NIRA総合研究開発機構理事 神田玲子氏に聞く
「仕事の未来」インタビューシリーズ第2回
5月12日の労働政策フォーラム 「The Future of Work - 仕事の未来」でパネリストとして登壇した神田玲子NIRA総合研究開発機構理事にお話を伺った。神田理事は、AI関連プロジェクトのとりまとめを含むNIRA総研の研究全般のコーディネーターを担当し、上記フォーラムでは、AI時代における雇用・働き方についての研究成果を報告した。関心領域は経済社会政策一般。

神田 日本に限った話ではありませんが、製造業による産業化までは大きな成功を収めたのに、サービス経済化には失敗したと言っていいと思います。サービス業の生産性は低く、低賃金で長時間労働が強いられているのが現状です。なぜサービス経済化に失敗したのか。原因はいろいろありますが、一つには個人の意識が製造業の働き方から変わっていないことがあると思います。組織のために貢献するという意識は製造業には適していますが、サービス業は規格化しにくいので、一人ひとりの働きぶりが問われます。頑張った結果は自分に返ってくるのだという意識を各自がもたないと、最後の踏ん張りが発揮できないと思うのです。製造業の企業優先、組織優先の働き方から、個人が自分なりのサービスを提供し、それに見合う報酬をもらうという意識に変えていく必要があります。これは日々の働き方の話ですが、キャリア形成という点からも、デジタル経済化が進む中、自分でキャリアを積んで、どういう風に自分をブラッシュアップしていくのか、という自分の問題として捉えていくことが、ますます重要になっていきます。とくに大企業で働いている人の場合は組織のことばかり優先してしまい、いろんな機会があってもアグレッシブに吸収しようとしない。そうした意識を変えるためにも、もっと人材の流動化をすすめて個人を取り巻く職場環境を変えていくことが効果的だと思います。いくらお金をつぎ込んで教育訓練を行っても本人にその気がないとあまり成果があがらないですね。
―しかし現実はすべての人がバリバリ働きたいと思っているわけではない。あまり向上心のない人の意識改革はどうすればいいのでしょう。
神田 難しいところですが、優秀なのに向上心がなくて残念だね、という話は意外と多い。それは、社会の仕組みのせいだと思っています。向上心を発揮した方が理に適う仕組みにすればよい。働く人が自主的に仕事に取組み、成功体験から自信をつけていくことが必要で、そのためには一人ひとりにチャンスを与えていくことしかありません。与えられたチャンスに応えるか応えないかは個人の選択ですが、機会を常に与えていくのは組織や社会の役割だと思います。海外経験のある人や日本人以外の人も採用するだけでも、日本人だけの横並び意識で縮こまっている必要はないと気付くのではないでしょうか。
―AI時代は人間とコンピューターが協働して仕事をしていくことになり、人間は創造性とかコミュニケーション能力がますます必要だと言われていますが、そのような人材を育成していくために公的機関は何ができるのでしょうか。
神田 そもそもAI時代にどのような能力が人には必要なのか、公的な研究機関がもっとしっかりと研究を行うべきでなかいかと思ってます。コンピューターと一緒に仕事をしていく上で人間は何をカバーしなければならないのか、まだ十分研究されていないと思うのです。創造力も必要ですが、全員が必要なわけではない。3割位の人は創造的にアイディアをどんどん出していけばいいけれど、たとえばコンピューターが判断していることをチェックして、なぜコンピューターがそういう結論に至ったのか解釈する人も必要で、これはそんなに目新しい創造力が必要じゃない。フェイクニュースが問題になっていますが、機械は正しいと簡単に信じてしまうようなところが人にはあるし、ネット世界でのいじめの問題もある。本当に人間にとってプラスになるように、どうすればスマートフォンを使いこなせるのか、という研究があってもいい。技術系だけでなく人文社会科学系の人も一緒になって、どういう人間がコンピューター時代に強いのか、人間としての良さを発揮できるのか、研究をしてもらいたいですね。単に所得の低い人にコンピューターを与えるだけでなく、どういう教育をすれば正しくコンピューターを使いこなせるようになり、高い所得が得られるようになるのか、を広めることも大切です。いずれにしても義務教育や企業教育の中で、コミュニケーション能力を含めたコンピューター時代に必要な能力をどういう風に活かしていくのか、今すごく問われていると思います。
