![]() | ||
![]() |
>>トピック目次
ILO駐日事務所メールマガジン・トピック解説(2009年4月30日付第83号) |
1919年に誕生したILOは今年、創立90周年を迎えました。1919年4月28日にベルサイユ平和会議においてILOの憲章原文が承認されたことを記念し、ILOは4月21〜28日を創立90周年記念週間とし、日本を含む世界100カ国以上で「公正なグローバル化に向けたディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)に関する社会対話」を共通テーマとする世界規模の対話を行いました。各地の対話は、ILO条約の批准、ディーセント・ワーク国別計画の発進、金融危機に対する解決策を探る技術ワークショップ、就職相談会、ディーセント・ワーク賞授賞式など様々な形態を取り、労働者、使用者、政府から、国家元首、議員、学識者、市民社会まで、幅広い参加が見られました。日本では4月27日に、300人余りの出席者を得て、「ディーセント・ワークへの挑戦−世界経済危機の下で人間らしい仕事と職場を求めて」をテーマとする記念シンポジウムが開かれました。
1929年の世界大恐慌に次ぐ最悪の金融・雇用危機の只中で迎えた創立90周年ですが、ILOにとって、危機は常に変化を告げるものでした。第一次世界大戦後の1919年に設立されたILOは、その憲章に表現されている「世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができる」の原則の上に立ち、その後90年間、不朽の価値、一貫した政策メッセージ、社会正義の追求を目指した実際的な活動を通じて仕事の世界の数々の危機に取り組んできました。政府、使用者、労働者を直接代表する三者構成の仕組みによって生み出された基準は、結社の自由や団体交渉、強制・児童労働の撲滅、差別禁止といった基本的な目標、労働条件、労働安全衛生、社会保障、雇用促進、人的資源開発など、幅広い分野を網羅し、世界中多くの労働法制の基礎となり、仕事の世界における主な動きを導いてきました。現在182の加盟国の政労使と共に、ILOは基準関連活動、調査研究、政策助言、情報共有、技術協力など多様な活動を展開しています。
ILOの歴史的な使命は今日、ディーセント・ワークの概念で表現されています。男女を問わずすべての人々が自由、公平、安全保障、人間の尊厳といった条件の下で、生産的な仕事を得る機会の確保に向けたこのディーセント・ワーク課題は、雇用と企業、就労上の権利、社会的保護、社会対話の四つの柱で構成され、各国のみならず、地域、世界レベルでも強く支持されています。
仕事は尊厳の源でなくてはならない、労働は商品でない、一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である、といった価値を共有し、政労使は対話を続けてきました。この価値と活動が認められ、ILOは1969年にノーベル平和賞を受賞していますが、この価値は今日でも依然ILOの活動を導き、規定しています。
ILOが設置したグローバル化の社会的側面世界委員会は既に2004年に、グローバル化の一般的なモデルの軌跡が「道徳的に許容されず、政治的に持続可能でない」世界的な不均衡を作り出していることを見て、現在の危機の多くの側面を予見していました。この祝賀の時は、ILOの基本的な価値を再確認し、働く人々とその家族や企業が今日直面している不確実性に立ち向かう行動を取る機会であるとし、フアン・ソマビアILO事務局長は、ディーセント・ワークの目標を支える政策選択を共に行い、社会正義と公正なグローバル化に向けたディーセント・ワークの大義を共に推し進めようと呼びかけています。
ILOは生産的な回復を基礎に、ディーセント・ワークを通じて危機に取り組むことを提唱し、環境に優しいグリーン・ジョブを含む雇用創出、持続可能な企業、社会的保護の拡充、対話の創造的な力を用いて包摂的な対応策を探求しつつ、統合的な形で基準並びに就労上の基本的な原則及び権利を支えることといった諸要素を統一した様々な方策を提案しています。具体的かつ実際的な構想として、ソマビア事務局長は今年6月に開かれるILO総会でディーセント・ワーク課題に焦点を当て、景気回復及びより公正で、より包摂的な新しい形態のグローバル化の構築を推進するであろう世界雇用協約(Global Jobs Pact)について合意することを提案しています。
90周年を機に、ILOはディーセント・ワークに向けた世界的な行動を改めて呼びかけ、人間を中心とし、バランスが取れ、持続可能な将来路線を提唱するすべての人々に対し、ディーセント・ワークを旗印とした結集を呼びかけるものであります。
★結果概要
100年に一度とも言われる世界同時不況の中で、多くの労働者の雇用が危機に面しています。それは、単に雇用の総量という問題だけでなく、具体的な雇用の中身も含めた、雇用の質・量両面に対する危機でもあります。今回、国際労働機関(ILO)の創立90周年、財団法人日本ILO協会の創立60周年という機会を捉え、現下の雇用情勢を踏まえ、真の「ディーセント・ワーク」の確保のために何が必要か、求められる政策対応は何か、労使のあるべき姿はどういうものか、などにつき、特に、「働く人間」に着目し、雇用と経営という観点から、会場の聴衆と一体となり検討すべく、4月27日(月)に、国連大学ウ・タント国際会議場(UNハウス)にて、厚生労働省、日本労働組合総連合会(連合)、社団法人日本経済団体連合会(日本経団連)、ILO駐日事務所、財団法人日本ILO協会の五者による共同開催、外務省の後援により、標記のシンポジウムを開催しました。その概要をお伝えします(文責:ILO駐日事務所、敬称略)。
