神戸大学大学院法学研究科教授・大内伸哉氏に聞く

「仕事の未来」インタビューシリーズ第3回


5月12日の労働政策フォーラム 「The Future of Work - 仕事の未来」のパネル・ディスカッションでコーディネーターをされた神戸大学大学院法学研究科教授の大内伸哉氏にお話を伺った。専門は労働法と雇用政策。厚生労働省の「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会メンバー。人工知能(AI)を代表とする技術革新によってもたらされる第4次産業革命に向けて、これからの労働法の在り方について論じた「AI時代の働き方と法 2035年の労働法を考える」(弘文堂)や、「雇用社会の25の疑問―労働法再入門―(第3版)」(同)をはじめ著書多数。

AI時代に必要な能力

―デジタル化の進行と人工知能(AI)などの技術革新に伴い第4次産業革命といわれる大きな構造変化が進行し、それに対応できる人材の育成や教育の重要性が議論されています。

大内 まず基本的な問題として指摘したいのが能力開発を考える上での日本人の発想です。日本人は苦手な分野があればそれを克服しなければならない、というような発想になりがちですが、そのような発想がそもそも問題で、長所を伸ばすことの方が大事です。たとえばこれからは機械に代替されない知的創造性を発揮して付加価値を生む仕事がますます重要になります。うまく他人とコミュニケーションがとれなくても、それを克服しなければダメと考える必要はないのではないかということです。付随的なところではなく仕事の本質に重点がいくようにすることが大事です。日本では創造性を伸ばす教育をやってこなかった、というのは共通認識だと思います。これからは創造性が付加価値を生む時代であり、労働集約的なもので生産性を上げるという時代ではなくなります。また、いま最先端の技術を持っていても、それがすぐに陳腐化していく可能性もある。新しいものに対応していけるようにしないと仕事がなくなる可能性があります。アダプタビリティー、変化に対応できる基礎能力が大切です。これからはこうした能力が大切であるということを教育の現場でも考えていく必要があるでしょう。もちろんこれは天才を養成するというようなことではありません。創造性は過去の経験や知識をふまえながらも、そこから自分で新たな問いを見つけて考えていくなかから生まれてくるものなのです。


「自学」の重要性と意識改革

大内 いま9割は雇用労働ですが、これからは半分以下になるかもしれない。逆に言うと自営が増えるということです。自営の人には企業内でのOJTはないわけで、自分で学ぶという「自学」がこれからの教育のキーワードになると思っています。いまはインターネットを通じていろんな情報が簡単に手に入り自分で学ぶ環境が整備されています。自分で学ぶという姿勢とそれを活用する努力を惜しまないことが大切だと思います。日本の企業内訓練はこれまでは非常に高度で生産性を高めることに貢献していたと思いますが、今後はそういう訓練が行われなくなるかもしれない。技術革新が早ければ、企業は人材育成に投資をすることは採算に合わなくなるからです。これからの若者のことを考えると、学校教育が果たす役割は非常に大切で、ここで基礎教育やアダプタビリティーを高め自学が大切だと教える必要がある。これまでのような教育のように既存の正解にすり寄ることだけに長けていればいいという発想ではダメなのです。日本にはすり寄る文化があります。先生にすり寄る、会社に入ると上司にすり寄る、組織にすり寄る。そしてうまくすり寄った人が勝つという構造でした。しかしこれからは、こういう人が勝てない時代がくるのではないかと感じています。大学入試も変わっていくと思いますが、自分で考えてすり寄らないでやる、そういう教育が求められると思います。

―人生100年の時代と言われていますが、すでに働いている私たちの職業人生もこれまでより長くなるかもしれません。型にはまった人たちは変わることができるでしょうか。

大内 それは意識改革しかないです。人生の中で大きな技術変化が何度も起こるかもしれません。自分のこれまでの仕事のスタイルとかやってきたことを何度も変えなければならない時が来るかもしれません。それにもかかわらず、その覚悟がまだできていない、とりあえず大企業に入ったら何とかなると思っている人がまだ多いのではないでしょうか。早く気づいて準備しなければなりません。働き方を自分のペースで管理し、キャリアは自分で築くという発想を持たないと大変なことになる。企業にすり寄って自分ではあまり考えずただ企業の言う通りちゃんとまじめに働けば雇用が保障されるというのとまったく異なる時代が来るのです。会社にどっぷり浸っているのはダメです。長時間労働の一番の問題は考える時間を失うことです。自分のキャリア設計、将来の人生の設計図などを考える時間が必要です。仕事とは人生、生き方の問題だと思うのです。自分の人生の限られた時間の中に仕事をどのように割り振るのか、自分主体で設計していくという発想が大切です。時間単位でも日にち単位でも、何十年という単位でも、この年齢の時にはこういうことをやる、こんな仕事をやる、ボランティアをやる、地域活動をやる、何でもいいのですが、自分なりの設計を立てる、そういうことをやらなければならない。

