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ILO駐日事務所メールマガジン・トピック解説(2006年6月30日付第49号) |
東アジア準地域総局
労使関係専門家 チャン・ヒー・リー
| 以下は、2006年5月26日に独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)とILO駐日事務所の共催で、東京都内で開かれたJILPT国際フォーラム「アジアの労使関係、どう読むか−韓国・中国・ベトナムを中心に−」におけるチャン・ヒー・リーILO東アジア準地域総局労使関係専門家の講演の要旨です。 |
私はバンコクのILO事務所に勤務する東アジア諸国担当の労使関係専門家で、東アジアの労使関係の発展を現場で見聞きしています。
★東アジアの労使関係の特徴
1990年以降の東アジアにおける政治、経済、社会の変化は、各国の労使関係の進化の道筋を形作っています。中国、ベトナム、モンゴル、ラオス、カンボジアでは、社会主義経済から市場主義経済への移行によって労使関係が変化しました。また別の変化の要因として民主化もあり、これは韓国、そしてある程度マレーシア、そしてフィリピン、インドネシア、タイといった国で見られました。また、グローバル化は、社会規範と労働市場に変化をもたらし、日本やシンガポールを含む域内諸国の労使関係に変化を生じさせています。
東アジアの労使関係は多様で、労組組織率は例えば最低のタイでわずか約2%、韓国約11%、日本が19%、シンガポールが約20%、モンゴルのフォーマル・セクターが30%程度とされています。次に政労使三者構成の社会対話メカニズムですが、このシステム、慣行には大きな違いが見られます。例えば人口250万で広大な国土を擁するモンゴルでは、民主化後中央レベルで三者構成の社会協定が結ばれ、今は県レベルでも実施されており、労働組合は積極的に社会対話に関与し、幅広い議題が取り上げられています。中国及びベトナムでも社会の安定を図るため、最近三者構成の社会協議・社会対話の制度が導入されました。一方、カンボジア及びタイでは三者構成のメカニズムはまだ十分制度化されておらず、影響力もありません。韓国では制度化は進んでいますが、成果ははかばかしくありません。
次に労働者と企業、労働者と政府の関係の特性ですが、韓国、インドネシア、カンボジアなどいくつかの国では関係は極めて対立的です。一方で、闘うのではなく対話が重視されるのはシンガポールと日本です。ベトナム及び中国は公式には協調的であるものの非公式には対立的で、公式のシステムではあまり対立しないものの、表面下では高い緊張関係が見られます。この地域の団体交渉はほとんどが企業単位で行われますが、いくつかの例外があります。例としてまだどう機能するか分からないものの、中国では産業別団体交渉や地区別団体交渉といった実験が試みられています。
★対照:中国とベトナム、韓国と日本
次に、中国、ベトナム、韓国、そして基準点として日本についてお話ししたいと思います。この4カ国を一緒にした一つの理由に言語があります。例えば、「安全」という単語ですが、この4カ国共ほとんど発音が同じで、いずれも中国語から派生しています。このような単語は多数あり、4カ国は少なくとも言語、語彙の点からは同じ起源を共有していると言えます。つまり、ある意味で文化的な同一性を共有していると言えます。
明らかに中国は非常に重要な国で、今では世界の工場と呼ばれています。中国の労働市場や労使関係で発生した出来事、これから発生する出来事は、東アジアのみならず世界全体の労働者、消費者、生産者に大きな影響を与えます。ですので、私がここで中国を選んだ理由はお分かりいただけると思います。次にベトナムを選んだ理由ですが、この国は中国と多くの特徴を共有していますが、最近若干異なる方向に進む強い兆候を示しています。その理由を追究することで今後の世界が見えてきます。
韓国と日本ですが、10年前、20年前までは企業別組合、年功序列、終身雇用など同じ特徴を共有してきました。しかし、90年代後半の金融危機後、韓国は明らかに別の方向に向かっています。それはなぜ起こったのか検討してみたいと思います。
★中国とベトナム