なお、社会正義を求めて歩んだILO90年の道のりについては、今年1月30日付第80号トピック解説「社会正義とILO」にもまとめていますので、そちらも参考にしてください。
★シンポジウム第1部:主催者挨拶・来賓祝辞等
◆舛添 要一 厚生労働大臣(江利川 毅 厚生労働事務次官代読)
1999年に提唱された、ディーセント・ワーク、すなわち「働きがいのある人間らしい仕事」という概念は非常に幅の広いものであり、労働における基本的な原則と権利、雇用の機会、社会的保護及び社会的対話を伴った就労環境のことを意味する。我が国政府は、このディーセント・ワークについて、雇用機会と十分な収入が確保されること、労働三権などの権利が保障され、職場で発言が行いやすく、それが認められやすいこと、家庭生活と職業生活が両立できること、男女平等などの公正な扱いを受けることといった、人々が働きながら生活している間に抱く願望の集大成であると整理している。その実現は我が国にとっても大きな課題であると受け止め、政労使一丸となって取り組んでいる。
世界同時不況下、雇用失業情勢も非常に厳しい中、雇用と労働条件の確保のため、労使間また政労使三者の間で対話と協力を行うことの重要性は一層増しており、こうした考えの下、3月23日に、政労使三者は「雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意」を行い、今後「一致協力して取り組む」こととした。引き続き政労使三者の協力関係を推進し、ともに困難に立ち向かう所存。
我が国は、ILO創立以来の加盟国として、そして常任理事国の1国として、ILOに積極的に貢献してきたものと自負している。長い時間をかけて培われた良好なパートナーシップと経験に基づき、ILOのディーセント・ワークの実現に向けた活動に今後とも協力を惜しまない。
創立60周年を迎えた財団法人日本ILO協会は、第二次世界大戦前後の混乱期に一時ILOを脱退していた我が国をILOに復帰させることを目的に設立され、我が国がILO復帰を果たした後も、ILO精神の普及などを目的とした様々な活動を行ってきた。例えば、協会の機関誌である『世界の労働』は発刊58年に及び、ILO活動の周知・広報に貢献。また、一昨年より全国各地において、ディーセント・ワークの啓発を図るセミナーを開催するなど、我が国におけるディーセント・ワークの実現にとって重要な活動を行っており、我が国政府として感謝と敬意を表したい。
◆木 剛 日本労働組合総連合会会長
世界的な景気後退の中で、雇用・失業の問題は深刻な状況。ILOの試算によれば、今回の経済危機の影響により、最悪のシナリオの場合、世界の失業者は今より5,000万人以上増え、1人当たりの収入が1日2ドルに届かないワーキング・プアが、全就業者の45%に相当する14億人に達すると推計されている。日本においても、雇用情勢の急激な悪化で、派遣切り等で職を失ってしまった人、雇用保険の対象とならず、住む家もなくし途方に暮れている人たちが多々あり。特に非正規労働者や母子家庭の母など、弱い立場にある人たち、そして、社会的セーフティネットが脆弱でその恩恵を受けられていない人たちに深刻な影響がある。
この危機をどのようにして乗り切っていくのか、政労使の対応が問われている。連合は、春季生活闘争のスタートとなる1月15日の労使トップの懇談会において、日本経団連に対して雇用問題についての議論を申し入れ、その議論を経て、雇用の安定や雇用創出の問題意識についての労使の共通認識を記した「労使共同宣言」を確認し、舛添厚生労働大臣に対しても要請をした。3月23日には、連合と日本経団連、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会及び日本政府との間で「雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意」を結ぶことができた。本日のシンポジウムのテーマは、この政労使合意の延長線上にあるものと受け止めている。
ディーセント・ワークの実現には、短期的な対策だけでなく、中長期的な視点に立った施策にも目を配り、雇用については、「雇用の量」だけでなく「雇用の質」、「ディーセントな雇用」という点にも目を向ける必要がある。「雇用の質」という観点からは、90年代以降、効率優先の価値観が強まる中で、労働分野においても規制緩和が進み、低賃金で不安定な働き方が拡大したため、経済や社会の基盤である労働の現場にも、さまざまな綻びが出現。偽装請負や違法派遣の問題、そして格差と貧困の問題が大きな社会問題となった。
若者が職業を通じて、将来展望を描くことができないという、今の状況は正されなければならない。日本では、労使が協力して人を育ててきた。それが資源のない日本が生き残る唯一の道であり、それが日本経済の強みであったが、その強みはいまや崩壊寸前の様相を呈している。この間の施策をきちんと振り返り、公正と連帯を重んじる社会へと、パラダイムの転換が必要。
ディーセント・ワーク実現のために、雇用問題の他にも、長時間労働の問題、公務員の労働基本権の問題、ILOの中核条約を批准していない問題など多々あり。
また、多くの日本企業が海外で事業を展開していることから、アジアを始めとする開発途上国におけるディーセント・ワーク促進について、日本の政労使には、国際協力の観点からの取り組みも期待されている。今回の雇用危機への対応を契機とし、日本の政労使の間の対話・連携を強化して、ディーセント・ワークを追求する取り組みを重ねていくことが重要。
◆御手洗冨士夫 社団法人日本経済団体連合会会長(ビデオメッセージ)
現下の世界同時不況は、各国の雇用にも深刻な影響を与えており、この難局に対処するためにも、政労使が一致協力し、経済状況や企業実態に対する危機感を共有し、国際競争力強化に向けて努力することが重要。3月23日、連合や政府とともに、「雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意」を取りまとめ、政労使が一丸となって雇用問題に取り組むという強いメッセージを発信した。
