総合的かつ包括的なアプローチ」を取る必要があることを指摘し、インフォーマル労働を規制し、最低賃金を保護し、職場における安全を促進し、社会的保護を提供し、持続可能な企業開発を奨励するような活動を通じてディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の機会の創出に重点を置くべきことを提案しています。

ILO新刊『ヨルダンの労働市場に対するシリア人難民危機の影響の予備的分析』

 2013年7月の推計によればヨルダンにも同国人口の約1割に当たる61万人以上のシリア人難民が暮らしていると見られます。ヨルダンの労働市場に対するシリア人難民の影響を調査したILOの報告書『The impact of the Syrian refugee crisis on the labour market in Jordan: A preliminary analysis(ヨルダンの労働市場に対するシリア人難民危機の影響の予備的分析・英語)』は、小規模インフォーマル企業を特徴とするヨルダン経済においてシリア人難民の流入によってヨルダン人の職場が奪われたといった影響は限定的であるものの、若者の高失業率や低生産性で質の低い仕事が一般的であるといった難民流入以前から存在していた労働市場の問題に取り組む必要性を強めることになったと結論づけています。

 より具体的な数字が入手できる時までの目安を示すことを目的として二次的データ源を用いてまとめられたこの報告書によれば、シリア人の推定労働力率(48.5%)はヨルダン人(36.5%)より高く、難民男性は農業や建設業といった伝統的にヨルダン人に人気がなかった部門でインフォーマルに働いているとされます。このような非正規就労者の増加に加え、賃金引き下げ圧力の影響が生じていると見られますが、報告書は、使用者が労働者をインフォーマルに雇い、最低賃金を下回る賃金の支払いを許している法の執行の弱さをこのような影響の原因に挙げています。ヨルダン政府はまた、難民の流入が開始されて以来、その数が2倍に膨れ上がった児童労働者(推計6万人)の9割を難民の子どもと考えており、この問題を優先事項の一つに掲げ、ILOの支援を受けて取り組みを進めています。

シリア人難民の流入以来、児童労働者が倍増したヨルダン(英語)

 報告書を執筆したカワル上級雇用専門官は、難民到着以前から相当割合のヨルダン人の就業状況が劣悪であった事実に注意を喚起して、影響に取り組む際には、尊厳をもって暮らし、生計を得る機会を与えられるべきシリア人難民の権利、ヨルダンの人々が人間らしく働きがいのある仕事の機会を与えられる必要性、そして両者が共に社会平和を享受する権利に配慮した総合的な手法を取ることを説いています。報告書は具体的に、新規雇用の創出に留まらず、◇労働条件と賃金の改善、◇インフォーマル就業対策、◇人の動きの管理の強化、◇ヨルダンの国家雇用政策の実行前倒し、◇労働市場の統治改善に向けた労働省、民間セクター、労働組合の役割強化、◇雇用創出潜在力の最大化に向けた国内政策の調整と整合性の改善を通じて労働市場の根本的な問題に取り組むことを提案しています。また、労働市場に対する難民危機の影響に取り組む即時の策としては、◇シリア人難民に対する特定部門における正規就労許可の提供、◇受入共同体における即時の雇用機会の創出、◇援助経済の雇用創出潜在力の最大化、◇投資や需要増などといったヨルダンにシリア人が存在することに基づく好影響の奨励などを挙げています。

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 以上は次の英文記者発表2点の抄訳です。