まず、中国とベトナムですが、つい数年前までベトナムは中国の後を追っていました。中国が経済を開放するとベトナムも市場開放を決定し、中国が国営企業の再構築に乗り出すと、ベトナムも同じ措置を導入するといった姿が見られました。つまり、二つの国は経済改革のみならず、政治改革の点でもほぼ同じ道をたどっていたと言えます。両国は共産主義の政治的寡占を維持しながら経済部門を徐々に開放していきました。国営企業の再構築を制御し、一挙に民営化を行うのではなく、徐々にしかし着実に経済開放を進めました。ベトナムは小さな中国とも化していました。労使関係でも同じ特徴を共有していましたが、その状況は今も変わらず、中国には労使関係分野の公式の組合として中華全国総工会(ACFTU)が存在し、ベトナムにはベトナム労働総同盟に国内の全ての組合が加盟するといった労働組合の寡占状態が存在します。労働法制の分野も同様で、偶然1995年1月1日の同じ日に市場経済への変化の現実に対応するよう、新しく、より近代的な労働法が施行されました。2001年10月には中国が労働組合法を改正し、2002年4月にはベトナムも労働法を改正しました。そして最近、どちらの国でも工業化の進んだ省で労働力不足が部分的に見られるようになり、賃上げ圧力の原因となってきています。このように、両国はほとんど同じ労使関係の発展の軌跡を示してきましたが、ついに2000年前後から少し違った発展方向を示すようになってきました。
★中国の最近の動き
最初に中国で近年何が起こったかをご紹介しましょう。1995年に新労働法が採択された後、公式労働組合の中華全国総工会が対等な立場での団体協議を求めて団体交渉キャンペーンを開始しました。そして2001年10月の労働組合法の改正後、この改正自体は労働組合の機能に対する政治的制約を変えなかったものの労働組合その他の労使関係従事者に、例えば全国レベルから地区レベルに至る三者協議の仕組みや労働組合法改正キャンペーンの一要素である賃金交渉といったようなある種の実験を導入する余地が形成されました。法的枠組みの変更を終えると、政府は2001年に全国三者協議委員会の設立を通じて三者構成メカニズムの構築に乗り出しました。全国レベルに続き、省レベルのメカニズムの構築が行われ、今はより下位の地区レベルでメカニズムの構築が進められています。つまり、三者構成メカニズムの制度的複製が進行中であると言えます。これは政府または党が社会の不安定化を懸念し、全ての組織、党の全ての資源を動員し、社会の平和を確保しようとしてのことです。もう一つの大きな変化はほぼ同じ頃の2001年から中華全国総工会が賃金交渉キャンペーンを開始したことによってもたらされました。さらに、ごく最近、つい先月のことですが、労働・社会保障省は労働契約法の立法化に乗り出しました。以前は労働契約は毎年更新される必要がありましたが、この法案は雇用を期間の定めがないものと規定し、賃金支払いを確保することによって個々の労働者の権利をより良く保護することを目指したものです。これはある意味で中国の労働者の権利の現状に関する批判に応える形で立案されたもので、団体交渉のような集団的な労使関係に触れるものではなく、個別の労働者の権利を扱うものです。
グラフ[1] |
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グラフ[2] |
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グラフ[1]と[2]は、労働組合員数と労働協約が締結されている企業の数を示すものです。労働組合員数の低下は1999年で止まり、増加に転じています。労働協約が締結されている企業の数は2001年から2002年の間に急増しています。これは組合が団体交渉を推進する三者構成の協議メカニズムを形成したからです。2001年以降、行政の最小単位に至るまで三者構成制度の複製が進み、団体交渉の拡大を加速させました。ちなみに中国では団体交渉(collective bargaining)ではなく、団体協議(collective consultation)という言葉が用いられています。これは団体交渉という言葉は強すぎ、スト権を保障するものと考えられているからです。ご存じのようにスト権と団体交渉権はほぼ同じですが、中国ではスト権は認められていないからです。認められていないと申し上げますが、実は1982年までスト権は憲法で保障されていたのがその後削除され、今は法はこの権利について沈黙し、憲法、労働法規、命令などスト権に関する明文規定が一切見られないのです。ただここでは一般的に用いられている団体交渉という言葉を使用します。2001年から2002年にかけての労働協約数の急増は、実際に締結された労働協約数の増大というよりもむしろ、目標値を達成しようとの組合同士の官僚主義的な競争の結果です。
