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ILO駐日事務所メールマガジン・トピック解説

(2008年1月31日付第68号)

◆ ◇ 賃  金 ◇ ◆
◆ ◇ (wages) ◇ ◆

 賃金は労働時間と共に、労働者の日常生活に最も直接的で、最も目に見える影響を与えています。2007年3月に開かれた第298回ILO理事会には賃金に関する最近の世界的な動きを概説した討議資料が提出されました(GB.298/ESP/2)。そこで挙げられている最近の論点を簡単にご紹介します。

★賃金を巡る最近の論点
◎賃金水準、生産性、市場開放

 国際貿易の理論では、商品・サービス貿易と資本の動きは、労働力移動と共に賃金を含む要素価格の国際的な平準化を助けるものとされています。したがって、今日のようなグローバル化の進展は、途上国の労働者に特に益する、賃金水準における一種の収束をもたらすことが期待されます。実際、市場開放に踏み切った国を中心に、相当数の途上国で最近、平均実質賃金の上昇が記録されています。最も顕著な伸びを示しているのは中国で、近年の成長率は年平均10%を上回っています。同様の傾向は1995年からの10年間で30%増を記録したマレーシアやインド、そして平均15%を上回る実質賃金の上昇を記録している中南米諸国でも見られます。しかし、2005年の平均時給が米国は17.89ドルであるのに対し、スリランカでは0.31ドルであるといったように先進国・途上国の賃金格差は依然大きいままです。

 国家間の賃金格差の大部分は生産性と経済開発の度合いの違いによって説明できるとする研究が複数見られます。実際、購買力平価で計算すると国際的な賃金格差はかなり縮小されます。

 また、短期的な影響と長期的な影響を区別する必要もあります。今まで得られた証拠によれば、市場開放のプラスの影響は即時には現れず、逆に実質賃金が一時的に下がる可能性が示されています。開放プロセスの質も重要で、中・東欧諸国の多くで市場経済への移行の初期に見られたように、経済開放が外資誘致に失敗したり、期待される輸出増よりも輸入成長がもたらされた場合、キャッチアップのプロセスがうまく機能しない可能性があります。

 外国からの直接投資は賃金にプラスの影響を与えることが見出されており、中国やアジア諸国における実質賃金の上昇から見られるように輸出成績も賃金のキャッチアップの早さを説明する要因となります。中国では都市と農村の所得格差が拡大し続けていますが、平均実質賃金の驚異的な成長が続いており、この重要な要因は制度改革とその結果としての農村部における目覚ましい所得の伸びにあると言われています。ここから示されるように、賃金にプラスの影響を与えるのは市場開放そのものではなく、開放が調和の取れた持続的な成長に転換されるか否かといった点であることを示す研究も複数存在しています。

 グローバル化の進展と国際的な資本流動性の高まりによって金融危機のような例外的な出来事が発生する可能性はますます高まり、これは実質賃金に直接的な影響を与えることが示されています。1997〜98年のアジア危機の際に、韓国では15%、インドネシアでは42%もの実質賃金の下落が記録されています。

◎GDPに占める賃金比率の変化

 多くの途上国で見られた実質賃金の伸びは、国内総生産(GDP)に占める賃金(勤労所得)の割合を自動的に押し上げるに至っていないことが示されています。ブラジル、中国、韓国といった高成長諸国では90年代初めからこの比率は逆に低下しています。米国でも1970年から2005年の間に10ポイント減といった大幅な低下が見られ、経済協力開発機構(OECD)は名目賃金成長が生産性の伸びをはるかに下回るこの現象を世界的な傾向と指摘しています。この傾向を説明するものとして、経済学者は、資本・労働比率の変化と、労働収益(分配)率から資本収益率に向かう動きを挙げています。国際貿易や労働者の交渉力の低下、一般的な労使交渉メカニズムの欠如など原因は様々に挙げられているものの、明確には分かっていません。労働分配率の低下は中国でも、そしてオーストラリア、オーストリア、カナダのような先進国でも観測されています。移行初期の中・東欧諸国における実質賃金の低下が消費に悪影響を与え、生産高の予期せぬ長期的な低下に寄与したことなどは示されていますが、実質賃金の動向が消費に与える影響もまだ十分研究されていない分野です。

