「仕事の未来」インタビューシリーズ 第5回

非標準的働き方の一端をうかがう

「仕事の未来」インタビューシリーズ 第5回

これまでのインタビューシリーズでお話を聞いた専門家によると、今後はいわゆる正規雇用が大幅に減少する可能性が指摘されている一方で、さまざまな働き方をする人が増えることが予想されている。今回は、フリーランスや非常勤で働いている方、地方にIターンした方にインタビューし、非標準的な働き方の一端をうかがう。

現在の職業に至るまでの経歴を簡単におしえていただけますか。


Aさん(イラストレーター):小学生の時、人と話すのが苦手だった私は、何気なく描いたねずみのイラストを級友に絶賛され、将来は絵を描く仕事をしようと決めました。美大卒業後、デザイン会社で働きましたが、クライアントの要望を理解して希望に沿ったデザインを作成することが難しく自分に向いていないと思いました。幸い当時は配偶者が経済的に支えてくれる環境にあったので、自分の描きたい絵を描こうと思い切ってフリーランスのイラストレーターに転身しました。ポートフォリオを出版社に送ったりコンペに応募したり自費で個展を開催するなどの地道な活動を続け、仕事が軌道に乗るまでかなり時間がかかりました。仕事をもらっても全く割りに合わない報酬だったことも多々あります。現在は自立できる程度の収入を確保できるようになり仕事の幅も広がってきています。

Bさん(翻訳者):翻訳の仕事をしようと決め、複数の翻訳会社のトライアルに応募して仕事を始めました。良い仕事をすると翻訳会社の担当者(コーディネーター)の記憶に残り次の仕事に繋がります。担当者との信頼関係が築けると仕事も安定します。そのためには継続して仕事を引き受けることが大切ですが、それは常に締め切りに追われているということでもあり、時々回し車を走り続けるハムスターのようだな、と思うこともあります。

Cさん(日本語教師):一般企業で働いていましたが、夫が海外転勤する可能性があり、それで退職したら再就職は難しい状況でした。何か専門的な技能を身につける必要があると思い、大学で専攻した日本語教授法を大学院で学び直しました。夫の赴任先でたまたま日本語教師の仕事をすることができ、帰国後もその経験があったおかげで非常勤ですが大学で働くことができました。現在も複数の大学で非常勤で働いています。最近は日本人大学生の日本語力低下が著しいため、敬語などのコミュニケーションや論文の書き方などを教える大学も多く、その分野で日本語教師が活躍するケースも多いです。

Dさん(自給農):「耕さず、肥料農薬を用いず、虫や草を敵とせず」を基本とする「自然農」を中心とした自給農をしています。田でお米、大豆、麦、畑では穀類と四季の野菜を、山では椎茸を育て、山菜、野草など、四季折々のめぐみも採集しています。この十年間ほとんどの時間を、広い意味で「ご飯の支度」に費やして暮らして来ました。日々のご飯やおかずは勿論、味噌、醤油、麦芽糖などの醗酵調味料や保存食、豆乳も自給しています。買い物に出掛けることはほとんどありません。インターネットは使っています。大学卒業後22年間、主に東京で外資系IT会社のサラリーマンをしていました。転職はしなかったのですが、親会社が買収され、イタリア、アメリカ、オランダへと変遷し、転職を重ねていた様な感がありました。退職する前年には日本の大企業に買収されて子会社となり、それを機会にリーマンショック前年の秋口、自己都合退職しました。一般の会社組織内での仕事は容易に務まらない性質の人間で、日本の伝統ある企業では勤まられないと感じたことが直接の退職理由でしたが、現代日本の貨幣経済中心、効率優先の大量消費社会の持続可能性に大いに疑問を感ずる様になっており、50代以降もそのような中で競争を続けることに、漠然とはしていたものの、強い拒否感も感じていました。それで、空き家になっていた田畑山も付いている妻の母方の実家で、会社勤めをしていた妻を東京の自宅に残したまま、まずは単身で田舎暮らしを始めました。遅くとも一年後には東京に戻って再就職するしかないだろう、と思いつつ始めた暮らしでしたが、自然に囲まれた田舎で暮らす日々、畑仕事は愉しく、もう東京での生活には戻りたくないと思い、無謀にも再就職は棚上げにして、二年目にはお米を作ることにしました。そのお米作りが、文字通りに「実りの多い」経験となり、諸々の困難、周囲の猛反対もありましたが、三年目からは妻にも仕事を辞めて合流してもらい、東京の家も処分して、今の様な暮らしとなりました。