また、世界の経済環境の変化に応じて、ILOも柔軟に対応していくことが重要。資金、人員など資源の制約がある中、特に現下の経済情勢を踏まえて、ILOは何を優先すべきかを考え、「選択と集中」に基づいて活動を重点化する必要がある。ILO同様、社会開発にかかわる国際機関は数多く、ILOが使命を達成するためには、他の機関との役割分担と連携を図ることも重要である。
また、日本ILO協会には、ILOが新たに期待されるこのような役割を果たすための支援を行い、ILOの精神の普及に向けて今後ますます発展されることを祈念する。
◆フアン・ソマビア ILO事務局長(ビデオメッセージ)
世界中で行われるILO90周年イベントには、政労使とともに、すべての人にディーセント・ワークを実現することを支持する人々が参加する。これらの地域での対話が、世界的な重要性をもち、影響を与えることとなろう。イベントを通じ、今日の課題に取り組み、より良い未来を築くために、ILOの長い経験、知識、ネットワークが活用されよう。
ILOは第一次世界大戦の惨禍を経て、世界の永続する平和は社会正義を基礎としてのみ確立することができる、との基本的信念に基づいて創立された。戦時にも平和な時にも、不況期にも経済成長期にも、政労使三者は我々の共通の価値観である「仕事は尊厳の源でなければならない」、「労働は商品ではない」、「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」の下、対話を続けた。これらの価値観や活動は、1969年のノーベル平和賞により認められ、今日もなお、我々の活動を規定し、導いている。
90周年イベントは、今日、人々に差し迫っている優先課題−仕事、社会的保護、労働における権利の必要性−に焦点をあて、対話を通して解決を見出すための戦略的な機会でもある。失業と不完全就業の増加、企業の閉鎖、労働条件の悪化、労働における権利の尊重が弱まる中で、また、不平等、貧困、不安定性の増大を背景として、各国元首や政府首脳、国会議員、学識者、市民社会を形成する個人、活動家たちが一堂に会し、社会正義と人間の価値に基づく仕事の世界に向けて針路をとる、というILOの使命を再確認する機会でもある。
我々の価値観と活動は、結社の自由と団体交渉権、機会均等と非差別、強制労働と児童労働からの解放、安全で健康な仕事など、すべての男女労働者の処遇と福利のための模範を築いてきた。これらの価値観と活動は−どこに暮らしていても、誰であろうとも−すべての人のために仕事を生み出し、技能を開発する持続可能な企業の創出を助け、企業の社会的責任への動きを促進することに役立ってきた。これらの価値観と活動は、公正で持続可能なグローバル化を創り出すために、これまで以上に必要である。
ILOはディーセント・ワークを実現するための取り組みに欠かせない要素−持続可能な企業を通してグリーン・ジョブを含む雇用創出を行うこと、社会的保護の形をとる連帯、国際労働基準や労働における基本的原則及び権利を守ること、最良の解決策を見出すために対話と団体交渉のもつ創造力を活用すること−を提供する。これらの要素は、危機の時でも、復興の途上でも、そして未来においても、すべての男女が自由、尊厳、保障、平等の条件の下で、仕事に就くことを可能にするための必要条件である。
社会正義と公正なグローバル化のために共にディーセント・ワークを前進させる。それがILOの使命であり、任務であり、責任である。
◆森山 眞弓 ILO活動推進議員連盟会長・衆議院議員
ILOとは縁が深く、共に歩んできた。昭和35年、労働省国際労働課長補佐としてILOと初めて縁をもった。日本はまだ被援助国であった昭和37年にILOからの援助にて欧州諸国にて半年近く勉強し、最後にILO総会にも政府代表団の一員として手伝いに行った。そのおかげでILOの会議がどういうものか理解し、その後国際労働課長になったときにその経験が大変役立った。ILOのおかげで勉強の機会や貴重な経験ができたことに感謝している。
国会議員となり、同僚の中西珠子さんとILOを国会で盛り立てようと推進議員連盟を設立し、はからずも会長となった。爾来、アジア太平洋地域を中心にいろいろ見聞を深め勉強を続けている。創立90周年というが、そのうちの半分くらいを経験してきた。今後とも100年、150年と末永く活発に活動していただきたい。
◆中村 正 財団法人日本ILO協会会長
ディーセント・ワークの概念がILOの活動の中心である。協会としても、この概念を広く普及させたいが、言葉はきれいでも、中身は分かりにくい。だからこそ、日本中で広めていくよう努力することが必要と判断した。そこで、ディーセント・ワークセミナーとして、2007年度には北海道、神戸、2008年度には金沢、福岡で開催。本日のこのシンポジウムもディーセント・ワークセミナーの一環と捉えている。
では、なぜ協会はディーセント・ワークセミナーをやっているのか。まず、伝統的に、ILOには技術協力か基準遵守かという議論がある。そういう中で、私がILOのアジア太平洋総局長として働いていた頃、天安門事件やベルリンの壁の崩壊があった。その中国を巡って、ILOの国際労働基準を守らない国に技術協力をすべきか否かで議論があった。守らないからこそ技術協力が必要との意見も、またILOは西欧の価値観でできていて、東洋は違うという議論などあった。
