活躍する日本人職員 第5回:戸田満

戸田 満
国際労働機関(ILO)ジュネーブ本部
政策担当副事務局長室(DDG/P)「仕事の未来」事務局
ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)

略歴:東京都目黒区出身。2011年に東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程を修了、ジェンダー論や障害学および「企業の社会的責任(CSR)」を中心に学ぶ。卒業後、インド(ムンバイ)の現地民間企業、日本(東京)のコンサルティング会社でそれぞれ勤務し、主にマーケティング業務に従事。その後、2015年に社会人入学したThe London School of Economics and Political Science国際開発学部で開発マネジメント修士課程を修了、インフォーマル(非公式)経済や移民労働政策、および社会的ミッションを持った事業を営む「社会志向型企業」のビジネスモデルについて学ぶ。2017年に外務省のJPO派遣制度を通じて、ILOに入局し、現職。ILOが2019年に100周年を迎えるにあたって立ち上げた「仕事の未来(Future of Work)イニシアチブ」を統括する部署で、各種関連文書の作成や関連部署・地域事務所との調整、プロモーション活動等に従事。昨年(2017年)ジュネーブで産まれた長女の育児のため、仕事と家庭のバランスを取りながら日々奮闘中。American Marketing Association、European Social Marketing Association、Behavioral Science & Policy Association所属。

Q1.「仕事の未来(Future of Work)」事務局では、どのようなお仕事をされていますか?


はじめに、「仕事の未来(Future of Work)イニシアチブ」についてご説明します。ベルサイユ条約(1919年)によって設立されたILOは、国際連合の枠組みの中でも最古の国際機関で、2019年に100周年を迎えます。それに際して、仕事の世界の変容に対処し、ILOのミッションである「社会正義の実現」をさらに推進するために、事務局長の肝いりで2015年にイニシアチブが立ち上げられました。具体的には3つの段階を経て、100周年を迎えます。第一段階は、「仕事の未来:国内対話」です。ここでは、ILO加盟国の政府・労働者・使用者(・学識者・NGOなど)で「仕事と社会」、「働きがいのある、人間らしい、明日の仕事とは」、「仕事の組織」、「仕事のガバナンス」の4つのテーマに沿って、「仕事の未来」について国内対話を実施してもらいました。任意の要請であるにも関わらず、実にILO全加盟国の6割に近い110カ国以上から国内対話の報告書が提出されました。第二段階は、「仕事の未来:世界委員会」です。スウェーデン首相・モーリシャス大統領共同議長のもと、26名の世界的に著名な有識者により深いレベルで「仕事の未来」について話し合ってもらいます。日本からは慶應義塾大学前塾長の清家篤教授が委員として参加されています。第三段階は、100周年にあたる2019年の総会が舞台となります。国内対話・世界委員会での議論をもとに、これからの「仕事の未来」の方向性を示す100周年記念宣言が採択されることが期待されています。2018年3月現在は、第二段階の世界委員会での議論が折り返し地点に入り、これから世界委員会報告書をまとめていくという段階です。

私の所属する「仕事の未来」事務局は、「仕事の未来イニシアチブ」の全工程を統括すべく政策部門の中に位置付けられています。組織横断的なイニシアチブのため、小所帯ながら事務局の担う役割は大きいです。私は第一段階の終盤から加入したため、最初は各国から提出された報告書をまとめた「統合報告書(Synthesis Report)」の作成に携わりました。具体的には、インフォーマル経済や移民労働など特定のテーマで、統合報告書のベースとなる資料作成をしました。現在進行中の第二段階では、世界委員会の議事録や補助資料の作成に従事しています。そのほかにも、コミュニケーション担当として、第一段階の国内対話の進捗状況をILO地域事務所の担当者と調整したり、イニシアチブを対外的に広報するためにウェブサイトの改修やコンテンツ作り等にも携わっています。なかでも印象に残っている仕事は、世界委員会の事務局業務です。初回会合は2017年10月にILO本部にて全3日間の日程で行われ、各国首脳や著名なCEO・学識者・活動家など錚々たるメンバーが集いました。事務局はあくまで黒子の存在なので、議論の方向性に影響を与えないように振舞うのですが、委員の方々が仕事の未来、ひいては世界の未来をどのような視点から捉えているかを学べるのは、職務を離れて一個人としても貴重な経験でした。各委員の専門分野や経歴も多種多様であるため、百家争鳴といった感じで自由闊達に議論が展開されました。日本では「働き方改革」として長時間労働の是正や同一労働同一賃金などの「現在(いま)」の問題に焦点が当てられていますが、ILOでは、今後技術革新の恩恵や価値観の変容で働き方が多様化していく中で社会や政策はどのように対応していくべきかといった未来志向の議論がされています。「仕事の未来」事務局は人員が少ない分、1年目のジュニア・ポジションであっても、広範な仕事を任されるため、民間企業で培ったスキルも十分に活かせています。











初任者研修のメンバーと(イタリア・トリノ)

Q2.国際機関を目指すきっかけとなったことについて、教えていただけますか?