◎賃金格差

 新古典派経済学によれば、賃金は市場の力を反映し、労働需給の均衡によって決定されることになっていますが、職務階層に関する社会規範のような市場外の力が作用する可能性もあり、異なるカテゴリーの労働者間の賃金の違いは特定の労働者群に対する差別的な慣行の結果である場合もあります。

 データから、国際的にも国内的にも所得と賃金の格差の広がりが示されています。国際的な比較では、1983〜98年の期間について150カ国161職種について行った研究の結論は、同種の職種毎の賃金のバラツキが国家間で広がってきていることを指摘しています。

 国内でも最上位と最下位の二つの労働者群で一般的な所得・賃金格差の拡大が見られます。中南米諸国には依然として一定の所得不平等が存在し(例えばブラジルの平均ジニ係数は0.54)、過去10年間に公平な成長を経験してきたアジアでも18カ国中13カ国で賃金・所得の不平等が目立って増大しています。中国では平均賃金の上昇が所得格差の急上昇を伴い、1980年に0.33であったジニ係数は2005年に0.45に達していますが、これは部分的に地域間格差及び都市と農村の格差の拡大によって説明がつきます。

 平均して途上国の方が所得格差は増大していますが、この現象は先進国でも見られ、21カ国を対象とした最近のOECDの研究は、90年代初め以降所得格差が大きく拡大したのは11カ国に達し、差が縮小した国は1国もなかったことを示しています。この差は部分的に産業間の違いも反映しているため、高い技能労働者に有利な技術変化にその原因を求めることもできます。技能または教育水準別で実質賃金の年間成長を吟味すると、技能または教育による割増部分が増大している傾向を見ることができます。外国直接投資は高い賃金支払い額をもたらしても、技能労働に対する需要が高いため、賃金格差の縮小には寄与しない可能性があることも見て取れます。

 例えば中南米では非農業部門における女性の時間当たり平均所得が1990年から2000年の間に男性の68%から78%へ上昇したように、一部諸国では男女賃金格差が縮小を見せているものの、全体としては依然相当の差があります。伝統的に差が大きかった一部アジア諸国でも日本や韓国、マレーシアを中心に格差縮小が見られますが、にもかかわらず、これらの国では依然として男性の方が女性よりも4割は高い収入を得ています。イラン、フィリピン、タイでも30%の男女賃金格差がなおも残っています。

 賃金格差の拡大を説明するもう一つの説は、有期契約労働、派遣労働、パートタイムなどの新しい契約形態の拡大に要因を求めています。こういった新しい契約形態は新たな雇用機会を提供する可能性はあるものの、女性や若者、高齢者などといった、このような非正規の契約形態に頼る可能性が高い弱い立場の労働者を賃金面で不利にしている状況が見出されてもいます。例えば、韓国における不平等の拡大は主として有期契約(全労働力の37%)や独立自営労働者(同30%)の増大によって説明できるとされます。欧州連合(EU)の27加盟国を対象とした調査によれば、この種の新しい契約形態は労働市場における踏み台となる場合もあるものの、質の低い、低賃金職から長く抜け出せない就労事情と関連している場合が多いとされています。賃金格差の拡大は先進国でも途上国でも社会の二極化につながる可能性が指摘されており、既にアジアの低・中所得国では中産階級縮小の証拠が見られ、米国など先進国でも問題になっています。