報酬などの契約交渉はどのように行われるのでしょうか。ある程度の相場はありますか。

A:イラストレーターに関しては、一応相場はありますが、広告と出版とでは報酬がかなり違います。また、私は出版の仕事が多いのですが、出版社によって条件はまったく異なります。契約書を提示されることもほとんどありません。報酬も銀行口座に振り込まれて初めて金額がわかる場合もあります。仕事の依頼は出版社から直接くる場合もありますが、デザイナーから直接、発注がくることもあります。また、カレンダー等、広告の仕事をした場合、その後数年間は同業他社の仕事を受けてはならない、という暗黙のルールもあります。最近になってようやく報酬や条件についてこちらの希望を提示できるようになりましたが、いちいちうるさいことを言うなあ、と思われているのではないかと心配で、若い頃はなかなか言えませんでした。イラストレーターの権利についてもう少し理解が進むことを願っています。

B:翻訳会社によって多少の違いはありますが、まず基本的な契約書に合意し、個別の翻訳業務についてはメール・ベースで対応するのが一般的です。翻訳料の相場は概ね決まっているので、仕事が軌道に乗れば、契約で問題がおこることはあまりないと思います。翻訳の場合、市場の裾野が広いせいか、報酬額と翻訳の質が概ね一致しています。一概に言えない部分もありますが、ある程度の金額を要求する人は良い翻訳をすることが多いと言っていいと思います。それなりの実績があれば、翻訳料の値上げ交渉でもめることもありません。実力がシビアに評価される世界と言えるかもしれません。ただし一般的な実務翻訳の仕事だけで家族全員を養うのはなかなか大変だと思います。頑張っても自分ともう一人を養う位の収入が限度かと思います。

C:日本語教師だけでないと思いますが、今は非常勤であっても大学で仕事をみつけるのはとても厳しい状況です。私はいろんな所で週8コマ授業を受け持っていますが、その収入だけで生活するのは難しいです。授業の準備や答案採点などの時間も必要ですが、働いた時間としてカウントされません。しかもどんなに良い授業をしても、それが評価されて時給が上がることはありません。日本はおそらく今後もっと外国人を受け入れるだろうし、日本語教師のニーズはこれからもあると思いますが、地域の日本語教育なども、現状はボランティアに頼っています。本来は公的援助があるべきだと思いますが、これがすぐ改善するとは思えません。つまり、日本語教師の需要はあるのに待遇の改善は見込めないという状況です。このような点で今後この分野が成長することはあまり期待できないので、日本語教師をめざしている優秀な学生を見ると将来が心配です。

D:自給農ですので自分で自分を雇っている訳ですが、平たく言うと無収入です。農とは一切関わりがない地方都市の家庭で育ち知恵や技術が全くないところから始めたので、見習いレベルで「農」を現金収入に換えるのはまだ無理です。最低限の「衣・食・住」は確保されていますが、現金収入はほぼありません。田舎に移り住んだ当初数年間は、ある程度の現金収入を継続的に確保していないと精神的に不安だったので、在宅で出来る翻訳や、短期のアルバイトなどもしていました。都会で生活する程でなくとも、やはりある程度の収入は継続的に確保出来る様になろうと、グリーンツーリズム的な農家レストラン、農家民宿、6次産業的に農産物の栽培から加工販売まで一貫して手掛けて個性的な商品を作り出すことも検討していましたが、今は考えていません。現在の支出は税保険料を除くと月平均10万円に満たないですし、多少の貯えはあります。老後に入れば年金収入が発生する事を考慮すると、「今」という貴重な時間を投入して、現金収入を確保する必要性を感じなくなりました。サラリーマン時代に比べてお金は全然使わなくなりましたが、逆にQOL(生活の質)は遥かに高いと感じています。これから更に身の周りの自然、田畑がもたらしてくれるめぐみを活かす知恵と技術を磨いて行けば、日々の生活はより豊かになり、必要なお金は着実に減ってゆきます。その方が、将来の金銭的な不安を解消する為に、人と競ってお金を稼いだり、貯えている金融資産をリスクを取って運用して殖やそうと試みるよりも、遥かに確実に利回りをもたらしてくれます。そして、何よりも、今の日々の「仕事」は、心の底から愉しいです。

