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はじめに
人間の安全保障は、従来の国家中心の安全保障の概念に対して、人間に着目した安全保障である。1945年の国連の創設以来、人権、人間環境、人間開発など人間に焦点を当てたものの見方が国際関係の新しい潮流となりつつあるが、人間の安全保障も、この流れに沿ったもので、1994年のUNDPの『人間開発報告書』において使われたことから、一般に通用するようになった。
1.人間の安全保障の概念
人間の安全保障の概念については、タクール上級副学長、神余部長が詳細に話され、私もその考えに賛成であるが、論点を以下のように整理したい。
人間の安全保障とは、人間に対するさまざまな脅威から、生命、安全、健康、自由、充実した生活などを確保する考え方である。これらの脅威の中には、以下のものが含まれる。
2.ILOの三者構成の意義
人間の安全保障という概念は1990年代から使われ始めたが、国家間関係を主軸とする伝統的国際関係秩序において、国家の壁を崩して、人間に着目した問題の処理方法は、以前から国連の中で培われていた。そして、これを最初に実現したのは、実は国連よりも26年も前に創設されたILOである。ILOにおいては、政府代表のみならず、使用者代表、労働者代表が問題解決のための議論に参加してきた。ILOの三者構成主義は、人間に着目した問題の捉え方を国際関係に応用した最初のケースと言える。具体的には、労働者の権利、生活、安全、職場、健康等の問題を、労使の代表の声を直接反映する場で、国際的な審議を行い、それらを守る活動を行うしくみである。ILO創設当時には、人間の安全保障という表現は使われなかったが、ILOが着目した人間中心の国際問題の処理が底流にあり、国連の中で、より広い安全保障概念として、人間の安全保障という考え方が開花した。
さて、ILOにおける人間の安全保障に関する活動をみてみよう。特に労働者の生活を脅かす脅威としては、以下のものがあげられる。
第一に、政治的脅威としては、政府の抑圧政策による労働者の権利の侵害等の労働者運動の弾圧がある。ミャンマーの軍事政権の下で行われている強制労働などが、このような弾圧の事例と言える。かつて南アフリカにおいて行われていた悪名高いアパルトヘイトも、労働の自由を侵害するこの種の弾圧の実例である。
第二に、経済的脅威としては、経済混乱による大規模な失業があげられる。インフレや公共料金の大幅な値上げによる労働者の生活の圧迫も経済的脅威の一例と言える。
社会的脅威としては、仕事に関連して人種、性、言語、宗教、門地、障害などに基づくさまざまな差別による就職や日常生活における不平等な取り扱いがある。企業による健康対策や安全対策の不徹底によるけがや病気も、労働者に対する社会的脅威の実例である。
文化的脅威としては、学問、芸術、文学活動への政治的干渉による学者、芸術家、文学者の権利の侵害がその事例である。
自然的脅威としては、自然災害による労働の成果の喪失(台風による作物への被害等)、職場の喪失による失業などがある。
このような、労働者の安全保障に対する脅威に立ち向かう上で、三者構成のもとで労働者代表が直接審議に参加するILOは、きわめて有効な政策立案・実施の場といえる。
この関連で、ILOの活動特に基準設定において−タピオラ局長が事務局の責任者であるが−、重要な役割を担っているILO総会、理事会には労働者代表が4分の1参加している。実際には、使用者代表と労働者代表が議論し、合意ができたところで、政府代表はあまり干渉せず結論が出されるというILOの伝統があり、労働者代表は2分の1に近い発言権を持っているといってもいいくらいの役割を果たしている。この仕組みがILOで1919年に作られたのは画期的である。
3.専門家委員会および事務局の意義
ILOは、三者構成以外にも国家を離れた個人に着目し、労働基準の設定、基準適用の監視、研究、技術協力などの活動の面で、重要な役割を果たす仕組みがある。1つが事務局、もう1つが私も参加している条約勧告適用専門家委員会である。
専門家委員会は、20名程度の専門家で構成され、毎年秋に3週間弱の会合を行う。加盟国は批准したILO条約−ILO条約は185あるが−について遵守の義務がある。条約が遵守されない場合、国や使用者は直接利害関係がなく発言を行わない場合でも、労働者は生命、生活や安全等が脅かされることがあり、労働者も問題提起しうる仕組みになっている。労働組合からILO事務局に出された条約違反の通報について審査し、違反がある、改善の余地がある、必ずしも問題があると言えない、など問題ごとに審査を行い、報告書にまとめ、総会の条約勧告適用委員会に送る活動を行っている。ILOの三者構成は、政労使の利害関係者のバランスの上に立っているが、この委員会はそれとは別に国家代表ではない個人的資格で選任ないし任命された専門家が審議する場である。ILOが人間に着目して国際的な行動基準を設定し、それを遵守させるという活動に対し、何重にも実効性をもたせている事例と言える。
事務局は−タピオラ総局長も責任者の一人であるが−多くの国連事務局の中で最も古く、最も伝統がある。事務局は国際性、中立性が保障され、専門性が求められている。専門家委員会の作業が円滑に行われるべく、委員の疑問・質問にサポート資料を添えて的確な回答を出すILO事務局職員の専門性の高さは印象的である。また、事務局独自の活動として、技術協力がある。発展途上国、特に新興国や新規加盟国ではILO労働基準をどう実施すべきか、条約批准後どうすればいいかにつき、手続の面で専門家がいないところが多いが、事務局が技術協力という形で、人材の派遣、発展途上国の人材の訓練などに重要な役割を果たしている。私の友人である九州大学の吾郷真一教授も、ILOでその業務を長く担当した1人である。ILOの事務局職員は、政府、使用者、労働者から独立した専門家の立場で、受益国の働く人たちにとってよい方向を指導助言する活動を行っており、私はこの活動を非常に評価している。
4.今日のILOの課題
ILOは20世紀の初めに三者構成、事務局、専門家委員会と言う画期的な制度を導入し、これにより労働者の人間としての安全保障という面で大きく貢献してきた。それから90年近く経ち、21世紀の入り口に立っている今、三者代表のうち労働者代表は労働組合を基盤にして選ばれ、使用者代表も企業の経営者の代表が選ばれている。これは今まで機能してきたし、今後も続くと思われる。私は、20世紀初頭にみられたような労働者と使用者の対立の関係、労働組合に代表される労働者の意見が今日では少しずつ変わって来ているのではないかという問題意識をもっている。組織化されない多くの働く人たち、働き場がない人たち−失業者などの声は現在の仕組みでは直接的には反映できない。労働者代表−政府代表の一部−もそういう人たちの声を代弁しようとしている場合もあるが、現在の三者構成主義、専門家委員会、事務局の体制は国家中心ではないが、失業者、貧困者、障害者、外国籍者−特に最近の問題である移住労働者等の声を直接聞く体制は十分整っていない。これらの労働者、失業者、社会的弱者の声を、どのようにILOの政策立案、基準設定、技術指導に反映させていくかを考える曲がり角にきているのではないかという問題提起をしたい。
ILOの主唱しているディーセントワークは非常に重要な意味を持っている。人間にとって尊厳のある仕事をすることはもちろん重要であるが、今まで仕事とは、いやなことだが、生きるためにせねばならないという発想でとらえられてきた。現在の人々の仕事に関する考え方は異なり、仕事を通して生きがいを感じるような仕事を見出せる状況にすることが今日の課題であろう。ILOがこの新しい問題に取り組みつつあることを心強く思う。