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>>トピック目次
ILO駐日事務所メールマガジン・トピック解説(2006年1月30日付第44号) |
★flexicurityとは
柔軟性(flexible)と安全性(security)を結びつけた造語であるflexicurityは、新しい労働市場政策を表す表現として、オランダやデンマークを中心に10年ほど前から欧州諸国で用いられるようになってきました。これは従来の柔軟性か安全性かの二者択一ではなく、保護された柔軟性、つまり、社会的保護制度の中に埋め込まれた柔軟な雇用と妥当な水準の安定した雇用とを組み合わせた、労働移動の際の取り決めを指しています。ILOでは、この「安全保障を伴った柔軟性」とでも訳すべき概念の主な構成要素として、柔軟性(または適応性)、安定性、安全保障の三つを挙げています。
★デンマークの経験
デンマークの「黄金の三角形」モデルは、このflexicurity概念を体現しているものと言うことができます。
90年代半ば以降、デンマークのマクロ経済はめざましい成果を挙げています。1994年に12%あった失業率は、最近は少し反転しているものの、今ではユーロ圏の平均である約9%を大幅に下回る5.6%に下がり、総就業人口は約6%増加し、物価は安定しています。毎年、労働者の3割程度が転職しますが、これを上回る雇用流動性を示す国は欧米圏では英国と米国だけです。デンマークでは雇用の安定性は比較的低く、労働者の平均勤続期間は2001年で8.3年(日本は2002年に12.2年)でしたが、経済協力開発機構(OECD)が発表した2000年現在における雇用安心感の国別ランキングでは17カ国中2位の高い成績を示しています。ちなみに、この時安心感が最低だったのは日本です。
この国に本社を置く会社の中に有名なおもちゃメーカーのレゴ社があります。2000年に「世紀の玩具」賞を受賞したレゴもグローバル化の影響を受け、1999年には1932年の創業以来初の赤字に転落し、既に数百人の従業員の一時解雇を余儀なくされています。2006年には流通業務のチェコへの外注に伴い、さらなる解雇が予想されますが、従業員はあまり心配していないと言います。それはこの国では、柔軟な労働市場(高い労働移動率と雇用変動率)、社会保障(寛大な失業給付制度)、そして失業者の技能を向上させ、それによって経済変化の進行を支える積極的労働市場プログラムの三つの要素の独特の組合せから構成される「黄金の三角形」モデルが機能しているからです。つまり、自由労働市場の柔軟性と、北欧福祉国家の社会的保護及び積極的労働市場制度を組み合わせた一種の「混成」雇用制度が見られます。
デンマークのflexicurityモデルの基礎にはさらに、社会的パートナー(労使)の強い支援があります。レゴは労働組合及び地元の職業紹介所と、従業員をサービス産業向けに再訓練する協定を結びました。2005年11月にデンマーク最大の労働組合と締結した「工業からサービス業へ協定」は、レゴランド・テーマパークとビルンド空港への再就職に向け、生産労働者を再訓練することを目指しています。既に該当するレゴの従業員200人の多くが訓練・教育プログラムに申し込んでいます。
デンマークでは政府の労働市場政策支出が国内総生産(GDP)の5%を超え、欧州連合内で最大となっています。この半分以上が受動的な失業給付の支給に充てられていますが、政府は失業者の積極的な訓練・教育プログラムへの参加にも力を入れており、受動的な給付受給期間が過ぎた失業者は労働市場におけるマッチングを高めるプログラムに参加することになっています。
