ILO専門家考察~『太平洋島嶼国におけるグリーン・ジョブの促進活動』
こちらの記事は、ILO太平洋島嶼国事務所ディーセント・ワーク戦略専門家による考察であり、日本ILO協議会が発行する「Work & Life」2018年第1号に、ほぼ全文が掲載される予定です。
1.太平洋の島嶼国
グリーン・ジョブは国や地域によってその課題とアプローチが異なる。例えば、私が以前勤務していた2000年前後の中国では、二酸化炭素を多く排出する生産性の低い国営企業の閉鎖を進めていた。グリーン・エコノミーへの移行を進めるためにも必要な政策であった。こうした国営企業閉鎖に伴う失業対策は重要政策課題で、ILOも一時帰休労働者の自営業への転換促進事業を通じてこの政策課題に貢献した。こうした経験を踏まえ、太平洋諸国で現在ILOが取り組んでいる違う種類のグリーン・エコノミーへの移行の課題とアプローチを紹介したいと思う。
太平洋にあるILO加盟国は、パラオ、マーシャル諸島、キリバス、ツバル、パプア・ニューギニア、ソロモン諸島、バヌアツ、フィジー、サモア、トンガ、クック諸島、全部で11カ国、人口は地域全体でおよそ1000万人である。小はツバルの1万1千人。大はパプア・ニューギニアの700万人までばらつきが大きい。伝統的にメラネシア、ポリネシア、ミクロネシアという区分があるが、天然資源に恵まれたパプア・ニューギニアやソロモン諸島から漁業権以外にほとんど外貨収入源を持たないキリバス、ツバルなど、経済の成り立ちは多様である。また、歴史・経済的なつながりで見ると、北太平洋のパラオやマーシャル諸島はアメリカと、またポリネシア諸国はニュージーランド、メラネシア諸国はよりオーストラリアとの深いつながりを持っている。
2.太平洋の国々から見たグリーン・ジョブとは
グリーン・ジョブの定義についてはILOの本部レベルでの議論に任せるとして、ここでは国レベルでの取り組みから「太平洋諸国でのグリーン・エコノミーを支える仕事」と捉えて話を進めたいと思う。国連は今年から2030年へ向けて「持続可能な開発目標」を設定した。その重要なコンセプトは“Leave no one behind”「誰も開発から取り残さない」ということである。このコンセプトは国際社会における経済的影響力の小さな島嶼国にとって、とても重要である。世界的に見て島嶼国が環境に与える負担は微々たるものなのに、なぜ大きな影響を被らなければならないのか。国際社会は島嶼国の人たちの憤りに十分に答えていない、気がついていない。
こうした島嶼国の声を反映させるため、2017年11月にドイツで開催されたCOP23の議長国にフィジーが選ばれたのは、気候変動・環境問題について島嶼国への関心の高まりと島嶼国の自覚の深まりを示していると言える。では太平洋諸国でグリーン・エコノミーを支える仕事とは、いったい何なのか、環境保全(Mitigation)に係わる仕事と、気候変動への対応(Adaptation)に係わる仕事に分けて、ILOの具体的な取り組み例を紹介する。
3.環境保全に係わるグリーン・ジョブ
まずはじめに、環境保全に係わるグリーン・ジョブの推進例として、ILOがJICAと技術協力協定を結んで、太平洋地域で固形廃棄物処理を促進している例を挙げたい。通称J-PRISMと呼ばれるJICAプロジェクトで、第一フェーズは2012年から2016年に実施された。このプロジェクトを通じてILOはWork Adjustment for Recycling and Managing Waste (WARM)研修プログラムを開発し、生活ごみの回収作業員の労働安全衛生の改善を行なった。実施にあったって、参加国のごみ処理組織の担当者を集め地域レベルで研修をで行い、その後参加した各国担当者はそれぞれの国で作業員に対して労働安全衛生訓練を行った。地域レベルの研修に参加したフィジーの担当者は、その後、J-PRISMを通じてWARMトレーナーとして他の国からの研修要請にも応えている。
2017年にJ-PRISMの第二フェーズが立ち上がり、5月にはILOとJICAの間で新らたな技術協力協定が結ばれた。今回は、労働安全衛生に加えて雇用機会を増やすことにもつなげようと、現在計画中である。そのひとつが、フィジーでの車の廃棄処理に関するプロジェクトである。2012年時点で、フィジーの車の増加数は年2000台ぐらいと予測されていた。しかし実際は予測をはるかに上回り、2015年以降毎年8000台ずつ増え続けている。その主な原因は、政府がガソリン消費量の少ないハイブリッドカーを比較的安く輸入できるようにしたため、購買層が広がり、消費に火がついたためである。新たに登録された車の約半数は日本からの中古車である。