アメリカのオーネット(O*NET)を見ると、職業別に、どういうスキルが必要かとても詳しく情報が載っています。そうしたデータが提供できるのも、職業に関するエキスパート、つまり、この職業にはどういう能力が必要かという全体像を描けるような職業アナリストがいるためだと思います。日本にも、そういうエキスパートがもっとたくさんいても良いと思います。優秀な人でも、情報が不足していると、一見、面白そうだなっていうだけで、衰退産業に入ってしまうこともある。この職業は賃金はどの位で具体的にどんな仕事をしていてどんな能力が求められているか、そういう情報が日本にはあまりない。アメリカは、そういう情報の提供も政府の仕事として積極的に行っています。転職する場合に第三者的な情報は本当はとても必要なのです。日本でも、数は少ないですが、職を斡旋をしているプロはいます。そういう人に、どういう人材を求めているのか、こちらの希望を伝えると、ズバッとこういうタイプの人ですね、と期待通りの反応をしてくれます。労働市場が流動化していくこれからの時代、マッチングの重要性はますます高まっていきますので、そういう人材や情報をもっと充実させる必要があると思います。これまでのように、安全・安心思考で大企業に行くのが一番、というだけでなく、もう少しリスクをとれるように情報を開示しつつ、個人がどういう風にキャリアを形成できるのか、その可能性を見せないとどうしても安全思考になりますね。
神田 よく言われているのが弁護士業で、AIに判例を調べさせることでその業務量が劇的に短縮したという例もあり、今までにないことが生まれる可能性があるかもしれません。中小企業の方が雇用形態など自由に変えられると思うので、IT企業などで時間にとらわれない新しい働き方のモデルケースを作れないかな、と思っています。今の働き方改革は、働く時間を短くするというだけですよね。早く帰りましょうとか、無駄な会議が多いから短くしましょうとか。それって能力に関係ない。AIを導入することで仕事の質が上がったり付加価値が付いたりしたら、それが成果として報酬や賞与などで自分に返ってきたり、早く帰宅して趣味やネットワーク作りに使ったり、自分に返ってくる仕組みがないと、AIを導入しても足かせになるだけです。製造業的な時間給の考え方は時代にそぐわなくなっていると思うのですが、まだ、時間で考える習慣から脱していません。働いた時間ではなく成果が大事、決められた仕事を期日までに仕上げてください、その評価はこのようにします、と明確に決められればいつどこで働いても良いわけで、テレワークも意味があると思います。
FinTechやブロックチェーンなどの動きを見ていると、非常に優秀な人たちが数名でアパートの一角でビジネスをやっていて、単なる下請けではなく大企業と対等に仕事をしている。こういう動きがもっと日本で見られるようになると、社会のあり方そのものが変わってくると思います。大企業にない技術を小さな会社がもっていて、本当に対等な関係ができる。そういう外にいる優秀な人が企業の中に入ってきて雇用関係を持ちまた出て行く、というような新しい働き方を起爆剤にして、社会のフラット化をすすめていきたいと思っています。
神田 フリーランスの仕事には波があって、仕事が来なくなったり、繁忙期に人手が足りなくて納期に間に合わなくて信頼を失ったり、いろんなリスクがあります。自主的な組合、互助会のような、気軽に助け合えるような組織、自分たちで保険も作って、失業したり病気になった時にある程度の収入が保障されるような、そういうつながりがフリーランスの人にもあって良いと思いますね。かつての農協のように、最新の技術を教え合ったり、どういうところにどういう仕事があるのか情報を共有したりしながら働けるようなネットワークができると良いと思います。フリーランスの人たちの集まる地域でそういうものを作っても良いですね。自営業者って地域に住んで地域で仕事をするので、いざという時に守ってくれる地域の顔でもある、社会的な役割も帯びているので大切です。ネットワークで支えていけると良いですね。
―セーフティネットの充実や地域間の格差是正には何が必要でしょうか。
神田 介護や心の問題などいろんな理由でどうしても外に出て働くことができない人たちがいますが、こういう人たちを複数の専門家チームでサポートしていく体制づくりも必要だと思います。人と関わることが苦手でひきこもっているような人を地域の力でサポートできないかな、と思うのですけどね。AI時代ですから、人と話すことが苦手なら、人と関わらなくてもできる仕事はたくさんあると思うのです。そういう人の背中を押すために、自分の余っている時間で副業的なボランティアのような形でサポート活動に関わっていく人が増えると社会の厚みも増していくと思います。