デンマークのミクロレベル及びマクロレベルにおける成果に照らし合わせると、flexicurityモデルには総合的にプラスの評価が与えられます。ほとんどの積極的労働市場政策にはプラスの雇用効果が見られ、同時に、1994年以来の失業率の急落、高い経済成長、賃金と物価の安定は構造的失業が相当減ったことを示しています。しかし、現在進められている調整とさらなる改革に関する議論はこのモデルの弱点のいくつかを反映しています。まず第1に、雇用流動性が非常に高いということは従業員の生産性が絶えず評価されていることを意味します。このような継続的な評価過程の一つの結果として、雇用主にとっての生産性規準を満たせない一部の労働者が次第に労働市場から排斥されていきます。解雇規制が緩いこともこの危険を増幅させます。リスクグループには未熟練労働者や健康上の問題がある人々が含まれます。したがって、高度に効率的な労働市場では相当割合の成人人口が生産性需要を満足する上での困難を経験し、結果として、1999年までに成人人口の約25%が何らかの形態の移転所得を受けており、受給の多くが継続的になっています。これはデンマーク特有の状況ではなく、北欧4カ国共通の状況であり、したがって、デンマークの労働市場の特徴に起因するものではなく、より一般的な北欧タイプの福祉国家と近代的な労働市場、そして景気循環の相互作用の一般的な側面によるものということができますが、5年にわたる高い経済成長を経た後でもデンマークでは成人非労働力の割合が非常に高いままに留まっています。
黄金の三角形に係わるもう一つの議論は社会的保護が「貧困のわな」を形成する危険性です。デンマークの失業給付制度における高い賃金置換率は特に低所得層の間で経済的な逆インセンティブ効果を高める危険性があると言われていますが、実証されてはおらず、一般的に失業者は集中的な活性化プログラムに早期に参加して問題に対処する傾向が見られます。
黄金の三角形の一翼を担う活性化プログラムについては、失業に対する効果は証明されていますが、費用効果についてはまだあまり分かっていません。労働省が行ったある推計では、公共予算に対する純効果は民間部門の仕事に対する訓練では非常にプラス、公共部門の仕事についてはほとんどゼロ、そして教育プログラムについてはマイナスの効果となっていることが示されています。費用面に関するもう一つの側面は、それが経済成長期に実施されたということに関連しています。景気が下降期に入った場合、望ましいレベルの早期活性化プログラムを維持する費用は公共予算を圧迫することになり、削減を求める政治的圧力が相当のものになると思われます。またいくつかの評価から選抜効果、つまり、失業者の中でも最強の者が最も質の高い活性化プログラムを提供されるという例が示されています。
労働市場における排除傾向に対応するため、企業の社会的責任の概念が政策形成の中心になってきました。これは企業が人々を労働市場の縁辺に追いやる上で果たす役割、そしてある種の就業能力の減退を伴う人々を雇用する可能性をもっと認識する必要性を強調するものです。しかし、最近では、もっと多くの人を積極的な雇用に組み込む可能性に関する議論の中心は、前述のレゴのように、社会的パートナーと地方自治体が中心的な役割を担う「包含的な労働市場」の概念に取って代わられています。これを支えるイニシアチブとしては、もっと多くの人を労働力に転化することを目指した障害年金の改革や労働能力が低い人々の雇用に恒久的な賃金補助を行う柔軟雇用イニシアチブなどが考案または実施されています。成人の職業教育の重視、少数民族の統合、作業環境の改善といった考えも導入されています。
★ILOのflexicurity調査研究
グローバル化し、競争が激化した世界においては、労働者に所得の保護、社会的保護、就業能力の保護を確保しつつ企業に調整の柔軟性を許す制度的環境のもとで、労働市場はもっともうまく機能するように見えます。
ILOは2001年から、労働市場の急速な変化に伴うべき新しい社会的保護形態について検討する調査研究プロジェクトを開始しました。既に日本やアメリカ、フランスなど複数の国で労働市場政策が提供する社会的保護の仕組みが雇用とどのように組み合わされているかを研究しています。研究の結果は雇用総局雇用戦略局内の複数の調査報告書や有料出版物として発表しています。そこで得られた内容はおおむね以下の通りです。
★より柔軟な労働市場へ?