2020年代になると使用済みの車が大量に廃棄されるはずで、処理需要の拡大に伴って自動車廃棄処理産業における雇用機会も増えると予想される。ハイブリッドカーに使われるリチウムイオン電池は必然的に増え続ける。現在、フィジーは従来のエンジン車で使われている鉛電池は処理・再生できるが、リチウムイオン電池の処理能力は備えていない。その廃棄については、まだ行政的指針も示されていないままハイブリッドカーは増え続けている。車も電池も、適正に処分されなければ、放置されることになる。そうなれば小さな島国の環境への影響は甚大なものになると予想される。この問題に着目し、ILOは増加の見込まれる車の廃棄事業で働く人のディセント・ワークを促進しようとしている。中古ハイブリッドカー輸入に関しにて、同じような状況がモンゴルでも起きていることが日経新聞でも紹介されていた。車の輸出国として、日本はこうした問題にどのように対応していくのであろうか。企業の社会的責任にも係わる問題として捉えるべきであると思う。
4.気候変動への対応としてのグリーン・ジョブ
次にもうひとつのグリーン・ジョブの領域として、気候変動への対応について紹介したい。気候変動への対応は、太平洋諸国では二つの側面があると考える。
まず、気候変動によって影響を受ける労働者の生活をどう守るかである。国土がサンゴ礁でできた海抜の低いキリバス、ツバル、マーシャル諸島など環礁国では海面の上昇、台風被害、飲み水の塩害などから、現在また近い将来にニュージーランド、オーストラリア、アメリカへの移住を望む人たちが多くいる。こうした状況にどう備えるかが問題になっている。キリバスやツバルはその国民が移住した場合に、環境難民としてではなく有用な人材として受け入れられるべきだと主張している。また同時に、政府は移住を促進するのではなく、「備え」と同時に地元の経済を維持・発展させるという課題を抱えている。端的に言えば、「沈んでほしくはないが、備えはしておかなければならない」という矛盾がある。自国の文化と国土が消滅することを願う人はどこにもいない。
ILOが2013年から2016年に実施したClimate Change and Migration Projectでは、周辺国への短期出稼ぎ労働者の権利を守るための制度づくりを支援した。対象になったのは短期出稼ぎだが、こうした活動をつうじて経済力をつけ、必要に応じて自らの意思で長期的移住を選択できるように備えることを目指している。具体的には、キリバス・ツバルのオーストラリア・ニュージーランドへの海外短期出稼ぎ労働(6ヶ月程度)の政策策定を支援するとともに、短期出稼ぎ労働者に対して出国前研修を行うことで、労働契約書を徹底し、契約期間中の労働者としての権利保護を強化した。また、出稼ぎによって得られた収入を出稼ぎ労働者の帰国後、あるいはその留守家族を通じて、地元の経済活動推進に還元するために、自営業の促進を支援した。プロジェクトは終了したが、ILOは引き続き、こうした支援活動を続けている。また環礁国でなくても海岸線が侵食され、村ごと国内での移住を余儀なくされる例も多くある。これに関してILOはフィジーで技能労働者の登録制度を活用して新しく村を作るための人材を派遣し、さらに新しい環境のもと、村の人たちの生計創出を助ける事業を行なった。
最後に、気候変動のもうひとつの側面として、自然災害への対応をご紹介したい。台風や津波など自然災害の頻発は、持続的発展に対する最大の障害である。2015年はバヌアツ、2016年にはフィジーが甚大な台風被害を受けた。2016年は、パプア・ニューギニアとマーシャル諸島で旱魃も発生した。こうした自然被害は増加傾向にあり、次はどこの国でで発生するのか、みな戦々恐々としている。災害発生と同時に数ヶ月間ILO事務所は緊急対応に追われ、他の通常業務に支障が出る。政府も国際機関も自然災害に対応する体制が十分にできていないのが現状である。