シェアリング・エコノミーのような、自分の余っている時間で副業的な仕事をするゆるい働き方は、地方の活性化に役立つのではないかと思います。移動コストをとにかく安くして、週末だけ都会から地方に行って儲からなくてもいいから自分の好きなコトをする。空き家を安くシェアできるようにしたり、農業をしたり観光案内をしたり、いろいろできると思うのです。FinTechの技術を使えば、月に何回か来る人の交通費を安くすることも簡単にできるのでもっと工夫すればいいのにな、と思います。
〔2017年5月収録〕

サービス経済化と人材育成
―デジタル経済時代の到来で人材育成の必要性がますます高まっているように思われます。神田 日本に限った話ではありませんが、製造業による産業化までは大きな成功を収めたのに、サービス経済化には失敗したと言っていいと思います。サービス業の生産性は低く、低賃金で長時間労働が強いられているのが現状です。なぜサービス経済化に失敗したのか。原因はいろいろありますが、一つには個人の意識が製造業の働き方から変わっていないことがあると思います。組織のために貢献するという意識は製造業には適していますが、サービス業は規格化しにくいので、一人ひとりの働きぶりが問われます。頑張った結果は自分に返ってくるのだという意識を各自がもたないと、最後の踏ん張りが発揮できないと思うのです。製造業の企業優先、組織優先の働き方から、個人が自分なりのサービスを提供し、それに見合う報酬をもらうという意識に変えていく必要があります。これは日々の働き方の話ですが、キャリア形成という点からも、デジタル経済化が進む中、自分でキャリアを積んで、どういう風に自分をブラッシュアップしていくのか、という自分の問題として捉えていくことが、ますます重要になっていきます。とくに大企業で働いている人の場合は組織のことばかり優先してしまい、いろんな機会があってもアグレッシブに吸収しようとしない。そうした意識を変えるためにも、もっと人材の流動化をすすめて個人を取り巻く職場環境を変えていくことが効果的だと思います。いくらお金をつぎ込んで教育訓練を行っても本人にその気がないとあまり成果があがらないですね。
―しかし現実はすべての人がバリバリ働きたいと思っているわけではない。あまり向上心のない人の意識改革はどうすればいいのでしょう。
神田 難しいところですが、優秀なのに向上心がなくて残念だね、という話は意外と多い。それは、社会の仕組みのせいだと思っています。向上心を発揮した方が理に適う仕組みにすればよい。働く人が自主的に仕事に取組み、成功体験から自信をつけていくことが必要で、そのためには一人ひとりにチャンスを与えていくことしかありません。与えられたチャンスに応えるか応えないかは個人の選択ですが、機会を常に与えていくのは組織や社会の役割だと思います。海外経験のある人や日本人以外の人も採用するだけでも、日本人だけの横並び意識で縮こまっている必要はないと気付くのではないでしょうか。
―AI時代は人間とコンピューターが協働して仕事をしていくことになり、人間は創造性とかコミュニケーション能力がますます必要だと言われていますが、そのような人材を育成していくために公的機関は何ができるのでしょうか。
神田 そもそもAI時代にどのような能力が人には必要なのか、公的な研究機関がもっとしっかりと研究を行うべきでなかいかと思ってます。コンピューターと一緒に仕事をしていく上で人間は何をカバーしなければならないのか、まだ十分研究されていないと思うのです。創造力も必要ですが、全員が必要なわけではない。3割位の人は創造的にアイディアをどんどん出していけばいいけれど、たとえばコンピューターが判断していることをチェックして、なぜコンピューターがそういう結論に至ったのか解釈する人も必要で、これはそんなに目新しい創造力が必要じゃない。フェイクニュースが問題になっていますが、機械は正しいと簡単に信じてしまうようなところが人にはあるし、ネット世界でのいじめの問題もある。本当に人間にとってプラスになるように、どうすればスマートフォンを使いこなせるのか、という研究があってもいい。技術系だけでなく人文社会科学系の人も一緒になって、どういう人間がコンピューター時代に強いのか、人間としての良さを発揮できるのか、研究をしてもらいたいですね。単に所得の低い人にコンピューターを与えるだけでなく、どういう教育をすれば正しくコンピューターを使いこなせるようになり、高い所得が得られるようになるのか、を広めることも大切です。いずれにしても義務教育や企業教育の中で、コミュニケーション能力を含めたコンピューター時代に必要な能力をどういう風に活かしていくのか、今すごく問われていると思います。
横断的な専門性とジョブ・マッチング