 南アジアで約2億人、サハラ以南アフリカでは1億5,000万人も存在すると言われているワーキング・プア(働く貧困層)の問題も注意する必要があります。実質賃金の上昇は中国その他アジア諸国を中心にワーキング・プア数の減少に寄与し、世界全体で自分と家族を1日1人当たり1ドルの貧困線を上回らせるだけの収入を稼ぐことのできない労働者の割合は1997年に24.2%であったものが、2007年には16.4%に低下しています。しかし、サハラ以南アフリカ(2007年に53%)を中心に、ワーキング・プアが依然多い他の諸国では同じような傾向は見られず、1日1ドル未満の極度の貧困から抜け出た人々の多くが依然として1日2ドル未満のレベルに留まっているようにも見えます。ワーキング・プアは米国でも780万人、旧EU加盟国15カ国でも800万人いるとされています。決定的に重要な要素は賃金ですが、ワーキング・プアの問題は住宅や健康、家族事情など複数の要因の組み合わせの結果とされ、したがって問題の把握にはさらなる調査が必要です。

◎賃金制度

 競争の熾烈化、生産要求事項のめまぐるしい変化、仕事の性質の複雑化、より適応力が高く、モチベーションのある労働力を求める動きは賃金制度の利用方法にも変化をもたらし、一般的に制度の国際的な多様化と共に賃金構造の多様化が進んでいます。

 伝統的に働いた時間に応じた基本固定給が労働者が受け取る賃金全体の主たる要素を占め続けているものの、賞与や業績手当などの他の金銭的所得と付加給付や現物給付といった金銭外所得に補完される割合が高くなってきています。例えば、ロシアでは賃金全体に占める基本給の割合は平均して半分程度です。

 現物給付は依然として途上国では重要な所得源であり続けていますが、中・東欧諸国や中国などのように一部の国では企業が支給する付加給付の減少傾向が見られます。

 一部の伝統的な製造業や農業では出来高払い制が依然重要な部分を占めているものの、仕事の性質の複雑化を十分反映できないことから先進国を中心にその規模は漸進的に縮小してきています。同時に、業務の外注や雇われないで働く働き方の増大に伴い、業務ベースの賃金制度の拡大が見て取れます。多くの労働者にとって仕事の中身が大きく変化したことから絶えず報酬と業績の関係を向上させる方法が模索され、個人や小集団の業績に関連した賞与のような成果給の増大など、賃金制度は常に変化しているように見られます。企業の業績に直接連動した利益分配制も、特に米国、そしてフランス及び英国を中心としたEU諸国で広がっています。主として従業員の忠誠心に対するプラスの効果を求めて導入されたこれらの制度ですが、生産性や雇用の安定に対するプラスの効果も強調されています。

 賃金と賃金設定、雇用の複雑な関係については、国による大きな違いが見られ、経済ショックに賃金の柔軟性で対応する国もあれば、雇用の柔軟性をもって対応する国もあります。実際、賃金を景気と連動させる賃金の柔軟性の方法は雇用の柔軟性や労働時間の柔軟性ほど広まっていないように見られます。代わって、雇用喪失の回避または最小化を目指し、節度ある賃金を受け入れる労働協約へと向かう傾向があります。賃金外労働費用の縮小へと向かう傾向もあります。多くの国でこれは雇用の漸増につながっているものの、消費力の抑制に結びつき、雇用や社会保障の財源に悪影響が出る可能性がある国もあり、この複雑な関係はさらに研究する必要があります。

◎制度環境の影響

 今までに得られる研究は、労働組合や使用者団体を含み、団体交渉の仕組みが強固な国は所得分布の幅が狭いことを示す傾向があります。労働市場のより低い部分における賃上げを達成することによって労働組合の組織率は平準化にも影響しています。したがって、幾つかの国では賃金格差の拡大とGDPに占める賃金比率の低下は部分的に労働組合員数の減少と労働協約適用率の縮小に説明を求めることができるかもしれません。この証拠が最も顕著なのは、ロシア、ウクライナ、中央アジア諸国、中・東欧、南東欧といった移行経済諸国ですが、旧EU加盟国でもそのような現象が見られます。西欧諸国で米国ほど賃金格差の拡大やGDPに占める賃金比率の減少が見られない理由として、欧州では団体交渉と社会対話の役割が大きいことがしばしば挙げられています。