90年代に長期的な雇用関係の終焉が話題に上ることが多くなったときに様々な調査結果から得られた結論は、そのような証拠はほとんどなく、不安定な雇用が増加した部分も一部あるものの大多数の労働者は依然安定した雇用を享受しているというものでした。企業自体、特定の低技能職を除き、高度に柔軟で労働移動が激しい労働市場を嗜好している証拠もほとんどありません。理由の一つには生産性が挙げられます。欧州13カ国の六つの主要産業におけるデータを分析した結果、労働者の勤続期間は長すぎても短すぎても生産性に良い影響を与えず、少なくとも勤続13.6年までは雇用の安定性が生産性にプラスの影響を与えることが見いだされました。
確かにパートタイムを中心に柔軟な雇用形態は増えているものの、OECD諸国の状況をざっと見ただけでも、例外はあるものの、柔軟な雇用形態(パートタイムや有期雇用)よりも標準的な雇用形態(フルタイムや正社員)の方がより強い成長を示しています。その傾向は米国で特に強く、欧州でもドイツやイタリアのような一部諸国を除くとそのような傾向が見られます。日本だけは例外で、フルタイムよりもパートタイムの雇用の方が伸びています。
多くの国で自営もパートもますます常態的な雇用形態になってきています。パートタイムの仕事が多い幾つかの国では、仕事と家庭を両立させる手立てとして、このような形態の雇用が特に女性から自主的に求められる場合が多くなっています。臨時雇用も特定期間後に恒久的な雇用に変わることが多く、正規労働市場への架け橋になっています。したがって、勤続期間の点から見た非標準的な雇用と標準的な雇用の弾性に示されるように、この種の形態の雇用の増大が自動的に標準的な雇用関係の侵食につながっているわけではありません。
★雇用の安定性
1992〜2002年の平均勤続期間の推移は国による違いが大きく、目に見える収束は示されていません。2002年にドイツの労働者の平均勤続期間は10.7年、フランスは11.3年、英国は8.1年、米国は1998年で6.6年でした。勤続期間が最長だったのはギリシャで平均13.2年、次に日本の12.2年、イタリアの12.1年が続きます。
安定した雇用関係は安定した購買力や消費者の需要を刺激することによって経済に寄与します。しかし、安定した雇用は不安定で短期的な仕事よりもより高い雇用保障を提供するものであるとの一般的な合意はあるものの、将来に向けた雇用の安全に対する主観的な期待と、過去の動向を測定する経験に根ざした客観的な雇用保障指標の二つは区別する必要があります。雇用の質(十分な賃金が支払われ、雇用が保障され、訓練へのアクセスが確保され、キャリア開発が期待できるような仕事を質の高い、良い仕事、つまり「ディーセント・ワーク」とする)、将来に向けた雇用保障(雇用が保障されるとの期待感)、雇用保障の実績(勤続期間)の三つの規準をもとに国のランキングを作ると、雇用の質と将来に向けた雇用保障の間には正の相関関係が見られるものの、過去の傾向と将来の期待の間には明確な相関関係は存在しません。雇用の安心感はある程度貯蓄や消費の決定要因となり、したがって経済成長に影響を与えるため、重要なものです。
雇用の喪失はいつでも起こり得るものであるため、その際に保護されているという意識が安心感を高める可能性があります。これを証明するものとして、労働市場政策関連支出と雇用安心感の指標は相当の正の相関関係を示します。しかし、合計支出は労働市場政策の実際の有効性の近似値に過ぎないため、より徹底的な分析が必要です。
そこで、平均勤続期間が長い国が必ずしもディーセント・ワークの点で良い成績を上げていないことが明らかになりました。これらの国(フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、スペイン)はデンマーク、フィンランド、オランダといったより柔軟な国よりも就業率が低いように見えます。これには女性の就業率や部門別就業人口比率など多くの要因がある可能性がありますが、柔軟性もある種の役割を果たしているように見えます。例えば、ギリシャとイタリアは勤続期間が1年未満の雇用者は合わせてわずか9%で、勤続期間10年超が約51%ですが、就業率は55%です。対して、デンマークとオランダでは勤続1年未満の労働者の割合は合わせて21.5%、10年超が約33%で、平均就業率は75%となります。例外はありますが、勤続期間が短い労働者の割合が高い国は勤続期間の長い労働者の割合が高い国よりも雇用記録が良くなっています。
★保護された流動性
以上の分析は、欧州の幾つかの国が雇用の質を犠牲にせずに雇用量を増やすことに成功したという事実を指し示すものです。もちろん、高い就業率が柔軟性を形成するのか、柔軟性が高い就業率を招くのかといった因果関係をさらに調査する必要がありますが、柔軟性が高い国は若者の就業率が高いこと、柔軟な雇用に占める若者の割合が不釣り合いに多いこと、さらに臨時雇用が恒常的な雇用に変わる率も高いといった特徴も見られます。デンマークでは約65%、オランダでは55%の臨時雇用が3年間で恒常的な仕事に変わっています。
簡単ながらこのような証拠をもとにすると、不確実な環境下で単に安定した雇用が存在するよりも、職の移動に際して、収入、社会的保護、就業能力面の保護が提供される労働市場制度と結びついた妥当な割合の長期的雇用のほうがより高い雇用の安全保障を導くと結論づけられるかもしれません。仕事を辞めた労働者が再就職までの移行期に保護を享受することができれば、閉塞感を感じることは少なくなり、雇用の選択肢が広がり、これはより良い需給マッチングにつながる可能性があります。