自然災害の発生に際して、緊急支援期から復興支援期に被災者たちの雇用収入機会をどう支援するのかが重要になる。近年のソロモン、バヌアツ、フィジーでの災害発生後に、ILOはCash for Workといわれる手法でコミュニティーの復旧作業や生産活動の回復を支援した。また、Labour Intensive Technologyといわれる手法で、重機を極力使わず、地元にある資材と住民の手によるインフラの整備や回復を促進している。2015年と2016年バヌアツ、フィジーでの復興活動に際しては日本政府厚生労働省のSocial Safety Net(SSN)基金から迅速なご支援を頂いたことにこの場をお借りしてお礼申し上げたい。復興がどれほど困難で時間がかかるかは、日本はすでに経験済みである。災害が起きた後では、支援の効果は限られる。災害に備えることで被害を最小限にとどめる努力が大切だと支援活動を通じて強く感じる。例えば、ILOは使用者団体を通じて、企業に自然災害への対応策をあらかじめ準備するように働きかけている。また被害を的確に把握するために、自然災害発生後、国連や援助機関が中心となってPost-Disaster Needs Assessment(PDNA)が実施されるが、ILOは雇用に対する影響の分析で中心的な役割を果たすとともに、PDNA実施に係わる人材を育成している。
5.まとめ
以上ご紹介した、グリーン・ジョブの促進例は、多くの方がイメージする太陽光発電や先端技術を使った温暖化抑制に係わる産業の推進とは少し違っていたのではないかと思う。気候変動に伴う雇用の問題は多岐にわたっており、従来のILOの活動範囲では収まりきれない部分がある。環境・気候変動について国際的な話し合いが進み、そうした枠組みの中に労働・雇用の側面が取り入れられ、認知されつつあることはILOとして大きな成果と言える。その一方で、では国レベルでは何ができるのか、ILOは何をすべきなのかになるとまだ技術的にも十分な知見が得られているとは言い難い。しかし、気候変動問題が待ったなしの状況下で、太平洋諸国においてILOは自らの経験と技術的知識を応用しながら、現場レベルでの模索を続けている。世界的に見て、環境と気候変動が開発の中心課題になるのに伴って、開発援助資金の多くが関連分野に流入し、こうした資金をめぐって開発に係わる国際機関が環境関連分野での活動を活発化させているのは必然の成り行きであろう。ただ、ILOは本来的に安定した労働と雇用の促進を図るのが使命であり、私は環境・気候変動問題は労働市場と労働環境に影響を及ぼす外部条件として扱うべきだと思っている。言い換えれば、どのような場合であれグリーン・ジョブはディセント・ジョブであるべきだ、というILOの基本姿勢を守りながら時代の要請に見合った雇用機会を促進していきたいと考えている。
グリーン・ジョブは国や地域によってその課題とアプローチが異なる。例えば、私が以前勤務していた2000年前後の中国では、二酸化炭素を多く排出する生産性の低い国営企業の閉鎖を進めていた。グリーン・エコノミーへの移行を進めるためにも必要な政策であった。こうした国営企業閉鎖に伴う失業対策は重要政策課題で、ILOも一時帰休労働者の自営業への転換促進事業を通じてこの政策課題に貢献した。こうした経験を踏まえ、太平洋諸国で現在ILOが取り組んでいる違う種類のグリーン・エコノミーへの移行の課題とアプローチを紹介したいと思う。
太平洋にあるILO加盟国は、パラオ、マーシャル諸島、キリバス、ツバル、パプア・ニューギニア、ソロモン諸島、バヌアツ、フィジー、サモア、トンガ、クック諸島、全部で11カ国、人口は地域全体でおよそ1000万人である。小はツバルの1万1千人。大はパプア・ニューギニアの700万人までばらつきが大きい。伝統的にメラネシア、ポリネシア、ミクロネシアという区分があるが、天然資源に恵まれたパプア・ニューギニアやソロモン諸島から漁業権以外にほとんど外貨収入源を持たないキリバス、ツバルなど、経済の成り立ちは多様である。また、歴史・経済的なつながりで見ると、北太平洋のパラオやマーシャル諸島はアメリカと、またポリネシア諸国はニュージーランド、メラネシア諸国はよりオーストラリアとの深いつながりを持っている。
2.太平洋の国々から見たグリーン・ジョブとは
グリーン・ジョブの定義についてはILOの本部レベルでの議論に任せるとして、ここでは国レベルでの取り組みから「太平洋諸国でのグリーン・エコノミーを支える仕事」と捉えて話を進めたいと思う。国連は今年から2030年へ向けて「持続可能な開発目標」を設定した。その重要なコンセプトは“Leave no one behind”「誰も開発から取り残さない」ということである。このコンセプトは国際社会における経済的影響力の小さな島嶼国にとって、とても重要である。世界的に見て島嶼国が環境に与える負担は微々たるものなのに、なぜ大きな影響を被らなければならないのか。国際社会は島嶼国の人たちの憤りに十分に答えていない、気がついていない。