一方、世界貿易機関(WTO)ができたとき、国際労働基準を守ることを輸入の条件とすべきとの議論が出てきて、大騒ぎとなった。基準が高過ぎる、貧困のためそこまでできない、途上国の国際優位性には安い労働力しかないという現実がある、などとして新たな保護主義であるとの批判が巻き起こった。基準を守るべきだ、いや基準ばかりではない、という対立が、最終的に1998年の「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に結実した。制裁はないが、人権を中心とした中核的な労働基準を遵守して、必要に応じて技術協力をするという内容で、うまくまとまった。
その宣言採択の年にソマビア現事務局長が当選した。彼が、労働基準だけでなく、開発途上国を中心にその重要性が訴えられてきた、基礎となる雇用の確保を加え、労働条件や社会保障も確保することを三者で協議して行うという形でまとめたのがディーセント・ワークである。
ディーセント・ワークにはある種の真実がある。だからこそ国連を始めとする各国際機関で認知されてきた。開発途上国が持続的に成長していくためには、ディーセント・ワークは核となる。開発途上国にディーセント・ワークを広めていくのも日本の務めである。
★第2部:基調講演
◆「ILOの役割とディーセント・ワーク推進における我が国の国際的な役割・貢献」
赤尾 信敏 元ILO理事会議長・元タイ駐在大使
<ディーセント・ワークについて>
ディーセント・ワークについてはすでに様々に述べられてきたので、ここで一つだけ付け加えるならば、最近グリーン・ジョブという概念・取組みも新たにその要素となったことである。ディーセント・ワークの欠如の例としては、失業や不完全就業などが挙げられる。
<ディーセント・ワークの国際的認知度>
最初はなかなか認知度が高くなかったが、21世紀に入り、国連世界サミット(2005年)や国連経済社会理事会ハイレベル会合(2006年)などを経て、G8サミット(2007年・ハイリゲンダム)では、「ILOのディーセント・ワークアジェンダを支持」「中核的労働基準の順守促進を呼び掛ける」「ディーセント・ワーク、特に中核的労働基準の視点を2国間貿易協定及び多国間の場で尊重」とされ、G8労働大臣会合(2008年・新潟)で「ディーセント・ワークの促進とグローバル化の社会的側面に取り組む」「社会的保護を拡大、強化するとの合意を確認し、途上国・新興国における基礎的社会保障制度促進に関するILOのイニシアチブに留意」という成果に結実した。
東南アジア諸国連合(ASEAN)でも三つの分野での共同体作りが進展しているが、そのうちの一つである社会文化共同体青写真(2009年2月)でもディーセント・ワークについて述べられている。国連のミレニアム開発目標のプログレスレポートでも言及されている。
<アジアの課題>
では、何がアジアの課題か。1998年の経済危機を克服して、21世紀はアジアの世紀と言われ、世界の労働者の60%を占めるため、ディーセント・ワークと経済成長達成のモデルになり得るとも言われてきた。他方、グローバル化の中で、国家間、国内での格差が拡大し、経済成長と雇用増とのギャップにより、特に若年失業が深刻(世界の若年失業者の48%)やワーキング・プア(収入が1日2ドル以下の者、世界の3分の2を占める)の問題が顕在化。ILOの資料によれば、南アジアでは労働者の84%、東南アジア58%、東アジア36%がワーキング・プアであると言われている。これはインフォーマル経済の比重が大きいというアジアの特徴に要因があると言われている。
2006年のILOアジア地域会合にて、「アジアのディーセント・ワーク10年」が掲げられた。この会合では、雇用の量と質(More and Better Jobs)両面の追求や職場での権利保護などが課題とされた。特に、中核的労働基準関連条約批准が相対的に遅い(特に団結権・団体交渉権に関する第87号/第98号条約)ことなどから、条約の批准促進、国内労働関連法令の制定・整備などが重要であり、さらに、社会保障制度の整備、改善も重要な課題とされた。具体的には、社会保険(年金、医療、失業など)の制度作りの遅れがある。社会福祉の分野でも介護サービスの遅延などが見られ、インフォーマル経済部門への社会保障制度の拡充など課題は多い。さらに、公衆衛生、労働安全衛生面での対策や、後発途上国(カンボジア、ラオス、ミャンマーなど)への支援も必要である。劣悪な労働条件にさらされることの多い移民労働者の管理、待遇も重要な課題である。
<日本の役割・貢献>
日本はこのような現状に対して何ができるか。
まず、ILO本部のあるジュネーブでは、日本はILOにおいて、西側先進国グループとアジア・太平洋グループ双方に所属していることから、先進諸国とアジア途上国との橋渡し役を担うこととなる。具体的な例としては、1998年宣言採択に至る日本の役割が挙げられよう。西側先進国、労働側、使用者側は宣言案支持に対してアジア諸国(政府)が強硬に反対した中、我が国はアジア・太平洋グループコーディネーターとして、アジア諸国と西側先進国との間で妥協案を探求し、宣言採択に貢献した。この動きは西側諸国・アジア諸国双方からも、また、労働側、事務局等からも評価を受けた。その後我が国は04/05年、そして現在の08/09年とさらに2度にわたりコーディネーターを務めている。
一方、私は99年から2001年までバンコクにいたが、97〜98年のアジア通貨危機当時の新宮沢構想下の資金還流策(300億ドル)は、各国のソーシャル・セーフティ・ネットの整備などに活用され、"A Friend in Need is a Friend Indeed"として評価され、ディーセント・ワークへの貢献にもなったと言える。