 賃金設定プロセスの分散化傾向も見られ、複数の国で産業別または地域別の賃金交渉が次第に企業レベルの賃金交渉に取って代わられています。アジアでは労働協約の大半が企業レベルで締結されていますが、多くのアフリカ諸国でも企業レベルの交渉が主流を占めるようになっており、同じような傾向は中南米全土からも報告されています。ドイツなど一部欧州諸国では、地域レベルや全国レベルの労働協約よりも低い賃金・労働条件を、企業レベルで労使が交渉できる例外条項または自由条項が導入されています。多段階の賃金交渉に向かう傾向も見られ、所得政策に関する全国的な三者構成の協約を枠組みとして用い、より分散したレベルでの賃金交渉と組み合わせる方法も取られるようになってきています。EUで多く見られる社会協約はしばしば賃金事項を取り上げることから出発し、その後、対象を幅広い経済社会問題に広げてきています。アイルランドの経済復興と成長はその三者協約に根をたどることができます。

 賃金交渉は労働市場の重要な機構ですが、団体交渉の対象となっていない企業や労働者も多く見られます。非公式のインフォーマル経済で働く人々はそのような状況にあり、一般に公式経済で働く人々よりも賃金は低く、労働条件も厳しくなっています。

 賃金交渉を補足する賃金設定メカニズムはこの他にもあります。最低賃金は特に、賃金格差を制限し、貧困対策に向けた賃金の下限を設定する有用なツールとして、重要な役割を演じることが認められています。日本でも先般、最低賃金法が約40年ぶりに改正されましたが、グローバル化は幾つかの国における最低賃金問題の見直しをもたらしてもおり、例えば貧しい国からの外国人労働者がかなり低い賃金を受け入れることが一般的であったドイツでは、外国人労働者の新たな導入により賃金水準が引き下げられないことの確保を一つの動機として、最低賃金制度が導入されました。米国でもワーキング・プア対策として連邦最低賃金が昨年大幅に引き上げられました。一方で、最低賃金への過度の依存は包括的な賃金政策の開発を阻害する要因になる可能性があります。例えば、社会給付を最低賃金水準に結びつける幾つかの国のやり方は最低賃金の下方硬直性に寄与し、賃金の下限としての役割が失われてしまっています。中・東欧の移行経済諸国の多くやベトナムでは、最低賃金に重要性が付与されるあまり、賃金交渉や業績給などといった他の賃金設定メカニズムの導入が妨げられています。

★最低賃金

 最低賃金とは一国の労働者の過半数に支払われるべき最低額を意味し、一般に時間額、日額、月額によって設定されています。理想的には国内で広く見られる経済・社会条件に鑑み、労働者とその家族の最低限のニーズを満たすように設定されることになっています。

 後述のILOの最低賃金データベースの2005年現在の約100カ国の情報によれば、最低賃金に関する各国の法令の現況は以下のようになっています。

◎最低賃金の水準

 最低賃金の設定に関する法規が存在しているのは全体の9割以上に上り、最低賃金を有する国のうち下位20%の平均水準は月57ドル(約6,000円)で1日2ドルの貧困線を下回っています。一方で上位20%の平均水準は月1,185ドル(約126,500円)で1日当たり約40ドルとなり、21倍の開きが示されています。

 最低賃金は平均で1人当たりGDPの3分の2となっていますが、4分の1を下回り、非常に低い数字になっている国も1割あります。世界の最低賃金の中央値は月213ドル、1日につき7ドル(東京都の現行の時間当たり最低賃金額739円とほぼ同)となっています。

◎最低賃金設定の仕組みと規準

 日本も含み、世界の国々の61%で、国家機関または政労使三者構成の機関(非常に稀なことながら、団体交渉で決定されている場合もあります)によって最低賃金が決定され、全国的に(または地域別で)適用されています。21%の国では政府または三者構成の機関によって産業別または職業別の最低賃金が設定されています。オーストリアなど欧州を中心に、産業別または職業別の最低賃金が団体交渉によって決定されている国も8%あります。世界の国の11%は、これらの二つまたは三つの仕組みを組み合わせています。日本では都道府県毎に決定され、産業別の最低賃金もありますが、昨年12月の法改正によって産業別の最低賃金は関係労使の申し出によって任意に設定されるものとなっています。