こうした島嶼国の声を反映させるため、2017年11月にドイツで開催されたCOP23の議長国にフィジーが選ばれたのは、気候変動・環境問題について島嶼国への関心の高まりと島嶼国の自覚の深まりを示していると言える。では太平洋諸国でグリーン・エコノミーを支える仕事とは、いったい何なのか、環境保全(Mitigation)に係わる仕事と、気候変動への対応(Adaptation)に係わる仕事に分けて、ILOの具体的な取り組み例を紹介する。
3.環境保全に係わるグリーン・ジョブ
まずはじめに、環境保全に係わるグリーン・ジョブの推進例として、ILOがJICAと技術協力協定を結んで、太平洋地域で固形廃棄物処理を促進している例を挙げたい。通称J-PRISMと呼ばれるJICAプロジェクトで、第一フェーズは2012年から2016年に実施された。このプロジェクトを通じてILOはWork Adjustment for Recycling and Managing Waste (WARM)研修プログラムを開発し、生活ごみの回収作業員の労働安全衛生の改善を行なった。実施にあったって、参加国のごみ処理組織の担当者を集め地域レベルで研修をで行い、その後参加した各国担当者はそれぞれの国で作業員に対して労働安全衛生訓練を行った。地域レベルの研修に参加したフィジーの担当者は、その後、J-PRISMを通じてWARMトレーナーとして他の国からの研修要請にも応えている。
2017年にJ-PRISMの第二フェーズが立ち上がり、5月にはILOとJICAの間で新らたな技術協力協定が結ばれた。今回は、労働安全衛生に加えて雇用機会を増やすことにもつなげようと、現在計画中である。そのひとつが、フィジーでの車の廃棄処理に関するプロジェクトである。2012年時点で、フィジーの車の増加数は年2000台ぐらいと予測されていた。しかし実際は予測をはるかに上回り、2015年以降毎年8000台ずつ増え続けている。その主な原因は、政府がガソリン消費量の少ないハイブリッドカーを比較的安く輸入できるようにしたため、購買層が広がり、消費に火がついたためである。新たに登録された車の約半数は日本からの中古車である。
2020年代になると使用済みの車が大量に廃棄されるはずで、処理需要の拡大に伴って自動車廃棄処理産業における雇用機会も増えると予想される。ハイブリッドカーに使われるリチウムイオン電池は必然的に増え続ける。現在、フィジーは従来のエンジン車で使われている鉛電池は処理・再生できるが、リチウムイオン電池の処理能力は備えていない。その廃棄については、まだ行政的指針も示されていないままハイブリッドカーは増え続けている。車も電池も、適正に処分されなければ、放置されることになる。そうなれば小さな島国の環境への影響は甚大なものになると予想される。この問題に着目し、ILOは増加の見込まれる車の廃棄事業で働く人のディセント・ワークを促進しようとしている。中古ハイブリッドカー輸入に関しにて、同じような状況がモンゴルでも起きていることが日経新聞でも紹介されていた。車の輸出国として、日本はこうした問題にどのように対応していくのであろうか。企業の社会的責任にも係わる問題として捉えるべきであると思う。
4.気候変動への対応としてのグリーン・ジョブ
次にもうひとつのグリーン・ジョブの領域として、気候変動への対応について紹介したい。気候変動への対応は、太平洋諸国では二つの側面があると考える。
まず、気候変動によって影響を受ける労働者の生活をどう守るかである。国土がサンゴ礁でできた海抜の低いキリバス、ツバル、マーシャル諸島など環礁国では海面の上昇、台風被害、飲み水の塩害などから、現在また近い将来にニュージーランド、オーストラリア、アメリカへの移住を望む人たちが多くいる。こうした状況にどう備えるかが問題になっている。キリバスやツバルはその国民が移住した場合に、環境難民としてではなく有用な人材として受け入れられるべきだと主張している。また同時に、政府は移住を促進するのではなく、「備え」と同時に地元の経済を維持・発展させるという課題を抱えている。端的に言えば、「沈んでほしくはないが、備えはしておかなければならない」という矛盾がある。自国の文化と国土が消滅することを願う人はどこにもいない。