日本政府はILOにも任意拠出を行っており、ILO/日本マルチ・バイ事業を実施している。具体的には、地域住民・労働者の健康確保対策(ベトナム)、ASEANにおける環境整備事業、若年者等雇用機会確保・安定化事業(スリランカ)、ASEAN地域移民労働対策事業、ILO日本人技術協力専門家育成事業などが行われてきた。また、国際協力機構(JICA)/ILOの連携事業として、ILO-CoopAFRICAを通じた一村一品運動の普及や、フィジーでの廃棄物減量化・資源化プロジェクトなどがある。また、我が国拠出による国連の信託基金である人間の安全保障基金を活用したプロジェクトもILOは多く行っており、具体的には、婦女子の人身売買防止(カンボジア、ベトナム)、先住民の紛争回避・貧困削減(インドネシア・パプア州)、帰国した人身売買被害者の経済社会統合訓練(タイ、フィリピン)などがある。政府以外でも、連合、NTT労働組合、日本生活協同組合連合会(生協)、イオンなどがILOに任意拠出をしている。
このように多岐にわたる協力があるが、日本の任意拠出額自体は少なく、それも減少してきているという点を強調したい。この増額が喫緊の課題である。
その他具体的に日本は何ができるのか。まず、社会保障制度の整備、職業安定行政、高齢化への対応など日本の経験・ノウハウを伝播してディーセント・ワークの推進に寄与することができよう。また、環境先進国の我が国はグリーン・ジョブ・イニシアチブへの貢献もできよう。そして、麻生総理がASEANにて発表した対アジア政府開発援助(ODA)増額(2兆円−約200億ドル)が挙げられよう。その中で、経済危機の影響を受けやすい分野・人々への支援(セーフティネット整備、保険医療など)を謳っており、ディーセント・ワークに関連したものと言える。また、エネルギー安全保障も一つの柱となっており、インフラ整備も強調している。これらインフラ整備は雇用創出効果も高い。
さらに、EPA(アジア諸国との経済連携協定の締結)も着々と整備してきており、貿易、投資、観光促進の環境整備(エコツーリズムなど)や民間企業活動等を通じた雇用増、社会保障制度改善なども期待できる。
また、JICAベース、あるいはILOの専門性の活用も重要。日本はインフラのハード面では強いが、ソフト面では弱い。その意味でもILOの活用を図るべきである。
<日本企業のCSR(企業の社会的責任)とディーセント・ワーク>
日本企業は概ねホスト国の社会保障関連法令を順守しており、社会保障面では、日本企業は法定のものにさらに上乗せをしている場合が多い。一方、プロヴィデントファンド(積み立てのようなもの)がアジア各国では広く普及しているが、退職時に労働者は引き出してしまうため年金化されないという問題点もある。
◆「日本企業の人本主義経営−人に着目した経営・雇用のあり方」
伊丹 敬之 東京理科大学総合科学技術経営研究科長
なぜ最初は断った今回の役割をお引き受けしたのか。赤尾大使の話の中で、ディーセント・ワークでない例としてまず失業が挙げられていた。その観点からすると、日本は世界に大変貢献している。これだけの不況の中で失業率は5%前後。国全体で雇用を守るということがどれだけ意味があるかについて政労使が最もよく理解しているためだ。すなわち、日本はディ−セント・ワークの最先進国。これは、ヒューマニズムによるものではない。働く人がディーセントと思う職場を作ることが経済合理性が高い、できるだけ雇用を維持し、働く人にインディーセントと思わせないことが経済合理性が高いということなのである。企業からのディーセント・ワークに対しての最大の貢献は、日本の企業が海外で日本のやり方を実践することである。こう思い当たり、長年唱えてきた人本主義がディーセント・ワークに深くつながると考え、お引き受けした。
人本主義とは、「人のつながりをきちんと作り、それを維持していくことを大切と考える原理」であり、それが経済合理性が高いとする経済組織の原理である。一方、資本主義は、カネのつながりをきちんと作ることを重んじ、それが経済合理性が高いとする原理と言える。資本主義が西欧に出現したとき、カミとのつながりで頭の中が整理されていた人々にとって新鮮であるとともに逆説的な原理と捉えられたはず。資本主義に対する人本主義についても同様。このような逆説的な壮大な実験を日本はやってきたのではないか。人本主義の考え方においては、企業はカネを出している株主のものではなく、従業員の知恵とエネルギーが発展の源泉とすることから企業は従業員のものであると考え、従業員主権をメイン、株主主権をサブとする。社長がこれを声高に言ってはならないが。
企業組織内の権力、カネ、情報の分配をどうするかは、根本中の根本である。特定の人に集中させると、たいていは人間関係が壊れる。したがって、分散的・平等的であるべきであり、組織内の格差は小さくして、職場共同体の安定的秩序を考えるのがよい。
取引相手の企業とは、価格だけでなく、長期的関係を重んじ、市場取引(企業間関係)については、長期継続取引(系列)という「組織的市場」を目指すべきであると言える。系列は経済合理性が高い。当初は搾取の温床と言われてきたので、こう言うこと自体衝撃を与えたようだ。
働くことは、「稼ぎ」と「勤め」の二面をもつ。「所得」と「やること」の両方が欲しいということ。同様に、企業組織にも二面性がある。「経済組織体」という面と「職場共同体」という面である。この二面性はどの国にもある。したがって、雇用を断たれることは、二重の「疎外」となる。
働くことによって、経済組織体への「参加」と職場共同体への「所属」と、両方が可能となる。しかし、二つの重みは国によって違う(米国では参加がメイン、日本では所属がメイン。劇団などが顕著な例)。この違いは村落共同体の名残というような歴史的所産ではない。
仕事の現場では、カネ、情報、感情の三つの流れが、不可避的に同時に発生している。仕事の質を問うとき、三つの流れそれぞれの質を問う必要があり、その総合的な「合計」が本当の仕事の質となる。仕事のディーセンシーを考えるとき、少しカネのことに比重がかかり過ぎているのではないか。いろいろなものが不可避的に流れているということがきちんと整理されていないからである。雇用を維持するのは、余分なカネが流れるので経営にとってはマイナスなはず。しかし、情報や感情も流れている。カネの流れを多少維持しても、技能の伝達としての情報の流れや人の感情の流れまで総合的に加味すれば、経済合理性があるということ。