このようにflexicurityを支える強い論拠が存在するように思われます。公共支出が引き締められ、個人責任がより奨励される環境のもとでこのような制度を主張するのは夢想的に見えるかもしれませんが、上に見たデンマークのように幾つかの国では機能しています。確かにデンマークの高い税率が示すように費用がかからないわけでも、活性化措置への参加義務といったような個人責任を伴わないわけでもありませんが、このような保護された柔軟性の制度によって構築された公益が幅広く共有されるならばその費用も許容されるのではないかと思われます。
この制度を維持する一つの条件として、高い就業率と、制度の基礎を福祉ではなく労働に置く必要があります。そこで、そのような労働市場における安全保障の仕組みの設計に関与すべき社会的パートナーは、1)ある程度の労働市場の柔軟性の許容、2)ある程度の従業員の雇用の安定性は企業に利すること、3)政府は労働市場政策、そして福祉よりも労働を基礎とした効率的な労働市場の安全保障制度を提供すべきであること、といった点に合意する必要があります。したがって、労働市場における柔軟性、安定性、安全保障の最適の組み合わせ、そしてディーセント・ワークを提供する生産的な経済とうまく機能する労働市場が達成されるためには上の三つの要素の全てが必要であるとの共通の受容に関し、政労使三者によるさらなる交渉が求められると言えます。
ILOでは、社会的パートナーの強い支援がflexicurityモデルに不可欠な要素であると見なしています。政府、使用者、労働者の協議と交渉を伴う社会対話を基礎とした政労使三者による取り組みこそが、企業とその従業員の双方が必要な労働市場における解決策を見つけるカギと考えています。
★第7回欧州地域会議
2005年2月に開かれたILOの第7回欧州地域会議は、以上のような分析を示す事務局長報告をもとに議論を行いました。調査研究を担当したILO雇用分析・調査研究室の室長はflexicurityの概念に含まれる柔軟性(または適応性)、安定性、安全保障の三つの要素とその様々な組み合わせについて論じた後、flexicurityのもう一つの基本的な要素は社会対話に関係するとして、柔軟性と安全保障の相殺関係に関わるある種の政策選択は雇用保護、社会的保護、生産性、収入といった事項に関する厳しい交渉を求めるとしました。そして、flexicurityに関連する交渉と妥協を円滑化する手段として、全国レベルの三者構成セミナーの開催を提案しました。
討議では東西欧州諸国のさまざまな経験が紹介され、全てに通用する理想的なモデルは存在しないとの意見が多く出されました。もっと多くの証拠が求められたものの、社会的パートナーの交渉による解決策を基礎とした安全保障を提供しつつ調整の進行を許すとの原則は明らかであるとされました。
採択された地域会議の結論では、柔軟性と安全保障を調和させる重要な要素は、幅広い全国的マクロ経済戦略の枠組みにおける政労使三者による社会対話、団体交渉、そして労働法制の尊重であるとされ、ILOは柔軟性と安全保障に関する三者協議を追求し、どんなアプローチもそれぞれの環境に特有のものとなる必要があることを認識しつつ好事例の情報交換を促進するよう求められました。
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ILOの上記調査研究の成果は複数の出版物でご覧になることができます。雇用総局雇用戦略局雇用分析・調査研究室(Employment Analysis and Research Unit, Employment Strategy Department, Employment Sector)のホームページには、過去の出版物の一覧が掲載されており、一部は無料でご覧になることもできます。このテーマに関連するもっとも新しい論文は、ILOの論文集「International Labour Review」最新号(2005年第3号)に「Is a stable workforce good for productivity?(安定労働力は生産性のためになるか)」の題名で掲載されています。ILOコミュニケーション・広報局の最近の広報記事にはこの調査研究担当者に対するインタビュー記事もあります。
雇用戦略局(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/employment/strat/index.htm
第7回欧州地域会議(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/region/eurpro/geneva/regconf2005/index.htm
第7回欧州地域会議概要−ワールド・オブ・ワーク3号記事----->
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/downloads/wow/3.pdf
International Labour Review(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/support/publ/revue/index.htm
関連広報記事:デンマークのレゴの経験(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/bureau/inf/features/06/lego.htm
関連広報記事:雇用分析・調査研究室長インタビュー(英語)----->
http://www.ilo.org/public/english/bureau/inf/features/06/auer.htm