しかし同時に労働協約の政策には問題がありました。労働協約には労働法に含まれる規定の復元またはコピーを越えるものはほとんど含まれていませんでした。政府は中央レベルでも省や地区レベルでも社会の平和を確保する目的で団体交渉を推進し、労働者や使用者に交渉ではなく協議の機会を与えました。ですが、コピーするだけというのなら、なぜそれを行う必要があるでしょうか。そこで2000年以降、一般的な団体交渉から特に賃金についての団体交渉に重点が移りました。法には最低賃金を除き、賃金水準についての規定はないため、法をコピーできないからです。
私はこの賃金交渉が企業レベルの労使関係に与える潜在的な影響について非常におもしろい例を発見しました。2001年に従業員100人のある小さい企業の組合リーダーが初めて賃金交渉を開始し、従業員に支払われるべき賃金について労働協約を締結しました。組合員は自分たちに相談せず協約を締結したとしてリーダーに抗議しました。そこで翌年、新しい組合リーダーは生産ラインの人々に要求を聞くことになり、民主的な話し合いを確保するものとして組合委員会が活用されました。そこで組合員間で協議を行い、交渉に臨みました。つまり、賃金交渉キャンペーンは企業レベルで企業内組合のリーダーに圧力を与えることによって職場内での労働組合の活動と団体交渉に対する労働者の関与と関心を高め、組合の統治(ガバナンス)についての考え方を次第に変えていく可能性があります。同時に地方政府の賃金指針と賃金交渉の相互作用によって新たな労使交渉ダイナミズムが形成される可能性もあります。長期的に賃金交渉がどんな影響を与えるか現時点でははかりしれません。中華全国総工会は現在3,700万人が賃金協定の対象になっていると言っていますが、実態はその3分の1、2分の1近くではないかと私は考えます。
このような組合の姿勢の漸進的な変化、職場レベルにおける組合の民主化は、全体的な市場の発展、そして全国的な組合(中華全国総工会)の方向性にどのような影響を与えるでしょうか。ご存じのように政党、共産党による政治的な統制がありますが、今は下からの圧力が、そして何がなされるかについての高い期待があります。これは非常に興味ある状況を形成しています。私はこのような団体交渉キャンペーンや賃金交渉キャンペーン、三者協議システムといった様々な種類の新しい試みは、調和の取れた社会と新しい開発戦略を強調する党の新執行部の方針に対応していると考えます。この仕組みが形成されたのは、公式の労使関係の当事者である政府、中華全国総工会、使用者が、労働者と経営者の意見をくみ入れ、労働者と経営者が発言できるシステムを構築することによって労使の安定を保障しようとしたためです。私はこれを先制コーポラティズムと呼んでいます。これは制度機構を先制的に構築することによって労働者と経営陣の関心事項を公式の仕組みの中に組み込もうとの共産党国家と中華全国総工会の試みで、三者構成主義制度の複製や全国的な団体交渉キャンペーン・賃金交渉はその一部と見ることができます。これがどれだけ役に立ち、どれだけ功を奏するかは分かりません。
グラフ[3] |
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この点で労使紛争の傾向を見ることは将来の発展を推測できるものになるかもしれません。グラフ[3]は各地の労使紛争調停委員会に付託された個別及び集団的労使紛争の件数を示すものです。この集団的紛争のデータはスト行為を示すものでないことに注意する必要があります。個別及び集団的労使紛争に関するこの公式データですが、1990年代半ばから労使紛争はほぼ30%の比率で毎年増えています。この数字の最も興味ある点は、ほとんどが組合ではなく、労働者個人によって提起されたものであるということです。非公式の労働者の行為は抑制されるか、抑圧され、公式のシステムからの支援は提供されません。この非公式の労使関係と公式の労使関係の分断は、中国政府による先制コーポラティズムの試みの成功の可能性を低めるものとなっています。さらに公式の労働組合が依然として民主主義を欠いていることは真の団体交渉の妨げとなっています。