人本主義の考え方でいけば、自然に、雇用は長期部分を多くしようと考え、組織内の格差は小さくして職場共同体の安定的秩序を考えることとなり、また、人が育つように、現場と教育投資を工夫する。こうなるのが自然である。
このような人本主義のメリットは、1)安定したネットワークの中で、人々が知識と技能の蓄積をする。相互に教え合いやすい、2)安定したネットワークゆえに、コミュニケーション効率がよくなる、3)安定したネットワークの中で、人々がネットワーク全体の発展のために努力するインセンティブが生まれる。すなわち、大衆を草の根で経済活動に巻き込める経営の原理として、経済合理性が高い、という点にある。「株主のため働く」というお題目の下で人は働く気になれるのかということである。
しかし、人本主義にも難しさはある。市場経済はカネの原理がベースにある。そこに、人の原理を二重がさねしている原理が人本主義である。市場原理は参加の原理(儲かれば参加。儲からなければ撤退)、人の原理は所属の原理であり、そのような二重の原理の上に立脚することから二つの問題が生じる。一つは、参加と所属の両立の矛盾である。所属の安定ゆえの「ぬるま湯」と「しがらみ」の危険がつねにつきまとうと言えよう。もう一つは、二重がさねゆえの、ねじれや不透明さである。ねじれの例は、株主サイレント化努力や内部者で固めた取締役会(これによって人本主義を可能にしてきた)のための、カネへの甘えやトップのチェック機構の空洞化などが挙げられる。このような二重の原理の上での経営は難しく、経営者への負荷が大きい。
今日、「デジタル人本主義の時代が来た」と言っている。これは、二つの意味を含んでいる。一つは、デジタル的な人本主義が到来したという意味であり、もう一つはデジタル時代だからこそ人本主義的に、という意味である。
経済のグローバル化が進展する中、今般の米国の金融危機に端を発する世界同時不況の到来は、市場原理主義への疑念を引き起こした。そのような中、人本主義は、金の卵をつぶしかねない市場原理主義的危機への緩和剤となりうる。企業は社会全体のための金の卵を産む存在であり、単に株主の富増大のための道具ではない。デジタル時代だからこそ、人のネットワーク、すなわち、共同体感覚を大切にしていくことが求められる。細切れになる人間関係への緩和剤が必要であり、だからこそ、デジタル情報ネットワークに人のネットワークを二重がさねすることの原理的良さを見直すべきである。
ジョージ・ソロスは、「道徳的基準を守るためには、公共の利益を私利私欲に優先させなければならない。安定した人間関係が支配的な社会においては、このことは大した問題にはならない。なぜなら、そのような社会の中で、世間に広くいきわたっている社会規範を逸脱するような行為をすれば、成功はおぼつかなくなるからである。しかし、人々が自由に動き回れる環境の中では、社会規範の縛りつけはそれだけ弱くなり、功利主義が一種の社会規範として定着すると、社会は不安定になってくる。」(『グローバル資本主義の危機』)と洞察している。この警告は残念ながら現実のものとなった。安定的な人間関係のネットワークは、さまざまな意味で社会にとって極めて大切なのであり、その確保こそが、人本主義の重要な本質の一つである。
★第3部:パネルディスカッション「現下の雇用情勢を踏まえたディーセント・ワーク実現のための政策的対応と労使の役割」及びQ&A
| パネリスト: | 厚生労働省総括審議官 村木 太郎 日本労働組合総連合会事務局長 古賀 伸明 社団法人日本経済団体連合会常務理事 川本 裕康 |
| コーディネーター: | 伊丹 敬之 |
◆サブテーマ1:雇用安定・創出への取り組みに関する政労使合意の意義とディーセント・ワークへ向けての更なる課題
<パネリスト・プレゼンテーション>
冒頭、コーディネーターからのサブテーマの開陳と共に各パネリストに対しテーマに対する簡単なプレゼンテーションが求められた。
村木:政労使の討議を経て「ディーセント・ワーク」を「働きがいのある人間らしい仕事」としている。その現在の課題は、1)現下の雇用危機への対応、2)中長期を見据えた仕事の質の向上、3)世界への貢献、と言える。
1)の現下の雇用危機への対応については、昨秋以降3度にわたる緊急対策に加えて、今回政労使合意がなされた。内容は、雇用維持(雇用調整助成金の拡充)、雇用のセーフティネットの充実(訓練・生活支援給付、職業訓練の拡充、ハローワークの抜本的強化)、雇用創出(緊急雇用創出基金の積み増し)など。一方的な政府に対する要求ではなく、労使もそれぞれに取り組むことを含んだ画期的内容となっている。
2)としては、雇用の量だけでなく質が重要。緊急対策を中長期対策につなげていく視点が求められる。三つの中長期対策として、若年非正規労働者や就職困難者への対策、ワークライフバランス、働きがいのある仕事の創出が挙げられる。
3)については、まず日本だけの景気回復やディーセント・ワーク実現はありえないことを理解しなければならない。日本が世界で活躍するための環境整備が必要。そのためには、ILO/日本マルチ・バイ事業やILOの議論への積極的参加などを通じて努力していかなければならない。
古賀:この厳しい状況は、働き方を考える絶好の機会。働くことの価値観をもう一度作り出さなければならない。
日本経団連と1月初めに春季生活闘争についての意見交換会にて、賃金引上げについては交わるところは無かったが、雇用の問題の重要性については一致し、労使で共同宣言をした。その後、実務的な積み上げで今回の政労使合意に至った。