原体験のようなものはないのですが、小学生の頃から漠然と将来は国際機関で働くことに憧れていたように思います。当時は、緒方貞子さんが国連難民高等弁務官(UNHCR)として活躍されていました。テレビでも特集が組まれていて、国連の仕事に興味をもつきっかけのひとつでした。ただその後一貫して国際機関で働きたいと思っていたわけではなく、中学・高校と将来の目標は変遷しました。そして、いま国際機関で仕事をしているのも不思議なのですが、当時はなにより英語は大の苦手でした(笑)。

大学2年生の春に初めてインドに行きました。NGOの主催するスタディツアーで活動地域の農村部をまわりました。中学生のときにアメリカに親戚を訪ねて以来の海外だったので、強く印象に残っています。さまざまな点で日本とは異なるインドに魅せられ、将来は開発途上国で働きたいと強く意識するようになりました。また在学中に国際人権NGOでボランティアをした経験も、海外に意識が向かうきっかけになりました。

国際機関職員になるルートのひとつとして、外務省が日本人を国際機関に派遣するJPO制度を意識し始めたのは、就職活動がはじまる大学3年生の頃でした。JPO制度に限らず、国際機関の職員になるには3つの要件が求められることが多いです。ひとつは語学力(特に英語で、その他国連公用語)、つぎに関連分野での修士号、そして関連分野での2年以上の職務経験です。私の場合は、まず大学院に進学する前に社会人経験を積んで世の中を見てみようと思い、就職活動をしました。ただ当時はリーマン・ショックの煽りを受けてか、就職活動は連戦連敗でした。行くあてが決まらぬまま、大学4年の11月。指導教官のツテで、インドの現地ベンチャー企業に就職が内定しました。ただ当時は悩みました。開発途上のインドで働くことは良い経験になるだろうと思いましたが、職種はマーケティングで、国際機関でのフィールド業務とはかけ離れていました。逡巡の末、英語も鍛えられるだろうと思い、渡印しました。結果的には、途上国での経験は目標を再確認する契機となり、ILOに興味を持つきっかけになった児童労働の現場にも日常的に遭遇することになりました。その後は日本の民間企業も経験し、要件のひとつである修士号の取得のために、イギリス大学院に留学して開発学を学び、卒業年にJPO試験に合格しました。

いまは「仕事の未来」事務局での業務に尽力していますが、将来は「国際機関でマーケティングする」ことが目標です。やや突飛に聞こえたかもしれませんが、いくつかの国際機関では試験的に、行動科学理論と合わせてマーケティングを、資金調達であったりステークホルダーとのコミュニケーション手法に活用しています。こうした民間由来の手法や理論を、国際機関が関わる開発・貧困問題の解決にうまく援用できるような仕組みづくりに携わりたいと思っています。

Q3.最後に、国際機関を目指されている方に一言お願いします。


「随縁(縁に随う)」、これは私がイギリス留学するに際し、10年来の付き合いになる地元のお寺の住職から贈られた言葉です。受動的に響くかもしれないですが、私はこの言葉が好きです。物事は必ずしも思い描いた通りにいくとは限りません。私自身も国際機関に行き着くまでに就職活動などで紆余曲折がありました。それでも、その時そのときの縁に随って、良いように解釈して、また進めばいいのではないかと思っています。案外、思い描いたレールから外れたときこそチャンスかもしれません。

もう一言。国際機関で働いていると、周囲の日本人からは「脱・日本人化しよう」と言われることがあります。これは日本人の自己主張の弱さや英語の不得手などを揶揄しているのですが、私は必ずしも矯正する必要はないと思っています。何事も変化するということは、パレート最適(Pareto Optimal)なことはなく、見方によってはトレード・オフ(Trade-Off)、なにかを得ればなにかを失うのではないでしょうか。日本語環境で育ったからこそ、国際舞台でノン・ネイティブであることへの感受性や多様性といった面で強みが発揮されると思っています。