 最低賃金設定に際して、労使と全く協議しない国もあれば(全体の10%)、労使の団体交渉だけで決定されている国(11%)もありますが、実際には法的な協議義務がない国でも非公式の協議が行われる場合が多くなっています。割合としては政府が労使の二者機関または政労使三者構成の機関と協議する国の割合が最も高く、全体の48%になっています。

 ほとんどの国(80%)で最低賃金の水準を見直し、調整する際に考慮すべき様々な規準が法に定められています。用いられている規準は、労働者やその家族のニーズといった社会的な規準と、経済的要因に関連した規準の二つに分けることができます。最も一般的に用いられているのは生計費及びインフレ率で全体の61%、これに経済状況や開発度合いが51%で続いています。日本でも労働者の生計費、類似の労働者の賃金(今改正によって、「地域における労働者の生計費及び賃金」に変更)、通常の事業の賃金支払い能力を考慮することが求められています。

 60%以上の国で、最低賃金率を調整する頻度は法に定められておらず、年毎の見直しを求めている国は全体の4分の1にも達しません。実際には消費者物価の上昇に合わせて調整される場合が多いものの、調整間隔は不定期になることが多く、しばしば消費者物価の経時的な上昇を十分補わず、最低賃金の購買力低下を招いています。

 最低賃金の法規は賃金労働者の大多数をカバーしています。中国ではほとんどの賃金労働者に最低賃金法が適用され、インドでも組織化されていないインフォーマル部門の非熟練職の多くが法の適用対象となっています。ブラジルも全労働者が適用対象となっており、デンマークのように団体交渉によって最低賃金が設定されている国でも全労働者の9割に適用されるといったように適用率は一般に高くなっています。

 しかし、全ての種類の賃金労働者に法が適用されるわけではなく、除外されている職種としては貧しい労働者の多くを占める場合が多い家事労働者の状況が特に懸念され、インドネシア、韓国、モロッコ、チュニジア、スリランカなどで、適用対象になっていません。ブラジルや中国などでは家事労働者にも最低賃金法が適用されますが、通常よりも低い額が設定されている国(チリ、レソト)もあります。農場労働者も同じような状況にあり、インド、グアテマラ、南アフリカなどでは適用対象になっていますが、ボツワナ、カンボジア、マレーシアでは適用対象外になっています。日本でも障害により著しく労働能力の低い者、試用期間中の者などは適用除外とされていましたが、今回の改正で減額の対象へと位置づけが変更されました。

 最低賃金は、労使に対する最低賃金率の周知、不遵守防止に向けた処罰などの制裁設定、企業の支払う賃金を監督する労働監督署の設立といった方法を通じて実施されています。違反した場合の罰金を定めている国は全体の75%に上り、額は最低賃金の4分の1から上は200倍にもなっています。例えば、中国では労働者に対する不払い額の1〜5倍、フランスでは月額最低賃金の約1.5倍分を不払い労働者の人数で乗じた額、メキシコでは最低賃金の50〜200倍、モザンビークでは最低賃金の最大10倍の額を不払い労働者の人数で乗じた額を支払うこととされています。日本でも不払いに対して現行2万円を上限とする罰金が課されていますが、今回の改正でこの上限額は50万円に引き上げられました。罰金と実刑(6日〜4年)の両方を定める国も15%ありますが、何の規定も見られない国も10%あります。

◎最低賃金政策に係わる今日的論点
<最低賃金と雇用水準低下の関係>

 ほとんどの研究結果が最低賃金は雇用にわずかに否定的な影響を与えると結論づけていますが、この効果は低い給与の底上げや消費力の増大といったプラスの効果でバランスが取られるべきです。しかしながら、生産性が非常に低い、臨時労働者のような弱い立場にある労働者の雇用は危機にさらされる可能性があり、特別の措置が必要とされます。