神田 すべての人が主体性もコミュニケーション能力も問題発見能力もなんでも兼ね備えているというのはちょっと現実的ではありません。やはり各自の能力に合った仕事はこれだ、というマッチングが必要になっていくと思います。そういう研究も公的な機関や大学の先生にやっていただくと良いと思います。プロフェッショナルというと縦割りのイメージが強いと思うのですが、もちろんある分野の専門性も大切ですが、これからは横割りの専門性が必要だと思っています。たとえば人と人を繋ぐネットワーク力が重要だと言われていますが、それって縦割りからは生まれない。コンピューターの検索機能のようにすべての分野を編集していく、繋いでいくというのは横断的な能力ですよね。私は横断的な専門性というのをどんどん作っていく必要があると思っています。そういう専門性がいろんな分野に入って横で繋げていくことができれば、産業を変化させていく力になりますし、人も産業を越えて横断的に動けるようになると思うのです。AIがまさにそれを行っているのですが、同じように人間の専門性ももっと横断的なものがあって良いと思っているのです。縦型と横型が合わさった能力のある人ってすごく強い。どこに行っても使える人材だと思います。アメリカのオーネット(O*NET)を見ると、職業別に、どういうスキルが必要かとても詳しく情報が載っています。そうしたデータが提供できるのも、職業に関するエキスパート、つまり、この職業にはどういう能力が必要かという全体像を描けるような職業アナリストがいるためだと思います。日本にも、そういうエキスパートがもっとたくさんいても良いと思います。優秀な人でも、情報が不足していると、一見、面白そうだなっていうだけで、衰退産業に入ってしまうこともある。この職業は賃金はどの位で具体的にどんな仕事をしていてどんな能力が求められているか、そういう情報が日本にはあまりない。アメリカは、そういう情報の提供も政府の仕事として積極的に行っています。転職する場合に第三者的な情報は本当はとても必要なのです。日本でも、数は少ないですが、職を斡旋をしているプロはいます。そういう人に、どういう人材を求めているのか、こちらの希望を伝えると、ズバッとこういうタイプの人ですね、と期待通りの反応をしてくれます。労働市場が流動化していくこれからの時代、マッチングの重要性はますます高まっていきますので、そういう人材や情報をもっと充実させる必要があると思います。これまでのように、安全・安心思考で大企業に行くのが一番、というだけでなく、もう少しリスクをとれるように情報を開示しつつ、個人がどういう風にキャリアを形成できるのか、その可能性を見せないとどうしても安全思考になりますね。
新しい働き方と社会のフラット化
―サービス業の生産性が低いというお話が出ましたがAIで改善することはできるでしょうか。神田 よく言われているのが弁護士業で、AIに判例を調べさせることでその業務量が劇的に短縮したという例もあり、今までにないことが生まれる可能性があるかもしれません。中小企業の方が雇用形態など自由に変えられると思うので、IT企業などで時間にとらわれない新しい働き方のモデルケースを作れないかな、と思っています。今の働き方改革は、働く時間を短くするというだけですよね。早く帰りましょうとか、無駄な会議が多いから短くしましょうとか。それって能力に関係ない。AIを導入することで仕事の質が上がったり付加価値が付いたりしたら、それが成果として報酬や賞与などで自分に返ってきたり、早く帰宅して趣味やネットワーク作りに使ったり、自分に返ってくる仕組みがないと、AIを導入しても足かせになるだけです。製造業的な時間給の考え方は時代にそぐわなくなっていると思うのですが、まだ、時間で考える習慣から脱していません。働いた時間ではなく成果が大事、決められた仕事を期日までに仕上げてください、その評価はこのようにします、と明確に決められればいつどこで働いても良いわけで、テレワークも意味があると思います。
FinTechやブロックチェーンなどの動きを見ていると、非常に優秀な人たちが数名でアパートの一角でビジネスをやっていて、単なる下請けではなく大企業と対等に仕事をしている。こういう動きがもっと日本で見られるようになると、社会のあり方そのものが変わってくると思います。大企業にない技術を小さな会社がもっていて、本当に対等な関係ができる。そういう外にいる優秀な人が企業の中に入ってきて雇用関係を持ちまた出て行く、というような新しい働き方を起爆剤にして、社会のフラット化をすすめていきたいと思っています。
フリーランスの自主的な組織化