スキルアップはどのように行っていますか。

A:これはまったく自助努力しかありません。展覧会を見たり、他のイラストレーターと情報交換したりしています。私はイラストは手描きで、それをスキャンしてデータ化しています。パソコンやソフト等、商売道具の購入も個人だと大変です。紙や絵の具等の画材も必要です。余談ですが請求書もかなり最近まで手書きでした。一人で何でもやっているので、どうしても必要なこと以外は新しいことを取り入れるのが億劫になるのかもしれません。

B:日々の仕事が実力アップに結びつきます。常にベストの成果を心掛け、可能な限りフィードバックを得ることが大切です。翻訳チェックの仕事もしているので、他の人が訳したものを読むのはいろいろな意味で参考になります。見落とされがちですが、翻訳の仕事で何よりも大切なのは実は英語よりも日本語で、受注の有無はほぼ日本語の能力にかかっていると言っていいかもしれません。内容も千差万別で、簡単なものは一つとしてありません。また、翻訳会社の先にいる発注者がどのような成果物を望んでいるのか、思いを馳せることも大切です。機械翻訳は、マニュアルのような定型的な文章についてはかなり威力を発揮しますが、非定型の文章については、今の段階ではまだ「支援」ツールに留まっていると思います。機械翻訳が、読み手を意識して目的を持った翻訳を行える段階に達していないためです。顧客向けマーケティング資料なのか、投資家向け発表資料なのか、専門家向けニュースレターなのか、用途に応じて、原文が意図するメッセージを日本文化の中で対象読者に適切に解釈されるためにはどのような単語を選択すべきか、という判断が必要でそれが大切なのです。非定型の文書の場合は、機械翻訳を下訳として利用するのもおすすめできません。不自然な日本語に引きずられてしまい、修正するのにかえって手間がかかります。

C:旧来の一方通行の授業は早晩技術の発達によって消えていくと思いますが、学生一人ひとりの進捗状況を判断して適切に指導することは機械ではできないと思います。いわゆるアクティブ・ラーニングの手法なども自分で勉強して授業に取り入れ、生徒も楽しんで授業を受けていると思います。学会や勉強会などにも参加して日々研鑽を積んでいますが、実際の授業内容を評価する制度がないので、残念ながらスキルアップしない教師もいると思います。

D:基本は独学、自学自習です。田畑山に立ち、食卓を調える、それを継続することから日々、新たな学びがあります。ただし、新たな技術を身に付けたいときには、お手本としたい先達を探し、連絡を取り訪ねています。毎月定例の見学会を開催して、農作業の実践、暮らしの調え方をお見せして実際にやってもらったり、田でお米を育てに通って来られている方々からの問いに応ずることを通して、自らの学びを深めています。ワークショップ形式のイベントを主催したり外部のイベントに参加することもあります。

社会保障などで不利だと思うことはありますか。同業者での助け合いなどありますか。

A:最近同業者の組合のような団体に加入しました。そこが運営しているウェブサイトに情報を掲載できたり、保険組合にも加入できます。同業者とは情報交換したり、一緒に展覧会をしたりすることもあります。

B:特に不利だと思ったことはありませんが、確定申告などの手続きは気が重いです。専門家に任せるだけの余裕はないので、皆さん苦労されているのではないかと思います。

分担して訳す場合には他の訳者と訳語の統一などの調整が必要ですが、翻訳の仕事は基本的には一人で責任をもって行うものなので、不測の事態に備えて締め切りは余裕を持って設定し、とにかく毎日コツコツ仕事をするようにしています。自分で時間管理をするのはなかなか大変です。幸い締め切りに間に合わなかったことはありませんが、いつも締め切りに追われている感じがしてストレスとなっているかもしれません。

C:社会保険は国民年金と国民健康保険のみで失業保険はありません。非常勤だと何の保障もなく来年の仕事もあるかどうかわかりませんから、非常に不安定です。日本語教師ユニオンを作ろうという呼びかけはありますが、進んでいません。大学でも日本語学校でも専任になれば安定しますが、その地位につける人はとても少ないです。外から内部事情がまったくわからない業界で、同僚や先輩などとの繋がりも強く、したがって繋がりのない人がいい仕事を見つけるのは困難だと思います。

D:「農」は勿論、「芸術(料理・建築・工芸・染織)」などの分野で、自律した暮らしを営んでいる優れた方達との交流、互助関係はあり、刺激や、時には大きな助けも戴いています。

