「100周年を迎えたILOに期待すること」

第1回 関西学院大学総合政策学部 村田俊一教授

ILOと私

 私とILOとの出会いは、1980年代前半、UNDP(国連開発計画)に入り、初めての赴任先となったウガンダでの勤務時に遡ります。当時、ILOとUNDPが実施する職業訓練プロジェクトがありました。孤児を対象としたプロジェクトでしたが、そこには障害を持つ人も含まれていて、ILOはあらゆる人々を包摂する組織なのだと感心したことを覚えています。その後、1990年代前半、UNDPの次席代表として赴任したモンゴルでも、ILOとの接点がありました。当時はソ連が崩壊した直後で、モノが流通しておらず、気温はマイナス40℃という大変厳しい環境のなかで、ILOの職員たちと連携しながら社会的セーフティーネットの分野の仕事を進めました。その次に赴任したフィリピンにおいても、ILOとともに、紛争後のミンダナオ島の復興に尽力しました。私はトラブルを恐れない性格で、まさに命がけの仕事であるカントリー・オペレーションのなかで、マラリアに4回かかったこともありましたが、そんな大変な仕事に従事して、人間がさらに好きになりました。特に、そのような厳しい環境のなかでともに働いたILOへの愛着は深く、ILOのミッションに共感するからこそ、組織を越えた信頼関係を築けたと感じています。

Friends of ILO

 ILOは労働という切り口で、社会で恵まれない状況に置かれた弱者に焦点を当ててきた機関です。100年という長い歴史のなかで、ジェンダー、障害者、人権など、極めて重要な課題を扱ってきたにもかかわらず、ILOは顔や活動が見えづらく、組織として若干地味な印象があります。社会正義の拡大というILOの揺るがぬミッションに共感し、アドボカシーの強力な担い手となってくれる存在が必要だと思います。そのようなパートナーを動員することを通じて、オペレーションやマーケティングを強化していくことで、ILOが持つ比較優位性が確かに維持できるでしょう。特に最近の世界情勢に目を向ければ、人の移動が増えて、労働に関する様々な問題が一気に顕在化してきました。目まぐるしく変わる状況のなかで、人的資本の流動性を見極めながら、法の整備やソーシャル・セーフティー・ネットの確立を進めるためには、未来を担う若者たちを巻き込むことが重要です。ILOのミッションに共感する若者、いわば “Friends of ILO” のネットワークを、SNSなどを活用しながら構築していくことが一案だと思います。

国際機関のこれから、ILOへの期待

 保守的な政策をとる先進国が増えてきたなかで、多国間援助は危機に瀕しているといえます。そのような状況においては、援助協調、特に国際機関を通じた援助と二国間援助の連携や、市民社会さらには地方自治体をも巻き込んだ協力関係の強化が必要です。市民を守る一義的な責任は各国政府にありますが、国際社会全体が協調して対処しなければ、グローバルな問題は解決出来ません。国際機関は、国際規範の確立を通じて、国家間の協調を図ったり、各国の市民社会や企業と連携して、グローバルな問題に取り組む権限と能力を持つことが強みです。特に、人々の生活により近いところで様々な取り組みを進める地方自治体は、社会正義を拡大する上で欠かせないパートナーといえるでしょう。しかし、地方自治体とプロジェクトを行う上では、ILOのマネジメント体制を変えていくことが求められるかもしれません。具体的には、プロジェクトを発掘し、推進する地域総局や国別事務所が持つ権限をより強化していくことが必要だと思います。日本はILOにとって重要な資金拠出国のひとつですが、日本が協力するプロジェクトにおいて、地方自治体と連携するような取り組みが推進されることを期待しています。

 これまで述べたような課題を対処するためには、優秀な人材の確保が欠かせません。多くの国やアクターを巻き込み、調整してプロジェクトを行っていくことは簡単ではないためです。途上国で勤務するには、まず基礎体力があり、健康かつ勤勉で、楽観的な人材であることが大切です。加えて、より多様化する国際社会の現場で求められる能力としては、分析力、行動力、適応力、そして創造性と強靭性が挙げられます。迅速に問題の分析を行い、解決策のシナリオを提示し、チームワークを重んじながら実践する上で、高い英語能力も必須です。不安や興奮、期待が入り混じった気持ちで途上国に赴任する人材が、上記のような能力を備え、さらに伸ばしていくためには、赴任後の研修や指導を一層充実させることが重要です。優秀な後継者の育成に向けて、組織を挙げて取り組んでいってほしいと思います。

 ILOを含め国連機関は、これまで事後対応的で官僚的といわれた組織文化であったのが、より先を見越し、スピード感を持って、新たなパートナーシップを築きながら、自ら機会を生み出していくように変わりつつあります。100周年を迎えたILOが、そのような改革を先導し、社会正義の拡大に向けて、さらに発展し続けることを期待しています。

村田俊一関西学院大学総合政策学部教授(略歴)

国連開発計画(UNDP)からウガンダ、エチオピア、スーダン、中国、モンゴル、フィリピン等の各常駐代表事務所での勤務を経て1999年4月よりブータン常駐代表兼国連常駐調整官。2002年、関西学院大学総合政策学部教授に就任。2004年より同大学国際開発戦略リサーチセンター長を兼任。専門は途上国の紛争問題とそれに関連する援助政策。2006年11月、UNDP駐日代表に就任。2011年7月、ESCAP事務局次長に就任。2015年秋学期より関西学院大学総合政策学部特別客員教授に就任した後、2016年4月より同教授兼国連・外交関連プログラム室長。