―本格的なAI時代になるとフリーランスで働く人がどんどん増えると言われていますが、そういう人を支える制度が不足しているように思われます。神田 フリーランスの仕事には波があって、仕事が来なくなったり、繁忙期に人手が足りなくて納期に間に合わなくて信頼を失ったり、いろんなリスクがあります。自主的な組合、互助会のような、気軽に助け合えるような組織、自分たちで保険も作って、失業したり病気になった時にある程度の収入が保障されるような、そういうつながりがフリーランスの人にもあって良いと思いますね。かつての農協のように、最新の技術を教え合ったり、どういうところにどういう仕事があるのか情報を共有したりしながら働けるようなネットワークができると良いと思います。フリーランスの人たちの集まる地域でそういうものを作っても良いですね。自営業者って地域に住んで地域で仕事をするので、いざという時に守ってくれる地域の顔でもある、社会的な役割も帯びているので大切です。ネットワークで支えていけると良いですね。
そこそこの生活という選択肢、分配
神田 国際競争力をもっとつけるためにグローバルに活躍する人材が求められていて、そのためにも今の人事システムを変えていく必要があるのですが、もちろん国内で安心して働きたいという層があって良いと思うのです。まじめに働けばそこそこの生活ができる。自分で選べるようにすれば良いと思う。AIの時代は、たとえばビッグデータのようにいろんなデータが自動的に電子化されて生産性はあがる。それをどのように分配するか。企業からすれば機械化の導入で従業員の数は減らせる。今まで10人でやっていたことを1人でやってもらえて今までと同じ儲けがあります、というときに、その儲け分が賃金として働く人にも分配されていいはずです。賃金が上がらなくて嫌なら辞めてください、他からもっと低賃金の人をさがしてきます、というような市場原理を持ち込むのも限界があると思うのです。労働市場では働く人の質は正しく評価されない。その人なりの能力、経験とかチェック能力とかいろいろあるはずですが、機械が9割の仕事をやっているとその人の質は機械の裏に隠れてしまってわからないわけです。安心な仕事であっても、人間がしている1割の仕事をきちんと評価して賃金に反映させなければならないと思います。そのためにも利益分配について労働者と使用者が対等に話せる仕組みは必要ですし、そもそも労働者に利益のうちのどの程度を分配するのか、理論的な根拠も必要だと思います。労働者を軸とした政策、労働者が自立していくための政策を提示できていないと思うのです。そのための理論的な枠組みをグローバルな文脈で出していくことがすごく重要で、ILOのような国際機関に期待しています。それを日本の文脈でどうとらえるのかは日本の学者の仕事だと思いますが、日本の学者がもっとグローバルな場で議論に参加できる機会を作ってもらえるとありがたいですね。
多様なゆるい働き方
―セーフティネットの充実や地域間の格差是正には何が必要でしょうか。神田 介護や心の問題などいろんな理由でどうしても外に出て働くことができない人たちがいますが、こういう人たちを複数の専門家チームでサポートしていく体制づくりも必要だと思います。人と関わることが苦手でひきこもっているような人を地域の力でサポートできないかな、と思うのですけどね。AI時代ですから、人と話すことが苦手なら、人と関わらなくてもできる仕事はたくさんあると思うのです。そういう人の背中を押すために、自分の余っている時間で副業的なボランティアのような形でサポート活動に関わっていく人が増えると社会の厚みも増していくと思います。
シェアリング・エコノミーのような、自分の余っている時間で副業的な仕事をするゆるい働き方は、地方の活性化に役立つのではないかと思います。移動コストをとにかく安くして、週末だけ都会から地方に行って儲からなくてもいいから自分の好きなコトをする。空き家を安くシェアできるようにしたり、農業をしたり観光案内をしたり、いろいろできると思うのです。FinTechの技術を使えば、月に何回か来る人の交通費を安くすることも簡単にできるのでもっと工夫すればいいのにな、と思います。
仕事ってなに?
神田 仕事って個人のプライベートでもあるけれども、やはり「公け」につながるものでもあると思っています。プライベートとパブリック、この二つは、ある意味では二項対立の関係で全然違うものですが、仕事という一つのことを通じて両者を同時に経験できると思うのです。仕事は自分にとっては人生でもありどう生きたかという証でもあるのですが、一方で社会に対してどう関わってどんな影響を与え、どのような影響を受けたかということでもあります。仕事は自分でもあり社会でもある。NIRAという職場で、社会にインパクトのある活動をやり、それが自分にとってどういう意味を持つのか、という視点も持ちながら、社会の大きな流れに対して積極的に役割を果たしていきたい、と思っています。〔2017年5月収録〕