★中国と対比してのベトナムの最近の動き
次にベトナムですが、非常におもしろい国です。ベトナムの労使関係は中国と同じ弱点を共有しています。職場における公式の労働組合は依然民主主義を欠いています。中国、日本、ベトナム、韓国の4カ国において企業内組合の特性はそれぞれに異なります。日本ではブルーカラーとホワイトカラーが企業内組合で一緒に行動し、管理職は除外されています。韓国の製造業ではブルーカラーの組合しかありません。しかし、中国とベトナムでは社会主義の伝統があるため、最高経営責任者(CEO)を除き誰もが組合員になります。つまり組合構造における利害の分離がないため、組合が労働者の代弁者として行動するのは非常に難しくなります。つまり、非常に特殊な企業内組合システムであると言えます。さらに中国同様、高次の労働組合組織は政党国家組織の一部となっています。しかし、強い変化の兆しが現れています。一例として、同国では大規模な山猫ストライキが昨年12月25日から今年3月まで続き、200件の山猫ストが発生し、全体で20万人以上の労働者が加わる最近の東アジアでは最大のストライキでした。これは賃金に関するものでしたが、企業レベルの賃上げではなく最低賃金の引き上げを求めるものでした。ちなみに1995年から2005年にかけて、年間平均スト件数は約100件でした。3ヶ月に200件という規模のストライキは異例なもので、これは変化の兆候であります。
私はベトナムの労働者は山猫ストの間、より強い連帯感を発揮したような印象をもっています。ベトナムの労働者がより強い調整、協力、連帯を示すのにはいくつかの理由があると思います。一つには戸籍システムがあります。中国の世帯登録制度では、農村労働者が都市部に移動した場合、住民登録を行うことはほとんど不可能です。ベトナムでもこの戸籍システムは公式には存在していますが、これは労働市場における差別を形成するようには機能していないため、労働者同士が連帯感を醸成するのが容易だったと言えます。次に中国同様、労働者不足が起こりつつあるため、労働者の交渉力が強まっています。さらに、より高次の労働組合の労働者に対する共感が高いと言えます。中国では労働組合は行動を起こしている労働者を擁護する発言はしませんが、ベトナムでは例えば、複数回起こった今年の大きなストライキの際に、非常に尊敬されているポー組合会長が政府を非難する発言を行いました。これは中国では起こりえません。
使用者側においても中国とベトナムの間には重要な違いがあり、ベトナムの場合、公式の使用者団体としては商工会議所とベトナム協同組合連合会の二つがあり、前者の方が労使関係問題を扱っています。中国の場合は、国有企業から生まれた中国使用者連盟(CEC)しかありません。一方、ベトナムの商工会議所は合弁企業と地元企業から構成され、もっと堅固な基盤がありました。三者協議について言えば、CECは全国組織で、中国には下位レベルの使用者団体が存在しません。中国では様々な種類の使用者の意見や利益を代弁できる代表的な使用者団体の欠如が真の三者構成ダイナミズムの障害となっています。一方、ベトナムでは様々な事業や使用者団体との協力と競合が三者の相互作用における労使関係ダイナミズムを形成しているのです。
ベトナムと中国のもう一つの違いは、スト的状況に対する政府の対応です。中国や韓国その他の多くの企業から得た情報によると、ほとんどの場合、政府は労使の調停役の役割をします。中国では労働者の不満は個別紛争または暴力的な抗議行動として表面化します。一方、ベトナムでは労働者は目標達成のため集団行動を行います。ベトナムではスト権は労働法で認められており、政府は、ストライキ中の労働者を支持する形でストに介入する傾向があります。
★中国とベトナム−将来的課題