<最低賃金が賃金格差に与える影響>

 例えば英国では女性の7割が最低賃金導入の恩恵を受け、女性パートタイム労働者の収入が男性の81%から89%に上昇したことから示されるように、最低賃金は賃金格差を縮小し、若者、組合がない部門の労働者、女性や外国人労働者といった低賃金労働者の賃金を引き上げる強力な手段となります。ただし、最低賃金調整後には最低賃金をわずかに上回る賃金が上昇する傾向がありますが、高い賃金には何の影響もないように見えます。

<最低賃金は財政赤字やインフレの原因となり得るか>

 先進国、移行経済諸国、途上国を問わず、多くの国が最低賃金の水準に合わせて基礎老齢年金や公的部門の賃金を設定しています。この場合、最低賃金の引き上げは公共予算を圧迫する可能性があり、例えば80年代のオランダのようにこれらの国の多くが正にそういった理由から最低賃金の調整にためらう傾向があります。しかし、そもそもの社会給付と最低賃金とのつながりは前者のレベルを保護する目的で確立されています。

 最低賃金が消費者物価の上昇に合わせて調整され、最低賃金の引き上げが全面的な賃金水準に影響を与える場合、最低賃金はインフレを引き起こす可能性があります。この理由から高インフレ時に消費者物価指数の上昇に合わせて最低賃金が調整されることは滅多にありません。しかし、最低賃金がインフレの主たる原因となることは決してないと言うことができます。

<途上国の最低賃金政策>

 途上国では団体交渉の仕組みが十分発達していないため、最低賃金が社会対話の唯一のテーマとなる場合が多くなっています。労働組合が自らの要求を知らせる唯一の場が最低賃金の協議である場合、達成された最低賃金が真の閾値ではなく、公式労働者の過半数が得る実際の賃金となる危険があります。この唯一の解決策は十分に系統立った団体交渉の仕組みを推進することにあります。

 最低賃金は公式部門における不当に低い賃金支払いに対する賃金の下限を形成することになり、これは消費者の需要を押し上げる可能性もあります。最低賃金はインフォーマル経済における賃金決定にも影響を与えることが知られており、とりわけブラジル、インド、インドネシア、南アフリカでは最低賃金がインフォーマル活動における個別交渉の一種の参照基準として機能していることが見出されています。

<貧しい労働者が最低賃金の受益者となっているか>

 最低賃金の主たる目的が最も低い賃金稼得層に人並みの生活水準を保証する保護を与えることにある以上、最低賃金の引き上げは裕福な世帯よりも貧しい世帯に属する労働者により多くの利益をもたらす必要があります。先進国では最低賃金を受給している労働者の多くが、若者のように、世帯収入が他にある比較的裕福な家庭に属しているため最低賃金は貧困対策としてあまり機能しないとの理論も見られますが、最低賃金の目的は労働市場に閾値を導入し、過度に低い賃金の支払いを防止することにあるため、労働者の世帯所得に左右される手段としないことが重要です。

★賃金関係の国際労働基準

 ILOはその最も初期の時代から人並みの暮らしができる賃金水準と労働に対する公正な報酬の問題を活動の中心に据え、賃金に係わる労働者の権利を保障し、保護することを求めた労働基準を主張してきました。1919年に定められたILOの憲章は、世界の平和を促進し、多数の人民に影響を与えている社会不安、困苦、窮乏と闘うために緊急に必要な改善事項の一つとして「妥当な生活賃金の支給」を掲げています。1944年に採択されたILOの目的に関する宣言(フィラデルフィア宣言)でも、「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である」との原則を再言し、「賃金及び所得並びに労働時間及び他の労働条件に関する政策で、すべての者に進歩の成果の公正な分配を保障し、且つ、最低生活賃金による保護を必要とするすべての被用者にこの賃金を保障することを意図するもの」の達成に向けた世界的な計画の必要性を強調しています。

