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1995年に行われた現地調査によれば9,546人の子どもが衣料産業に携わっていることが明らかになった。この数字はバングラデシュのインフォーマル経済・農業部門に従事している子どもの莫大な数に比べれば取るに足りないように見える。しかし、衣料産業の輸出は一国の経済にとって極めて重要であるため、ここで児童労働者数を軽減できたり、児童労働を撤廃することができれば重要な意味をもち、児童労働撤廃プロジェクトの実施にも影響を及ぼす。
児童労働の監視と社会復帰を特徴とするプロジェクトは、使用者団体と国連の間で結ばれた協定に基づき、国の支援を受けつつ、バングラデシュの衣料産業で一定の効果を上げた。BGMEA(バングラデシュ衣料製造者連合)/ILO/UNICEF児童労働プロジェクトは、産業全体で子どもを就業させないことを公約した世界初のプロジェクトで、さらに幅広く適用可能なモデルであり、すでに他国の他産業でも取り入れられている。
1995年に計画が立ち上げられ、1998年末には子どもを使用していた繊維工場は合計45%から
2.5%まで低下した。実際に雇用されていた子どもの数は1995年には10,000人だったのが約1,500人まで減少した。
IPECが支援するこのプロジェクトは国際的に画期的なものとして認められ、バングラデシュの主要輸出産業で達成されたという点で、その成果は非常に重要である。
IPECはバングラデシュ衣料製造業者連合(BGMEA)に急進的な行動をとらないよう説得し、子どもを徐々に就学させ、所得の損失分の補填を支援した。
アメリカ合衆国のバングラデシュ商品に対する不買運動の恐れから、莫大な件数の解雇が発生した後、バングラデシュの児童労働者たちはILOとUNICEFに訴えかけ、プロジェクトの開始に貢献した。
成果と教訓
◆プロジェクトには効果があることが実証され、以下の国々で適用されている。パキスタン、インド、タイ、フィリピン、インドネシア、コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラス
◆バングラデシュの衣料産業は、貿易制裁を免れたことで数百万ドルの損失を計上せずに済んだ。
◆経営者、政府、NGO、国際機関による協力体制が機能した。
プロジェクトから得られた教訓
◆プロジェクト全過程の資金を事前に調達しなくてはならない。
◆契約が順守されない場合、罰金を重くしなければならない。
1995年、BGMEAとILOとUNICEFの間で覚書が調印され、政府と国連の支援を受け、14歳未満の子どもを雇用することが禁止された。
覚書の4つの構成要素
UNICEFは2つの国内NGOと協力して3ヵ年の教育計画を請け負い、全ての機関によって資金が調達された。インフォーマル就学プログラムの就学者は8,138人に上り、以前衣料産業で働いていた子どもの大部分は労働からの解放・保護と社会統合を享受することができた
労働から救出され、インフォーマル教育プログラムに編入した子どもには、仕事に戻る必要がないよう毎月300タカの奨学金が支払われている。これは非常に費用がかかるため議論の余地がある施策だが、他のプロジェクトにおいても貴重な学習経験を得られるメリットがある。
IPECはこの協定を主導し、特に監督官は全産業の工場とワークショップで定期検査と抜き打ち検査の両方を実施し、就学状況を監視するために訓練を受けた。監督官とその訓練の質はプロジェクトの成功の鍵を握っている。ダッカの工場を訪問した監督官は1996年に1609人だったが、1997年に4542人、1998年に6104人に増加した。監視は2000年まで継続された。
覚書の実施状況を監視し、調整するためにBGMEA・UNICEF・ILOによって現地の運営委員会が設置された。委員会は主に義務違反・罰則処置・非協力に対処し、中退を防ぐための学校運営や対処法を考案する。
意識改革はプロジェクトの主要な役割を担っている。広報キャンペーンによってバングラデシュの人々が問題を知るだけでなく、新たなプログラムモデルにおいて国際的な関心をひきつけることができるからである。
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