まず、「雇用の安定は社会の安定の基盤」という前文の表現は、極めて重いものであると指摘したい。労働の現場が不安定になれば企業だけでなく社会全体が不安定になる。また、「我が国における長期雇用システムが人材の育成を支えてきたことを再認識」するという前文の意味も重い。日本のセーフティネットでは失業給付が切れれば生活保護に落ちる。その両者の間の制度が必要という考えから第2のネットの必要性を主張してきた。これも盛り込むことで具現化するという意味は極めて大きい。これらの制度の具体的良さが発揮されることを期待する。
二つ目として雇用調整助成金を使いながら雇用維持も徹底的に行い、非正規労働者もその対象と出来たという意味も大きい。
川本:三者合意の最大のポイントは厳しい状況に政労使が一体となって具体的提言がとりまとめられたところにある。雇用の安定・創出は政労使の社会的責任であると考える。企業の雇用維持努力からどうしてもこぼれてしまった者についてはハローワークの強化で受け止める。
日本経団連独自では、日本版ニューディールを求めるという独自の提言もしている。今後どういう産業が成長するかを見極め、当該産業育成を国家的プロジェクトとして取り組んでいただきたい。
また、更なる課題としては、ワークライフバランスの推進が求められていることを挙げたい。
<パネル討議>
以上のプレゼンテーションをベースに以下の議論が行われた。
伊丹:三者合意の後でのコーディネーターは困る。平時に乱を起こしたい。今回の合意がディーセント・ワークにどう貢献したか、それぞれ一言で。
村木:合意の内容は雇用の量的側面に比重がかかっている。質的な面ではワークライフバランスなどが今後の課題となろう。
古賀:合意はディーセント・ワークの基盤を作った。すなわちまず、雇用ということ。
川本:合意にワークライフバランスの推進が盛り込まれたことが次のステップとして重要なポイント。働きがいのある人間らしい仕事につながる。介護福祉等の人手不足の分野で雇用創出・公的訓練などが必要。今回の合意もそのきっかけになる。
伊丹:雇用の維持の必要が原点であるということ。それでは、会場からの質問をここで一つ。「企業は不景気でも正社員を守ろうと努力するが非正規社員はすぐ切られる。今後どのようにして非正規社員の雇用を守り、創出していくのか?」。この点についてお答を。
古賀:非正規労働者の比率は40%程度となった。派遣労働者がクローズアップされているが、1,200万人程度のパート等の非正規労働者がいる。課題は、低賃金の非正規労働者と長時間労働の正社員への労働市場の二極分化。企業が労働をコストと見たから、安いコストの働き手が増えたことが根底にある。解決は多方面から行われなければならない。短時間労働者を否定するつもりはないが、個人の意思が最大限に尊重される働き方が重要。となるとワークライフバランスが課題ではないか。そういう流れの上での中期的なワークライフバランスの促進が求められる。
伊丹:質問は短期的な問題として出されている。
古賀:合意の中で正規・非正規を問わず日本的ワークシェアリングも含め対象としてきた。
川本:一昨年来、正規・非正規という言葉の使い方をやめようとしている。期間の定めの無い雇用、有期雇用契約、派遣労働者という呼称で分類する。ただし、契約途中での解雇は一般的な解雇より一層強い合理的な理由が求められると考え、それを訴えている。一方、様々な働き方のニーズがある。処遇については、パートタイム労働法があり、それによって社員間の仕事の価値をみて、均等待遇、公正処遇であるかどうか判断していく必要があると考える。公正処遇をどう図るか、それを突き詰めると年功賃金をどう改めるかが課題となる。
村木:短期の非正規労働者の雇用の安定については、これまでの対策、合意のすべてにおいて、最も重要視されている。日本の雇用対策史上、非正規労働者の対策にこれだけ力を入れたのは初めて。職業相談、訓練・実習、ホームレスにならないような手当としての住宅対策、雇用保険の対象となっていない失業者のための訓練・生活支援給付の創設、と出来る限りのことをやっていると考える。中長期的に見れば、非正規労働は日本全体としても良いとは言えず、ディーセントとも言えない。新卒採用・長期継続雇用で技能・キャリアを蓄積していくという機会を奪われているという意味で問題あり。したがって、若年者の非正規労働対策は重要。一方、若年者の中には企業に縛られたくないという層も確実に増えてきている。また、非正規労働需要が今日のように高くなっていなければ、その分失業者となっていたという可能性もある。
伊丹:非正規社員の問題が現在のような雇用危機の状況で問題となっているのは、日本にとって新しい本質的な問題。一つは企業側の需要と働く側の希望がマッチしてしまっている部分があり、そこで経済危機ゆえに解雇されている場合、そのようなリスクを選んだ自己責任原則で切り捨てるのも一つの考え方であろうが、それも忍びない。もう一つは、企業の側の意思で守られている層と非正規労働者との間の一種の「労労問題」という側面もあることを指摘したい。今後ともきちっと考えていくべき問題であろう。
◆サブテーマ2:ディーセント・ワーク実現に向けた人材育成のあり方
<パネリスト・プレゼンテーション>
冒頭、コーディネーターからのサブテーマの開陳と共に各パネリストに対しテーマに対する簡単なプレゼンテーションが求められた。
川本:若年者の教育訓練こそが問題。公的訓練という視点から言えば、雇用・能力開発機構で様々な訓練が行われているが、さらに昨年ジョブカード制度を始めた。カード制度の普及・拡大は不況の中で進展していないが、今後とも周知、参加企業の増加を図るべき。また、カードのICカード化もすべき。
もう一つは、いわゆる「現場力」の維持向上。日本の企業の競争力の源泉は現場にあり。ソフト・ハード両面で想像力を発揮できる人材、顧客の要望に応えられる人材が必要。特に中小企業の人事育成が重要。雇用・能力開発機構は統合となったが、ポリテクセンターなどが維持されたことは喜ばしい。