 賃金に係わる国際労働基準は大きく四つの分野に分けることができます。第1は最低賃金についての基準、第2は賃金の保護に係わるもの、第3は賃金支払制度に関するもの、そして第4は非差別原則に関するものです。

◎最低賃金に関する国際労働基準

 ILOはまずこの問題に注目し、早くも1928年に最低賃金決定制度条約(第26号)及び同名の勧告(第30号)を採択しています。農業を対象とした、1951年の最低賃金決定制度(農業)条約(第99号)及び同名の勧告(第89号)を経て、1970年に途上国に特に言及した基準として、最低賃金決定条約(第131号)及び同名の勧告(第135号)が採択されました。

 第26号条約はある種の産業における最低賃金決定のための制度の創設または維持を求めるもので、第99号条約は農業及び関連事業について同じ義務を定めるものです。

 第131号条約も特に低い賃金の支払いを予防することを目的としており、最低賃金決定のための制度の創設または維持に加え、最低賃金が実際に設定されることを求めています。雇用条件に照らして対象とすることが適当な賃金労働者のすべての集団が対象となっており、労働者と家族の必要や経済的要素といった最低賃金水準の決定に当たり、考慮すべき要素を示しています。

 最低賃金に触れる条約・勧告には他に、1947年の社会政策(非本土地域)条約(第82号)や1962年の社会政策(基本的な目的及び基準)条約(第117号)などがあります。船員については1996年の船員の賃金、労働時間及び船舶の定員勧告(第187号)があり、ここでは実際に有能海員の基本給が設定され、随時改訂されています。

◎賃金保護

 賃金保護の概念は、1939年の雇用契約(先住民労働者)条約(第64号)や1947年の社会政策(非本土地域)条約(第82号)といった初期の条約でも部分的に言及されていますが、この問題を包括的な形で取り上げているのは1949年の賃金保護条約(第95号)と同名の勧告(第85号)です。

 第95号条約は、「賃金」について定義した後、賃金支払いの形式と方法、自己の賃金を処分する労働者の自由、労働者に賃金条件に関する情報を与える義務、賃金保証、実施方法を定めています。賃金は定期的に法貨で支払うべきこと、賃金の一部が現物支給される場合にはその価値は公正かつ妥当であるべきこと、使用者の支払い不能時には、清算資産の分配において賃金に優先権を与えるべきことなどといった原則が規定されています。

 その後1992年に、第95号条約を部分的に改正し、企業の破産または司法上の清算の場合の労働者の賃金債権の優先的な取扱いについて定める労働者債権保護(使用者の支払不能)条約(第173号)と同名の勧告(第180号)が採択されています。第173号条約は優先権もしくは保証機関のいずれかまたは両方による労働者の債権の保護を規定し、保護されるべき債権の種類を具体的に示しています。

◎賃金支払制度

 第95号条約の採択が審議された同じ総会ではもう一つ、公契約における公正賃金条項の問題も取り上げられ、1949年に労働条項(公契約)条約(第94号)と同名の勧告(第84号)が採択されました。この背景には、公の機関は建設工事や商品及びサービスの供給のために契約を締結する際に、こういった作業が遂行される時の労働条件に注意すべきという理論があります。公契約の入札に伴う熾烈な競争下では、使用者が労働費用を節約する誘惑に駆られる可能性があるため、民間請負業者に雇用され、間接的に公金の支払いを受けている労働者を保護する具体的な法規の必要性が唱えられたものです。

 第94号条約は公契約の実行に際し、最低限の労働基準が尊重されることの確保を目指しており、公の機関を一方の契約当事者として締結する契約において、その契約で働く労働者に対し、労働協約または承認された交渉機関、仲裁裁定あるいは国内の法令によって決められたものを下回ることのない賃金、労働時間、その他の労働条件を確保する条項をその契約の中に入れることを定めています。今年の総会には第94号条約と第84号勧告に関する総合調査報告書が提出されることになっています。