―優秀な人であれば変化に対応して将来設計を変更できるかもしれませんが、みんなができるわけではない。全員が変わることはできるのでしょうか。

大内 受験競争を勝ち抜いた大学出の優秀な人ほど危ないと私は思っています。東大受験をめざすAIの開発プロジェクトがありました。偏差値57までいき、それは半分以上の人間がAIに負けたということを意味しています。大卒で給料の高いホワイトカラーがやっている仕事を分析すると、定型的な仕事が多くそんなにクリエイティブな仕事はしていない。そういう仕事はAIでやれるわけで、ホワイトカラーが仕事を失う可能性が高いと思います。逆に暗記などは苦手で受験には不向きだったけれど、他人の気持ちをうまく理解できる能力に長けているような人のほうが、AIが苦手とするヒューマンなサービスを提供できるので、これからの活躍が十分に期待できます。つまり、これまでの社会的な成功モデルが大転換するということです。明治維新後の「武士の商法」ではありませんが、エリート意識ばかり高く時代の変化について行けなければ,たちまち社会の底辺に転落してしまう可能性があるのです。そのことに、特に大卒エリートたちに早く気づいてもらいたいと思っています。

自営的就労に対するサポート

―ICTの活用によって、働く場所と時間が自由になり、特定の企業との従属関係をもたない自営的就労を選択する人が増加すると言われていますが、このような働き方をする人をどのように支援すればいいのでしょうか。

大内 自営は従属性という要素がないので基本的に労働法の対象ではありません。従属性には2つあり、企業の指揮命令下にあって働く使用従属性(あるいは人的従属性)と、契約関係に対等性がない経済的従属性です。両方の従属性があるのが典型的な雇用労働者で、だから保護の必要性があり労働法で守られています。自営的就労の場合、ある種の経済的従属性が生まれたとしてもいまは自己責任で片付けられているのですが、それでいいのか、という問題提起をしたい。産業革命後、なぜ労働法ができたのか、たしかに劣悪な就労環境で働く労働者を保護しなければならないという人道主義的発想でやったという面もあります。しかし大きな理由は経営者側のロジックなんです。当時、産業はどんどん広がり労働力はいくらでも必要だった。そういう時に労働者を酷使して、児童労働もあって子どもが健康を害している。労働安全衛生基準もない時代ですから、有害な物質の中で長時間働かされて、学校にも行かせてもらえない、そんな状態で幸福な人生はおくれません。これではいけない、やっぱり持続的な健康な労働力が必要だ、という経営者のロジックで労働法ができたのです。今後、自営的就労者が5割6割と増えてくると、その人たちが働く労働市場は巨大なものになり、そこが良好で安心して働ける市場になっていないと経済にとってマイナスです。自営的就労者が増えるのであれば、そういう人たちが働きやすく経済活動がしやすくなるような環境を作ることが国の経済にとっても必要なことになる。だから政府が関与して安心して契約を結べるよう、契約条件を開示するとか、不公正な契約を規制するとか、契約におけるルールを明確に整備していく必要があると思います。

大内 自営的就労には3パターンあります。1つは仮想自営業者、これは経営者から「明日からお前は業務委託契約だ」などと言われて契約を切り替えられ、社会保険からも外されるけれども実態は何も変わっていないというパターン。2つ目は自営で働いているが特定の企業と継続的に取引し、経済的に依存関係、従属性が出てくるパターン、私はこれを準従属労働者と呼んでいます。3つ目が本当の純然たる真正な自営就労者。このうち最初の仮想自営業者は法的には労働者として扱うことで解釈上もまったく問題ありません。準従属労働者はちょっと考えなくてはなりませんが、労働者類似のものという特別な概念で雇用労働者に準じて扱うといったアプローチがありえます。最後の真正な自営就労者が今後の課題です。政府が対応する必要があるのかという点も含めて議論する必要がある。自己責任だとかパターナリズムはいらないという話になると何もしなくていいということになってくるが、それではいけないと思っています。自営的に働く人は、現在の社会保障システムの中で非常に弱い立場にあって、健康保険や年金、労災や雇用保険など労働者とははっきりとした格差があります。過剰に雇用労働者を優遇している制度に見えなくもない。セーフティネットはできるだけ平等に張るべきで、社会保障システムは根本的に見直すことが必要でしょう。

