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ILO駐日事務所(旧ILO東京支局)再開設50周年記念シンポジウム

人間の安全保障とILOの役割

神余隆博 外務省国際協力部長

神余外務省国際協力部長写真 本日はILO駐日事務所再開設50周年で発言する機会をいただき、感謝する。

ILOは歴史の長い国際機関で、その歴史や伝統に裏打ちされた権威を感じる。最近ILO本部を訪問し、ソマビア事務局長と会談しその思いを深めた。1919年のパリ講和会議の参加者の堀内謙介氏の回顧によれば、当時の日本代表団は、ドイツから引き継ぐことになった山東省、南洋諸島の権益問題に主に没頭し、国際連盟の設立すなわち平和機構をどう構築するか、国際労働組織の立ち上げなどにはあまり関心を示さなかったとしている。その頃から数えると100年近く経ち、感慨深い。

「Human Security(人間の安全保障)」については、今タクール副学長から包括的でまとまりのあるご説明をいただいたので、「人間の安全保障とILOの役割」「人間の安全保障と日本との関係」に焦点をあててお話したい。人間の安全保障という概念は、日本が最初に使い始めたのではなく、1994年に出版されたUNDPの人間開発報告の中で、人間の安全保障、人間中心の開発という概念が示されたのが最初である。これを外交政策に取り入れたのは故小渕総理大臣で、外務大臣当時、ASEAN訪問時に行った「日本とアジア」と題するスピーチの中で、人間の安全保障という概念を初めて使われた。「人間の安全保障」とは、人間の生存、生活、尊厳をおびやかすあらゆる種類の脅威を包括的に取り除き、これに対する取組みを強化するというものである。言い換えるなら人間の尊厳を保つということで、国連憲章の前文の「人間の価値に重きを置く」と同義である。

最近では「人間の安全保障」は、「国家の安全保障」と対になって語られることが多いが、両者は相反するものでも、上位下位の関係、一方が他方を包括する関係でもなく、重なり合っている。

今日、各国の外交の動きをみると、「人間の安全保障」重視に動いていると感じる。タクール副学長も言われたように、津波、ハリケーン、HIV/エイズ、マラリア、結核など多くの人間の存在を脅かす要素がある。最近の鳥インフルエンザもその1つで、ブッシュ米大統領もこれを重要視し、先般の国連の首脳会議のスピーチで取組の必要性を指摘している。米政府はその直後にニューヨークで会合を開催し−私も参加したが−、鳥インフルエンザ対策としての国際的パートナーシップを打ちたて、アメリカ、日本、カナダ、オーストラリア、EU議長国イギリスが中心になって近隣のアジア諸国に働きかけを行うことになった。このように、外交の重点が「人間の安全保障」に移行し、アメリカ、ヨーロッパ、日本もそれに関心を向けるようになった。

日本政府は「人間の安全保障」を進めるため、小渕外務大臣(当時)の努力を引き継ぎ、国連に人間の安全保障基金を設立し、毎年約30億円弱の予算措置を講じている。今までに130以上のプロジェクトを支援した。日本は、「人間の安全保障」を外交の基本の1つにしているのみならず、基金をつくり、10年近く、国連、受益国と共に、人間の安全保障の概念の実現を図っている。

一見どこの国からも受け入れられそうな人間の安全保障の概念にも、中国、キューバ、インド、バングラデシュなどのような反対ないし慎重な国もある。これらの国は、国際文書に「人間の安全保障」という概念が入ることにしばしば賛成しなかった。本年1月神戸で開催された国連防災世界会議でも、日本代表団の努力にもかかわらず、数カ国の反対により採択文書に「人間の安全保障」を入れられなかった。反対理由は様々だが、「人間の安全保障」を口実に内政干渉が行われるのではないかというものだが、軍事的な侵略、内政干渉ではなく、人間の威厳を保護する趣旨である「人間の安全保障」についてすらその懸念を感じる国があるのが現実である。

日本としてはこれらを乗り越える必要がある。国連のすべての加盟国が共有できるようにしていきたいと努力を続け、各国に働きかけた。その結果、国内ではあまり報道されなかったが、9月14日〜16日に国連で開催された首脳会議の成果文書に「人間の安全保障」というパラグラフを創設できた。定義については今後の国連総会で議論の予定である。「人間の安全保障」という概念を、日本が中心になって−カナダのネットワークグループなどもあるが−開発途上国も含めて広げていきたいと考えている。

ILOは人間の安全保障に取り組んできた非常に長い伝統のある組織である。ILOが掲げているディーセントワークは「人間の安全保障」という概念に近い。人間の安全保障実現のためには、人間として尊厳の保たれる仕事が不可欠であり、ILOは政労使という三者構成主義でそれを目標として活動してきた。三者の意見の違いもあろうが、人間の尊厳を目指した活動はILOの象徴といえる。

貧困解消の問題についても、ILOは真摯に取り組んでいる。貧困解消の道筋は平坦ではないが、1つの方法として、日本やアジア諸国が経験してきたような経済成長を通じた貧困の克服がある。経済成長にはさまざまなひずみや問題を伴うこともあり、これがすべてではないが、「人間の安全保障」という概念を意識することによって、人間らしい労働、経済成長を通して貧困を克服できる。これがアジア以外の国でも可能なら、ミレニアム開発目標の達成に近づけるだろう。

森山先生のお話にあった人身取引の問題についても、日本政府は努力しているところである。ILOも主導的な役割を果たしている問題であるが、「人間の安全保障」という概念をかかげて活動をしていくことにより、人身取引の原因となるようなこともなくなるのではないか、これからも努力が必要であろう。この分野でILOの果たす役割は大きい。外務省としても関係省庁、労働組合、企業とともに、ILOが「人間の安全保障」のためにさらに大きな役割を果たすことを期待し、ともに努力していきたい。



最終更新日:2005年12月19日 作成者:AT 責任者:MH