次にベトナムと中国における法の面でどんな変化をもたらせばいいかという議論についてお話しします。ベトナムでは現在、新しい労使関係法を設定すべきとの強い議論が見られます。違法な山猫ストの経験から自分たちの要求をいかに合法的な枠組みの中に組み込んでいくかについて認識が高まったのです。さらに、当然のこととして法の枠組みを形成し、団体交渉を推進しようと試みています。
労働契約法成立後の中国の一番の課題は労使紛争です。つまり、ある意味ではどちらの国も行動を収めるより良いシステムが必要なことに気づいたと言えます。中国の場合はそれをスト権を盛り込まずに進めており、ベトナムの場合には合法的な枠組みの中でどのような行動を取ればよいか明確になっています。これがこの二つの国の法的枠組みにおける違いです。ベトナムは労働者の集団行動に対する対応として、労働者の基本的権利の認知に基づいた新しい労使関係制度に移行中であり、中国では労使関係に対する政治的制約を変えることなく非公式な労使関係当事者に対する抑圧や抑制を続けつつ、賃金交渉のような一定の成功を伴いながら先制コーポラティズムの試みを続けているのです。
そこでこの二つの国の比較から導かれた私の結論は、経済改革開始以来の労働市場の比較的安定した時代が終わり、どちらも労働市場と労使関係における不確実性の時期に入りつつあるというものです。現在議論されているように、より保護的な法が整備され、労働者不足は進み、団体行動を通じて安全保障を求める声が高まり、そして中国の例から見られるように労働契約、三者協議、賃金交渉などといった試みは政府がより調和した社会を新たに強調していることの表れです。これがどれだけ成功するかは労使関係の当事者にかかっていると言えます。カギは、両国が労働者の不満を制度的な妥協へとつなぐことができるよう、職場の労使関係を徐々に変容させる新たな法的・制度的枠組みを作ることができるかという点にあります。法的制度の変化が企業レベルの労使関係にどのような影響を与えるかということが将来の発展のカギとなると言えるでしょう。
★韓国の最近の動き
次にこの20年間の韓国の労使関係の発展における主な特徴をお話ししましょう。
企業レベルでも職場レベルでもいくつかの主要製造企業で敵対的な労使関係が続き、公務部門でも労使関係は不安定化しつつあります。もちろん多くの企業で見られる安定した労使関係の存在は、必ずしも相互のコミットメント及び雇用関係に関する社会規範の共通認識に基づく積極的な協力を意味していません。かなり高いレベルの緊張と意見の相違が見られますが、何とかうまくやっていくことに成功しています。ですが、雇用関係に関する規範を共有していると言っていいかどうか分かりません。企業レベルと全国レベルの間の中間レベルでは、企業別交渉から産業別労使交渉へと向かう強い動きが見られ、病院部門や銀行部門などいくつかの部門では成功を収めています。全国レベルでは全国的な社会対話を通じた合意形成に依然成功していません。1998年の雇用危機の最中に三者構成メカニズムによって危機を管理できないかとの期待のもと、社会対話が制度化されましたが、最初の成功後はあまりパッとせず、政治的意思が低下しました。社会的レベルでは、1997年の金融危機以前は日本のように職場で様々な価値の共有が見られましたが、危機後は古い暗黙の長期雇用の社会契約が崩れ、雇用に関する社会規範についての新しい合意はまだ形成されていません。
★韓国と日本
1987年の民主化から1997年の金融危機に至る間は、ストの減少から見られるように労使関係は安定化していきました。これは長期雇用や年功序列賃金制度といった強い雇用保護制度が存在し、多くの企業に日本のような企業内組合が存在したためです。大企業では安定した内部労働市場が発達し、日本の経営慣行を手本にした職場での協調を奨励するような新しい人的資源管理方針が導入されるなど日本的労使関係を導入しようとの真剣な試みが大企業と政府を中心に見られました。しかし、1997年の金融危機後、ゲームのルールや何が安定した雇用を形成するかといった暗黙のうちに共有されていた雇用に関する社会規範が崩れ、それは組合に圧力を加えました。レイオフの合法化や危機に対する大企業の日和見主義的な対応は労働者と企業のコミュニティの利益を損ない、もろい安定を崩壊させました。企業に対する労働者のコミットメントは深刻な打撃を受け、短期利益の最大化を目指す攻撃的な賃金交渉が奨励されました。労働者は自らを防衛するため、企業レベルを越えた連帯を求め、組合は産業別交渉の試みに乗り出しました。コミュニティとしての意識を持ち、企業内労使交渉で満足していた組合が、危機後のレイオフの発生によってコミュニティ意識から脱し、したがって企業内組合から産業別組合へと移行していったのです。危機前はナショナル・センターの一つである韓国民主労働組合総連盟(KCTU)の加盟組織のうち産業別組合はわずか5%でしたが、今では30%以上が産業別組合に参加しているという大きな変化が発生しました。そして、大企業の正規労働者の縮小と非正規労働者の増大といった労働市場の二極化が発生しています。