キャリア権と転職力

大内 セーフティネットには2つあって、1つは貧困状態に陥った時にどうサポートするか、そしてもう1つが陥らないようにすることです。陥らないようにするためには教育が大切ですが、そこで重要なのがキャリア権という理念です。すべての国民が働き方に関係なく充実した職業キャリアを送り幸福を追求できるように政府がサポートすることが重要で、それこそが真のセーフティネットだと考えています。労働法の発想は、労働者は弱者なので保護しなければならない、というものですが、これからは弱者にならないようにするための政策に力をいれるべきではないかと思います。具体的には転職力を身につけるための政策です。ブラック企業に入ってしまっても脱出できるだけの転職力があれば悲惨な状況に陥りません。ただ、人生全体をみれば、そもそも働くことがすべてではありません。たとえば女性活躍促進法というものがありますが、女性を労働力として活用する方向に政府は誘導しすぎてはいけません。この法律で女性本人の意思の尊重が言われているのは、そのためでしょう。社長になりたいか社長夫人になりたいか、それは等価なのではないか、ということです。もう一点女性の就労に関して言えば、ICTの活用によるテレワークというのは、やはり女性にとって働きやすい環境を作るのだと思います。最近はだいぶ変わってきていますが、女性が相対的には多く家事を負担しているのは、事実としてあるわけで、その現実の中で在宅で育児をしながら、あるいは介護をしながら働けるという状況をICTは可能にします。

―セーフティネットとして最近注目されているベーシック・インカム(税制による所得再配分)は実現可能でしょうか。

大内 現在の社会保障給付をベーシック・インカムに振り向けても、十分な生活水準を支えるだけの額にはらなないという試算もあるようです。ただ将来、AIやロボットが人間の仕事をどんどん奪っていったら、人間には労働所得でお金が入ってこなくなります。そうなったら何らかの形で政府が保障をしなければならないでしょう。機械が生み出した価値を分配することが必要になってくるでしょう。それをベーシック・インカムという形にするのかどうかはわかりませんが、必要な人に適切にお金が行ってその人たちのディーセントな生活が保障されるという政策をいかにして実現するかが重要ではないかと思っています。

緩やかな連帯

―自営的就労者の利益はだれが代表するのでしょう。従来の労働組合ではむずかしいと思うのですが。

大内 自営的就労の場合は基本的に労働組合的な団結とは違うと思いますが、同じ職業的な利益をもつ人たちが集まって情報共有団体のようなものを作るということはありえるでしょう。そこで、発注側に立つ人(企業)との間で、自分たちはこういう条件でやります、というような交渉をやることもあると思います。しかしこれをあまりやりすぎると独禁法違反になるかもしれません。たとえば取引を受注する時に、我々はこれ以下では受注しませんとなると、その集団が結構大きくて市場を支配するくらいになっていたら、独禁法違反になる可能性があるわけです。労働組合はもともと労働者のカルテルですが、労働者は弱い存在なので特別にそれが許されています。自営的就労者は「基本的には弱い」という要素がないので、カルテルの問題はでてきます。ただ、中小企業協同組合などの例外もすでにあるので、これは今後の立法上の検討課題となるでしょう。いずれにせよ人々が生きていく上でも働いていく上でも、誰かと連携するというのは基本的に常にあるわけで、そういう連帯は必要となるのだろうと思います。

ソフトな規律

大内 ILOは政労使三者構成が基本ですが、自営的な就労が増えてくると、労も使もないわけです。今後ILOにとって大切なのはILOのI、インターナショナルの方です。これから先もグローバル化の時代ですので、グローバルなネット社会における国際的な規律、もっと市場オリエンテッドとなる中でルールを作っていくことが大切ではないでしょうか。今は自営的就労について何のルールもないわけですが、契約を結ぶ時にはこういう条件を開示しなさいとか、こういう条項を盛り込んではいけませんというような、緩やかな、決して行政による監督とか罰則とかそいういうもので規制するのではない、ソフトな規律が大事になってくると思います。L、従属労働、レーバーに関わる労使対立構造は基本的にあるものですが、そこをどう乗り越えていくのかにILOの将来の命運がかかっているように思います。

〔2017年6月収録〕

※参考文献
本インタビューで論じられている点の詳細につきましては、大内先生のご著書「AI時代の働き方と法 2035年の労働法を考える」(弘文堂)をご参照ください。