◎同一報酬

 他に、賃金における非差別の原則を謳った重要な基準として1951年の同一報酬条約(第100号)と同名の勧告(第90号)があります。第100号条約は、同一価値の労働について男女労働者の同一報酬の原則を定めています。

★ILOで得られる情報

 ILO事務局の中で賃金問題を包括的に扱っているのは社会的保護総局の中に置かれている労働・雇用条件計画です。ここでは賃金や労働時間を含む労働条件全般を担当し、政策助言、調査研究、技術協力、情報提供を通じ、加盟国政労使の賃金政策・賃金実務の向上支援に努めています。

◎統計

 賃金に関する各国の統計データは、統計局の定期刊行物「Yearbook of labour statistics(労働統計年鑑)」とそのデータベースであるLABORSTAなどで入手することができます。1935/36年に初版が発行された労働統計年鑑にはILO加盟国の経済活動別の賃金が可能な限り男女別で収録されています。製造業の労働費用も掲載されています。インターネットから無料でアクセスできるLABORSTAには過去約40年分のデータが含まれています。統計局はこの他に、49業種159職種の賃金と労働時間を調査した「ILO October Inquiry(ILO10月調査)」の調査結果も発行していますが、これもオンラインでアクセスできます。統計局のホームページには、国際労働統計家会議で採択された労働統計に関する指針や決議も掲載され、賃金統計の手法に関する様々な情報を集めることができます。LABORSTAでは各国の統計手法も紹介されています。

 統計にはもう一つ、雇用総局の経済・労働市場分析局から隔年で発行されている「Key indicators of the labour market (主要労働市場指標)」というものがあります。こちらは加工された指標を掲載し、賃金分野では製造業の賃金指数、職業別賃金・収入指数、時間当たり報酬費用、働く貧困層・所得分布のデータが含まれています。現在、2007年秋に発表された最新版は経済・労働市場分析局のホームページから無料でダウンロードできるようになっています。

◎法令

 賃金分野を含む条約の批准・適用状況については国際労働基準局のデータベースILOLEXで、各国の国内法令に関してはNATLEXで見ることができます。条約・勧告の日本語訳はILO駐日事務所のホームページに掲載されています。

 労働・雇用条件計画のホームページには、最低賃金法令データベースがあり、約100カ国について最低賃金決定の仕組み、法の適用範囲、最低賃金決定の際に考慮に入れる規準、最低賃金の水準、調整頻度、実施手段の分野別に情報が掲載されています。

◎刊行物

 労働・雇用条件計画では、インフォーマル経済における賃金決定、最低賃金決定の基礎的条件、最低賃金政策と貧困緩和、労働市場制度と所得格差、労働費用の定義と国際比較、先進国公務員の賃金など、様々な角度から賃金について分析した研究書を発表しています。この一覧は同計画のホームページで見ることができ、一部はダウンロードもできます。

 賃金の分野では今後、統計の収集と公表、ディーセント・ワーク国別計画を通じたものを含む各国に対する支援、賃金設定の仕組みと賃金交渉、賃金・生産性・経済成績、賃金差と格差といった分野に重点を置いた活動が進められていく予定です。


第298回ILO理事会資料GB.298/ESP/2−Wages around the world: Developments and challenges(英語)----->
http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---ed_norm/---relconf/documents/meetingdocument/wcms_gb_298_esp_2_en.pdf
労働・雇用条件計画(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/protection/condtrav/
統計局(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/bureau/stat/
経済・労働市場分析局(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/employment/strat/index.htm
国際労働基準局(英語)----->
http://www.ilo.org/global/What_we_do/InternationalLabourStandards/lang--en/index.htm
ILO条約・勧告一覧----->
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/standards/list.htm
テーマ別ページ:賃金(英語)----->
http://www.ilo.org/global/Themes/Working_Conditions/Wages/lang--en/index.htm

最終更新日:2008年1月30日 作成者:EU 責任者:SH