結論から言うと、古いモデルが崩壊したが、新しいモデルがまだ生まれていないと言うことができます。この点で、ある専門家は韓国は日本のようなモデルを形成したことはないと言っています。日本的経営や日本的労使関係といった言葉はありますが、韓国では韓国的労使関係モデルや韓国的人材管理モデルという言葉は聞かれません。理由は色々あるでしょうか、日本の労使関係を研究した私の経験から言うと、このようなモデルが韓国で形成されなかった一つの理由は、企業毎にモデルがバラバラで、経験や情報を共有する強い使用者ネットワークが存在しなかった点にあると言えます。
韓国の不安定な労使関係の深い根は権威主義的政府のもとで圧迫されてきた経済発展の代償であるといえます。軍事政権のもとで1953年から1987年までの長期にわたり、政府は反組合的介入を行う権威主義的な労使関係アプローチを取ってきました。その中で、労使関係における結社のガバナンスが損なわれ、長期にわたり不満が鬱積していた組合は民主化後は好戦的な態度を取るようになりました。1987年まで続いた生産労働者に対する差別の結果、製造業の企業別組合は生産労働者しか代表しない状況が生まれました。
政府の強い反組合的介入は使用者団体に連帯の必要性を感じさせず、この使用者団体の弱さは個々の企業が人的資源管理・労使関係における創意工夫をほかの企業に広める能力を制約し、全国レベルで労使関係に対する防衛的なアプローチを取らせました。一方、戦後日本ではマッカーサーのGHQによる民主改革が、労働者の攻撃に対抗する国の力を動員することができなかった使用者の間に、調整と連帯を通じて労働者の攻撃に対処していく圧力を形成しました。日本の使用者は互いに結合し合う必要性を感じ、自らの利益を擁護するため連帯し、一体的に行動し、情報や経験を共有することによって人的資源管理の創意工夫や新しい規範を普及させるネットワークとして機能したのです。
★むすび
さて結論ですが、中国とベトナムにおいては、緊張が高まり、労使関係と労働市場の改革に圧力がかかっており、どちらの国でもより保護主義的な労働規制が導入される可能性があると私は考えます。労働者からの圧力と労働市場状況の変化に応えるものです。しかし、重要な問題は公式の労使関係当事者または制度と労働組合員との間をどのように橋渡しするかという点です。どちらの国も公式の労使関係システムとそれ以外の当事者の間に大きなギャップがあるため、この橋渡しをすることによってより成功に導くことができるでしょう。そしてもう一方の当事者である使用者組織の人的資源・労使関係の創意工夫普及のネットワークとしての役割は、日本と韓国に関する私の研究から労使関係の社会的規範及び枠組みを形成する上で特別であると結論づけることができます。
中国とベトナムの将来については、日本と韓国との比較から教訓を得ることができるかもしれません。それは、労使関係当事者が公式の枠組みの中で相互に作用できるような法的・制度的環境を整備するのが望ましいということです。そうでなくては、公式の労使関係制度と非公式の行動との間にギャップが存在し続け、無秩序な状況や不要な紛争をもたらす危険性があると考えられるからです。
講演配付資料−労働政策研究・研修機構ウェブサイト----->
http://www.jil.go.jp/event/ko_forum/sokuho/20060526.htm
ILO社会対話総局(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/dialogue/index.htm
ILOアジア太平洋総局(英語)----->
http://www.ilo.org/bankok