古賀:まず、長期雇用システムは人材育成の機能を有する。この点は伊丹先生のお話どおり。一方、国の役割は重要となる。これまで、人材育成を企業に任せ過ぎてきた。日本の労働市場政策の公的支出は低く、特に積極的労働市場政策に関連した支出は国内総生産(GDP)比0.2%と大変低い。国の役割を大きくする必要あり。加えて、働く者の教育も必要。昨年来様々な相談を受けてきたが、自らの権利、義務を知らない労働者が多い。そのためには非営利組織(NPO)、非政府組織(NGO)との連携も含め取り組む必要がある。最後に、雇用あっての人材育成なので、きちっとした中長期的な産業ビジョンに基づいた対応が不可欠。
村木:ディーセント・ワークと人材育成を結びつける三つの切り口がある。1)雇用対策としての職業訓練、2)個々人の職業生涯を通じたキャリア開発、3)企業・産業の発展による労働条件の向上のための職業能力開発。2)はディーセント・ワークの「働きがいのある」という訳語にも関連する。
では、政府は何をするのか。1)としては、離職者訓練の拡充、訓練中の生活保障、ジョブカード制度の本格実施等がある。一方、2)としては、各種若年者対策やキャリアコンサルティングがある。併せて、政府の役割として人材育成のためのインフラ整備が必要。多様な訓練機会の確保(企業内、民間教育訓練機関、公共訓練)、職業能力の評価制度、情報提供やキャリアコンサルティングが挙げられよう。
<パネル討議>
以上のプレゼンテーションをベースに以下の議論が行われた。
伊丹:多様な論点があるテーマなので、一点だけに絞って議論したい。「国の役割」について。「国の役割は今後大きくなるべき」と言ったとき、その内容によって、大きく違ってくるのではないか。カネだけか、口も出させるのか、政府自身が考えてやれというのか、それによって大きく異なる。政府がやりだすと良くないことも多い。せめて、カネだけを出せというところに留めておくのが良いのではないかと考えるがどうか。
川本:企業内で育てるということと、今後新しい分野に向けての訓練拡大という二つの面がある。後者は企業だけでは対応が困難ではないか。
伊丹:「企業では無理」という発想を見直せということなのだが。
川本:公的職業訓練については、財源の多くは雇用保険二事業なので、本来事業主が払っているものが原資。一方、非正規労働者関連では、失業給付の非正規労働者への対象拡大と失業給付と生活保護との間の新しい公的給付を一般財源で出せと言ってきている。
村木:人材育成について、一番良いのは国が何にもしないことだ。民間ができるならやってもらう。カネについては、政府が出すと言うより、企業や労働者から集めたものの再分配ということになる。新たな産業や福祉などの分野については市場原理上できないだろうから、ある程度国がやっていくしかない。規模の利益という点からは、国が行うこともある程度正当化できよう。クチをだすというのは、公共財としてやるべきところがあり、その部分についてであろう。ただし、国が行うときには説明責任と透明性確保が必須となる。
古賀:すべてを国に任せると言う意味ではないだろう。求めるべきはNPOなども含めたベストミックスである。所得再分配という観点からの国からの支出は必要である。
伊丹:こういう問題提起をしたのは、一番人材が育ったのは高度経済成長期だと思っているからである。今日のような人材育成のシステムもなく、その頃は国もほとんど何もしなかったので、企業が工夫、努力をして人材育成を行ってきた。それで人材育成が最も進んだ。
村木:人材育成の基本は民間だと考えており、古賀氏と自分の考えはあまり変わらない。
川本:中小企業では自分たちでできないので、少なくとも設備等訓練のインフラは外部に求めなければならない。そのためにも、公共訓練では、在職者訓練もやっている。やはり、ベストミックスの追求ということになろう。
伊丹:雇用保険のお金はすべて失業給付で使うこととして、政府全体で考え、もっと予算のある他の省庁など他のところから出してもらうことを算段するということになると、本当に我が国でディーセント・ワークが普及したと言えるのではないか。
会場からいただいた質問に私から一つ答えておく。「市場原理に急速に傾斜した日本企業で本当にディーセント・ワークができるのか?」という質問であるが、日本経済においてそんなに市場原理は浸透していないというのが私の現場認識。本当の現場では、懸命に現場・企業を維持し、経営を守ろうと努力している方々がたくさんいる。彼らにエールを送るのが本当のディーセント・ワークへの道である。
★結 語
長谷川真一 ILO駐日代表
本日の議論では貴重な指摘も多く、一言でまとめることはできないが、自分なりに本日のメッセージで印象に残ったものをまとめると以下の6点となろう。
本日を契機に皆様にもいろいろと考えていただきたい。我々もディーセント・ワークがすべての人々にいきわたるよう今後とも努力していく所存。
* * *
創立90周年に際して制作された特別ウェブページでは、各国の記念行事、記念出版物、広報資料、写真やビデオでつづる90年の歴史、現下の経済危機に対する対応に関する情報などが入手できます。
ILO創立90周年特別ページ(英語)----->
http://www.ilo.org/90
日本における記念シンポジウム・プログラム----->
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/downloads/c20090427.pdf
2009年1月30日付第80号トピック解説:社会正義とILO----->
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/feature/2009-01.htm