ILOが2013年から2016年に実施したClimate Change and Migration Projectでは、周辺国への短期出稼ぎ労働者の権利を守るための制度づくりを支援した。対象になったのは短期出稼ぎだが、こうした活動をつうじて経済力をつけ、必要に応じて自らの意思で長期的移住を選択できるように備えることを目指している。具体的には、キリバス・ツバルのオーストラリア・ニュージーランドへの海外短期出稼ぎ労働(6ヶ月程度)の政策策定を支援するとともに、短期出稼ぎ労働者に対して出国前研修を行うことで、労働契約書を徹底し、契約期間中の労働者としての権利保護を強化した。また、出稼ぎによって得られた収入を出稼ぎ労働者の帰国後、あるいはその留守家族を通じて、地元の経済活動推進に還元するために、自営業の促進を支援した。プロジェクトは終了したが、ILOは引き続き、こうした支援活動を続けている。また環礁国でなくても海岸線が侵食され、村ごと国内での移住を余儀なくされる例も多くある。これに関してILOはフィジーで技能労働者の登録制度を活用して新しく村を作るための人材を派遣し、さらに新しい環境のもと、村の人たちの生計創出を助ける事業を行なった。
最後に、気候変動のもうひとつの側面として、自然災害への対応をご紹介したい。台風や津波など自然災害の頻発は、持続的発展に対する最大の障害である。2015年はバヌアツ、2016年にはフィジーが甚大な台風被害を受けた。2016年は、パプア・ニューギニアとマーシャル諸島で旱魃も発生した。こうした自然被害は増加傾向にあり、次はどこの国でで発生するのか、みな戦々恐々としている。災害発生と同時に数ヶ月間ILO事務所は緊急対応に追われ、他の通常業務に支障が出る。政府も国際機関も自然災害に対応する体制が十分にできていないのが現状である。
自然災害の発生に際して、緊急支援期から復興支援期に被災者たちの雇用収入機会をどう支援するのかが重要になる。近年のソロモン、バヌアツ、フィジーでの災害発生後に、ILOはCash for Workといわれる手法でコミュニティーの復旧作業や生産活動の回復を支援した。また、Labour Intensive Technologyといわれる手法で、重機を極力使わず、地元にある資材と住民の手によるインフラの整備や回復を促進している。2015年と2016年バヌアツ、フィジーでの復興活動に際しては日本政府厚生労働省のSocial Safety Net(SSN)基金から迅速なご支援を頂いたことにこの場をお借りしてお礼申し上げたい。復興がどれほど困難で時間がかかるかは、日本はすでに経験済みである。災害が起きた後では、支援の効果は限られる。災害に備えることで被害を最小限にとどめる努力が大切だと支援活動を通じて強く感じる。例えば、ILOは使用者団体を通じて、企業に自然災害への対応策をあらかじめ準備するように働きかけている。また被害を的確に把握するために、自然災害発生後、国連や援助機関が中心となってPost-Disaster Needs Assessment(PDNA)が実施されるが、ILOは雇用に対する影響の分析で中心的な役割を果たすとともに、PDNA実施に係わる人材を育成している。
5.まとめ
以上ご紹介した、グリーン・ジョブの促進例は、多くの方がイメージする太陽光発電や先端技術を使った温暖化抑制に係わる産業の推進とは少し違っていたのではないかと思う。気候変動に伴う雇用の問題は多岐にわたっており、従来のILOの活動範囲では収まりきれない部分がある。環境・気候変動について国際的な話し合いが進み、そうした枠組みの中に労働・雇用の側面が取り入れられ、認知されつつあることはILOとして大きな成果と言える。その一方で、では国レベルでは何ができるのか、ILOは何をすべきなのかになるとまだ技術的にも十分な知見が得られているとは言い難い。しかし、気候変動問題が待ったなしの状況下で、太平洋諸国においてILOは自らの経験と技術的知識を応用しながら、現場レベルでの模索を続けている。世界的に見て、環境と気候変動が開発の中心課題になるのに伴って、開発援助資金の多くが関連分野に流入し、こうした資金をめぐって開発に係わる国際機関が環境関連分野での活動を活発化させているのは必然の成り行きであろう。ただ、ILOは本来的に安定した労働と雇用の促進を図るのが使命であり、私は環境・気候変動問題は労働市場と労働環境に影響を及ぼす外部条件として扱うべきだと思っている。言い換えれば、どのような場合であれグリーン・ジョブはディセント・ジョブであるべきだ、というILOの基本姿勢を守りながら時代の要請に見合った雇用機会を促進していきたいと考えている。