国民健康保険、年金には継続加入しています。思わぬ病や怪我に襲われることはあるでしょうが、今は精神的なストレスからも、満員電車での長時間通勤といった肉体的な苦痛からも開放されて健康的な暮らしです。日々の体調にも非常に細かく気を配るようになり、私の高血圧、高コレステロール症といった問題や、妻に至っては非常に重症だった花粉アレルギー、帯状疱疹などがほとんど治まり、他の体調不良も年を追うごとに確実に解消に向かっていることを実感しています。

この仕事をやっていて良かったと思うのはどんな時ですか。

A:経済的に恵まれた環境にあるイラストレーターはほんの一握りです。昔は不安定な仕事なので家庭を持つことをあきらめた男性イラストレーターの先輩もいました。家庭をもつ場合、パートナーは会社勤めをしているケースが多いかもしれません。経験があれば有利ですが、歳とともに仕事が減っていく傾向もあります。編集者やデザイナー等、発注する側の年齢が下がるためです。若いあいだは、雑誌の地図や占いのページなどのイラスト等の仕事があるものですが、これだけで40~50代以降もやっていけるわけではありません。どんどん若いイラストレーターが出てきますから。ですから、自分の強みとなるようなプラスアルファを見つけないと長く仕事をしていくのは難しいかもしれません。私は関心をもったことをとことん調べるのが大好きで、最近、某近代作家について調べたことを文章とイラストで表現した本を出版することになりました。これが私のプラスアルファかもしれません。そしてそのような作品を制作できるのは大きな喜びでもあります。

B:インターネットとパソコンさえあれば、いつでもどこでも仕事ができるのが最大のメリットだと思います。家族がいる場合は難しいと思いますが、ある日思い立って沖縄に住むことだって可能です。季節ごとに住む場所を変えることもやろうと思えばできます。また仕事を通して常に新しい知識を吸収することができるのも醍醐味だと思います。通常では目にすることができないような資料や、まだ日本ではあまり知られていない専門的な内容を訳す機会も多く、日々感謝しながら仕事をしています。

C:いろんな国の学生との交流を通して毎日思わぬ発見や学びがあります。希望に満ち溢れた若い学生と触れ合うのは新鮮な喜びですし、とてもやりがいを感じています。経済的にはあまり恵まれているとは言えませんし、日本語教師は仕事としては将来がないと思いますが、教育が大事な分野であることに変わりはない。もう少し範囲を広げて教育関係の仕事を続けていきたいと思っています。留学生と接していると世界は大きく動いているのを実感します。どんどん先に進んでいる。でも日本人はまだかつての栄光の時代にいると錯覚しているような気がします。

D:日々、自然の田畑に立っている時、自分の食卓(暮らし)を自ら調えている時、それぞれの時が大きな喜びです。そのように自分の時間、仕事を自分の責任で自律的に決定、実行できることが、収入は少なくとも自給的に暮らすことの最大のメリットです。日々、他の領分を侵すことなく、自分(自ずからの分(ぶん)・分け前)を生きること、自ずからの役割、務めを果たすこと、そのために、死ぬまで成長し続けることが個々人の「仕事」だと思っています。生きること、それ自体が「仕事」であり、「仕事」は生きる歓び、そのものです。

ILO駐日事務所所感:

日本における伝統的な働き方、すなわち特定の会社と雇用契約を結び、長期にわたって労働力を提供して賃金を安定的に得る、また主に職場での訓練を通じた知識・技能の向上や福利厚生、災害補償を含む国の保障を超える社会保障に支えられる雇用形態とは異なる働き方が浮かび上がったように思える。

仕事の継続受注の難しさ、仕事の対価の不安定性、技能習得のための自己負担、継続的に働くための保障制度の不足、産業促進のための公的支援の不足など、今後の雇用の多様化に伴って対処すべき課題が、インタビューでは現実の具体例として現れている。

他方で、大変印象的なのは、今回のインタビューを受けてくださった方が、それぞれ強い動機とやりがいを持って「仕事」を行い、さらに将来にわたって「仕事」を継続させるためその質を高めようとされている点である。AIの進化をはじめとする技術革新によって雇用が危機に晒されるといった議論もある中で、必要とされる仕事や価値を生み出すための努力や「仕事」自体に対する考え方の変革など、本インタビューを通じて得られる示唆は大変貴重である。